#08 十人十色
覗き込んだ鏡の中の自分に目を疑った。
そこには私と全く同じ動きをする知らない人がいた。
いや、顔は私なんだ。
服も私の制服だ。
違うのは髪だけだと思ってた。
瞳の色が左右で違う。
オッドアイ、と言うやつだ。
よく猫なんかで珍しいと話題になるあの目だ。
左目は髪と同じような淡い水色。
純日本人とは思えない程の色素の薄さだ。
あと少しでも色が薄ければ、白目に溶け込んでいただろう。
それに比べると異様に見えるのが右目。
一瞬、いつもの目かと思った。
だが違う、一見黒に見える瞳の色は、よく見るとその中に禍々しい紫が混じっているようで。
それは溶け込む、と言うより、粘度の高い絵の具を雑にかき混ぜた時のような筋の見える混ざり方。
黒紫の瞳の中に、ワントーン暗い色が渦を巻いていた。
「うわっ」
良く瞳を見ようと覗き込んだ鏡から飛び退く。
横では物珍しそうに、そしてとても楽しそうに、新しいおもちゃを与えられた子供みたいに、ユウヤがしげしげと目を輝かせながら鏡の中の自分と目を合わせている。
そんなユウヤの注意は、私の声により私の方に向いたようで、ずい、と顔を近づけてくる。
「すごいね、心菜ちゃん。本当にオッドアイだ。現実世界に生きてたらそうそうお目にかかれないよ。まあ他の人の目も、すごい確率で現れる珍しい色だけどさ。これよく見たら瞳孔がぐるぐるだ。吸い込まれそう」
「おっとそこまでー」
ぐいぐいと私を押すように、よく見ようと詰め寄るユウヤの目の前に手刀を下ろした良緑さんは、そのままユウヤを私から引き剥がした。
「さて、まずユウヤ。さっき粉を被ってから何か変わった事はないかい?」
未だ席に座ったまま格好つけてる七宝さんがパチン、と指を鳴らして問いかける。
鳴らす意味があったのか、私には分からない。
「え? そりゃあ、俺と心菜ちゃんの見た目が変わって」
「それ以外さ。この変化はユウヤにしかわかんないかな。あとは良緑もか」
「いぇーす、そう、俺がヒント」
首を傾げるユウヤの周りを良緑さんと文月さんが目の当たりを指しながら踊るように回る。
何かの儀式みたいになってるな。
「あ、目」
「そう!」
「七宝、目の何かってまだユウヤ言ってないぜー。失格」
「ええ……」
思い付いたと思った瞬間にダメ出しをされ、さらに深く考えるユウヤ。
「視力、かな」
「せーいかーい! ピンポンピンポン、ピンポーン! パンパカパーン!」
ぽつりと呟いたユウヤの言葉は聞こえるか聞こえないかくらいだった。
だが、その後の文月さんによるハイテンションファンファーレが目立ちすぎて、結果、ほぼかき消されたようなものになった。
そのファンファーレの中で腕を組んだ七宝さんだけがすごく得意げだった。
「改めて説明しよう! ふふふ、実はさっき2人が被った粉は〜……魔法の粉! なのだ!」
「やだ、何のそのネーミング危なそう」
またも主張の激しい決めポーズ。
なんとなくヒーロー物っぽい気もするけど、彼のオリジナルだろうか。
「大丈夫、純度100%、安心安全無添加、完全天然物。やましいものはなーんにも入ってないよ」
そう言った良緑さんは、聞こえるか聞こえないかくらいの声量で「多分」と付け加えた。
いたずらっ子のような笑顔で。
これはふざけているのか真面目に言ってるのか分からないや。
本当に大丈夫なんだろうな。
「おい良緑、そんな適当な事言うんじゃねえよ。うちの商品は全部安全安心だ。店の信頼に関わるだろうが」
まだ机で仏頂面をしている大七矢さんにも、良緑さんの声は届いたようで睨みをきかせていた。
はーい、と不貞腐れた良緑さんは、また聞こえないくらいの小声で「地獄耳」と文句を言っていたが。
それも聞こえていたのか、大七矢さんの眉間のシワが増える。
だが大七矢さんに声が届くのも計算済みなのか、良緑さんはそれを見ても別に気にしていないようだ。
それどころか、舌を出して挑発している。
さらに大七矢さんの眉が寄る。
そんな火花を散らす2人の間で、両方に睨まれるように座っていた神夜さんは溜息を吐いた。
「お前ら、やめとけ。話が進まなくなる。あと良緑は謝りなさい」
「はーい、ごめんなさーい」
「大七矢も、もういいか?」
「知らん。好きにしろ」
神夜さんに宥められて、2人はふい、とお互いから顔を背けた。
まだ2人共納得がいかない様子だったけど。
「で、七宝。続きは?」
「はいはい、続きね」
神夜さんに促され、七宝さんはゴホン、とわざとらしく咳払いをした。
「さっき2人が被ったのは、うちの目玉商品! 魔法の粉! なのだよ!」
「それはさっき聞きました」
先程と同じくらいの勢いで七宝さんが言い放つ。
全く同じことを。
「魔法の粉ってなーちゃんは言ってるけど、正式名称は魔力増幅剤ね。これは元々その人が持ってる魔力を、一時的にぐーっとアーップ! する商品だよ」
文月さんの補足説明がメインに思えるほど七宝さんの言ったことは中身がなかったんだな。
あれ、なーちゃんって誰だ。
「なーちゃん?」
「あ、それは七宝くんの事だよお。分かりづらかったよね。『七宝』の『七』で、なーちゃん」
「『ななたから』って読めるからな!」
なるほど。
文月さんは人を特徴的な渾名で呼ぶみたいだ。
よくされる質問なのか、答えがスムーズだった。
「で、えーと、なんの話しだっけ」
「なーちゃん、お薬の話だよ」
「ああそうか!」
だからそのお薬って言うのやめなさいよ。
本当に危ないもの売ってるように聞こえるから。
「その魔力増幅剤を被って魔力が強くなった事で、俺達の見た目が変化したってこと?」
「そうそう。ユウヤよく分かってんじゃん。はなまるあげちゃう」
手をゆらゆらさせて、ぱちぱちとやる気のない拍手を送り、さらに空中に指で花丸を書く良緑さん。
絶対自分より下に見られてるのにユウヤは得意げな顔をしている。
楽しそうだな。
「髪色と目の色には、その人の本質みたいなのが現れるんだけど、ユウヤはそれで問題ないんだ。前回ここに来た時みたいにメガネ付けて無くても見えるのは、魔力増幅の影響で身体も強化されて、視力も今だけ回復してるってだけだから」
でもこっちに来てから魔力が体に流れて、少しは良くなってるかもな、と付け加える。
そう説明する神夜さんの髪は青に近い紺色で、瞳は薄い金色をしている。
その色にも意味があるのだろうか。
じゃあ、私は?
