#04 視界不良好


「うわっ!」


 と、ユウヤが声を上げる。

 その瞬間、バランスが崩れる。

 さっきまでの走っていた勢いが殺せず、そのままユウヤの肩を離れ体が空中に浮かぶ。

 今度はちゃんと浮かんでいる。

 というかぶっ飛ばされてる。


「ふぎゃっ!」


 地面に落下する。

 幸運にも路地裏のゴミ袋の上に着地してそんなに体の痛みは無かった。

 まあ、すごい臭いだけど。


「ユウヤ! 大丈夫?」


 ゴミ山に落ちた私と違って、ユウヤは思いっきり地面に顔面をぶつけていた。


「大丈夫くない……メガネ族に……顔面への攻撃は……駄目だ……がくり」


「ユウヤー!」


 なんということでしょう。

 ユウヤのトレードマークであり、賢そうな雰囲気を演出しているメガネは、レンズがひび割れ、フレームは曲がり、使い物にならなくなっているではありませんか。

 メガネの無いユウヤなんてただの目つき悪いマッドサイエンティストではありませんか。


 ずっと壊れたメガネを付けていても危ない。

 私はユウヤのメガネをそっと取った。

 ああ……今までありがとう、五千円の安めのメガネ……どうか安らかにお眠り下さい。


「いたた……心菜ちゃん! 大丈夫? ごめんね放り投げちゃって」


「私なら大丈夫だよ。あとユウヤ、それゴミ袋だよ、私はこっち」


 メガネが無くなってまともに見えてないユウヤがゴミ袋と会話している。

 大丈夫だろうか、無事に家まで帰れるだろうか。


「ユウヤ、取り敢えずさっきの追って来ていた人達は撒いたみたい。今のうちに家に帰って予備のメガネ取りに行こう」


「そうだね。まだ何も出来てないし残念だけど……このままではガイドも務められないからね」


「あんなに追いかけられた後にまだ観光する気でいたのか」


 よっこいしょと立ち上がってメガネをくいっと上げようとするユウヤ。

 そこにメガネは無い。


「あれ?」


「ボケてないで早く帰るよ。さっきの機械か何か使うんでしょ?」


「そのはずなんだけどね」


 ユウヤは白衣のポケットをひっくり返して見せた。

 そこには何も無い。


「さっき、落としたみたい」


「嘘!?」


 あの機械が本物かとか、ここが魔界とかさっき追いかけられた事で一応信じる事にした。

 その矢先にこれである。

 ほんと人を困惑させるのが上手だよね。


「走ってた時はあったんだけど、さっきコケた時にどこかに飛んで行ったんだと思う」


「嘘でしょ……。取り敢えず探すよ!」


「おっけー、心菜ちゃん!」


「だからそれゴミ袋!」


 物は多いけどここは狭い路地裏だ。

 もし路地裏の奥に飛んで行ったとしても範囲は限られているからすぐに見つかるさ。

 大丈夫。

 ユウヤは戦力にならないけど、私だけでも見つけられそうだ。

 よーし、やるぞー!


「おい」


「何? 今から探そうと気合い入れてるのに」


「お前の探してるのはこれか?」


「何だよ、もう見つけたの?」


 と、声のする方に向き直る。


 そこに居たのはザ・ヤンキーみたいな筋肉ムキムキの大柄の男達だった。

 そして私に話しかけてきた男の手には、あのユウヤ作のガラクタ。


「あー! それ!」


 私が声を上げると、男達はニヤニヤと嫌な笑いを浮かべた。


「すみません、返してください」


「それよりも先に言う事、あるんじゃねーの?」


「はい?」


 そんな事言われても、心当たりは全く無い。

 こんなガラの悪い知り合いいるはずが無い、正真正銘の初対面。

 そんな人に話しかけられること自体、私には怖い訳でして。


 でも下手に刺激したらダメな気がする。


「えーっと……すみません、どちら様でしょうか……?」


 できるだけ低姿勢で目線を合わせないように、それでいてにこやかに質問する。


 刺激しないようにと思ってした行動だが、それとは反対にヤンキーの顔が険しくなっていく。


「とぼけてんじゃねえぞ! さっきは思いっきり俺の足を蹴りやがってよォ!!」


 さっき……? 蹴り……?


