第10話 里を失いし者と帰ってきたアイツら
新しく作ってもらった水道の具合はすこぶるよく、これで面倒でキツい井戸からの水汲みから解放された。
「本当だ、お湯も出る。湯温も調整出来る。これは、いいね」
私は笑った。
水道の様子を確認してくると、帰宅したビスコッティはしばらくして戻ってきた。
「どうだった?」
「はい、素敵です。これで、ミニカボ、ポケカボ、マイクロカボを磨くのが楽になりました」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「まあ、他人の趣味に口出しはしないけど、ちっこいカボチャってまだあるの?」
「はい、今は小指の先程度のミニマムカボを開発中です。きっと可愛いですよ」
ビスコッティが嬉しそうに、テーブルに小さなカボチャを置いた。
「どこかに飾っておいて下さい。それがミニマムカボの試作品です」
「い、いいけど、小さすぎるよ。どっかいかない場所に……」
私はキッチンの流し台の上に、ミニマムカボの試作品をおいた。
「腐ったりしないの?」
「はい、そんなミスは犯しません。磨くとよく光りますよ」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「まあ、カボチャが光ってもねぇ」
私が苦笑すると、ポケットの無線機が警報を鳴らした。
「あれ、なんだろ?」
私は無線機を手に取った。
『ビスコッティです。里に危機が迫っています。師匠の探査魔法によると、オークが十体。急いで戻ってもここからでは間に合わないでしょうが、とりあえず向かいます』
「オークが十体だって!?」
私は身震いした。
「私も聞きました。被害は避けられないかもしれません」
ビスコッティが頷いた。
「ともあれ、里全体に警報を……」
『大丈夫、この距離なら狙えるから。準備しているから、必要ならいって!!』
スコーンの元気な声が聞こえた。
「……すげ」
私は思わず呟いてしまった。
「ビスコッティ、とりあえずいくよ!!」
「はい!!」
私たちは里の素朴な門の前に立った。
その頃になって、監視チームが気が付いたらしく、警鐘を鳴らしたが、すぐにやめてしまった。
「あれ?」
思わず声を上げてしまった時に、敵意がない事を示す白旗を掲げていた。
『エーテル、どうする?』
監視係のお兄さんの声が聞こえてきた。
「そうねぇ、まずは事情を聞こう。目立った武器も持っていないし」
私は笑みを浮かべ、オークたちの戦闘に立っていた男性に近づいた。
「こんにちは、この里に用事?」
「……俺たちの里が人間にやられた。生き残りはこれだけだ」
男性は小さく息を吐いた。
「それは……。まず、里長のところに連れていくよ。お風呂もあるし」
私は笑みを浮かべ、ビスコッティが泣いている子供をあやしはじめた。
実はビスコッティは子供好きで、暇な時はよく広場で遊んでいた。
「すまんな、もうヘトヘトでみな限界なんだ。今日はここで休ませて欲しい」
「それは構わないと思うけど、里長の判断だね」
私は小さく息を吐いた。
里の入り口にきた巡回牛車に全員乗り込み、程なく私たちは里長の家に到着した。
「どうした、オークは敵だぞ?」
里長が驚きの表情を浮かべた。
オークにとって、ゴブリンは格好の獲物である。
しかし、この疲弊した様子と戦意がない事は誰の目にも明らかだった。
「それは、私から説明しよう。実は、我々にも里があってな。森の中にあるのだが、ゴブリンを食った事はない。だからといって、信用できない事は分かっているが、一夜の宿をお願いしたい。どうだろうか?」
「分かった。それより、招かざる客人の臭いを感じるが……」
「私も分かっているよ。血生臭さと金属の臭い。人間はしつこくて困るよ、ビスコッティ、いくよ!!」
私は走りながら、無線機手にした。
「スコーン、ビスコッティ。里に接近中の人間の一団を攻撃出来る?」
『余裕だよ。やっと出番がたよ。なるべく門から離れていて!!』
スコーンの声が聞こえ、パシュー!! といういう音が連続して聞こえ、程なく火炎の矢が無数に降り注いだ。
「……容赦ないね。これは肝が据わってる」
私は笑みを浮かべた。
『全目標破壊したよ。これで大丈夫!!』
「全目標破壊ね。完全に物扱いにしないとやってっられないか。ありがとう」
