第13話 研究所見物
カボチャ姫の思いつきではじまった、召喚以外では滅多にいかない人間社会の大きな街。 その中の魔法研究所とやらに案内してもらった私たちは、スコーンとビスコッティの案内で屋上から建物の中に入った。
屋上からの下り階段で、ビスコッティが私とカボチャ姫になにやらカードを手渡してきた。
「今後必要な名札のようなものです。師匠の研究室はハイレベルセキュリティ区画にあるので、これがないとどこにもいけなくなってしまいます」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「よく分からないけど、要するになくすなって事でしょ?」
私は苦笑した。
「私もよく分かりませんが、なくさないようにします」
カボチャ姫が頷いた。
「あんた、落とし物の常習犯だからね。それだけはなくしちゃだめだよ」
私は苦笑した。
「それでは、いきましょうか」
ビスコッティ、スコーンの後に続き、私たちは階段を下りた。
すぐそこにあった扉の脇に箱状の機械があり、ビスコッティはそこに私たちと同じようなカードをかざした。
ピッとなって扉の鍵が開く音が聞こえ、ビスコッティが扉を開けると、スコーンも同じようにカードを当てた。
「お二人は当てなくていいです。入出退の記録が合わないと騒ぎになるので」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「よくわからないけど、里とはエラい違いだね」
私は笑って、ビスコッティが開けたままの扉をカボチャ姫と潜った。
中は無機質な白で統一された廊下があり、白衣姿の人たちが行き交っていた。
「師匠の研究室はこの階です。そんなに緊張しないでくださいね」
ビスコッティが笑った。
「うん、かえって目立っちゃうよ!!」
スコーンが笑みを浮かべた。
「お二人とも、ここでは師匠の助手という扱いです。なにか聞かれたら、そう答えて下さいね」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「分かった。それにしても、広いねぇ……」
私たちは廊下を歩き、やがてスコーンの名前が書かれたプレートがある扉の前に立った。
スコーンが扉の脇にある機械にカードを当てると鍵が外れる音が聞こえ、そのまま扉を押し開いた。
「ようこそ、スコーン研究室へ!!」
スコ-ンが笑い、私たちは中に入った。
室内は落ち着いた木のキャビネットや書架が並び、私の基準ではかなり広かった。
「私の方は魔法書で一杯だから、ビスコッティが魔法薬研究に使っている方に座って。椅子なら人数分あるから」
スコーンの言葉でビスコッティが動き、ちょうどキャビネットで区分けされるようになっているビスコッティの持ち場に入った。
「ちょうど夕食だね。ビスコッティ、例のものを人数分!!」
「はい、分かっています」
ビスコッティが財布を持って、研究室から出ていった。
「例のものって?」
「うん、ここの食堂は職員なら無料で食べ放題なんだけど、時間ごとに十食限定で特別弁当が販売されるんだよ。ビスコッティはそれのゲットの達人でねぇ。撃ったり投げたり色々やってるみたいだけど、必ず人数分買ってくるから!!」
私は笑った。
「撃ったり投げたりって……いいの?」
私は苦笑した。
「うん、死なない程度なら。撃たれたり投げられたりした方が悪い。それが、魔法使いだって変な気質があるからね。肉料理ばかりだから、口に合うか分からないけどね」
スコーンが笑った。
「肉料理にもよるかな。極端に肉のニオイがするのはきついかな」
私は苦笑した。
「私は興味があります。どんなものでしょうか」
カボチャ姫が笑みを浮かべた。
「そうだねぇ。多いのは豚の生姜焼きだけど、なぜかエビフライとかパスタがセットになってるパターンだね。ボリュームは凄いよ」
スコーンが笑みを浮かべた。
しばらくすると、ビスコッティが四つ弁当を持ってきた。
「今日は珍しく魚でした。アジの塩焼きとエビフライがメインで、オマケがパスタのケチャップ炒めです」
