#11 掃除と銃
私、
クラスでも中心とは離れた所に居つつ、教師の2人組になっての声に戸惑う程友達が居ない訳でもない。
いや、勝手に友達と言っていいのか。
そんな不安を抱くくらいにはあまり話さない、友達と言えるか微妙なラインの知人はいる。
つまり、たまに少し話すくらいのクラスメイトだな。
そんな私の事はどうでもいい。
今はどう弁解しようが無駄だと思える程、非現実的な状況に置かれている。
私自身、未だに半信半疑というか。
私は今、魔界にいるらしい。
そんなの平凡とはかけ離れている。
わかってる、そんな事。
不可抗力だったんだ。
気付いたらこうなっていたんだ。
そして今、何をしているか。
暖かい日差しが差し込む、1教室程の大きさの部屋にたくさんの棚やら机やらが詰め込まれ、たくさんの小物が所狭しと並んでいる。
少し埃の舞うそんな中、私は1人、箒を手に立ち尽くしていた。
それは、ほんの10分程前の事。
人間界に帰れなくなった、私と従兄のユウヤを受け入れてくれたこの店の住人達と改めて挨拶を交わした直後。
待ちきれないと言わんばかりに、2階に向かって駆け出す
「早く早く! 部屋はこっちだぞ!」
千切れるんじゃないかってくらい腕をぶんぶん振っている。
呼ばれるがまま、七宝さんについて行こうとするのを
「お前、何か忘れてないか?」
「何でしょう?」
先程みんなにからかわれる大七矢さんを見たせいか、もう緊張感はあまり抱かなくなった。
私より頭1つ分小さな彼を、堂々と私を見上げる彼を少し可愛いなと思いながら尋ねる。
すると彼もにっこりと笑って、ある場所を指さす。
「忘れたとは言わせねえぞ」
笑顔のままドスの効いた声でそう言う大七矢さんが指さしていたのは、リビングから扉1つ挟んだ場所にあるお店のスペース。
さっき転んでからそのままリビングに戻って来たから、少し開いた扉の隙間からは私達がぶちまけた瓶の残骸やらが見える。
忘れてた。
「掃除、よろしくな」
そう言って箒を押し付けてきた大七矢さんは、そのままユウヤの首根っこをむんずと掴んでどこかに連れて行った。
それが約10分前の出来事。
必然的に私1人でお店の掃除をする羽目になったのだが、思っていたよりも簡単に終わった。
少し瓶は割れていたりしたが、粉々にはなっていないので欠片を集めるのは楽だった。
そして軽く床を掃いて終わり。
「結構何とかなるものだな」
ふー、と一息つく。
やっとゆっくり出来た気がする。
何せここまで怒涛の勢いで事が進んでいたから。
商品と思しき、机に並んだ小物に積もった埃をどうするか悩んでいた所に七宝さんがやって来た。
「やっほー、どう? 進んでる?」
「七宝さん、一応終わったんですけど、ここの埃とか掃除しましょうか?」
「おお! 心菜はしっかり者だな。よしよし。向上心があって結構結構」
満足そうに頷く七宝さんを見て、少し安心する。
よかった、掃除の出来には満足してもらえているみたいだ。
そうしていると、他のみんなもゾロゾロとやって来た。
何故かげっそりしたユウヤを連れて。
何があったんだろう。
「わー! すごーい! 綺麗になってるね!」
ぴょんぴょんと飛び跳ね顔を輝かせる
その笑顔につられてこっちまで笑顔になる。
「ふむ。まあ合格だな。よくやった」
大七矢さんは相変わらず上から目線だけど、最初の頃のトゲトゲした雰囲気はもうすっかり無くなっている。
「ありがとうございます……」
