#13 苦労人


「そうと決まれば、まずはチラシのデザインだな。どうする?」


 と、どこから取り出したのか、大七矢さんが机の真ん中に1枚の白紙を置く。

 その間に神夜さんは食べ終わったケーキのお皿とティーカップをキッチンの流しに持っていく。

 手伝います、と慌てて私も立ち上がる。

 あんまりチラシ配りでは役に立てなさそうだから、こういう出来そうなことをして誤魔化そう。


「ん。どうも」


 食器を洗い始める神夜さん。

 そんな普通に感謝されたら、自分のダサい思惑が醜く思えてくるな。

 テーブルでは、もう皆が案を出してデザインを決めだしていた。


 そこに後から入るのもなんだかな。

 折角なので、神夜さんのお手伝いで、洗い終わった食器を拭いていく。


「やっぱりここは店長であるオレの名前を、ドーン! とだな、目立つように入れよう」


「誰もそんなの求めてねーよ。載せられる情報にも限りがあるんだから無駄な情報入れるんじゃねえよ」


「見て見て、僕ドーナツ描いたあ」


「お、じゃー俺は猫でも描いちゃおーっと」


「文月と良緑は落書きするな!」


「店名と、場所と、営業時間と……後は何かあるかな?」


「ユウヤ、お前だけが頼りだ、ちゃんとしててくれ」


「ひっどーい! 大七矢くん、俺達が真面目じゃないみたいにー! キャピキャピ」


「ねー、酷いねえ」


「だから良緑と文月はちゃんと人の話を聞いてくれよ!」


「なあなあ! この店名の横に、オレの似顔絵描いてもいいよな!」


「良くねえよ! なんでいいと思った、てか七宝、お前はもっと自己主張を抑えろ!」


「ふっ……このオレから溢れ出すカリスマ性、ヒーロー力、人気者パワーは誰にも止められないのさっ……」


「ウゼエ」


「なー、早く決めて外行こうぜー」


「僕お腹すいたあ」


「お前らほんと自由だよな」


 テーブルの方からは、そんな賑やかな声が聞こえてくる。

 マイペースな七宝さんと文月さんと良緑さんを、ほぼ1人でまとめる事になっている大七矢さんは酷く大変そうだ。

 神夜さんも、哀れみの目を大七矢さんに向けている。


 それに比べて、キッチンの静かな事。

 さっきから水の音と食器の音しか聞こえない。

 まあ、カウンターキッチンになっているから、テーブルの賑やかな声は筒抜けなんですけども。

 手伝うと言ったは良いものの、なんとなく気まずい。


「えーっと……」


 無言が辛くなってきた私は、なんとか話題を見つけようと思考を巡らせる。

 そんな私の声にも神夜さんは無反応だ。

 淡々と作業をこなしていく。

 これで無視されたら立ち直れないかもしれない。


「みんな、賑やかですね?」


「そうだな?」


 話題を振るのに躊躇った結果、謎の疑問文が出来上がり、彼も不思議そうな返しをしている。

 駄目だ、話が続く気がしない。

 神夜さんは相変わらず、手元の食器に視線を落としている。

 これがユウヤ相手なら、しばらく無言が続いても何とも思わないのだけど。

 会ったばかりの人と無言が続くのは、なんとも言い難い焦りを感じる。


「えーとですね……」


「あの」


 もう一度会話を試みようと、話題を捻り出そうとする私を、神夜さんの言葉が遮った。


「その、なんか無理して話さなくて大丈夫だから」


 その顔はやはり食器に向いている。

 声色もいつもと同じ淡々としたもので、サラサラと揺れる髪の毛が神夜さんの表情を隠し、今彼がどんな感情でいるのかを読み取らせないようにする。


 これは、無駄話をしてないで手を動かせ、って事なのか?

 しつこく話しかけようとしたから怒った?

 自分よりだいぶ背の高い男の人から発せられた抑揚のない声に、背中に冷たいものが走る感覚がした。

 大七矢さんとは別の怖さがあった。


「す、すみませ……」


 これ以上余計な事は言わないでおこうと、私は俯く。

 バサッと布が勢いよく動く音がして、その直後に動揺したような声が降ってくる。


「いや、違、怒ってる訳じゃ」


 その声に思わず顔を上げると、相変わらず表情は大きく変わっていないものの、罰が悪そうに目を逸らす神夜さんがいた。


「えっと……気まずいかもしれないけど、無理して話そうとしなくても、いいから。ごめん、上手く話題返せなくて」


 あ、なんだ、この人私と同じじゃん。

 これ、陰の者じゃん。


 申し訳なさそうに謝る神夜さんに、私まで申し訳ない気もしてくるが、何だか同族の匂いがする。

 初対面の人と上手く話せないの、同じじゃん。

 なーんだ、と気が抜ける。

 気が付いたら笑みが漏れていた。


「ふふ、いやすみません。なんか私と同じような気がして」


「同じ?」


「性格がですね。似てるのかもしれません」


 少しの間、言葉の意味を理解する為に考え込んでいた神夜さんは、直ぐに納得したように頷いた。


「なるほど。魔界にいる数少ない人間だしな。同郷、てやつだ」


「それはちょっと違うかも」


「え?」


 少しズレた返答にまたも笑ってしまう。

 もしかしたらこの人、クールに見えるけど天然なのかもしれない。

 そう言えば、良緑さんも同じような事を言っていたような。

 よく一緒にいるし、仲良いんだろうな。


 少しほんわかしていた所に、テーブルからユウヤが声をかけてくる。


「神夜ー、チラシの大体のデザインが決まったから、絵を描くの手伝ってくれない? 大七矢以外が飽き始めて落書きしだしてるからさ」


 と、そこに大七矢さんの怒声も混じって聞こえた。

 マイペースな3人に手を焼いているのだろう。

 大七矢さんはもう既に疲れた声をしている。

 やれやれ、と溜息を吐く神夜さんの背中を追って、私もテーブルに着く。

 机の上に置かれていた、白紙だったものは、沢山の落書きに埋め尽くされていた。


「よく、この短時間でこんなに描けるな……」


 それを見た神夜さんは呆れを通り越したのか、感心したように紙を眺めている。


「本当だよな。お前らの才能には驚かされるぜ」


 そう言いながらも、大七矢さんはバカにしたように鼻で笑った。

 もう相手をするのは疲れた、と言わんばかりの皮肉だ。


「いやあ、照れるな! オレ自身も、オレの才能が怖いよ……何でもできるって、罪だよな」


「皮肉だよバカ」


 だがそんなわかりやすい皮肉も、七宝さんには通じない。

 これは皮肉と分かってての反応なのか、素直に言葉の通りの意味で捉えた反応なのか。

 いや、多分後者かな。清々しい笑顔だ。

 そのポジティブさに、更に大七矢さんがげんなりする。


「ほい、神夜パース。俺らはもう仕事したからさー」


 テーブルの中央に置かれた紙を良緑さんが素早く取ると、神夜さんの前に置いた。

 大仕事を終えたような雰囲気を出しているが、見た限りこの人がやっていたのは落書きだけのようだ。

 だが、そんな良緑さんを注意する事も無く、神夜さんはペンを手に取る。


「この真ん中のがチラシのデザインだよな?」


「ああ、そうだ。まあざっと描いただけだから、細かい所は神夜に任せる」


 大七矢さんは他のみんなとは違い、本当に大仕事だったようで、どこから取り出したのか、飴玉を口に入れて休憩している。

 そんな彼に文月さんが同じように飴玉を強請ったが、大七矢さんはそれを拒否。

 何故か慌てた様子で、ユウヤが文月さんに大きなペロペロキャンディを手渡し、それを文月さんは満足そうに舐めている。


 改めて、たくさんの絵が描かれた紙に視線を落とす。

 なるほど。

 たくさんの落書きに囲まれて窮屈そうにしているのがデザイン案か。

 この堅苦しい真面目な線と、聞こえていた会話から、これを描いたのが大七矢さんだと想像がついた。


 その内容に神夜さんは一通り目を通してから、別の紙に何かを描き始めた。

 リズミカルにペン先が紙を上を滑る音がして、迷うこと無く神夜さんは描きあげていく。


「おお」


 思わず感嘆の声が漏れる。

 神夜さんは、めちゃくちゃ絵が上手かった。

 フリーハンドなのに、綺麗に真っ直ぐ線が引かれ、細部まで描き込まれていく。

 確かに、これならイラストを頼まれるだけある。

 あっという間にチラシは清書され、デザイン案を完成させた大七矢さんと相談しながら着色していく。


「ふっふっふー。神夜、めーっちゃ、絵がうめーだろ」


 私の隣で、何故か良緑さんが得意げに胸を張っていた。

 何であなたが得意げに、と思いながら「ですね」と相槌を打つと、良緑さんはニヤリと笑った。


「何で俺がドヤるんだーって思ってんだろ」


 心を見透かされた。


「よくお分かりで」


「まあなー。大体の人の考えは分かるけど、心菜は特にわかりやすいわ。素直だなー」


 小さい子を褒めるように、おーよしよし、と私の頭に手を伸ばす良緑さんを躱す。

 褒められている気がしない。

 避けるのは素直じゃない、と良緑さんは言うが、その褒め方だと誰でも避けるでしょ。


「俺が神夜の事でドヤるのは幼馴染だからかねー。んで、俺ら親友。幼馴染褒められたら嬉しいじゃん? なんか俺まで褒められてるみたい」


 そう言ってふざけたように指でハートを作る良緑さん。

 どこまで本心なのか分からない彼だけど、まあ親友だと思っているのは間違いないんだろう。


「良緑さんも、たいがい素直じゃないですよね」

 

「俺はいーの。俺が素直とか似合わねーよ」


 と、いつものニヤニヤ顔で返された。


 そうしている間にも、真面目な2人によってチラシは出来上がっていく。

 これ、もしかして神夜さんと大七矢さんだけでチラシ作れたのでは。

 そう思う程、2人の作業スピードは早い。

 あっという間にチラシは完成し、完成系を見る間もなく大七矢さんがそれを持ってどこかに行く。

 さっきからずっと大七矢さんが働きっぱなしだけど、休めているのだろうか。


「出来たぞ」


 暇を持て余して手遊びを始めていた七宝さんに向けて、神夜さんが作業の終わりを告げると同時に、七宝さんは勢いよく立ち上がった。


「神夜おっつかれー! よし、じゃあ出掛けるか!」


「え、もう?」


 私にとっての地獄の時間は、突然やってきた。

 出掛けるという事は、チラシ配りが始まると言う事だ。


「オレはデキる男だからな! ぱぱっと仕事を終わらせてやるんだぞ! Is there a saying? ah……ゼンワ、イソゲ?」


「いず、ぜあー……なんて?」


 得意げに主張する七宝さんだが、後半は聞きなれない言葉が使われていて、私には理解できなかった。


「Is there a saying。『ことわざにもあるだろ?』みたいな意味だな」


 と、いつの間に戻って来ていたのか、大七矢さんが解説しながら私に向かってチラシの束を差し出す。

 え、こんなに配らなきゃいけないんですか。

 コミック2冊分くらいの厚みはあるけど。


「ほら、早く受け取れ。七宝の真似をするなら、『善は急げ』、ってやつだ」


 あまりの量に受け取るのを躊躇していると、半ば私に押し付けるように、大七矢さんは渡してくる。


「えーと、まだ心の準備が……」


 きっとこの人に言い訳は通じないんだろうな、と分かっていても、私の目は泳ぎ、明後日の方向を見る。

 そんな私に向かってニコリと彼は笑い、


「心の準備時間が必要なら、追加料金が必要だが?」


 鬼だ。

 仕方なく、私はそのチラシの束を受け取る。

 周りを見たら、サボっていたと大七矢さんに見なされた七宝さんと良緑さん、そして文月さんは私の2倍くらいの量を手渡されていたけれど、良緑さん以外は特に不満も漏らしていない。

 見ず知らずの人に話しかける事に抵抗のない人なんだな。


「よし、それじゃあ出発だ!」


「おー!」


 家にランドセルを置いた直後に外に飛び出す小学生のように、七宝さんと文月さんは我先にと玄関に向かう。

 その後ろを欠伸しながらついて行く良緑さんと、先に行った2人を追いかけていく大七矢さん。

 頑張ろうね、とやる気を出しているユウヤに、私に渡された紙の束の半分を渡したくなりながら、その後ろを着いていく。

 そんな私たちを見守りながら、戸締りと火の始末をしっかりして部屋を出る神夜さん。

 

 まるで家族のようなバランスだな。


 今日何回目かもわからない溜息を飲み込んで自分を鼓舞すると、オレンジに染まった街に飛び出した。

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