#12 NYS(7色のお店を有名にする作戦)


「さて! 会議だ!」


 そう七宝さんが唐突に言い放ったのは、お昼の爽やかな日差しも落ち着いた午後3時。

 掃除も終わり一息着くことになり、ダイニングのテーブルをみんなで囲み、おやつのケーキを頂いていた時だった。


 まだ各々食べかけのケーキが乗ったお皿から、店長である彼の方に視線を移す。


「会議?」


 まだフォークを咥えたままの文月さんは、こてんと首を傾げた。

 うむ、と仰々しく何度も首を縦に振る七宝さんはこれまた大袈裟に真面目ぶる。


「そうだぞ。心菜とユウヤも増えて、新しいスタートを切った『7色のお店』だが、まだまだ課題が山積みだ」


 お店の名前、そんな名前だったんだ。

 もしかしたら会話の中で出てきていたのかもしれないけど、この時初めて私の中でお店=7色のお店、という式が出来上がった。

 なんだか可愛い名前だな。

 流石魔界というか、どことなくファンシーな名前だ。


「珍しく七宝がやる気じゃーん。どったの、頭打った?」


「オレはいつでも元気いっぱいだぞ!」


 自分のケーキの最後の一欠片を口に入れた良緑さんが、七宝さんのケーキを奪おうとするのをニコニコ笑顔で防ぎながら彼はピースサインを向ける。

 盗られる前に、と思ったのか、大口を開けて残りのケーキを頬張る七宝さんはとても幸せそうな顔をしている。

 それに反して良緑さんは買ったばかりのアイスを落とした小さな子のような顔だ。

 だが、その腕は神夜さんのケーキに向かっている。

 あ、防がれた。


「とにかくだ、新しく2人が入った事で、今までみたいなゆるゆる開店じゃ駄目だ! と、オレは閃いたのだ」


「何を今更。俺が散々言っても聞かなかったくせに」


 ごくん、とケーキを飲み込んで自慢げに話す七宝さんを、大七矢さんは呆れたように睨む。

 

「それで、どうするんですか?」


 会議と言われても、来たばかりの私には何も分からない。

 お店経営のノウハウも全く知らない。

 そんな私の質問に七宝さんは指を鳴らして決めポーズ。


「よくぞ聞いてくれました! 今の俺たちに足りないもの、それは……知名度だ!」


 ほう。

 それは確かに大切だけど、思っていたよりも根本的な問題だった。


「まあ、店をまともに開いてないのに、知名度もクソもないよなー」


「クソって言うな」


 良緑さん、お食事中ですわよ。

 注意する大七矢さんも、人の事言えないと思うのだけど。

 口悪いし。


「で、知名度を上げるために何かするのかい?」


 ゆっくりと自分のペースでケーキを食べ終えたユウヤがやっと会話に参加する。

 先程大七矢さんに貰ったメガネは大きさが微妙に合っていないのか、すぐにずり落ちてしまうようで、鼻筋に沿って指を滑らせ、メガネを持ち上げる。

 その言葉を待ってましたとばかりに、また一段と七宝さんは目を見開き輝かせる。


「それを今から会議するんだ! さて、何かいい案がある人はどんどん発言していこうじゃないか。あ、ちなみにオレはだな、まず誰かが通行人に襲いかかる。それをオレが助けて、『お名前だけでも』となった時に、かっこよく『名乗るほどの者でもありませんよ』キリッ! と決める」