「何でそんなに不安そうなんだよ。褒めてやってるんだから自信を持て」
そう言われても、自信ある人の前だと余計に萎縮してしまうわけで。
これはもう目立たない族の性なんだよな。
「たななんは褒め方が怖いんだよお」
そう、そうなのです。
よくぞ言ってくれました文月さん。
それに対して大七矢さんは、心外だ、という顔をした。
「もーっとにこーってして、ふわわーってかんじで褒めるんだよ」
「文月、お前の話は擬音語が多くていまいちわかんねえんだよ」
そうかなあ、と笑う文月さんは、いつもふわわーってかんじですね。
大七矢さんはトゲトゲってかんじですし。
2人とも私より背が低くて年下に見えるけど、タイプは真反対みたいだ。
そんな気持ちで2人を眺めていると、おもむろに文月さんが私の目の前までやって来た。
「ねえねえ心菜ちゃん」
「なんです?」
目線を合わせようとすると、自然に私が少し屈む形になる。
相変わらずにこにこしている文月さんは、私の頭にその手を乗せた。
「よしよし、掃除頑張ってえらいねえ」
頭を撫でられた。
優しくふわふわと撫でられ、びっくりするのと、こういう褒め方も何か間違っているような、というのと、少しくすぐったいので私はどんな顔をしていたのかわからない。
だが、目の前の彼はすごく満足そうだ。
うーん、いいのか。
恥ずかしい気もするけど、振り払う気にもなれないので、大人しくされるがままにしていた。
「ね、これが褒めるって事だよ」
「なんか違う気がする」
そこは何も言うな、大七矢さん。
本人がいいならそれでいいじゃないか。
まあ、大七矢さんに頭撫でられても困惑してしまうだろうけど。
「あははー、かわいーなー。これ、俺がやったら駄目なやつ?」
「駄目だな」
冗談めかして言う
何をそんなに警戒しているんだろう。
「ずるいぞ! オレも心菜の事褒めたい!」
いや、七宝さんそんな事で張り合われても。
もう褒めて貰ったので大丈夫ですよ、と言うも彼は真剣に何かを考え込んでいる。
だが、すぐに顔を輝かせて手を打つ。
この人、本当に表情がコロコロ変わるな。
「そうだ! 心菜、ご褒美として、お店の商品から好きなの持ってっていいぞ!」
「はーあ?」
七宝さんの言葉に私が反応するよりも早く、大七矢さんが眉を寄せる。
そりゃそうだ。
ただでさえ借金返済中という身なのに、いきなりまたそれを増やすような事をするなんて。
余計に肩身が狭くなってしまう。
「何考えてんだよお前は」
「ご褒美!」
「バカか」
そんな無邪気に答える七宝さんにも大七矢さんは厳しい。
「これから頑張って貰うためにも、ボーナスってやつだ。いや、この場合入社祝い? まあ細かい事はどうでもいいから早く選ぶんだぞ!」
期待に満ちた視線を私に向けられても困る。
ちらりと大七矢さんに助けを求める目線を送るが、もう相手にするのが疲れてきたのか、勝手にしろ、とでも言うようにため息をついていた。
この場合、どうするのが正解なんだ。
1。わー、ありがとうございます、と好きな物を選ぶ。
そうすると、やましいやつだと思われないだろうか。
本当に選ぶとは思ってなかった、みたいな。
そんな裏の裏を読むみたいな事だろうか。
よくない、それはよくないぞ。
じゃあ、2。いえ結構です、と断る。
七宝さんが悲しそうな目で私を見る。
……うん、こっちも何かよくないな。
罪悪感に苛まれる羽目になる気がする。
どっちにしろ好感度下がるパターンでは?