水色の髪と、水色の濃い紫色のオッドアイ。
我ながら厨二病臭い色してるなと思う。
邪眼、発動、みたいな。精霊と魔物を使役する、みたいな。
オッドアイとか最強主人公にありがちな目立つ色、なんか嫌だな。
「黒のままがよかった」
「おおっと、それは良くない」
漏れた心の声に七宝さんが大袈裟にびっくりしたように反応する。
「心菜が元々居た世界では違うのかもしれないが、こっちだと黒はすごく目立つんだ。黒髪黒目はとてつもなく魔力が弱い色、と言うか。なんて言うのかな、黒によっても細かく色が分かれてて、その中でも……なんだっけ?」
最初こそ順調で滑らかな滑り出しだったのにも関わらず、七宝さんの説明は後になるほど不安定になってブレブレになって。
最終的に丸投げしてしまっていた。
そんな無茶ぶりパスを見事受け止めたのが文月さんだ。
「うーん、ここはちょっと難しいみたいなんだよねえ。過去にこっちに来た事のある人間がたまたま、向こうの言葉で言う『ニホンジン』? らしくて。それからこっちの歴史書に、『黒髪に黒い瞳を持つ者は異世界から訪れた魔力を持たない種族だ』って書かれちゃっててね」
歴史書に載る程の事なのか?
それだけ珍しいし、生態も不明だからって解剖とか拉致とか考えるかねえ……。
「だから、黒髪黒目だと異種族を捕まえようとする魔族に襲われかねない。なんせツチノコ扱いだもんなー。俺らは来て即髪と目の色はこっちに馴染むように変わったけど、もし変わってなかったら、黒髪黒目で街中に放り出されたら……」
所在なさげな良緑さんの手は、話しながら人差し指と中指で机の上を歩く。
その行先を目で追っていると、驚かせるように、もう片方の手をそこに被せた。
おー怖い、と3人は演劇のように震え上がる真似をする。
その洋画で見るようなリアクションに、さすがは日本人を珍しいとする種族だ、と納得する。
でも確か良緑さんと神夜さんは日本から来たはずじゃなかっただろうか。
変わった、という事は今の色は元々別の色だったのだろうか。
「あ、俺と神夜も元は黒髪に黒目だったぜー。何かわかんねーけど、こっちに飛ばされた瞬間に見た目変わっててビビったわ」
私の心を読んだのかと思う程ぴったりのタイミングで良緑さんがさらりと言う。
しかもすごくノリが軽い。
学校で登校中にあった事を話す男子みたいだ。
「正確には、黒髪と黒い瞳、両方を持ち合わせている状態の人を人間界の人物と認識している感じだな。黒だと魔力がどうとかってのも、両方合わさった時は、て話だ。片方だけならそこら中にいる。なんならオッドアイもそんなに珍しい事じゃないし」
今まで全く話に参加していないかのように構えていた大七矢さんが口を開いた。
なるほど、わかりやすい。
「ユウヤが前に『次来た時は従妹も連れてきて魔界観光する』って言ってたし、どっちにしろ髪色と目の色を誤魔化す魔法はかけるつもりだったけどな」
「神夜、前言ったこと覚えててくれたんだ」
「そりゃ突然リビングに表れて興奮してる奴の言う事はインパクトあるだろう……」
嬉しそうなユウヤに対して神夜さんは呆れ気味だ。
ユウヤが子供っぽいだけなのかもしれないけど、神夜さんが身長が高い事もあってすごく大人に見える。
「それよりも、お前らわかってるんだろうな?」
のんびりと、先生の授業を聞き流す午後のような気分でいた私とユウヤを睨みつけたのが大七矢さんだった。
「な、なんでしょう」
幼い顔に不釣り合いな怒気を感じて、また私は背筋を伸ばす。
もう大七矢さんが口を開いたら私の中に緊張感が走るくらいには、反射的にそうしてしまう。
大七矢さんは、はー、と大きな溜息を吐ききると、ある方向を指さした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます