Emotional Duologue ―完成された芸術―

第一節

「凡骨ども、静粛に! 今日もこの私、ディフェルド=ヴィレッタから直々の講義である! 頭を垂れ、感涙を咽びながらありがたく受けるといい!」


これ以上ないぐらい、上目線の挨拶と共に、ファッションショーのモデルかと思わせるようなド派手なコートを纏った男性が一人、講義室に入った。


『相変わらずのナルシスト、さっすが~』

『教授今日も派手だねぇ~』

『いや、いくらすんのあのコート……ってかあれ着けて歩くの恥ずかしくねぇのか』


どうやら学生達もすっかりこの光景に慣れてきたご様子、面喰らうどころか、いつものことのように返した節すらある。


「ふっ! それなりに地位のある人間は、それ相応な服装を身に付けるのは礼儀というものだ、貴様らにはわかるまい、それより、講義だ! だがその前に――」


ディフェルドの視線の向かう先に、さっきから黙っていて、この一連のやり取りをニコニコと見ていた、一人の学生がいた。


「うむ! やはり君だけは違うな! レイチェル=ラヴィーナ! 今日の君も見目麗し――」


「お断りします」


「なにっ!? 私はまだ何も言ってないが?」


「大体想像が付きます、教授。そろそろ、を私抜きでも、一人で出来るではないでしょうか?」


『なん……だとぅ!? 処理って、なんのだ……!?』

『ま、まさか、せいっ……!』

『待て! 早まるなっ! いくらあの教授が最底辺のゲス野郎とは言え……くっ!』


「聞こえてるぞ貴様ら……まぁ良い! 貴様らとは関係のないことだ、だがしかし……困るな、レイチェルよ。そっち方面の処理は、君みたいな顔立ちがよく、スタイルも抜群、それでいてミステリアスな雰囲気が溢れ出る、美しいという言葉の具現のような女性が一番適任なのだが」


言葉遣いのミスの一つや二つで、時々とんでもない誤解を生むことになる。特に、年頃な男子の前では誤解の生成確率はおよそ平常時の3.5倍もあるらしい。


『がはっ! バカなっ……!』

『おのれぇ……! レイチェル様になんということを!』

『もはや我慢ならん……るしかない……!』

『あぁ……鉄バットか!? いや、いっそのこと銃殺を!』

『いや無理だ! 他のやつから聞いた話だが、あいつ常に障壁石を持ち歩いてる!』

『ちいっ! ってことは暗殺するしかないかっ!』


「そこっ! 本人の前で堂々と謀殺を計画するんじゃない! やかましい!」


『うるせぇゲス野郎が! 我が校のマドンナに手出したこと、たっぷり後悔させてやるぞオラァ!』


「あぁ~……」


今頃自分の言葉のチョイスが悪かったと気付き、困った顔で頭を手で支えてるレイチェル。本当、男子という生物は色んな意味で、元気過ぎる、もう少し落ち着いて欲しいところだ。


「解せぬ。いや、元々凡骨である貴様らと偉人であるこの私は、思考も視点も次元レベルで違うなのは知っていたが……それでも解せぬ。彼女に文件の整理、スケジュールの調整、講義助手の請負など、の手伝いを頼んだことに、貴様らはそこまで不満になる理由はなんだ?」


『はっ?』

『雑務って……あの雑務か……? ってか雑務ってなんだ?』

『待て! 騙されないぞ! ただの雑務処理に顔もスタイルも関係ないだろうが!』


「ふっ! これだから凡骨は。古来より、秘書なるものの質は、そのまま上司の格を反映するものだ。そしてレイチェルを見たまえ、容姿端麗ようしたんれい! 才色兼備さいしょくけんび! まさしく理想な秘書像だ、彼女が秘書になってくれれば、私の株が上がり、私のイメージも新たな段階に昇るというもの!」


『なっ……! ゲスいにもほどがある!』

『でもなんだかんだ言って、俺たちのマドンナの体目当てだろう!』


「この私を貴様らみたいな発情サルと一緒にするな。男女の営みなんぞに時間を割るぐらいなら、研究をする方がまだマシだ、そして研究が捗るなら私も快感を得られるというものを」


『なんつう性癖してやがる……!』


男子達がまだバカみたいにくだらないことで盛り上がっているところ、レイチェルの親友も実はちょっとだけ心配であった。


『処理とか何とか言い出した時、さすがにちょっと驚いたけど、こういうことなのね。ってかあなた、教授の秘書になったというか、将来のためにこういう経験積みたい的な?』


「なった覚えはないし、経験のためでもないね、暇だからちょっと手伝った程度なものよ」


「何を言う! 甲斐甲斐しくやってくれてるじゃないか!」


「甲斐甲斐しくではなく、仕方ない、です。教授、せめて自分の個室の整理整頓ぐらい――」


「だから今こうして君に依頼してるじゃないか」


『こりゃ完全に目付けられちゃったね、今後が大変そう~』


「……はぁ、とりあえず、講義始めましょう?」


秘書の人物像ほどではないが、古来より、天才という人種はその優れた能力の反面、どこか抜けてるパターンもまた、非常に多い。ディフェルドもその例に漏れず、僅か38歳で魔導力学を始め、色んな研究分野のトップになった彼だが、私生活面はおよそ絶望的かつ壊滅的である。


「うむ。そうだな、依頼の方はとりあえず、またこの後にするとして――」


(諦めてはくれないのね……)


「――貴様ら、講義を始める!」

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