何この難しいギャルゲみたいな選択肢。
女心は分からないと言うけど、男心も難しいぞ。
いや、これはそういうのじゃないのか。
ここは、一か八かでやるしかない。
「えっと……でも申し訳ないので」
その途端、七宝さんの笑顔がしおしおと萎れていく。
悲しそうな顔を通り越して、眉が下がりすぎてくしゃくしゃになってるぞ。
これは間違えたか。
大七矢さんを見る。
無反応だ。
いや、若干彼の頭頂部から1束だけ主張の激しいアホ毛が下がっている。
これは期待外れの答えという事なのか。
借金の事は気にせず貰うべきだったのか。
他のみんなを見る。
あーあ、泣かしたー、みたいな顔をする良緑さんと文月さんとユウヤ。
ユウヤ、お前はそっち側じゃないだろ。
お前も借金背負ってるの分かってないのか。
違う、こっちもほんの少しだけど眉が下がっている気がする。
目が少し伏され気味な気がする。
微妙にがっかりしたような顔をしているような。
なんなんだ私が悪いのか。
「も、貰っておこうかなあ! せっかくのご好意を無下にする訳にはいかないですもんねえ!」
さっき言った自分の言葉をかき消すかのように、気持ち大きめの声で弁解する。
我ながらわざとらしい。
流石に、「そこまで言うならいい」って思われただろうか。
内心ビクビクしながら七宝さんの様子を伺う。
「そうか。そうかそうか! よし、好きな物選んじゃっていいぞ!」
これまたとびっきりの笑顔。
さっきまでのしおしおはどこへ行ったのか。
表情筋働きすぎでは。
だが一安心だ。
なんとかなった、と胸を撫で下ろす。
その間にも、七宝さんはそこかしこにある商品を手に取って私の前に並べていく。
「さあ、何がいい? こっちはすっごくでっかいペロペロキャンディで、こっちはなんと大きい音がする銃のおもちゃだぞ! BANBAN! あ、こっちはスライム」
「品揃えが駄菓子屋みたいになってますけど」
魔界のお店だから、どんな不思議なものが置かれているのかと思ったけど、七宝さんが並べていくものはどれもどこか懐かしいものばかりだった。
これはこれで心惹かれるものがあるけど。
壁にはドライフラワーみたいな謎の草もあるのにこんなものばかり選ぶのは、七宝さんが好きだからなのだろうか。
あまり値の張らなさそうなものを、と店内を見渡す私の目に、とあるものが映った。
「あ」
引き寄せられるように、それに近づき眺める。
これは、いいな。
もう値段とか分からないけど。
この際どうでもいいかとも思ってしまう程、それに惹かれる。
「あー、それ? 売り物ではないんだけどー」
もっと値段高いのでもいいんだぜー、とニヤニヤする良緑さんの声も遠く聞こえる。
私はそれをじっと見つめていた。
それは光に照らされ艶やかに煌めくアンティークな銃。
あまり銃には詳しくないのだが、片手で扱うようなサイズ感の、これはピストル、というものだろうか。
緩やかな曲線を描く木目に、緻密な銀細工の装飾。
警察が持ってるようなイメージのものではなく、もっと昔の銃。
中世のヨーロッパとかで使われてそうな、鈍い金色の銃口。
銃なんて、初めてこんな近くで見た。
とか言う私は、こういうアンティークな小物が好きなのだ。
お店のレイアウトではたまに見かけるが、実際に個人が持つとなるとなかなか難しい。
そもそもどんな所に売っているのか。
調べたりしたらあるんだろうけど、生憎と私の生活範囲内にそんなものは無かった。
密かに憧れを抱いていたそれが、今、目の前に。
こういう所はユウヤに影響されたのだろうか。
たまにユウヤが見ていた、本物かどうかも怪しげな魔導書もどきの装丁も、やたら分厚くて、擦れてテカりが出ていて泊が押してあって、何だかかっこよく見えた。
そう、古本に惹かれるタイプの人間なのだ。
使い込まれたと分かるような、年季を感じさせるような、そんなものが好きなんだ。
はたしてこの銃を小物、と言っていいのかという点は微妙な所だが、まあ飾りとしてだと、そうだということにしておこう。
もしや、これ実際に打てたりするのか?
あの引き金は動くのだろうか。
銃口に鼻を近づけると火薬の匂いがしたりするのだろうか。
あまりにも私の目が輝いていたのだろう、七宝さんは珍しく雰囲気に押されるかのようにおずおずと口を開いた。
「そ、そんなのがいいのかい?」
「はい!」
食い気味に反応してしまった。
「あ、いえ、大丈夫なら、でいいんですけど」
慌てて誤魔化すが、みんなは目を見合わせている。
良くなかったのか。
確かに、いきなり銃を欲しがるなんて厨二病かイタイ奴だ。
例えるならユウヤだ。
私はユウヤではない。
けど、一緒にいるうちに好きなものがうつってきたのかもしれない。
でもこれはユウヤじゃなくても欲しくなる。
普段なら絶対に手に取ることも出来ないようなものだろう。
日本は銃社会じゃないし、持つだけでも免許とか申請とか必要だろうし。
あ、魔界でもやっぱりそういうのは必要なのかな。
流石に危ないか?