無線機に向かって静かに声を当て、私は小さく笑った。
敵の排除も終わり、避難してきたオークはとりあえず、里長の敷地内で持参してきたテントに泊まり、一応監視付きとなった。
「お風呂あるよ。まずは、疲れを癒やそうか」
私が笑みを浮かべると、一団を率いていた男性が驚きの表情を浮かべた。
「な、なんだそれは?」
「うん、お風呂っていても地下深くから水を汲み上げて、加熱してお湯にしているんだよ。温泉っていったかな。いけば分かるよ」
私は笑った。
「そうか、それにしても変わった里だと思っていたが……。一つ聞いていいか?」
「なに?」
「あの家々に伸びているパイプはなんだ。気になってな」
男性は興味津々という感じで、里を見回した。
「あれは水道っていって、恐らくなんだけど、温泉から汲み上げた地下水をそのまま流していると思うんだけど、蛇口を捻れば水が出るんだよ。お陰で、面倒な水汲みから解放されたよ」
私は笑った。
「ずいぶん進化した里だな。腕のいい職人でもいるのか?」
「それがね、変な人間二人組なんだよ。私を追いかけてここまできちゃって……。そりゃ最初は警戒もしたけど、いいヤツらなんだよ。合わせてあげてなかったな。あんたたちを追いかけていた人間たちを遠方射撃で粉砕してくれたのも、その二人だよ」
「……そうか。人間に対して恨みしかなかったが、そういう変わり者もいるのだな」
男性は笑みを浮かべた。
「そういう事、みんながみんな同じじゃないよ。さて、お風呂に行こう」
私は笑った。
大柄なオークたちが入ると湯船は大分狭くなったが、五人の比較的小柄な女性だったので、私もゆったり浸かれた。
「これがお風呂ですか。いい気持ちです」
隣の女性が笑みを浮かべた。
「でしょ……。あっ、思いだした。変なリンゴ植えてこないと。ゆっくりしてて!!」
私は湯船から上がると、服を着て急いで畑に向かった。
自分の畑に着くと、日よけも兼ねていたすだれ状のマドラゴラカバーを開けて中をみると順調に育っているようで、早くも二十株になっていた。
「よしよし、この子たちは物々交換したらみんな卒倒するだろうし、焼いて食べちゃうだろうから、行商に売った方がいいね。まだ増えそうだから、半分収穫しておこう」
私はマンドラゴラを五本引き抜いた。
よく引き抜けば悲鳴を上げ、それを聞いた者は死んでしまうというが、あれは根も葉もない噂だけで、そのような事はない。
「これだけで、一財産だよ。里の中では意味がないけどね」
私は笑った。
「エーテル、急にお風呂から飛びでていってどうしましたか?」
ビスコッティが慌てて駆けてきた。
私は空間ポケットを開き、中からピンクの白玉模様をした、謎のリンゴを手に取った。
「これだよ。忘れないうちに植えておこうと思ってね」
私は便利な空間ポケットからスコップをとりだした。
「うーん、果物だから、あっちに植えるか」
私は畑の片隅に作った柵の扉を開け、グレープフルーツの隣に穴を掘った。
「これを埋めて……」
私が土をかけると、いきなり芽が出て猛スピードで木に成長した」
「……すげ」
私もビスコッティもポカンとしてしまった。
「しかも、すぐに実が付いてる。まだ青いけど。確か、三日だっけ?」
私は愕然としてしまった。
「はい、そう聞いています。とりあえず、お水をあげましょう」
ビスコッティが手を貸してくれ、こんな場所にも伸びていた水道の蛇口に繋がったホースを持ってきた。
私がホースを持って手を挙げると、ホースから水が噴き出し、リンゴの木に水をあげると、成長がさらに早まり、赤い実を付けた美味しそうなリンゴがなった。
「……どこが三日?」
私は苦笑した。
水を止めるようにビスコッティに合図すると、ホースの水は止まった。
「さて、こうなったら一個食べるしかないね」
私は笑って、空間ポケットからハシゴとハサミを取りだし、赤くいい香りがするリンゴを一つ手切り取って、ハシゴの下で待っていたビスコッティに放った。
次いで私の分を切り取ってポケットに入れ、ハシゴを下りた。
「よし食べよう」
「はい」
私とビスコッティが同時に一口かじり、同時に涙が出てしまった。
「……お、美味しい。こんなリンゴ初めてだよ」
「……はい、カボチャ料理のデザートに最適です」
私たちは真ごとリンゴを食べ尽くすと、二人で頷いた。
「これ、物々交換に出していいかな。結構いい食材が揃うよ」
