#02 春休み


 中学2年生最後のイベントである終業式を終え、私は早歩きで学校を後にした。

 1年間付き合ったクラスとも担任ともお別れして、自分の世界に没頭できる期間。


 春休みの始まりだ。


 私の足取りは約半年ぶりくらいに軽くなっていた。

 私の自室という楽園に邪魔者が侵入しているとも知らずに。


「あ! 心菜ちゃん! おかえりなさい!」


「うっわ……」


 自室のドアを開けた瞬間に飛び込んできた声と光景に、思わず行動を逆再生したくなる。


 が、すごい力でそれを止められた。


「せっかく帰ってくるの待ってたのに無視しないでよ! ねえ!」


「うるさい怖い変態怪力人の部屋から出てけ!」


 ドアノブを向こう側から必死に抑えてる手を掴み、今度は私が部屋の中に入って邪魔者を外に追いやる。

 が、趣味が読書のひょろひょろ帰宅部の私の力では到底敵わなかった。


「大体、なんで私の部屋でスナック菓子貪りながらマンが読んでるのさ!」


「いやあ、せっかくなんで、2人っきりの長い生活の始まりの時にお出迎えしたくてね。

 あ、これって新婚さんみたいじゃない? お風呂にする? ご飯にする? それとも……とか言っちゃってさあ! きゃー! 心菜ちゃんってばダイタンー!」


 私の楽園への侵入者は私の言葉もろくに聞かず一人で盛り上がってる。


 確かにこれが新婚さんとかだったら盛り上がったかもしれない。

 だが私の目の前でくねくねと体を波に揺れるわかめのように動かしているのは2つ年上の従兄、飛鳥あすかユウヤなのだ。

 ときめきのとの字もない。


「あ! その漫画私が昨日買ったばっかのやつ!

 春休みにゆっくり楽しもうとしてたのに!」


「やっぱり新婚旅行って大事だよねー、絆を深めるっていうの?

 結婚までてんやわんや、大忙しでドタバタしてた後の休息、一段落、小休止!

 やっと静かな場所で心穏やかに2人っきりなれた時、窓からは夕日が差し込み部屋の中を暖かく包み、そして2人は寄り添い……なんちゃってねー! きゃー! もー駄目だってー! 心菜ちゃんに結婚なんてまだ早いってー!

 でもそうなったら俺と一緒にバージンロードを歩くのかな?

 父親として歩くのかな?

 ……嫌だよう……心菜ちゃんがどこの馬の骨とも知らない男のもとに行っちゃうなんてお兄さん許さないもん……ううっ、ぐすん」


「やかましい気持ち悪い早く部屋から出てけ」


 一人で大盛り上がりするユウヤを尻目に、腕力では勝ち目がないと悟った私は床に放り投げられているスナック菓子と漫画を片付ける。

 うわ、漫画にスナック菓子落ちて汚れてるし。

 許さねえ。


「まあそれはともかく! 心菜ちゃん、おかえりなさい!」


「はいはいただいま、ユウヤ」


 まるでチャンネルを変えたかのようにコロコロ表情が変わるユウヤを呆れて眺めながら私は鞄を机に置く。


 ユウヤはいつもこんな感じだ。

 何回同じことをしても飽きないみたいで、ユウヤはハイテンションで私に接する。


 私が言うのもなんだけど、ユウヤは私を溺愛してると思う。

 いや、むしろ溺愛し過ぎていると思う。

 日常会話に歯の浮くような愛の言葉を織り交ぜてきたり、私の容姿を褒め称えてきたり。


 つまるところ、ユウヤは重度のカズコンなのだ。

 そろそろ嬉しいとか恥ずかしいとか通り越して鬱陶しいになりつつある。


「そうそう、今日は一段といい品が出来たから見せようと思ってこうして心菜ちゃんの部屋で待ってたんだ〜!」


「あー、はいはい、またガラクタでしょ」


「ガラクタじゃないもん!」


 てってれーというお馴染みの効果音を口遊ながらユウヤがポケットから取り出したのは、廃材を継ぎ接ぎしたような、なんとも形容しがたいゴミのような鉄の塊だった。


「どうだ! この完璧なフォルム!」


 えへん、と胸を張るユウヤには悪いけどとても素晴らしいものには見えない。


「これのどこが完璧なの?」


「全部だよ! デザイン性もあって使い勝手もいい!まさに完璧!