「やっぱり駄目ですかね、危ないし書類にサインが必要とか」
「いや、それどっかで拾ったやつだけど」
七宝さん、銃拾わないでくださいよ!
いくら魔界とはいえ銃が落ちてるのも、それを拾うのも危機感無さすぎでしょ!
これも魔界だから、と言えばそれまでなんだろうか。
便利というかいい加減というか。
「それは商品でもなくてただの飾りだし好きに持って行っていいぞ」
商品以外を選んだ事に複雑な顔をしながらも、大七矢さんも了承してくれたみたいで私はこの銃にする気満々だった。
「これ、なんて言う銃ですか?」
ワクワクが抑えきれず、少し声が上擦る。
そんな私の傍にやって来た神夜さんは、無言で銃を覗き込んだ。
「ふふ」
ちょっと笑ってるような声が聞こえた。
傍にいる私にしか聞こえないような小さな声だったけど、確実に思わず漏れてしまったような笑い声が聞こえた。
ずっと無表情だったこの人が笑う事もあるのか、と面食らったようにその顔を見るが、本人は口元のマフラーをずり上げて顔を隠した。
照れ隠しですか。
笑いましたよね、今。
動揺なのか、人の弱みを見つけた時の悪戯心なのか分からない今の感情をどう表現すればいいのか。
ただ神夜さんの横顔を固まって見てるだけの私に、何事も無かったかのように神夜さんが銃の説明をしてくれる。
「多分、これはフリントロック式かな。結構前のだな」
フリンなんちゃらなのか、なるほど分からん。
詳しくない私が聞いてもピンと来なかった。
よくわかんないけど、貰えるのならこれがいい。
「じゃあこれでもいいですかね」
「それでいいのなら」
相変わらず神夜さんの口元はマフラーで隠れていて言葉は素っ気ないが、何だか少し柔らかい気がした。
「やった!」
思わず歓喜の声が口から出てしまう。
だがそんなことはどうでもいい。
私は傷をつけないように、指紋をつけるのも躊躇われるのだが、そっと銃に手を伸ばす。
そろりと銃身の下に手を滑り込ませ、上に持ち上げる。
わ、結構重い。
片手で持てそうとは言ったけれど、実際に持つと想像以上に大きい。
両手でしか持てない。
そしてそれは意外と言うか、見た目通りと言うか、ずっしりとした確かな重みがある。
少しの時間なら持っていられるけど、これをずっと持ってるとなると腕がぷるぷるしてくる事間違い無しだ。
より近くで見ると、表面に付いた少しの傷や擦れたような跡も味気あるように見える。
これが歴戦の猛者ってやつか。
少し自分が強くなった気がする。
目の前の銃に浸る私の視界の端で、大七矢さんが何やら動いている。
引き出しの中から何かを出すと、それをこちらに持ってきた。
「これはオマケだ。それだけだと困るだろ」
と、目の前に置かれたのは立派な革のベルトにポケットのようなものが付いたもの。
これは、もしかして。
「ガンホルダー。まあ、その銃には合わないだろうからリメイクしてもらうけど」
「ありがとうございます!」
これがあると銃を持ち歩けるのか。
いや、この重さを持ち歩くのか。
でもいいトレーニングだと思おう。
運動不足だし。
何より、こんなに至れり尽くせりでいいのか。
けど嬉しい。
ニヤニヤが止まらない。
「いつまでそんなだらしねー顔してんだよ。1回それ寄越せ。知り合いに見てもらうから、それからな」
終始笑顔の私に引いているのか照れ隠しなのか、大七矢さんはピストルを私の手から慎重に受け取ると、ふいとそっぽを向いて店から出て行った。
「……これは」
「ツンデレのデレ、というやつですかな」
「デレ期だねえ」
ユウヤと良緑さんと文月さんは顔を見合わせて何か言っていたが私はまだ銃の余韻に浸っていた。
「これから、頑張れ」
ポン、と私の肩に手を置く神夜さんは何故か親指を立てている。
「なんか、大七矢にいい所全部取られてる気がする」
誰に言うでもなく、七宝さんが呟いたのを誰も聞いていなかった。
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