#14 宣伝開始


 もうすっかり橙色に染まった街を、7人揃って歩いていく。

 お店の外に1歩踏み出した時は、また街の人達に追いかけられたりするんじゃないか、とビクビクしていた私だったが、10分程歩いた頃にはすっかり安心していた。

 昼間はあんなに目を爛々と輝かせながら、獲物を狩る肉食動物が如く追いかけてきた街の人達は、今や私なんかに目もくれず、ただ通り過ぎていく。

 これもあの謎の薬のおかげなのか。

 髪色と目の色だけでこんなにも対応が変わるものなのか。


 まあ、私を除いた6人の男子達は、通り過ぎていく人にチラチラ見られているが。

 普段からユウヤが近くにいるから感覚が麻痺していたのだろうが、やはりユウヤは魔界でも顔が良い方らしい。

 ユウヤを基準にして考えていたから、七宝さん達の事もなんとも思わなかったが、彼らもなかなか目を引く顔をしていらっしゃる。

 振り返ってまで彼らの顔を見る人。

 通り過ぎた後で黄色い声を上げて話す女の子。

 羨ましそうに見る人もいる。


 羨ましそうに見る人、憧れるだけにしておくんだな。

 実際に顔面偏差値がこんなに高いと大変だろうからな。

 教壇に立って発表しようものなら、歓声で発表どころじゃなくなる。

 ただぼーっと窓の外を見ているだけでも、アンニュイな感じになって絵になる。

 見物客が教室に押掛ける。

 私は絶対嫌だね。

 まあ、偉そうに言える程私の顔面偏差値も高くは無いのですが。


 ともかく、周りの男子達が注目される度に少し恐怖しながらも、そのおかげで私自身が目立つ事も無いので、なんとか気楽に歩いている。

 まあ視線は気になるけど。


 それはそうと、かれこれ20分は歩いているけど、どこまで行くんだろう。

 目的地を聞いていなかった。


「あの」


「なんだい?」


 雑踏にかき消されそうな私の声に真っ先に応えてくれたのは、やはり七宝さんだった。

 今までの会話で勘づいていたが、この人誰よりも反応が早い。


「どこまで行くんですか? チラシを配るって言うから、お店の近くだと思ってたんですけど」


 そう、呑気に散歩している気分になりかけていたが、本来の目的はチラシ配り。

 道行く人に自ら声をかける地獄のような所業だ。


「せっかくだし、メディウムに近いとこにしようかなってね。今の時間、帰宅ラッシュで一通りも多いだろうっていう、オレの完璧な計画なんだぞ!」


「メディウム?」


 また聞いた事の無い単語が出てきて、オウム返しする私に斜め上から神夜さんが補足してくれる。


「メディウムはこの国の首都。うちの店は首都の隣の街にあるんだけど、結構近いから歩いて行ける距離なんだよ」


 なるほど。

 まだ土地勘は掴めていないけど、歩いて行ける距離と言うことは、本当にすぐ隣なんだな。

 日本で言う県境みたいな感覚なのかな。


 その内、段々周りの人も増えていく。

 それと比例して遠くにあった大きな建物にも近付いていくから、あれが駅なんだろう。

 少し開けた広場のような場所で七宝さんは歩みを止めた。


「よーし! この辺りでいいだろう!」


 どうやらここが目的地らしい。

 確かに人通りは多く、宣伝をするにはうってつけの場所だ。

 そうなのだけど、いきなりその時が来た事で、また私は怖気付いてしまう。


「そうだな。じゃあそれぞれ分かれて宣伝を始めてくれ。くれぐれもサボらないように。特に良緑」


「俺名指しかよー、はいはい、ちゃんとやりますよー」


 大七矢さんも場所決めには納得しているようで、早速みんなは散り散りになって宣伝を始めた。


 いざとなったら、ユウヤの後を着けて行ってなんとかしようと思っていた私の考えは、ユウヤを引っ張り、一際人が多い場所に行ってしまった大七矢さんにより打ち砕かれた。

 私の考えが分かっていたのだろうか。


 そうだとしたら、これは明らかに自分の力でどうにかしろ、という大七矢さんからのメッセージだ。

 雇い主の命令には背けない。

 別の人に着いて行こう。


「あの、文月さ……」


「こんにちはあ、7色のお店です!」


 近くにいた、比較的声の掛けやすい文月さんに助けを求めようとした所、彼の発した言葉に周囲の人があっという間に集まり、人の壁により道は閉ざされた。

 目立たないようにと思っているのに、この人だかりの中心に行くのは、明らかに目立ちに行くようなものだ。

 諦めよう。


 さて、次は。


「神夜さん」


「ん?」


 よかった、彼の周りにはまだ人だかりは無い。

