第三節

またもや映像が変わり、今度映されてるものは、退としか言いようのない、無気力的な人々の映像だった。


「70年から130年……いや、70年から100年、たったの30年。この30年の増加分は、多くの人にとって、やや多過ぎた、100年の人生、科学の進歩もあって、この世界の全てを楽しむのに、あまりにも充分過ぎる時間だ。全てを体験尽くし、新たな刺激もなく、もはや『やり残しがない』となった人々が最後に感じ取ったのは、虚無だ」


「虚無……」


「そうだ、なにをする気がなければ、なにかを追い求める気もない、そしてもちろん、失うものもない……ただ、になったのだ。精神状態が起伏せず、どこまでも常に一定の波形しか示ず、やがて、それが『意思の停滞』になる。肉体と同じなのだよ、諸君。刺激というエネルギーを失い、糧を生産出来なくなった精神は代謝が出来なくなり、そして活動停止にまで追い込まれる、そこにあるのは、虚無だ。そしてソレには、我々の精神は耐えられない……となれば、唯一残された未知、即ち『死』が、そうなった人への最後の救い手だ」


『うそ……』

『俺達も、あんな風になるのか……』


「なるか、ならないかは、君達次第だがね。現に、110歳まで生きてきた我が校の校長が毎日、楽しそうに我々教師陣を困らせているのだからな。だが、よく考えてほしい。もし、仮に摩損することなく、不滅の精神と不滅の肉体を手に入れたなら、それは何千何万何億年をも生き続けるという意味だ。君達は……想像出来るかね?」


「うっ……」


さすがのアナスタシアでも、そう何億年も生き続けられる気がしない。『存在出来るか』の意味ではない、ケーネルの話を聞いて初めて理解出来た、『生きる』とは『存在する』と違うと。


『じゃ……やっぱり私達、不老不死にはなれないのね……』

『そもそも、今の話を聞いて不老不死ってのもろくなもんじゃないというか……』

『だよね……』


『知識』を伝授するのは教師の仕事だ、例えその知識が、相手の希望を奪うことになっても。だがしかし、同時に、現実に打ちのめされた生徒を励ましするのもまた、教師の仕事である。


「少し、昔の話をするとしよう。遥か昔、数千年前の出来事である。とある兄弟が居た、その兄弟は、『どうにかして、人間を空へ飛ばせないのか』と、問い掛けて、そして努力した。だが、残念ながら……その『願い』は、未だに実現出来ずにいる」


「え? でも……あたし達は今、普通に行けるんじゃない? 車とかで……」


「そうだ。車だけじゃない、飛行機、ジェットスケルトン、フライトスーツ、そして数世紀前から台頭した、魔導力学の研究による飛空石なる道具の出現……もはや空は、我々人間にとっての『憧れ』ではなくなった。むしろ、すぐそこにあり、手を伸ばせば掴めるほどの日常である。だがそれでも、我々自身は、飛べてはいないのだ。不老不死と同じように、我々人間は、飛べるように出来てはいない」


教室のメインモニター、および生徒達のデスクに付いていた小型投影モニターが、次々と、まるで人間の、の歴史を伝えるように、映像を映す。


「最初は飛行船、これはお世辞でも『飛べる』とは言えない、ただ『浮いてるだけ』の物だった。そこから、飛行機、我々の歴史の中でも初めて、『空での本格的な移動』であった」


『うわぁ……』

『へぇ……』


次々と変わる映像に、生徒達は惹きつけられた。先ほど落ち込んでいで、暗い雰囲気がまるで嘘のように。


「そこから、より速く、より高く、そして、より小さくと『願い』を込めた人々……我々が今使ってる飛行機能のある車、作業用のジェットスケルトンや、治安維持隊に配備されたフライトスーツも、その全てが、何百何千年を経って、何代もの改良研鑽を続けてきた成果だ、そして今――」


スーツのポケットから緑色の宝石を取り出し、たちまちケーネルの体が、浮遊し始めた。


『うそ! あれって!』

『飛空石だ! すげぇ!』

『実物だ! すごい! 本当に浮いてる!』


製作方法こそ確立されているものの、材料となる物質の希少性、製作の難易度、なにより悪用される恐れがあることから、一部のほんのわずかの人間しか持つ事を許されない飛空石が、こうして目の前に見せられて、生徒達は大興奮になった。


「信じられるか? 昔の飛行機は、初めはこの石と同じように、極く一部の人間しか乗れないことを。信じられるか? 昔は全長数十メートルもある飛行機にでも乗らないと、空へはいけないことを……よく覚えるといい、そして、忘れるな、今私がこうして出来るのは、全て、数千年前、『どうにかして、人間を空へ飛ばせないのか』と問い掛けた兄弟と、彼らの後に続く、諦めずに願い続けてきた人々のお陰であることを」


「……すごい……」


他の生徒と同じように、アナスタシアもまた、目の前の出来事に魅入られている。これと言って別にそう珍しいものでもない、普通に歴史の授業でも出てくる内容だが、ケーネルはそれを、生徒達の心を掴むような話にまで昇華させた。


「はっきり言おう、私は人間が不老不死になるビジョンがまったく見えない、そう、かつての、あの兄弟のように。だが、それがどうしたかね? 見るといい、今、石一つで私は空へと飛べる、生物としての私本人の力ではないが、それでも、人間は、で、前へ進もうとしている。どれほど時間を掛けようと、どれほど『不可能だ』と言われようと、諦めずに願い続き、そして走り出す人間は、必ずいる」


『じゃあ! もしかしたら、いつか!』

『うん! 人間は不老不死にだって!』


「そうだ、そしてそれは、君達の仕事である」


「あたし達の……?」


「いつの時代でも、君達みたいな若い世代は人類の希望だ。そんな君達に、知識を『授ける』という上からの目線ではなく、希望を、信念を、そして願いを、次代に託すという意味で知識を伝え、そして、蓄積され続けてきた先代達の知識を携えて、素晴らしき物を生み出すであろう君達を見守る守護者こそが、『教師』という職業だ。少なくとも、私はそう思っている」


『素敵……私、将来教師になりたいかも!』

『俺もなりてぇ! 格好いい過ぎる!』


「ふっ、そう単純なものではないのだがね。しかし、そう言ってもらえるのなら、教師冥利に尽きると言うものだ。君もだ、アナスタシア君」


「えっ」


「確かに君は問題児ではあるが、愚かではない、人間として出来損ないでもない。君の中にちゃんとした才能が眠っている、それをどうするかは、君次第、私が出来るのはせいぜい、君の手助けぐらいだ」


「あっ……うっ、うん……」


この時、アナスタシアの中に、才能とは別の何かが、確かに、それでいて小さく、彼女自身ですらまだ気付けないほど、小さなものが、咲けていた。


『アナちゃん大丈夫? なんか、顔が赤いよ……?』


「えっ!? あっううん! 大丈夫大丈夫! なんでも――」


「ちなみに、テストの約束、忘れたとは言わせない、そのつもりでいるように、いいかね?」


「なんっ!? うっ……ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ格好いいと思ったのに……やっぱ先生のこと大っ嫌い!」

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