 ……まあ、ちょーっとばかし? 独創性が過ぎると言うか? 他に見られないデザインではあるけど?」


「誰にも理解されなきゃ芸術とは言わないんだよ」


「言うよ! 多分俺が死んだ10年後くらいに評価されるもん!」


 鍋にフライパンで蓋をして、取っ手に銅線を巻きつけたおたまを差し込んだような見た目だ。

 大きさはポケットに入るくらいなので手のひらサイズ。

 調理器具のミニチュアの寄せ集めみたいだな。


「まず、このアンテナの先の丸い形状が電磁波を効率的に集め、そして巻かれた銅線のコイルに伝わる。そして本体に電磁波は送られ、この中のシステムが……」


「長くなりそうなので説明はいらないです」


「聞いてよ!」


「やだよ、物理も生物も苦手だもん」


「いや、どっちかと言うと科学、化学の話だね、これ」


「細かい事はいいんだよ」


 真面目に返されると虚しくなるじゃんか。

 見えない物をどう考えろって言うんだ。


「まあ細かい過程はさておき、結論から言うとね、なんとこれは……魔界に行ける機械なのです!」


「へー、ヨカッタネー」


「真剣に聞いてよ!」


 そう。

 ユウヤの残念なポイントは重度のカズコンだけでは無いのだ。


 ユウヤは重度のカズコンであると同時に、重度のオカルトオタクであり、発明マニアなのである。

 ファンタジーの世界に憧れ、調べ尽くし、そして夢を見る。

 それだけに留まらず、その知識を活かしてファンタジーチックな品々を発明してしまうのである。


 この前なんか、「どこでもドアを作る!」と言い出したかと思えば、「ドアを通る時に分解され、行き着く先で再構築されたら、これは元の自分だと言えるのか?」とか言ってた。