 壁にポスターを貼る彼に小走りで近寄る。


「あの、よかったら一緒にチラシ配りませんか? まだ勝手がわかってなくて」


「えと、俺は」


 勝手に日陰族としてのシンパシーを感じている神夜さんが一人でいるのに安心していた私だが、それとは反対に彼の言葉は歯切れが悪い。

 その時、神夜さんの元に良緑さんが駆け寄ってきた。


「おーい、神夜ー」


 そのよく通る声に、通行人の視線が集まる。

 だが、当の本人はその目線も気にしていない。


「あっちのおっちゃんも店にポスター貼っていいってさー。早く来いよ」


「良緑、聞こえてるから声量を下げてくれ……」


 良緑さんは普通に話しているつもりなのだろう。

 だが、彼の声はよく通るから雑踏の中でも一際はっきり聞き取れる。

 よって、目立つ。


「目立ってナンボなんだから気にすんなよー。それより早く! おっちゃん待ってっから!」


 と、先程走ってきた方向とは真逆の方向へ走り出す良緑さん。

 あれ、そっちに行ってるのは見かけなかったけどな。


「良緑! そっち逆だろ! さっきは真逆から来てたぞ!」


「え」


 神夜さんそんな大きな声出せたんだ、と驚いていると、良緑さんはまたクルリと方向を変えて、町外れへと歩いていく。


「こっちか?」


「そっちじゃない! あーもー、じっとしてろ!」


 じゃ、ごめん。と言い残して、神夜さんは良緑さんの元へと走っていく。

 良緑さん、方向音痴だったのか。

 神夜さん、完全に良緑さんの保護者では。


 一瞬の事に呆気に取られている内に、また1人残された。


 今からでも、文月さんの方に行こうか。

 それとも、大七矢さんとユウヤを追いかけようか。

 神夜さんと良緑さんについて行けばよかっただろうか。


 考えてもどうしようもない。


 私は手元のチラシに目を落とす。

 みんなが頑張って作ったチラシだもんな。

 全部配らなきゃ申し訳ないな。


 はー、と大きく息を吐き、気合いを入れ直す。

 こうなれば仕方ない。

 こんな私でも、少しくらい足を止めてくれる人がいるはず。

 チラシを持つ方と逆の手で拳を作り、自分を鼓舞する。

 なんとかなる。

 成さねば成らぬ何事も。

 まずはやってみないと、だね。


 さっきとは逆に、大きく息を吸う。


「こ、こんにちは、な、7色の、お店、でーす」


 吸った息の量に見合わない、中途半端にか細い声が絞り出される。

 目も泳ぎまくっている。

 誰に向かって言っているのかも分からない。

 目を逸らした先で目が合ったサラリーマン風の人が、怪訝そうな顔でこっちを見て、すぐ目を逸らす。

 今の反応はあれだ、もしかして自分に向かって喋ってた? 気のせいだろ、みたいな反応だ。

 こうなると、2回目がなかなか踏み出せなくなる。

 最初から力を出し切ってしまっていたらこの後に続く言葉も全体に向けて言っているのだと分かるのだろう。

 けれど、声が小さいことで誰の耳にも届かなくて、2回目を頑張ろうとすると、ネガティブな考えに捕らわれてしまう。

 もう既に心が折れかけている。


 道の真ん中で、チラシを手に立ち尽くす。

 ああ、邪魔だろうなあ。

 みんなみたいな注目のされ方じゃないだろうなあ。

 やっぱり私には無理だろうな。

 根本的に違うからな。

 これ、無言で差し出すのは流石に悪いよな。

 

「すみません、あの、これ……」


 歩いてきた若い女性に向かって、なんとかチラシを1枚差し出す。


 だが、無反応。

 通り過ぎて行ってしまった。


 駄目だ、心が折れた。


 これ、すごく心にくるな。

 これから街でティッシュ配ってる人に会ったら、絶対受け取るようにしよう。

 あの人たちはこんな気持ちを味わっていたのか。

 申し訳なくなってくるな。


 どうしよう、どうしようという気持ちが喉元でぐるぐると回る。

 何か言わないと、と口は動くが声帯は震えない。

 胸元が締め付けられるような気持ち悪さを抑えようと唾を飲む。

 なのに頭は真っ白で、何も考えられない。

 ただ、どうしようという言葉が繰り返されるだけ。


「あ、あ……」


 なんとか絞り出そうとする声は音にならず、無声音として地面に落ちた。

 俯く視界も、段々滲んでくる。

 焦点が合わない。

 鼻の奥がツンとする。


「すみません、それ、1枚貰えません?」


 その時、頭上から声が降ってきた。


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