第二節
「――貴様ら、講義を始める!」
次の瞬間、講義室の雰囲気が変わった。騒いでる男子達がたちまち席に着き、騒ぎに直接参加していない他の学生達も姿勢を正し、講義を受ける準備に入った。ディフェルドの性格は見ての通り極めて尊大ではあるが、それでも彼の学識は本物だ。例え将来的に魔導力学の研究に身を投じなくても、『ディフェルド=ヴィレッタの講義を受けたことある』、この事実だけでキャリアが上がり、様々な方便や利益に繋がる。そのため彼の講義を受けるためだけに、百万単位の献金をも惜しまない人間もいるという。
「貴様らへの講義は今日で8回目、丁度一週間分は過ぎていた、ここで一旦基本に立ち返る! 『慣れてきた』と感じる頃は一番危ういだからな。覚えておけ、基本に戻るのは恥でもなんでもない、基本を笑うやつは学者を自称する資格がないと!」
性格はどうであれ、一度『講義モード』に入った彼は、間違いなく尊敬に値する講師である。男子陣のタメ口に対してもさほど気にはしていないとこから、器量が決して小さくないことも伺える。
「レイチェル!」
「はい」
本来、ただの学生であるレイチェルの登録IDでは、講義室のメインモニターにアクセスする権限はない。だが、ディフェルドは自分の身分を使い学校側に圧を掛け、彼女のIDに講師と同じぐらいの権限を付与させることにした。講義中、彼女が自分をサポート出来るようにするために。
「魔導力学、およびその前身となる魔導学。今から5世紀前、ソロモン・ダイナ=ベルフェゴという学者が提唱し、立ち上がった研究分野の一つ。その核心思想は、『科学的な観点からしか証明出来ない事象があれば、科学的でない、すなわち魔法的な観点からしか証明出来ない事象もあって然るべき』という――」
自分の席のパネルを操作し、次々とメインモニターに関連資料を表示させながら淡々と解説しているレイチェル。速過ぎず遅すぎず、ペース配分よく、その上簡潔に、それでいて重点をきちんと押さえてる。まだ20歳しかなく、経験も少ないはずにもかかわらず、彼女の解説はもはや給料を貰ってる、歴とした講師のそれである。
「うむ、満点だ! 実にいい解説である。ご苦労! そして、この通り、魔導力学の何たるかを知るためには、まずは産みの親である人物と、その人物が何を持ってこの学説を主張したのかを理解しなくではならない――そこでだ、貴様ら! 魔導力学の研究に際して、一番重要な素質とは何だ?」
『急に言われても……』
『ふっふ! 俺は知ってるぜ……ズバリ! 頭がいいってことだろう! どうだ!』
「寝言は寝てから言え、頭がいいのはおまけだ、一番重要ではない。むしろ貴様のような筋肉ゴリラがここにいる時点で察しろ」
『んだとこの野郎っ……!』
『う~ん、でも確かおかしいよね、この面子』
『最初の講義の時も思ってたけど、人数少ないし、学科や専攻とかもバラバラね』
『成績……という訳でもなさそうしね、レイチェルみたいな学年首席もいれば――』
『おう、オレみたいな大学に何しに来たのか、よくわからないやつもいるしな』
『え~それ自分で言う?』
先ほど述べたように、ディフェルドの講義は非常に価値が高く、それを受けるために献金をも惜しまない人間すらいるが、彼はそれらをことごとく一蹴し、自分の認めた学生しか講義を受けさせない。
「感性、ですよね?」
「うむ! その通りだ、魔導力学の研究に於いて一番重要なのは、感性だ」
パネルを通して、メインモニターに魔導力学研究の成果や突破に関しての資料を表示させながら、ディフェルドは解説を始めた。
「立ち上がってから5世紀、魔導力学研究の進捗はお世辞でも理想的とは言えない、むしろ何度も『成果の出ないオカルト学説』と蔑ろにされて、危うく歴史の闇に埋まれる節すらある」