「やめた方がいいです。存在がバレてしまったら、あっという間に実がなくなってしまいます」
ビスコッティが苦笑した。
すると、無線機からスコーンの声が聞こえてきた。
『ごめん、非常用チャンネルだから聞こえちゃった。そのリンゴ、実を収穫しても次々に生えてくるから大丈夫だよ』
「うわっ、驚いた。なに、ボコボコ出来ちゃうの?」
『うん、そういう改良をしてあるよ。だから、物々交換でも大丈夫!!』
スコーンの笑い声が聞こえてきた。
「やれやれ、こりゃリンゴの供給量を調整しないと、ビスコッティのカボチャみたいに商隊に売らないといけなくなるな」
私は笑った。
『ビスコッティです。里に引き返している途中です。師匠がどうしてもオークと話しがしたいと聞かないもので……』
「えっ、今はマズいかもしれないよ。まあ、取り直すけど……」
『はい、よろしくお願いします。あと二時間くらいです。夜は危険なので、なんとか暗くなる前に到着するようにします』
「分かった、気をつけてね」
私は小さく息を吐いた。
畑から里長の家に戻ると、リーダー格と思しき先ほどの男性が頭を下げた。
「無事にテントも張れた。これで休めるだろう。里長も親切にしてくれている。ありがとう」
「私たちはなにもしてないよ。それより、さっき話した変わり者の人間が、あなたたちとお喋りしたいって、今日の昼発ったのにまた戻ってきているんだけど、大丈夫?」
私が問いかけると、オークの男性は頷いた。
「我々とて分別はある。まして、追っ手を退けてくれたのだろう?」
「うん、ド派手な攻撃魔法だったよ」
私は笑った。
「だとしたら恩人だ。むしろ、感謝しなくてはな」
男性が笑った。
私はオークが名を持たない事を知っていた。
それを察したらしく、テントの外に出ているのはリーダーの男性だけで、他の人たちはテント内にいるようだった。
『ビスコッティです。師匠が魔力切れで墜落しました。回復魔法で怪我は治療しましたが、里の方角が分かりません。救援を!!』
無線機にビスコッティの声が飛び込んできた。
「あーあ、これだから。昼の魔法でかなり魔力を使っているはずなのに、無茶するから。今から救援に向かうよ。そのための腕輪があるから」
私は里長の家に飛び込んだ。
「うむ、分かっている。これが赤く光っているからな。いってこい」
里長は腕輪を私に手渡した。
この腕輪は里長の元にあるモニター用の腕輪に連動していて、なにかあれば赤く光るようになっている。
私に手渡された腕輪は、救助活動用の黄色いもので、ここから転移しても誰にもみえない緊急用のものだった。
私は急ぎ腕輪をつけて里長の牛車に乗ると、オークたちのリーダーも乗り込んできた。
「力作業なら任せろ。急ごう」
私は頷き、腕輪の作動ポッチを押した。
瞬間景色が暗転し、私たちは結界の外にでた。
「な、なんだこれは!?」
「私が張った結界。色々なものを弾くし、外からは里が見えないんだよ」
私は小さく笑った。
「そうか、我が里にもこれがあればな。まあ、過ぎた話をしてもはじまらないな」
男性は苦笑した。
「さて、どこだ……」
私は腕輪のポッチを押すと正面に『窓』が開き、周囲の様子と重なって表示された。
「……いた。もうちょっとだったね」
窓の片隅に赤い点と黄色の点が表示され、私はそちらに牛車を向けた。
「赤いのはスコーンだね。黄色いのはビスコッティか。魔力がギリギリじゃん。戻るなら戻るで、ゆっくりすればよかったのに」
私は苦笑して、牛車を進めた。
私たちの牛車が到着すると、ビスコッティが一礼した。
「申し訳ありません。無茶してしまって。そちらが、件のオークさんですね」
「うむ、大変そうだな」
地面で気絶しているスコーンをみて、リーダーが心配そうに声をかけた。
「そうでもありません。魔力譲渡で最低限の処置はしてあります。あとは休めば……」
「そうか、大事なくてなによりだ。さっそく乗せて帰ろう」
リーダーは牛車から降りると、スコーンとビスコッティを抱え、荷台に乗せた。
「二人とも休んで。無茶しすぎだよ!!」
私は笑った。
開いたままの窓をみていると、ビスコッティの黄色い点が点滅し赤くなった。
「おっと、ちょっと手綱持っててくれる?」
「うむ、分かった」
リーダーに手綱を預けた私は、気絶したビスコッティに魔力譲渡を行った。
