#10 契約成立


 労働について。

 私はまだ中学生。

 アルバイトはした事が無い。

 親戚や友達等親しい人がお店を開いていて、それをお手伝いする、なんて事も無い。

 普通に有難くお金を出してもらって、14年生きてきた。


 そんな私が、急に、働く?


「あと、帰れないなら住み込みにすればいいよ。みんなそうだしね」


 軽く告げる七宝さんにみんなの反応はそれぞれだった。

 いいね、と乗り気な良緑さん。

 なるほど、と呟く神夜さん。

 何を考えているのか黙り込んでいる大七矢さん。

 何かを心配するように苦笑する文月さん。

 そして焦ったような顔をするユウヤ。


 周りには目もくれず、七宝さんはそのキラキラし目で私を見つめる。

 だからそんな真っ直ぐ見つめないで欲しい。


「どうかな?」


「ええと、そうですね」


 曖昧な返事をする私だったが、七宝さんはもうその気になっているのか、満足そうだ。


「そうだな、その提案はすごく有難いんだけど、いいのかな」

 

「ユウヤも遠慮しなーい! 部屋はまだ余ってるんだ。一人一部屋、ちゃんとあるんだぞ」


 広い家だとは思っていたけど、そんなに部屋数もあるのか。

 じゃあ元々、数人でシェアハウスする為に作られた家だったりするのかな。


「七宝にしては珍しくいい案じゃねえか。俺は許可する」


「もー、そこは許可じゃなくて賛成してくれない?」


 難しい顔をしていた大七矢さんまであっさりと賛成した。


「店で働かせるならここで住む方が効率的だ。家事もやってもらえばいい。生活費と家事でプラマイゼロってわけだ。ちゃんと衣食住提供する。身の安全も保証する。どうだ、悪くない条件だと思うけど」


 大七矢さんが言うと急に堅苦しい契約感が溢れ出す。

 同じ内容でも七宝さんが言うと、友達の家に泊まっていけよ、みたいなノリなのに。


「家事を手伝って貰えるのは助かるな。ただでさえ人が多いのに家事出来るやつが限られてるから」


 少し嬉しそうに神夜さんが言う。

 口元はマフラーで隠れていてよく見えないが、口角が上がっているような声がする。


「なるほどなー。つまり体で払え、ってわけだな」


 何だか納得したように告げる良緑さんに対して、急に大七矢さんが狼狽える。

 心做しか、その顔は耳まで赤い気もする。


「なっ、違、俺はそんなつもりじゃ」


「えー? 俺は労働で返すんだなって言っただけなんですけどー? 何考えてたんですかねー?」


 そんな大七矢さんを揶揄う事にイキイキし出す良緑さん。

 よく分からないけど、良緑さんは人が悪いな。


「むっつり……」


「神夜まで何言ってんだ! 違うぞ、別になんともない。大丈夫だ」


「たななん、耳赤いよ」


「気のせいだ!」


 途端に周りにからかわれている大七矢さんは今までの雰囲気とは打って代わり、本当に幼い男の子のようだった。


「よし、みんな反対意見は無いな! あっても気にしないけど! なんてったって俺がここの店長でありリーダーだからな」


「そういうの独裁政権って言うんじゃ」


「心菜、細かいことは気にするな!」


 まあ、有難いことに野宿生活は免れたみたいで、反対する事もないんだけど。


「うーん、ゆーたんと心菜ちゃんが一緒に暮らしてくれるのはいいんだけど、2人はいいの? 帰らなくても」


 文月さんが少し困ったような顔をしていたのはこの事が理由か。

 確かにいつまでお世話になるのかは、決めておいたほうがいいかもしれない。

 そこにユウヤが待ってましたとばかりに胸を張る。


「だーいじょうぶ! この前こっちに来た時に検証したんだけど、人間界と魔界ではどうやら時間の流れが違うらしい。それで時間の経過を計算するとだね、例えば魔界で1年過ごしたとしよう。そして人間界に戻る。そうすると、人間界では1ヶ月しか経ってない事になる。つまり魔界だと時間がゆっくり流れるんだな!」


