第二節

「アナスタシア君、残念ながら、人間は不老不死には、なれないのだ」


「だよね~あはは……」


ただの嘘のはずだった、別にそこまで深く考えてはいない。それでも、アナスタシアが『死亡による離別』に感じた寂しさは本物だった。不老不死に夢見た理由は人それぞれ、そんな中で彼女は、ただ一心に、大切な人と別れたくない、出来る限り、長く一緒に居たいというな思いから。


「珍しく、素直に納得してくれたね?」


「そりゃ……元々、なれないよねさすがにって思っていたけど……先生までなれないって断言したから、もう、納得するしかないじゃん……」


「ふむ、確かに私はそう断言した。だがそれは、あくまで私の持ってる知識を元に導き出された結論に過ぎない」


「えっ、どういう――」


だ、アナスタシア君」


パネルを操作し、その次の瞬間、教室中に色んな映像が映し出した、時代も年分もわからないほど、古いの。


「諸君、ここからは、私は君達にあることを要求する。君達が生まれてから今日まで、16年間学んできた知識を、フル活用したまえ。そして、問おう、君達にとっての『不老不死』とはなんだ?」


『えっと、歳が取らない、かな?』

『うん、不老不死と言えばそれだね』

『事故とかで死んちゃうことはあるかもだけど、やっぱまずは歳からだね』


「では、その『歳が取らない』という表現をどう実現する?」


『え……それは……』

『どうって言われても……』

『時間を、停止させるとか……?』


「ふむ、いい案は出なかったようだな? だが無理もない、もし君達のような歳でも簡単に思い付くようなものだったら、我々はとうの昔にすでに不老不死を達した。しかし、出来る方法がわからなくても、出来ない原因は、もうわかっているじゃないかね? 勉強をサボっていなければ、の話だが」


「あっ……代謝!」


「そうだ。我々人間は、生きて行くためにまず一番必要なのは、エネルギーだ。そして我々の体は、エネルギーを摂取する度に、代謝という化学反応が起こし、取り込んだエネルギーを糧として体を成長させる……つまり、我々の肉体は、歳を取らないようには出来ていない。、この過程は避けられない」


『マジか……』

『夢ないなぁこの世界……』


「残念ながら、老化という現像は止められない。だが、それを遅延させることは可能だ。現に我々は、旧世代の人間よりも遥かに長寿である……遥か昔、100歳まで生きていれば、それはそれで長命と言える時代があった」


「うそ……100歳で?」


「そうだ、我々から見れば、100歳など、まだ人生の3分の2しか経っていない。むしろ100歳になってから初めて、老後のことを考え出すだろう」


「じゃ……もしこのまま寿命を延ばせば……!」


思わず希望を見出したかのように、少し興奮になってきたアナスタシア。ただ、教師という職業は、『知識』を伝授するもの、例えその知識が、相手の希望を奪うことになっても、相手に伝えなければならない。


「ふむ、完全なる不老は実現できないが、擬似的な不老なら、理論上は可能なのだろう……だが、ここに来て新たな問題点を産んだ。歳が取らないからと言って、人間はそのまま永遠に生き続けられるという訳ではない」


「えっ……それ、どういう……」


ケーネルが再びパネルを操作し、映像を出現させた。今回は何らかのデータの統計図表のようだ。


「これは、我々人間の平均寿命が130歳まで達してからの、世界のだ」


『えっ!?』

『じっ……!?』


「あれ……? 待って……おかしい、なんで……?」


意外なことに、ケーネルが問題を提出するより先に、アナスタシアが反応した。


「ほう……アナスタシア君、どこかおかしいかね?」


「だって……せっかく130歳まで普通に生きていけるのに、どうしてみんな、100歳辺りで、急に、自殺してしまうの? しかも集中的にあの年齢前後で……」


『あっ本当だ!』

『確か100歳辺りから急に、増えてる!』

『えぇなんで!?』


「少し話題を変えよう。諸君、『ゾンビ』、『アンデッド』、もしくは『リビングデッド』、これらの名前、聞いたことあるかな?」


「そりゃ……ホラー映画とかで散々」


「ふむ、では、諸君に質問だ。あれらは……『生きてる』と言えるかな?」


『言えない……じゃないかな』

『うん……だってあれ、死んでるし』

『意思もないしね』


「ほう? 創作とは言え、あれらの人体は間違いなく、代謝による成長と老化の問題を解決したと思うが……それでは不老不死にはならないかね?」


「あっいや、不老でしょうけどさ……アレ、どう見ても死んでるし……」


「ふむ。つまり、仮に永遠に不滅な肉体を手に入れても、そこに意思がなければ、生きてるとは言えない、そういうことかな?」


「そういうことかなって、実際そういうことじゃないの?」


「では、先ほどの話題に戻るとしよう。なぜ、100歳辺りに自殺率が急に上がったのか……それは、精神の摩損によるものだ」


『せいしんのま……え?』

『な、なにそれ?』


アナスタシアどころか、他の生徒達もついに、オーバーヒットになり始めた、そして当のアナスタシアだが――


「えっ……『せいしんのマゾ』……? マゾってあのマゾ!? へっ!? 何の話!?」


赤面になりながら勝手にあたふたしていたのであった。一体どこから『マゾ』という言葉に関しての知識を得たのやら。


「……」


『あっ、今一瞬、ケーネル先生が諦めた顔がしたね』

『うん……したわね』

『すげぇよアナスタシア……尊敬するぜ』


「……我々人間には、精神状態というパラメータがある。例えば、アナスタシア君、この後教員室に来るように、君に話がある」


「ふえっ!? あの、えっとぉ……ほ、放課後でも、いいかな……? 今日の昼のメニュー、カレーが――」


「ダメだ」


「そんなぁ……」


「このように、落ち込んだり、悲しんだり、我々人間の精神はいつも何かに影響されて変動し続けている……我々、人間が人間であるためには、この精神がなくではならない。そして、この精神が、我々の肉体と同じように、稼働の限界がある」


『えっ、でも精神って、実体ないじゃない?』

『実体を持ってないのに、体みたいに老化したりするの?』


「もちろんだ。実体を持たないからって、不滅という訳ではない。この世界に対しての興味、そしてその興味によって体感出来る刺激、その欲求……つまり、という意思だ。我々人間の精神構造はやや自虐的でね、『何かを得たい』というポジティブな欲望より、『何かを失いたくない』というネガティブな恐怖の方から、力がみなぎる場合が多い。君達にも、経験したことあるじゃないかね?」


「そうなの? あたしはご褒美がある方がやる気出るけどなぁ……」


「アナスタシア君、もし次のテストに70点以上を出せれば、この私から君に、一週間分のカレーメニューを奢ろう」


「えっ本当!? やった~! あっでも、先生のテストで70点かぁ……むずくない? 出来るかな……」


「逆に、もし50点以上取れなかったら、君には一週間カレー禁止の罰を与えよう」


「はあ!? ちょっと! それってあたしに『死ね』って言ってるみたいなものよっ!?」


「ふっ、嫌なら、50点出すのだな」


「出してやる……絶対に……!」


(目がガチだ……)

(あいつどんだけカレー好きなんだ……)

(ってかまんまと先生にハメられたんだね……)


「これで君達にも理解出来るであろう、人間は何かを失い掛けている時こそが、一番力がみなぎる、逆説的に、人間は何かを守ろうとする時こそ、一番輝くものだ。では、もしそこに、『失う物』がなくなったら、どうなる?」


「えっ、なくなるって……どういうこと……?」


「言葉通りの意味だよ。本来、人間は平均的に70歳までしか生きていけない、そして、70年という時間は多くの人間の一生にとって、やや不足だった……だからこそ、昔の人間は精一杯生きてきた。だが――」


またもや映像が変わり、今度映されてるものは、退としか言いようのない、無気力的な人々の映像だった。

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