ビスコッティが手渡してくれた弁当は、スコーンがいった通りなかなかのボリュームで、確かに焼き魚がメインのようだった。
「これも、マグロですか?」
カボチャ姫が問いかけると、私は頭を引っぱたいた。
「アジの塩焼きって聞いたでしょ。アジっていう魚なの!!」
「そうですか。全く知らないもので……」
カボチャ姫が苦笑した。
「あと、この棒状のフライは。フライは知っています」
「それはエビだよ。魚とは違うんだけど、海で採れるのは一緒かな」
スコーンが笑みを浮かべた。
「そうですか。初めてばかりで驚きの連続です」
カボチャ姫が笑った。
「私もエビは初めてだな。よし、食べよう」
私は笑った。
「はい、ではいただきましょう」
ビスコッティの音頭で、私たちは弁当を食べはじめた。
「これ、美味しいです」
カボチャ姫が笑みを浮かべた。
「そうだね。知ってはいたけど、食べるのは初めてだから、アジが美味しい」
骨ごとバリバリ食べてしまった私は、ご飯を食べて初体験のエビに取りかかった。
「うん、癖は強いけど嫌いじゃないよ」
独特の癖はあったが、エビは美味しかった。
「エーテル、私はこの魚はちょっと……」
エビフライを囓り、カボチャ姫が苦笑した。
「あれ、食べられなかった。正確にいうと、それは魚じゃないんだけどね!!」
スコーンが笑った。
「全く、世話が焼けるね。それ食べてあげるから」
私はカボチャ姫のエビフライを奪い、それを尻尾ごと一口で食べた。
「ありがとう。このケチャップ炒めパスタとやらは、小麦なので美味しいです」
カボチャ姫が笑った。
「そうだね。ケチャップってトマトが使われているね。美味しい!!」
私は笑った。
「量は大丈夫ですか?」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「うん、これで十分だよ。こんなに大量の白飯だもん」
「はい、お米は久々な気がします」
カボチャ姫が笑った。
こうして夕食を済ませると、私たちには暇な時間が流れた。
「そういや、なんの研究してるの?」
「うん、私は攻撃魔法専門で、ビスコッティが魔法薬かな。そうだ、魔法薬の作り方を聞いておきなよ。魔法が使えなくても魔法と似たような効果があるし、材料さえあればなんだって出来るから!!」
スコーンは笑って、ビスコッティをみた。
「分かりました。傷薬程度ならすぐできますよ。魔法が使えなくても効果があります」
ビスコッティの声に、カボチャ姫が反応した。
「ぜひ教えて下さい!!」
「あまり迷惑かけるんんじゃないよ」
私は苦笑した。
「待ってくださいね。その前に、お二人の入場を記録しておかないと。本来はここの正門でやる事なのですが……。これをやらないと、お二人は不正侵入者になってしまうので」
ビスコッティは笑い、研究台? においてある四角くて厚みがあり、ボタンがたくさん付いた黒い機械を操作した。
「よし、侵入成功。そこの白い部分に先ほど渡したカードを当てて下さい」
ビスコッティにいわれるままに、私とカボチャ姫はカードを押し当てた。
ピッという音が鳴って、ビスコッティは機械の『窓』を確認した。
「はい、これでどこでもいける……とはいいませんが、正規の入場者として肩身の狭い思いをしなくてすみます。では、魔法薬の練習をしましょうか」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「私はスコーンと攻撃魔法の話しをしたい。滅多に機会がないからね。カボチャ姫は、ビスコッティに教えてもらって」
「はい、分かりました」
「では、スコーンさん。はじめましょう」
カボチャ姫とビスコッティがゴソゴソはじめると、スコーンは自分の陣地に引っ込んだ。
広い部屋のはずだが、スコーンの机の周りは確かに書物が山積みになっていて、どこかしら息苦しい感じだった。
「ああ、その椅子使って!!」
スコーンが示した椅子に座り、私は思いきって聞き出した。
「スコーンにとって、攻撃魔法ってなに?」
「おっ、テストがきたね。必要な時に必要な場所を必要なだけ破壊するかな。攻撃魔法は手段であって目的じゃない。ここを勘違いする人が多くてね」
スコーンが笑みを浮かべた。
