第14話 終話:明日に向かって
ビスコッティの部屋でシャワーを浴び、私はスコーンの部屋に移動した。
あとは寝るだけという段になって、私は枕元に置いてあった黒いボールを見つけた。
「あれ、なんだろ?」
人様の部屋でどうかと思ったどけないと寝られない場所にあったので、私はその黒いボールに手を触れた。
瞬間、黒かったボールがいきなり虹色に輝き、シュワーっという音と共に火花のようなものをバチバチまき散らしながら、宙に舞い上がった。
「おわぁ!?」
これにはいくら神経が図太い私でも素直に驚き、思わず声をあげてしまった。
いきなりなにかが起動した様子の黒いボールは、火花のようなものを吹き出しながら床を転がって虹色に変化すると、一転して静かになり明滅を続けた。
「な、なんだったのやら。ただの明かりにしては、手が込んでるね」
私は苦笑した。
すると、部屋の扉がノックされ、顔を見せたカボチャ姫を含んだ三名が笑った。
「歓迎の印に、あらかじめ仕掛けておいたんだよ。あの火花にみえたものは、スイッチが入った時の魔力漏れだから大丈夫。火事になったりしないから」
スコーンが笑った。
「はい、師匠の悪癖です。すぐに驚かそうとするんです。ビスコッティさんなど、ちょうど扉の前にいた私に飛びついてきて、『エーテルですか。これエーテルの仕業ですよね。だったら、ビシバシしないといけません。私もやる時はやるんです!!』と、半狂乱で叫んだのです。私の鎮静剤で落ち着きましたが」
ビスコッティが苦笑した。
「なるほど、カボチャ姫らしいね。私もビックリしたよ」
私は笑った。
「はい、私はもう死ぬかと」
カボチャ姫が苦笑した。
「ああ、コイツ臆病だから気をつけてね。さて、寝ようか」
私は笑った。
「あっ、いい忘れていたけど、あのボールは空気をきれいにする力があるから、そのままにしておいて。あんまり使ってないから、埃っぽいだろうし」
スコーンが笑みを浮かべた。
「分かった。おやすみ!!」
私は笑みを浮かべた。
スコーンの部屋で一晩休み、私は早朝に目を覚ました。
「さて、許可は三日だったか。一応、聞いてみよう」
私は腕輪を操作して、里長を呼び出した。
『エーテルか、どうした?』
「一つ確認だけど、今は王都。移動時間約半日なんだけど、外出期限三日って明日まで?」
『そうだな。あまり長期の外出期限は出せんが……片道で半日もかかるのであれば、今から三日で構わん。くれぐれも、粗相のないようにな。娘も頼んだぞ』
里長の声が聞こえ、私は苦笑した。
「正味五日の外出許可か。大盤振る舞いだね」
特別外出許可はいつでも誰でも取れるわけではなく、里長の特別な許可が必要だった。
通常は一日かそこらが限度だったが、三日でも凄いのに五日となるとかなり異例だった。『うむ、妥当だろう。では、頼んだぞ』
腕輪から聞こえていた声が途絶えた。
「頼まれちゃったか。まあ、いつもの事だけど」
私は笑った。
しばらくすると扉がノックされ、カボチャ姫が入ってきた。
「おはようございます。今日はどうするのですか?」
「そうだね。街中をみて歩きたいけど、スコーンたちの邪魔にならなかったら、案内して欲しいね」
私は笑った。
「そうですね。この研究所も気になりますが、街も気になります。
カボチャ姫が笑みを浮かべた。
「そういえば、外出許可は今日から三日だって。珍しいね」
「そうなんですね。一日取るだけで苦労する特別外出許可が、今日から三日……三日!?」
ビスコッティが倒れそうになった。
まあ、それだけこの許可取得が難しいということだ。
「ほんと、あとでバチが当たるかもね。そろそろお腹空いたけど、食堂で朝食かな」
私がカボチャ姫に問いかけると、ちょうどよくビスコッティがやってきた。
「師匠は研究がノってきたようで、しばらくは食事を取らないでしょう。助手の私が案内します。どうしますか?」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「とりあえず、朝食の後に少し街を歩いてみたいな。大丈夫?」
「はい、可能ですよ。では、食堂にいきましょう」
ビスコッティの笑みと共に、私たちは部屋をでた。
食堂にいくと、『メニュー追加!! 里ゴブリン様向け』と書かれ、数は少ないが確かに白衣を着たゴブリンたちが、次々に注文していた。
「なんだろ、ビスコッティは知ってる?」
「はい、特にお二人がきたからというわけではなく、元々研究していたと聞いています。野菜しかない自信作とか」