これは、自分の魔力を他人に分ける技で、そう難しい事ではないが、自分の魔力限界を超えるとこちらも気絶してしまうので、そこは注意が必要だった。
「よし、こんなもんかな」
私はリーダーから手綱を受け取り、救助活動用に転送距離を長くした腕輪をみた。
「カボチャ姫、準備は出来ている?」
「はい、出来ていますよ。テントを張って布団を敷いてあります。一人ですよね?」
珍しく、カボチャ姫が気を利かせてくれた。
「それが、もう一人も気絶しちゃって、布団もう一組!!」
「は、はい、大変です。分かりました!!」
カボチャ姫の返答に満足し、私は転送ポッチを押した。
瞬間、里長の家の前に移動し、オークたちのテントの脇に張られたテントに、慌てた様子でカボチャ姫が布団を運び入れていた。
「お疲れ、オークの旦那にも力を貸してもらったよ」
リーダーがスコーンとビスコッティを小脇に抱え、急いでテント内に敷かれた布団に寝かせた。
「よし、これでいいのか?」
「うん、ありがとう。疲れているだろうから、休んでよ」
私は笑みを浮かべた。
「いや、まだ大丈夫だ。これでも警備の団長だったのだ。やや神経質になっていて、休む気になれんのだ。しばらくしたら休む。ありがとう」
リーダーは笑みを浮かべ、テントから出ていった。
「……警備の団長か。責任感強そうだし、これは立ち直れるかな」
私は小さく息を吐いた。
気絶しているビスコッティとスコーンの様子をしばらく診てから、私は隣のオークのテントに向かった。
変わらずテントの入り口に据わっていたリーダーの顔を見ると小さく頷いたので、私はそっとその中を覗いてみた。
すると、大柄の大人と小さな子供が、雑魚寝でスヤスヤ眠っていた。
「最初は二十人いたのだがな、崖伝いの道で転落したり、落石に遭ったり……もちろん、怪我が原因だった者もいる。最終的に残ったのがこの十人だ。今はどこかに里の再建を考えねばならん。どこか、適当な場所はないか?」
テントの外から、リーダーの声が聞こえた。
「この辺りは草原しかないよ。いっそ、この里に住んじゃえば。十人じゃ工事もままならないでしょ?」
「ありがたい事に、里長殿からも誘いを受けている。正直、そうしたい。しかし、ゴブリンの里で、我々が受け入れてもらえるか……」
隣で寝ている二人がきた時も心配したけど、里の全員が気にしなかったよ。オークが食べるのは里を作らない野良ゴブリンで、里が襲われる事は滅多にないってみんな承知しているから、力仕事なんかでむしろ重宝される思うよ」
私はテントから顔を引っ込め、リーダーに笑みを浮かべた。
「そうか、ならなばそうしよう。助かった」
リーダーが笑みを浮かべた。
「さて、私とカボチャ姫は、隣のテントで寝ている冒険野郎マクガイバーを診てくるから、なにかあったら呼んで!!」
私は笑った。
夜になって、みんなで炊き出しの食事を作っていると、オークのテントからぞろぞろと人が出てきた。
「カボチャスープです。お口に合えばいいのですが……」
カボチャ姫が笑った。
ちなみに、コイツは里の料理大会で優勝したほどの腕を持っている。
その全てがカボチャ料理だったことは、いうまでもない。
「おいしいです」
そのカボチャ姫の料理は好評で、さすがに体格が大きいだけあって、大鍋一つでは足りずに、カボチャ姫がご機嫌で次々にスープを作っていた。
気になっていたリーダーもちゃんと食べてくれているようで、笑みを浮かべながらスープを飲んでいた。
「よし、あとはスコーンたちだね。もう起きてもいいんだけどな……」
私は二人を収容しているテントに向かった。
「まだか……」
汗をかいて唸っている二人を診て、これは時間が掛かるぞと思った。
まあ、気休めかもしれないと私は思ったが、ポケットからピンクの白玉模様のタオルを取り出して二人の汗を拭き、ピンク色の薬液が入った小瓶を二つ取りだし、ビスコッティとスコーンに飲ませた。
これは、乱れた体内の魔力の流れを改善する薬で、病気などに使うものだった。
「これ効くかな……」
しばらくすると、二人はスヤスヤ寝息を立てはじめた。
「あっ、効いた。って事は、魔力の過剰供給だね。生臭いから伝えておかないと……」
「どうだ?」
立とうとすると、心配そうにリーダーが覗きにきた。
「うん、平気。これから凄く生臭くなるから、みんなを待避させて!!」
