#05 遭遇


 大きな音をたて、ユウヤがゴミ袋の山に向かって吹っ飛んだ。


「ユウヤ!」


 咄嗟に私はユウヤに駆け寄る。

 抵抗する事なく突っ込んだ為か、頭を打っているようだ。

 どうしよう。

 確かこういう時ってあまり動かさないほうがいいんだっけ。

 いや、意識があるのか確認するべき?

 目の前で人が殴られるという非常事態に私の頭は空回りを続ける。


「あーあー、人の事馬鹿にするから」


 と、その声に顔をあげる。

 正面から見たリーダー格の顔は、完全に目が座っていた。

 ちらりと後ろの2人に目をやると、そこまでやると思っていなかったのか焦っている様子だ。

 なら止めてよ、と思うがその願いは届いていないようで、そうこうしているうちにもリーダー格は私達の目の前までやってきた。


 やめてよね。

 私はこれからゆったりのんびり春休みを満喫する予定だったのに。

 そもそも外出する事も、知らない人と話す事も少ないのに、その数少ない分母に対する今回のインパクトが強すぎるよ。

 いきなりハードモードはつらい。

 せめておばあさんに道案内するとかそういう初歩的なコミュニケーションからお願いしたいよ。


 とも言ってられない状況に、未だに動かないユウヤを庇うように前に出る。

 まあ、中学2年女子にできる事も限られてるだろうし、何ができるんだって話なわけで。

 私1人の壁なんて屈強な男にしてみれば無いのと同じなわけで。

 どうしよう、どうしよう、と同じ言葉ばかり口の中で呟く。


「聞いてんのかってんだよ!」


 ゴン、とまた重い音がした。

 思わず身をすくめてしまう。

 彼が殴った壁は、拳がめり込んでいる。

 そんな力に太刀打ちできるはずがない。

 ただでさえ、自分より大きな男の人の怒声は怖いのに。

 いや、悪いのはこっちだけども。


 その時、轟音と共に地面が揺らいだ。


 突然の出来事に、また私はあたりを見渡す。

 状況が掴めないのは向こうも同じらしく、何だ、と少し焦ったように見える。


 今度こそちゃんと地面が浮いた。


 いや、違う。

 地面だと思っていたものが、浮いた。

 動いた。

 

 みるみるうちに私とユウヤのいる地面だけが上昇し、ヤンキー達を見下ろす形になる。

 小さくなっていくヤンキー達の目が丸く見開かれている。

 だんだん傾斜がつく地面から滑り落ちそうになり、思わずしゃがみ込んで、ユウヤを掴んだまま地面にしがみつく。


 そして、それは吠えた。


 地面だと、壁だと思っていたのは、ゴツゴツした表皮に鋭い目つき、鉤爪。

 そう、さっき空を見上げたときに目に入った、巨竜。

 さっきヤンキーが壁だと思って殴ったのがドラゴンのちょうど首の辺りだったという事だ。

 私達はその痛みで起き上がったドラゴンの前腕部分にしがみついている状態なのだ。


 だから、高所恐怖症に高所は良くないんだって。

 なんでこの短時間でこんなになるかな。


「ユウヤ、ユウヤ、起きて!」


 もう頭を動かすとか安静にとか言ってられない。

 下手すれば地上5mの高さから落下して頭を打つだけでは済まなくなってしまう。

 だけど、ユウヤは起きる気配もない。


 ゴウン、とまた大きく体が揺れた。

 そして大きな地響き。

 薄目を開けた時、ヤンキー達が逃げていくのが見えた。

 逃げるのが早くない? もうちょっと何か対応するとかないの?

 それだけ現地人にも脅威的な存在って事なのかな。

 なら余所者の私達にはどうしようもないじゃんか。


 さっきの轟音はドラゴンが地面に片手を叩きつけたのが原因のようだ。

 おかげで土埃が舞い、ゴミが散乱する。

 上空から見てようやくわかったのだが、今まで路地裏だと思っていたのはどうやらドラゴンの寝床だったようだ。

 なんでこんな町中に巣を作るかなあ、と若干ドラゴンに対する恨み言を脳裏に浮かべたが、その寝床に侵入して暴れたのはこっちだ。

 吹き荒れる砂塵にまともに目を開けられない状態で、なんとかドラゴンの方を伺うと、先程の私の考えが伝わっていたのか、私達の方を睨んでいるように見えた。


「ご、ごめんなさ」


 また地震のような揺れ。

 ドラゴンが私達を振り落とそうと身動ぎしているのだ。

 ここで落とされたら確実に死ぬ。

 この、わけがわからない世界で、よくわからないまま。

 いっそ死ぬほどの衝撃を受ければ夢から覚めるのではないか。

 駄目だ。それはリスクがありすぎる。

 しっかりとユウヤの白衣を握りしめ、全身で岩のような鱗に掴まった。

 ああ、他から見たらどんなに無様な姿だろう。


 と、必死の抵抗も非力な私のものでは無いに等しい。

 途端、体が軽くなった。


 宙に放り出される。

 束の間の上昇。

 そして落下。

 嫌な浮遊感に全身が総毛立つ。

 遊園地のジェットコースターの比にならない。

 どんな絶叫マシンよりもスリルがある。

 まさに、内臓が口から出そう、というやつだ。

 くそう。ここで落ちるならユウヤも道連れに……。

 せめて近づいてくる地面を見ないように、と私は固く目を瞑った。


「はーい、そこまでだよー」


 突然、轟音に混じり呑気な間延びした声が耳に入った。

 え、と声のした方を確認しようとするが落下角度的に声の主は見えない。

 代わりに、ドラゴンの地響きのような低く唸るような声が止み、空気の振動も止まる。


 落下に身構えて固く縮めた体が、硬い地面とは違う柔らかいものに受け止められる。


「もう大丈夫」


 逆光でよく見えないが、誰かが私の体を受け止めた。

 

 ああ、よかった。

 助かったのかもしれない。


 安堵からか、私の意識は急激に遠のいていった。


 最後に見たのはユウヤを抱えるもふもふしたものと、私の体を支える何かから伸びる長い布のようなものだった。

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