ビスコッティが笑った。
「それは助かる。やっぱり、肉は苦手なんだ」
私は笑った。
「これで、カボチャがあれば……」
カボチャ姫が笑った。
「カボチャサラダは、全メニューに付いていますよ。頂いた種を師匠が撒いたところ、とんでもない事になったのです。今は、あのカボチャを市場にも卸していますし、貴重な研究費の一部になっています。さて、注文しましょうか」
私たちはカウンターで注文を通し、大きなトレーに置かれた大量の料理をみて驚いた。「研究員も助手も大食いが多いのです。魔力の消費が激しいので、栄養を摂らないと倒れてしまいます」
ビスコッティが小さく笑った。
「なるほど……。じゃあ、適当なテーブルの上のせて食べよう」
私は笑った。
朝食を済ませた私たちは、ビスコッティの案内で研究所の門に向かった。
「昨日渡した白いカードを持っていますね。あれがないと出られません」
ビスコッティの声に、私とカボチャ姫が頷いた。
「では、いきましょう。王都は広いので、なにかと物騒です。私から離れないで下さいね」
ビスコッティは門扉にある白いプレートにカードを押し当て、ゆっくり門扉が開くのを待っている様子だった。
「今のうちにカードを押し当てておいて下さい」
ビスコッティの声に、私たちは同じようにカードを押し当てた。
門扉が全開になると、私たちはそれを潜って研究所から出た。
「まずはどうしますか?」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「そうだねぇ、なにがお勧め?」
私は笑った。
「そうですね……エーテルさんのその脇の膨らみ。銃を持っていますね」
ビスコッティが小さく笑った。
「な、なんで分かったの!?」
「はい、これでも少々……」
ビスコッティが笑った。
「な、なんですか、それ!?」
カボチャ姫が声をあげた。
「ま、まあ、武器の一つだよ。よほどの事がない限り、使わないって誓ってるけど、練習はしてるよ」
私は笑みを浮かべた。
「み、みせて下さい。カボチャ落とし食らわせますよ!!」
「ダメ、里長から誰にもみせるなって釘を刺されてるんだよ」
私が苦笑すると、カボチャ姫が頬を膨らませた。
「まあ、みるだけならいいかと思います。知識は大事ですからね。ビスコッティさん、秘密は守れますか?」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「はい、分かりました。大丈夫です」
カボチャ姫が頷いた。
「では、エーテルさん。ちょっとだけ……」
「分かった。カボチャ姫、どうなるか知らないよ」
私は苦笑して、脇のホルスターから拳銃を引き抜いた。
「うわ、凄い!!」
声を上げたカボチャ姫だったが、触ろうともしなかった。
「凄いけど、危ないからね」
私は笑った。
「そうですね。357マグナムとなると、命中すればシャレになりませんよ。扱いには気をつけて下さいね」
ビスコッティの声に頷き、私は拳銃をしまった。
「私には向いていない武器ですね。やはり、殴り飛ばす方が性に合っています」
カボチャ姫が笑みを浮かべた。
「では、適当に散策しましょうか。白衣さえ着ていれば、『なんだ、研究所の研究者か助手か……』と思われる程度でしょう。かえって目立たないのです」
ビスコッティが笑った。
「へぇ、そうなんだ。白いから目立つと思ったよ」
私は笑った。
「この街くらいですけれどね。まずは、目抜き通りを歩きましょうか。路地は少し危険です」
ビスコッティの案内で、私たちは街の中心と聞いた、太い道に出た。
路肩では様々なものを売る屋台が並び、驚くほどの人で賑わっていた。
「お二人とも、はぐれないで下さいね。もしはぐれてしまったら、研究所の前で待っていて下さい」
ビスコッティの声に頷き、私とカボチャ姫は溺れそうな人混みを歩いていった。
「こりゃ凄いね。カボチャ姫、大丈夫?」
私の後方でへばりつくように歩いていたカボチャ姫だったが、いつの間にかどこかにいってしまっていた。
「ちょっと、どこにいったの!!」
私は声を上げたが、人混みの喧噪でかき消えてしまって、返事は聞こえなかった。
「ちょっと待ってよ。いきなりはぐれるなんて……」
私はすっかり存在を忘れていた無線機をポケットから取りだし、カボチャ姫に連絡を試みた。
しかし、応答はなく。そんなことをやっている間に、前方にいたビスコッティすらいなくなってしまった。
「まいったな。人の波に押されて立ち止まれないし、研究所に戻ろう」
私は頭を掻き、研究所方向に向かう人混みの流れに乗った。
研究所の正門前に着くと、私はただただ二人の到着を待った。
そのうち、ビスコッティが戻ってきて、苦笑した。
「目抜き通りはいつもああなんです。人が多いので安全なのですが、城の門が開く時刻が迫ると、まさにあの通りなんです」
「そっか、ビックリしちゃったよ。そういえば、カボチャ姫がまだ戻らないんだけど、どうすればいいかな?」
私は苦笑した。
「それは大変です。まだ、この街の道が分かっていないのに歩くと、何カ所かある危険地帯の路地に入ってしまいかねません。さっそく、警備隊に連絡しましょう」
ビスコッティが無線機を取りだし、口早にどこかと交信をはじめた。
「さっそく、人捜しの手配をしました。これで、警備隊が動いてくれるでしょう。この街は広いので、探すために時間が掛かります。ここでしばらく待って、発見できないようであれば、一度研究所の中に入りましょう。ここで何時間も立ったままでいると、研究所の守衛さんが怪しむので」
ビスコッティが苦笑した。
「そっか。全く、お騒がせな」
私は小さく息を吐き、苦笑した。
どれほど待ったか分からなかったが、ビスコッティが私の肩を叩き、門扉の方に向かってっていった。
すると、門の脇にある小屋から私たちの方に向かって、制服姿のおじさんがゆっくり近づいてきた。
「あっ、息抜きです。ご心配なく」
制服姿のおじさんに笑顔でビスコッティが声をかけ、おじさんは小さく敬礼してまた小屋に向かっていった。
「中に戻らないといけません。守衛さんには話しを通しておきますので、ビスコッティさんが戻ってきても大丈夫です。行きましょう」
ビスコッティが私の肩を押しそのまま門扉の前に着くと、ビスコッティが白いカードをプレートに当てた。
「エーテルさんもやってください。あとで大変です」
ビスコッティの声に私は頷いてから、自分のカードをプレートに当てた。
ゆっくり開く門扉が全開になると、私たちは研究所の敷地内に入った。
「ちょっと待っていて下さい」
ビスコッティは小屋に向かい、守衛さんとなにか話してから、私の近くにやってきた。
「これで大丈夫です。私の部屋にいくか、食堂でお茶でもどうですか?」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「うん、そうだね。お茶の方がいいかな」
私は笑みを浮かべた。
「では、行きましょう」
私たちは研究所の建物に入り、食堂に向かった。
ビスコッティとお茶を楽しんでいる間に、元々曇天だった空がさらに黒くなり、どうやら雨が降りはじめたようだった。
「雨が降ってしまいましたね。私たちはその前に返ってこれたのでいいですが、ビスコッティさんは不運です。心配ですね」
ビスコッティが心配そうに小さく息を吐いた。
「まあ、ゴブリンだから濡れてもあまり気にしないけどね。全く、どこにいっちゃったのやら……」
私は苦笑した。
「師匠なら探査系魔法を使えるのですが、今日は午後から魔法学会に出席する予定で、今頃は準備に忙しい頃でしょう。助手の仕事として、資料整理は済ませてあるので、あとは自分でやるといっていました」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「なんか分からないけど、大変そうだね。もし無理なら、そっちを優先して」
「いえ、大丈夫です。必要な準備は終わっているので、あとは資料の見直し程度ですから。これは、師匠の仕事です」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「ならいいけど……。それにしても、本当にどこにいったのやら。カボチャ姫って、やや方向音痴なんだよね。無事だといいけど」
私は苦笑した。
しばらく紅茶とケーキを楽しんでいると、ビスコッティの無線機から音が聞こえた。
「あっ、緊急通報です。ちょっと待って下さいね」
ビスコッティは無線機を手に会話をはじめたが、徐々にその顔が険しくなっていった。
「エーテルさん、ちょっと待っていて下さい」
ビスコッティは紅茶を飲み干すと、駆け足で食堂を出ていった。
「な、なんだろ、まさか盗賊とか?」
私はなんとなく落ち着かないまま、とりあえず紅茶を飲んだ。
例え盗賊や魔物だとしても、ここは広すぎて私ができる事はない。
ビスコッティの緊急通報が鳴っても、周りの人たちは特になにもないようにしているので、恐らく街になんらかの危険が迫っているわけではないだろう。
「なんだろ、嫌な予感がするね」
私は小さく息を吐いた。
食堂でしばらく待っていると、ビスコッティが食堂に駆け込んできた。
「ビスコッティさんが発見されました。今は医務室で怪我の治療を終えたばかりです。急いそいできて下さい!!」
「えっ、医務室?」
疑問に思ったが、ビスコッティの様子は質問を許すものではなく、とにかく黙って再び駆け出したビスコッティの後を追った。
階段を駈け上って三階に大きな医務室があり、ベッドに寝ている他の人に迷惑をかけないように、なるべく足音を立てないように気をつけて、部屋の一番奥にあるベッドに近づいた
ベッドにはカボチャ姫の姿があり、虚ろな瞳で天井を見つめていた。
「ちょ、ちょっと、どうしたの!?」
思わず大声で叫んでしまった。
「よほど強いショックを受けたのでしょう。傷は治しましたが声をかけても反応しません。これは魔法薬でも魔法でも治せないので、時間が経つのを待つしかありません」
ビスコッティが、苦虫を噛みつぶした顔をした。
「だ、誰がこんな事を!?」
「警備隊による捜査中です。詳細はなにも分かっていません」
ビスコッティがため息を吐いた。
「そう……。里長が滅多な事で外出許可を出さない理由が分かったよ。誰が悪いなんて無駄ないい争いはしない。これはもう、暢気に外出している場合じゃないね。今すぐ帰って休ませないと。嫌な思いさせてゴメンね」
私はビスコッティに頭を下げた。
「いえ、大丈夫です。まずは、里にお二人を送り届けます。そのあとは、勝手が分からないのでお任せします」
「分かった、ありがとう。一人で二人分のカゴを曳ける?」
「はい、大丈夫です。さっそく手配しましょう」
ビスコッティが頷いた。
てっきりカゴを二つ曳くのかなと思っていたが、余裕をもって二人乗れる大きなカゴが屋上に用意され、私とカボチャ姫がそれに乗ると、ビスコッティが凄まじい加速度で一気に空に舞い上がった。
行きと同じルートをそのまま引き返し、特に問題なく里に着いた時には、深夜を少し回っていた。
「うむ、なんだこんな時間に?」
家から出てきた里長が、少し驚いたような顔をした。
「里長、トラブル発生!!」
声を上げながらカゴから飛び下りた私に、里長が驚いたような表情を浮かべた。
「そういえば、娘がカゴに寝たまま動かないな。なにかあったのか?」
「それは、私から説明しましょう。王都は広いので、様々な人たちがいます。その中で一つだけ人間至上主義を掲げる団体があり、隙を見せた異種族を痛めつける問題行動が多いのです。詳細は捜査中なので分かりませんが、恐らくここかと。あくまで。私の推測なので分かりませんが、全身の傷は治療しました。あとは、どれほど精神的にダメージを受けたか……それは計りかねますが、すぐには直らないでしょう。ゆっくり静養させてあげて下さい。このあと、師匠が学会で得た情報をまとめなければなりません。急ぎ帰らないといけません。投げっぱなしで申し訳ありませんが、これにて失礼します」
ビスコッティが頭を下げ、お礼の言葉をいうまでもなく、夜空に舞い上がっていった。
「うむ、とりあえずビスコッティの部屋に連れていこう」
里長宅の警備をするようになったようで、二人のオークがビスコッティを丁寧に抱えて家の中に入った。
「……まいった、こんな事になるなんて」
私は夜空を見上げた。
「でさぁ、さっきの召喚は最悪でさ……」
里長宅のビスコッティの部屋で、私は返事がないビスコッティに延々と語り続けていた。
召喚は相変わらずで、ビスコッティの畑は私が管理する事にした。
私とビスコッティ以外はごく普通の日常が流れる中、かれこれ三カ月間こんな事を続けていた。
「さて、またくるよ。早く治れ!!」
私は笑みを浮かべ、里長の家をあとにした。
すでに、今日の分の野良仕事は完了していて、空は夕焼けで染まっていた。
幸い、この里には医師に相当する回復師が多くいて、ビスコッティに点滴をしてくれているのでなにも飲み食いできなくても問題なかったが、さすがに一目で痩せたと分かるほどヒョロヒョロになってしまった。
「どのくらい掛かるんだろう……。そろそろ話しがしたいよ」
私は苦笑して、ついでにお風呂に入って畑仕事の疲れと汚れを落としたのだった。
「完結」
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