Lost in the Corridor ―閉塞回廊での迷走―
響延華音
A precious Lie ―無垢な花―
第一節
『――っ! ――ゃんっ! ――アナちゃんっ!』
焦ってるような声が、必死に誰かを呼び掛けている。
『――ねぇってば! まずいって――あっ』
「わぷっ!」
意識がまだ朦朧としてる間、顔面が何かが柔らかいものと激突――いや、もっと正確に言うと、顔面に向けて何かが柔らかいものが飛んできた。おかげさまで意識がはっきりになり、次の瞬間目に映ったのは、隣に座り、顔色が真っ青な友達と、ただならぬ殺気を放ってる教師。
「私の授業中に白昼夢とは、いい度胸だ、アナスタシア=ネイラフティ。喜びたまえ、そのクッションは私が長年使ってきた、ありとあらゆるストレスを積りに積もった至高の一品だ、ここで君にくれてやろう」
「はっ……えっ!? ケーネル先生!?」
「そうだ、私だ。そして只今授業中である……ここまで言えば、もうわかっているのだろうな? 何か言い残しはないかね?」
「ひぃ!」
窓際に座り、授業中であるにも関わらず、陽射しを浴びてその心地良さに釣られ、ついぼーっとしてしまった少女が、今まさに絶体絶命の危機に晒されている。
「あわわ……ええと、あぁの……白昼夢ではないです! その、考え事をしてたんです!」
「ほう? 考え事とは、珍しい、君とは無縁な言葉と思っていたがね」
クスクスと、教室の中に笑え声が聞こえてくる。
「ぐぬぬ……あたしだって――」
「それで? 考え事とは、どのような事を?」
「へっ?」
「『考え事』というのは、核心となる『テーマ』を基に思考を巡らせる行為だ。脳を動かして、想像する……それが、考え事だ。もし、そこに思考という部分が抜けていれば、それは白昼夢だという。さぁ、君のテーマを教えてくれたまえ、アナスタシア君」
「あっ、あはは……そうなんですね~ええ……」
先生の殺気がまさに秒単位で強くなっていき、少女は直感した。今ここでなんとかしなければ、この後の昼休みがとんでもないことになるのを。
「あ、あたし達人間って……不老不死には、なれないかなぁ、なんて……」
もちろん、嘘である。ケーネルは生徒一人一人の名前、長所短所、得意不得意などをしっかり記憶しており、生徒のことをちゃんと見てる真面目な教師だ。そんな彼が生徒に対しての評価を間違えるはずもなく、アナスタシアがこんな複雑な事を考える訳がないことも、もちろん知っている、が――
「ほう、不老不死とは、君もそういう年頃になった訳だな?」
「はい?」
「ふっ、何も恥じることはない、君達のような歳では極く普通な現像だ。厨二になったぐらいで、誰も君のことを変だとは思わない、安心するといい」
「ちょっ、はあ!?」
『あははは!』
教室内に響き渡る生徒達の笑い声、そして顔が真っ赤になったアナスタシア、いつものこととは言え、さすがにこれは恥ずかしい。
「だが、ふむ、せっかくだ。例えそれが場凌ぎのための嘘であっても、君は数多なる選択肢の中に、わざわざこのテーマを選んだ。それは思考の末の行動か、それとも直感か、どっちかね?」
「いやぁ~あはは、嘘だなんて――えっ!?」
『ちょっバカっ! せっかく先生がそこを見逃してやったのに拾わないでぇ~!』
アナスタシアの友達が普段、いったいどれだけ苦労していたのかよく伝える一幕である。
「あっ! コッホン! ええっと……別に最近身内でそういうことなってる人がいる訳じゃないけど……ちょっと、寂しいなぁって……だって、離れていっても、電話したりメールしたり、連絡は取れる。でも、もし死んちゃったら、もう、どうやっても会えないじゃない? そういうの、ちょっと嫌だなぁと思って……あはは……」
今度こそ、場凌ぎのための嘘ではなかった。それを言い出したアナスタシアの顔に、どこか寂しげな雰囲気が溢れ、その眼差しもまるで、ここではない、どこか虚しい彼方に向けるような。そのすべても、ケーネルの目に映った。
「なるほど、そういうことであれば、仕方ない」
ふっと、手中にある教本を閉じて。
「諸君、すまない、今日の授業はここまでにする。ここからは、せっかく頭を動かしてくれたアナスタシア君のために、このテーマについて、少し語ろうと思ってね」
「えっ!? いやいやいや! そこまでしなくてもっ!」
さすがにこれはまずい、と思ったアナスタシア。まさかただの嘘がここまで発展してしまうとは、想像すら出来なかっただろう。
「なに、そう深くまで触るつもりはない、軽く語る程度でね。君達が卒業しこのまま大学にまで入るとなれば、そういうテーマには嫌ほど触ることになる。もっとも……アナスタシア君の場合、果たして何年ぐらい私の教え子のままにいるのかはまだ未知数だがね?」
「んなっ!?」
『否定できないから怖いよぉ……アナちゃん本当毎回ギリギリなんだから……』
『あははは!』
このように、ケーネルは厳しい先生ではあるが、決して四面四角の堅物という訳ではない。教室の雰囲気を把握し、適度なジョークを放ち生徒達の集中力を維持するような柔らかい対応も出来る。その上、生徒達のことを自分とは対等な人間のように接し、決して上からの目線で扱わない。授業も簡単明瞭でわかりやすいため、その厳しさからは想像できないほど、生徒達の間には絶大な人気を誇る。
「だが、始まる前に、まずは君の疑問そのものに関して、一つ説明する必要がある、その上で君の疑問に答えよう。アナスタシア君、君は、『そのクッションになれるか』と、考えたことあるかね?」
「……えっ?」
あまりにも唐突で、意味不明な質問に、アナスタシアだけじゃなく、クラスの生徒達もみんな、不思議そうな顔をした。
「そう難しく考えなくていい、言葉通りの意味だ。対象物はなんでも良い、クッションでもいい、君の今座ってる椅子でもいい、なんなら君の大好きな昼ご飯でも良い。どうあれ、君はたったの一度でも、『そういうものになれないか』と考えたことあるか?アナスタシア君だけではない、他のみんなも、そんな風に考えたことあるか?」
『そう言われても……』
『ないよね、普通』
『うん、ないよ、そんな風には考えないな』
「ほう、では、その理由とは? なぜかな?」
「なぜって……なれないに決まってるじゃない? そんなの、考えるまでもないというか」
さすがのアナスタシアでも、これぐらいはわかる。
「その通り。なれないだと知っている、だから疑問を感じたことがない。では、もしアナスタシア君みたいに、疑問を感じで、それを一つの問いとして口に出した場合は、どういう意味になるかね?」
「えっ? ええと……もしかしたら出来るってこと?」
「ふむ、そういう見方もあるだろう、だが違う。諸君、よく覚えるといい、我々人間はそういう風に問い掛ける時、そこには願いが込めている。出来る可能性があるから問い掛けるのではなく、そうしたい、そうなりたい、そこに向けて走り出したい、だから問い掛けた」
「おっ、お~ぉ……?」
目が白くなり、脳天から白い煙をあげているアナスタシア。だが、今回ばかりは彼女を責めてはならない、なぜかと言うと、クラスの生徒みんな、似たような状態だからである。
「ふむ、魂が宇宙の彼方に旅立ったのだな? では仕方ない、君を、厳しい現実に引き戻すとしよう。アナスタシア君、残念ながら、人間は不老不死には、なれないのだ」
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