 ユウヤの説明を聞いても、いまいちよく分からないけど、取り敢えず大丈夫。だそうだ。


「なるほどなあ、普段ここで暮らしている分には分からないけどそんな違いがあるのか」


 またオカルトじみた、と言うか2つの世界の関係についての話だからか、大七矢さんが興味深そうに、しきりに頷いていた。

 時間経過については納得した所で、1番気になっていた事を問いかける。


「で、ユウヤ。その機械はどのくらいで直りそう?」


「素材の代わりになりそうな物を探して研究して、設計組立諸々を考えると……少なく見積もって1年かな」


 唖然。

 まさかそんなに掛かるとは。

 ユウヤのガラクタに見えるそれでそんなに掛かるなら、普段目にしている発明品は相当の時間が詰め込まれているんだなあと、改めて発明者の方々に感謝する。

 うん、若干の現実逃避をしたところで本題に戻ろう。


「1年も、かかるの?」


「全くの未開の地で、1から作るからね。その位は覚悟しておいて欲しい。いや勝手に連れてきたのは申し訳ないけれども」


 覚悟も何も、と反論しようとした矢先に先手を打たれた。

 もう何も言い返せない。


「なるほど、1年か」


「それだけあったら全額返金できるだろ」


「いやー、それはうちの営業実績次第じゃないー?」


「現在大赤字だもんねえ」


「じゃあ取り敢えず1年間よろしく! なんだな!」


 ここの住人達は早速受け入れて楽しげに話している。

 もしかして話についていけてないのは私だけなのか?

 元から人が多いから、2人増えるくらい何ともないとでも言うのだろうか。


「あ、お世話にはなるけど、みんな心菜ちゃんに変な事吹き込んだりしたら許さないからね」


 と、ユウヤは男子たちをじろりと見回す。

 特に良緑さんを注意深く。

 だが、その注視されている本人はヘラヘラと笑っている。


「そんな事するわけないじゃーん。ユウヤ、俺達の事疑うのー?」


「そう言う良緑が1番心配なんだけど」


「……だから何でそんなに俺は危険人物扱いされてるんだよ」


 この短時間で何回もそんな扱いをされていると、流石に笑ってられなくなったようで、良緑さんは少しげんなりしている。

 そこに、またも無慈悲な文月さんの追撃。


「前科があるからじゃない?」


 顔色一つ変えず、にこにことしながら鋭く人の痛い所を突くのが上手い。


「だから文月、俺まだ何もしてない」


「まだって事はする予定あるのか?」


 少し眉間のシワが消えた大七矢さんも参戦するが、華麗に反撃を食らう。


「むっつり大七矢くんに言われたくありませーん」


「だから! 違うって! ガハッ」


「また血ー!?」


 顔を真っ赤にした大七矢さんは、その勢いのまま胸元まで真っ赤にしている。血で。

 口元にハンカチを当ててピクピクしているけど、何でこんなにこの人は血を吐くんだ。

 大丈夫なのか。

 そして何でみんなは慌てたり心配したりしないんだ。

 慣れているのか。


「この状況だと、良緑とは別の意味で大七矢も教育上宜しくない気が……」


「神夜、人が死にそうになってるのに、この期に及んでこんな奴と一緒に、するな……」


 冷静に分析する神夜さんに弱々しく反論する大七矢さん。

 震える体で絞り出した声は、それを最後に聞こえなくなった。


「あー! たななんが死んじゃったー!」


「いっけなーい! 葬式葬式ー!」


「お前ら軽すぎるだろ……」


 きゃあきゃあと騒ぐ文月さんと良緑さんに呆れ返る神夜さん。

 

「まあ大七矢はほっといたら治るとして、新入社員2人の部屋を案内しに行くぞ! ほら早く!」


 そんなみんなを気にも止めず、1人ワクワクしながら2階に繋がる階段を登ろうとする七宝さん。

 自由な人だな。

 よっぽど楽しいのか、七宝さんの頭のアホ毛もぴょこぴょこ動いて見える。

 犬みたいだ。


 その大きな声に、大七矢さんも意識を取り戻したのか力なく顔を上げる。


「あ、そうだ」


 と、七宝さんは何を思いついたのか、いそいそと戻ってくるとみんなを机から立たせて、円陣を組ませる。

 そして自分もその輪の中に入ると、大きく息を吸った。


「これから、取り敢えず1年! 改めてよろしくな、ユウヤ、心菜!」


 弾けるような笑顔。

 これからが楽しみで仕方がないと言うような、眩しすぎる笑顔だ。


 それを聞いた他のみんなも一瞬顔を見合せるも、穏やかな笑顔を浮かべ、口々に「よろしく」と歓迎してくれる。


 今までこんなに歓迎された事があっただろうか。

 何だか胸が熱くなって、私まで楽しくなってくる。

 自然と口角が上がってしまう。

 なんだか胸が苦しいような、息が詰まるような。

 でも心の底から楽しい、と感情が湧き上がって溢れる。

 だから私も、みんなに負けないように、胸いっぱいに息を吸い込む。


「こちらこそ、不束者ですが、よろしくお願いします!」


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