 ちょっと私には何言ってるのか分からない。


 他にも、ユウヤが言うには竜の卵やら反重力装置やらが彼の自室に詰め込まれている。

 真偽は不明だが、本人曰く、「どれもこれも試作品でこれからよくなるの!」らしい。


 天才とバカは紙一重とか言うけど、天才と変態も紙一重だと思う。


 そして、今回はどうやら魔界に行ける装置、とやらを作り出したみたいだ。

 どう見てもそんな風には見えないし、行けるなんて全く思わない。


「そんな非現実的なもの、信じる方がどうかしてるよ」


「残念だったな、今心菜ちゃんの目の前にあるから非現実などでは無いのだよ」


 メガネを中指と人差し指でクイッと上げて、格好つけながらふふふ……と不敵に笑うユウヤ。


 その様子に私は肩を落とす。

 こうなると長いのだ。

 聞かせろと願ってもないのに、セールスマンのように機能、効能をマシンガントークで説明し出す。

 こっちが聞いてなくてもお構いなく続けるので、ただひたすらに煩い。


 終わったな、私の読書タイム。


 私は大きな溜息をつき、ユウヤの方に向き直る。


「仕方ないなあ。その妄想に付き合ってあげるから、なるべく手短にね」


 そうすると、ユウヤはまるで新しいおもちゃを与えられた子犬のように目を輝かす。


「そうかそうか! 興味を持ってくれたか! よし、なら話すとしよう。えー、まずは魔界というものから説明しようか。魔界。それは幾重にも重なる運命の中で」


「あ、そういうの求めてないのでいいです」


「聞いてくれるって言ったじゃん!」


「手短にって言っただろうが」


「えーん、心菜ちゃんが怖いよお、怖い言葉使うよおー!」


「ぶりっ子しないの! 視界がキツい!」


「酷い! 俺まだぴちぴちの16歳なのに! まだ可愛い時期なのに!」


「そういう事自分で言うのがキツいわ!」


 さっきまで目をキラキラさせていたのに、今はもう部屋の隅っこで丸まりながらしくしくと泣いている。

 忙しい人だな。


「ぐすん……これ使って、一緒に魔界に行ってさあ……一緒に春休み満喫しようかなって……思ってたのにぃぃ……」


 生憎と春休みは家でゆっくりしたい派なのでお1人でどうぞ。


「新婚旅行は魔界ってずっと夢見てきたのに……ロマンの詰まった世界、魔界……そして俺の隣には愛する心菜ちゃん……これを楽園と言わずしてなんと言いましょうかっ!!」


「現実逃避は他人に迷惑かけずに1人でやってね」


 そうやって急に大声出されると心臓に悪いのでやめて頂きたい。


「そうやってさ、現実逃避だか空想だか妄想だか、なんやかんや言うけどさ、心菜ちゃんだって気になるだろ?」


「うっ」


 あ、図星ー? とニヤニヤするユウヤの鳩尾に1発拳をくい込ませる。

 ユウヤは鈍いうめき声を出してバタリと動かなくなった。


 ええ、そうですとも。

 図星ですとも。

 気になってますとも。


 だが弁解させてくれ。

 誰でもこんなやつと一緒にいたら気になってくるでしょ。

 毎日のように非現実的なものを見せられ、聞かされてるんだよ?

 それに、こんな平々凡々な生活してるんだ。

 ちょっとくらい刺激を求めたっていいじゃないか。


ユウヤの言う事もわかる。

 確かにファンタジーというのは、夢もロマンも詰まってる。

 現実はあまりにも在り来りで面白みに欠ける。

 なら、ちょっとくらい夢を見たくなるのも分からないでもないだろう?


 だから人は自分とは違うものに惹かれる。


 芸能人のゴシップニュースとか非道な殺人事件とか、散々くっつき回って味わってるじゃないか。

 まあそこまではいかなくても、アニメ、漫画、小説、所謂『二次元』というもの。

 それに夢見て現実逃避してるじゃないか。


 だから私がちょっとくらいファンタジーに期待してもいいじゃないか!

 許せ!


「だ、だったら何だって言うんだよ」


 痛いところを突かれ、私はそっぽを向いて誤魔化した。


「いいね! いいよその表情! もっと恥じらいを持って! ちょっと見下す感じで! ゴミを踏み潰す感じでー!」


「キモイ」


 ユウヤが元気になってカメラを構えだしたので、思わず引いてしまう。

 それは流石に気持ち悪いな。


「……で、その機械、本物なの? 証明出来る?」


 気を取り直して、気になっていたことを問いかける。


「もちろんだとも! これで魔界に行けるってのは俺がこの身をもってして証明済みだともさ!」


 想定の範囲外だ。

 本物だったのか、このバカは。


「嘘だ〜」


「嘘じゃないもん」


「その言葉だけでは信じれないね。ユウヤが幻覚を見てるかもしれない」


「ほーう、そう来たか」


 その時、ユウヤがいきなり私を引き寄せ、例の機械を頭上に掲げた。


「百聞は一見にしかず、という事だね、心菜ちゃん!」


「は!? 何言って……」


「何を言っても信じて貰えないのなら、その目で確かめてもらう他無いね!」


 段々と景色がぼやけていく。

 なのに、目の前で大小の光は、チカチカとハッキリ点滅する。

 離して、と藻掻いても、だんだん力が抜けていく。

 そして次は景色がぐにゃり、と曲がる。

吐きそう、酔う。


「魔界へ、レッツゴー! だよ!」


 その時、足元が消えて落ちていく感覚が身体を襲った。

 フッと無重力の中に放り出されたみたいに服も髪も、あちこちに舞う。


ああ、別に証明なんて求めなきゃ良かった。


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