「なるほど、里長がなにもいわないわけだ。それを聞いて安心したよ。それで、私の攻撃魔法なんだけど、威力と精度がイマイチなんだよね。なにせ、五分しかないから、手早く正確に片付ける必要があってさ」
「そっか、そういう事なら、まずはルーン文字の勉強だね!!」
スコーンが笑みを浮かべた。
一通り教わった時には、深夜を少し回っていた。
「よし、これでなんとかなるかな。遅くなっちゃったね。ありがとう」
「いいよ、気にしないで。あとはこれを読んで」
スコーンが笑みを浮かべ、『ルーン文字 基礎』と書かれた書物を私に手渡してくれた。「えっ、いいの?」
「うん、同じ本が三冊あるから。基礎は肝心だよ!!」
スコーンが笑った。
「そうだね、ありがとう」
私は笑みを浮かべた。
「ビスコッティ、そっちはどう?」
スコーンが声をあげた。
「はい、大丈夫です。一つ精製に成功しました」
ビスコッティの笑う声が聞こえた。
「エーテル、できましたよ!!」
隣からカボチャ姫が出てきて、黄色い薬液が入った小瓶を私にみせた。
「へぇ、やるじゃん」
「はい、まだ基礎中の基礎らしいですが、全くの素人がここまでできるのは凄いらしいです」
カボチャ姫が笑った。
「はい、その通りです。なかなか筋がいいですよ」
ビスコッティが笑った。
「よし、お腹空いたね。食堂に行こう!!」
スコーンが笑った。
「えっ、またご飯食べるの。まあ、確かにお腹空いたけど」
私は思わずスコーンに言葉を返してしまった。
「ここの食堂は、年中無休で休みなく開いているのです。夜はお酒も出ますしね」
ビスコッティが笑った。
「ビスコッティの目的は、お酒なんだよね。無料で飲み放題だから、気に入っているんだよ」
スコーンが笑った。
「では、行きましょうか」
ビスコッティの言葉に頷き、私たちは研究室をでた。
あのカードを渡されただけあって、食堂への道のりは大変だった。
いくつもカードを押し当てる機械があり、そのたびにカードが必要になるので、なかなか面倒だった。
そうしてやってきた地下一階に、目指す食堂があった。
「へぇ、立派なもんだね……」
落ち着いた配色で塗られた壁や明かりが心地よく、かなり広いスペースがあった。
「去年リニューアルしたんだよ。それまでは薄暗くてボロッコイ食堂だったんだけどね」
スコーンが笑った。
「そっか、なんか場違い感が……」
私は苦笑した。
「そんな事はないです。適当に席を確保して、注文にいきましょう」
ビスコッティが笑みを浮かべ、四人一緒の席を取った。
「あの、どうしたら……」
カボチャ姫が困ったように聞いた。
「そこにあるのがメニューで、ついている番号をカウンターでいえばいいんだよ三桁の数字だから、覚えられるでしょ?」
スコーンが笑った。
「はい、では……。エーテル、このコロッケというのは?」
「聞く相手を間違えないように。スコーンかビスコッティに聞けばいいでしょ」
私は苦笑した。
「コロッケは、簡単にいってしまえば潰したジャガイモに衣をつけて揚げたものです。ここのコロッケは安いのでジャガイモだけですが、挽肉が入っているものもあります」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「つまり、ジャガイモだけなのですね。では、私はそれにします
カボチャ姫が笑みを浮かべた。
「じゃあ、私はオムライスにしよう。肉入り?」
私が問いかけると、ビスコッティが頷いた。
「中のケチャップライスに鶏肉が入っていますよ」
「鶏肉なら大丈夫。里のお祭りでも出るからね。じゃあ、それで」
私は笑みを浮かべた。
「では、注文に行きましょう。ちなみに、私はお酒メインなので」
ビスコッティが笑った。
私たちが席を立ってカウンターに行き、それぞれの注文を通した。
カボチャ姫がコロッケ定食、私がオムライスセット、ビスコッティがビールとおつまみいくつか、スコーンが牛肉のステーキとやらを四百五十グラムだった。
しばらく待つと、それぞれの料理が大きなトレーに乗せられて提供された。