「もしかして、この路地に入ってきた時…?」


「そうだよ! その後何だかよく分からねえガラクタ投げつけやがって! ナメてんのか!」


「いや、流石に舐めたくないです……」


「そうじゃねえよ!  状況考えろよ!」


 いかん、パニックになって謎のツッコミ待ちのボケをかましてしまった。

 それにちゃんとつっこんでくれるのもありがたいな。

 なんか普通にヤンキーに説教されてしまったし。


「心菜ちゃん? どうかした?」


 と、その時ユウヤがこっちに気付いたのか、寄ってきた。


「ユウヤ!  えっと、実は……」


 いや、待て。

 必死だったから足元が良く見えてなかったとは言え、この人達の足を蹴った張本人はユウヤだ。

 その後ガラクタをお見舞したのもユウヤだ。

 余計に話が拗れるんじゃ……。


「なんだテメェ、そんな白衣きて学者かっつーの!」


「ガリ勉くんは引っ込んどいて貰えませんかねー」


 ギャハハ、と下品に笑うヤンキー達に「これが世紀末ってやつか」と呑気な感想を抱きながら、私はユウヤの顔色を窺う。

 滅多に怒らないユウヤだけど、自分の研究品の事であってもそれは同じなのだろうか。

 もしくは、さすがのユウヤでも内心ビビっていたりするだろうか。

 もしそうだとして、私にできる事は何も無いわけだが。


「おい黙ってんじゃねえよ! 何か言え!」


 黙りこくっているユウヤに早くも痺れを切らしたヤンキーが、空いている方腕でユウヤの胸元を掴み上げる。


 だが、ユウヤは微動打にしない。


 私が知らないだけで、実は喧嘩慣れしていたりするのか?

 だけど、相手は3人、こっちは私含め2人。

 実質3対1だ。

 目の前で身内が殴られるのは流石に見てられないので、私はさらに背筋が凍る。

 

 その時、ユウヤが口を開いた。


「何、これ。たまごとカブとしいたけ?」


 は、と空気が凍った。

 沈黙が流れる。

 その一瞬、誰もがユウヤの言葉の意味を理解できず、そして次の瞬間には理解して、顔色が変わる。


 ユウヤを掴み上げたヤンキー含め、相手3人のヘアスタイルは、スキンヘッド、緑のモヒカン、茶色のアフロ。

 ユウヤは今メガネを失っている為、視界がはっきりしない。

 つまり、視界がぼやけている今のユウヤには3人がそれぞれたまご、カブ、しいたけに見えていると言う事だ。


 駄目だ。

 笑っちゃ駄目だ。

 私は咄嗟に下唇を噛んで堪える。

 頭は笑ってはいけない、このままだと余計に怒らせてしまうとわかっているのだが、我慢すればするほどユウヤの言葉が脳内で繰り返される。


「ぷひゅっ」


 冷静に考えれば何も面白い事は無いのだが、直前までの緊張感からか余計に笑えてしまい、とうとう私の口の端から中途半端な息が漏れる。

 それでさえも面白く思えてしまい、口を固く結ぶがこみ上げて来る笑いは留まることなく、私はふるふると肩を震わせる。

 酸欠で顔が赤くなるのがわかる。


 一方ヤンキーは、別の意味で顔を赤くしていた。

 ユウヤを掴むがっしりした腕が小刻みに震える。

 そして血管が浮き出る程に力が込められているのが見て取れる。

 そんなヤンキーのリーダー格は羞恥心と怒りからか、顔は歪み、みるみるうちに真っ赤になっていく。


 茹でダコ。


 あっ、駄目だ、そんな事思ったらもっと面白くなってくる。

 咄嗟に目を逸らす。

 目線の先には緑のモヒカンのヤンキー。

 彼はびっくりしているのか、目がまんまるになっている。

 口もぽかーんと開かれ、その間抜けな顔にも笑いが込み上げる。

 

 良くない。


 もう助けてくれ、ともう1人に目をやる。

 しいたけの彼である。

 しいたけはちょっと笑ってた。

 やめろよ、笑うなよ。

 目が合う。

 また彼は笑う。

 どうやら笑いを堪える私の顔を見て笑ったようだ。

 失礼な奴だな!


 そんな彼をリーダーが睨み、慌てて険しい顔になるしいたけ。

 もう遅いぞ。


 顔を真っ赤にしたタコ……リーダーは、きっとユウヤを睨みつけると、狭い路地裏にびりびりと響く大声で怒鳴った。


「舐めてんじゃねえぞ! お前ら2人揃って! 人を馬鹿にするんじゃねえ!」


「あ、人だったのね。てっきりそういう魔人かと」


「ちげえ!!」


 この期に及んでユウヤは涼しい顔をしている。

 謝って、お願いだから。


「ふざけんなよ!!」


 その時、リーダーがユウヤに向かって拳を振り上げた。

 あ、と息を呑む。

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