「そこは名乗れよ、宣伝にもなってないじゃねえか」


 大七矢さん、よく七宝さんのマシンガントークについていけてるな。


「あと、そのやり方だと誰か1人悪役を作らないとだねえ」


 問題はそこじゃないと思うのですが。

 文月さんの言う事も一理あるけど、そもそも、この作戦を本気でやるつもりじゃないでしょうね。


「うーん、じゃあ悪役は良緑で」


 七宝さんに指名されたのはまたしても、というかやはり、というか良緑さんだった。


「何で俺なんだよ」


「目つき悪いし、悪役っぽい顔してるじゃん」


 分からなくもない。


「良緑ならできる、頑張れ」


「いや神夜、フォローになってないんだけど」


 ぐっ、と拳を握り鼓舞する神夜さんに良緑さんがげんなりしている。

 神夜さんまで根本的な事にツッコんではくれないのか。

 誰か元の案を却下してくれないか、とみんなの顔を見渡していると、大七矢さんが大きな溜息を吐いて意見してくれた。


「てか、まずそれは駄目だろ。誰かが悪役やるとして、そいつはもう店に入れられねえよ。ヤラセだってバレるしイメージダウンに繋がるだろうが」


「そうですよ、もっとまともな案にしましょう。リストラは良くないです」


 それに乗っかって私も発言する。

 よし、1人で発言するよりベースとなる誰かがいてくれた方がやりやすいぞ。

 このまま大七矢さんを味方に付けて目立たず無難な方法をだな。


「やっぱり宣伝となると、チラシを配るのが手っ取り早いだろ」


 はい?

 味方だと思っていた大七矢さんに一瞬で裏切られた。


「チラシ、を配る?」


「何だ、文句あるのか」


 いや、配るって事は、道行く人々に自分から声をかけて、受け取ってもらうって事ですよね?

 初対面の人に話しかける?

 しかも自分から?

 相手がどんな人かも分からないのに?

 それは私みたいな教室の端っこにいるような種族にはハードルが高い。


「お! 大七矢にしてはいい案なんじゃないか? オレのヒーロー案に反対したのは水に流してやろう」


「何でてめぇはそんなに上からなんだよ。昔っからだけどよ」

 

 七宝さんまでチラシ配りに賛成してしまった。

 この店の店長と副店長が乗り気、という現状に私のテンションが下がる。


 この人達はそういうの平気でしょうね。

 コミュ力の塊みたいな人だもん。

 明らかに陽の人間の集まりだもん。

 けど私はそういうの無理だから。

 そんな積極的な人間じゃないから。

 陰の人間だから。


「そ、それって、もしかして全員参加じゃ」


 恐る恐る聞いてみるも、現実は無情だ。


「当たり前だ」


 バッサリと大七矢さんに一刀両断される。


「ですよねー……」


 退路は絶たれた。

 嫌だ、やりたくない。

 なんとかこの事態を避ける方法は無いものか。


 そんな私の考えを見透かしてか、大七矢さんがギロリと睨む。


「何だ? 店の商品を壊して、しかもうちに置いてやると言った矢先にバックれる気か? ほー、偉くなったもんだな」


「う」


 それを言われるとどうしようも無い。

 借金人間に人権は無いのか。

 権力には逆らえない自分だから仕方ない。

 もうだめだ。

 救いを求めて、反対意見がありそうな人を探すが、みんなの顔はイキイキしている。

 何なんだ、社交性の塊か。


「さっきの案より現実的じゃん。俺はさんせーい。めんどくさいけど」

 

「僕も賛成! みんなでチラシ配るの楽しそう! わくわくだねえ」


「俺は心菜ちゃんと同じく下手に意見できないので、みんなの意見に従うよ。チラシ配り、いいんじゃない?」


「別にいい」


 どっちとも取れない神夜さん以外は、もうやる気を出している。

 これはもう従うしかないのか。


「よし、じゃあこれで決定だな。異論は無いな」


 もうこれは流れが完全にできている。

 異論はあるけど、でもやってみない事には分からないし。


「無いな?」


 腹を括れ、と言わんばかりに大七矢さんが念押ししてくる。

 そんな風に言われたら頷くしかない。


「無い、です。やります」


「よし! じゃあ『7色のお店を有名にする作戦』、略してNYS! N、7色のお店を。Y、有名にする。S、作戦だ! 第1弾はチラシ配りに決定! みんな拍手!」


 私の返事を最後まで待たず、七宝さんは声高らかに宣言する。

 まばらな拍手が起こるが、その中でも1番音が大きいのは言うまでもなく、七宝さんである。

 ノリノリだなこの人。

 まあ、どんな事でも楽しめるのはいい事だ。

 私も頑張るか。

 腹を括ろう。

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