カボチャ姫の皿には大判のコロッケが三つも乗り、私はタマゴの黄色が綺麗な大きなオムライスにスープ、ビスコッティは酒の瓶とスモークチーズなどといった、みたこともないようなものが並び、スコーンの皿には特大の焼かれた肉が乗せられていた。
「スコーン、凄いね……」
私は笑った。
「このくらい食べないと、魔力がカラカラになっちゃって。さて、食べよう!!」
スコーンが笑った。
私たちは先程確保した席に戻り、それぞれ食事をはじめた。
「ビスコッティさん、そのソースをかけて食べて下さい。なくてもいいですが、軽くかけた方が美味しいです」
「分かりました。軽くですね」
カボチャ姫は、テーブルの上に置かれていた『ソース』と書かれたボトルからそっと中身を垂らし、黒色のドロドロした液体でコロッケにカボチャの絵を描いた。
「バカ、遊ぶな!!」
私はカボチャ姫のソースを奪いと……ろうとしたら避けられた。
「分かっています。私の頭からかけようとしたでしょう。どちらが無駄ですか?」
たまにまともな事をいうカボチャ姫が笑った。
「はいはい、それじゃ食べようか」
全員でいただきますをして、私はオムライスにスプーンを入れた。
中の赤いご飯からトマトの香りが漂い、フワフワのタマゴと絡んでこれが美味しかった。
隣をみると、カボチャ姫が涙を流していた。
「お、美味しい。美味しいです。あとで作り方を聞かないと……」
カボチャ姫が小さく笑った。
食堂で夜食を食べると、もう夜も更けたからということで、私たちは研究所の寮に案内された。
「私と師匠は今日は研究室で泊まり込みの研究です。私と師匠の部屋を使って下さい。隣同士なので、不便はないかと」
ビスコッティが鍵を二つくれた。
「分かった。頑張ってね!!」
「はい、ありがとうございます。シャワーを浴びにくる時以外、滅多に使わないので室内にはなにもありませんが、寝るだけならいいかと」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「そう、ありがとう。シャワーがあるんだね。ちょうど一汗流したかった頃だよ」
私は笑った。
「はい、キャビネットの一番上にタオルがしまってあるので、それを使って下さい」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「あっ、私の部屋のシャワーはぶっ壊れているから、ビスコッティの部屋のシャワーを使って。何度いっても直してくれないんだもん」
スコーンが笑った。
「では、よろしくお願いします。なにか起きてしまったら、机の上にある無線で連絡して下さい。すぐにきますので」
ビスコッティが頭を下げ、スコーンと一緒に廊下を歩いていった。
「さて、寝ようか。その前にシャワーを浴びるけど。カボチャもそうしなよ」
「はい、そうします。慣れないところで、不安ですね」
カボチャ姫が苦笑した。
「行きたいっていったのはあんただからね。まあ、ここはたくさん食べられるし、安全だと思うから平気だよ」
私は笑った。
「さて、人様の部屋だけど入ろうか」
「はい、まずはビスコッティの部屋から……」
カボチャ姫が鍵を開けてビスコッティの部屋に入ると、清潔感はあったが確かにあまり使っている様子はなかった。
「よし、私はスコーンの部屋を開けてくるよ」
私は手にあったもう一つの鍵を手に、一度廊下に出てから隣のスコーンの部屋に向かった。
扉を開けると、魔法書が何冊あ置いてあったが、ビスコッティと同様にあまり使っている様子はなかった。
「そうだ、里の家にも二人の寝室を増築しなきゃね。せっかくだから、ベッドのサイズをみておこう」
私は一人笑った。
「エーテル、どうですか?」
カボチャ姫が室内に入ってきて、小さく笑った。
「うん、居心地がいいし私はこっちにするよ。あんたはビスコッティの部屋ね!!」
「分かりました。寂しくならないように頑張ります」
カボチャ姫が笑った。
「私もここであんたに噛まれるのは勘弁だよ。さて、シャワーを浴びよう。ビスコッティの部屋だね」
私とカボチャ姫は廊下に出て、一緒に笑ったのだった。
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