ディフェルドの言う通り、成果の出ない研究など、甲斐甲斐しく投資し続ける人がそういない、どの時代に於いても、そこら辺は変わらない。
「ではなぜ! 魔導力学はなかなか成果を出させずにいる? 知らないとは言わせないぞ貴様ら、7回も講義受けてこれを知らないと言い出したやつは切腹してこい!」
『ええっと――あれだっ! 魔導力学の本質!』
『そうそう! 魔導力学の本質そのものが、成果が出しつらいようになってる!』
「中途半端な答えで誤魔化せようとするんじゃない! その本質とやらの内容も言え!」
たちまち、学生達の視線が一斉にレイチェルに向けた、そう、SOSである。これは別に『知らない』という意味のSOSではない、魔導力学の本質は現代に於いて些か特異であるため、たとえ理解出来ても、それを上手く言葉にして説明するには、少々ハードルが高い。
「……真なる未知への開拓、完全なる零からの創造。既存ある法則を放棄し、我、今もう一度原初から旅立たん……」
『えっ、なにそれ、なんの呪文?』
「ソロモン氏が魔導学を立ち上がった時言っていた言葉ね。核心思想にもあったように、魔導学は既存の科学法則がまったく解明、もしくは説明出来ない事象への観察手段として立ち上がったもの……つまり、参考元や引用元として頼れるものはほぼ存在しない。完全に、何の知識や手掛かりも持たない状態で探求の旅に出たようなもの……これが、魔導力学の本質よ」
「貴様ら……レイチェルばかり頼るんじゃない、もっと自分で考えてみたらどうだ。今回は見逃してやる、だが次はないと思え!」
他人ばかり頼っては自身の成長は叶わない。『教える』だけなら誰にも出来るほど簡単なことだが、いざ『成長させる』となった途端、それが難しくなる。
「レイチェルの言う通り、魔導力学の研究とは目を瞑ったまま歩くようなものだ。昔の時代にこういう言葉があったな、『十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない』と……だが現実はどうだ? この有様だ!」
メインモニターに次々と表示される新聞、『未だ解明出来ず』『専門家達の見解は不一致』『既存の科学法則への挑戦』など、数世紀前の物もあれば、つい最近の物まで。
「魔法になるどころか、十分に発達した科学技術はむしろ我々科学者の首を絞めてきた。科学の進歩と共に新しく観察された物や現象の数々……その中に、既存の科学理論を修正、もしくは再構築程度ではとても対応出来ない問題児がある、そのようなふざけた問題児の解明こそが、魔導力学の存在意義であり、目標だ」
『そこはとりあえずわかったけどよ……でも感性とどう関係してるんだ?』
「感性とは、理論や理屈を頼らず、直感で物事の本質を見抜き、その在り方を捉え、感じ、本能的に理解する力だから。未知そのものを目標とし、何もかもわからない、暗い闇の中で歩いて行くような魔導力学の研究に於いて、かなり重要な素質よ」
要所要所で、ディフェルドが回答したがらない『つまらない問題』を、ほど良いタイミングで横からサポートしてくれるレイチェル。これだから目付けられるのだと、言ってはいけない。
『ん? ちょっと待った! 散々解明出来てないとか謎とか言ってはいるけどさ、今ちょっとずつ色んな用途な魔導具とか開発されてない? 飛空石とか障壁石とかさ、解明出来ないのに扱えるのって、おかしくね?』
「貴様、わからないのに扱えることがそんなに不思議か?」
『いや、わからないっつうなら使えないはずじゃ……』
「では聞こう、貴様はどうやって自分の家からこの大学に来た」
『どうって、そりゃ車を運転――』
「ってことはだ、貴様。自分の車の組成、構造、稼働原理、諸々理解し尽くした訳だな?」
『はぁ? んな訳――あっ』
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