「よし、分かった。みんな、待避してくれ。悪臭が漂うらしい」
私はみんなが待避してくれるのを待った。
「みなさん、温泉まで避難しましょう。お湯に浸かってやり過ごしましょう!!」
カボチャ姫が外の誘導を開始して、しばらくしてテントに入ってきて、まずはビスコッティの体を押さえた。
「派手に暴れるかもしれないよ。しっかりね!!」
「はい!!」
私もカボチャ姫もゴブリンの端くれである。
それなりの筋力があり、貧弱そうにみえるカボチャ姫もその気になれば、人間の骨を握り潰す事が出来るほどだ。
これからやる事は、体内にある過剰な魔力を抜く作業だ。
魔力というのは生命力そのものなので、注入は体も抵抗しないが、抜くとなると抵抗して大暴れするのが常だった。
「いくよ!!」
私は呪文を唱え、ビスコッティの胸の辺りに手を当てた。
瞬間、ビスコッティが大暴れして、カボチャ姫が必死に押さえ込んだ。
しばらくバタバタしていたビスコッティだったが、やがて落ち着いて目をあけた。
「あれ、私……」
「安心して、ここは里だから。魔力抜きをやったから、生臭いけど慣れっこでしょ?」
私は笑みを浮かべた。
「はい……まさか、私まで魔力切れを?」
「そうだよ、すぐ近くだったから、救助も楽だった」
私は笑った。
「師匠のせいです。師匠の魔力は半端なく高いので、魔力切れを起こすと大変なんです。だから、休憩しようといったのですが」
ビスコッティがため息を吐いた。
「そっか、でも供給過剰を起こしてるよ。自然に抜けるけど、時間が掛かるから魔力抜きをやったんだ」
「えっ、魔力抜きをしないと、師匠はダメなんですか!?」
ビスコッティが慌てた。
「大丈夫。二人には魔法薬を飲ませて、体内にある魔力を整えたら効いたから、魔力抜きをすれば、すぐに直るよ」
私は笑みを浮かべた。
「魔力抜きですか。危ないので、やった事がないですが……」
ビスコッティが心配そうにスヤスヤ寝ているスコーンをみた。
「大丈夫、私は召喚で慣れてるから。よし、カボチャ姫、やるよ。魔力が高いから、今度は骨折しちゃうかもしれない。ビスコッティ、骨折も治せる回復魔法は使える?」
「はい、使えますが。暴れてしまうのですか?」
「ビスコッティも暴れた。スコーンは、もしかしたらゴブリンの筋力でも抑えきれないかもしれない。それくらい魔力が高いんだよ。だから、カボチャ姫が押さえ込むんだ。まあ、回復魔法の準備だけして、任せてね」
私は笑みを浮かべ、呪文を唱えた。
カボチャ姫がスコーンに馬乗りになって押さえ込み、私は右手をスコーンの体に当てた。
瞬間、上に乗っていたカボチャ姫があっさり吹っ飛ばされてテントごと回転をはじめ、ビスコッティが慌ててスコーンを押さえようとした。
「危ないからダメ!!」
私は声を上げてビスコッティを止め、テント内を転がるスコーンをカボチャ姫と共同で押さえた。
そのうち静かになり、生臭い中テント内で寝ているスコーンを抱きかかえ、ビスコッティと一緒にテントを直した。
再びテントに入り、グチャグチャになった布団をきれいに敷き直し、スコーンを寝かせた。
「ビスコッティ、回復魔法よろしく。これだけ暴れたら、絶対どこか痛めてるから」
「はい、分かりました。凄かったです」
ビスコッティは青のシマシマ模様のタオルで額の汗を拭き、呪文を唱えはじめた。
「これで、元に戻るはずだよ。しっかし、カボチャ姫を吹っ飛ばすとは」
「はい、凄まじい破壊力でした。人間でここまでとは……」
頭にコブをを作ったカボチャ姫が笑った。
その間にビスコッティの長い呪文詠唱が終わり、スコーンの体を青白い光りが覆った。
「んぁ……。あっ!!」
スコーンが目を覚まし、ビスコッティがその顔をビシバシ引っぱたいた。
「寝ぼけている場合ではありません。みなさんに迷惑を掛けてしまいました。私からお礼とお詫びをします。ごめんなさい」
ビスコッティが頭を下げた。
「いいよ、気にしてないから。しっかし、帰る途中だったんでしょ。それなのに、戻ってくるとは……」
私は苦笑した。
「そりゃ戻るよ。喋れるオークなんていないよ。オークって敵対的んんだもん!!」
スコーンが笑った。
「実はビスコッティはもう挨拶してる。スコーンが魔力切れで伸びている間にね」
私は笑った。
「えっ、そうなの。ズルいよ。どんな感じ?」
「はい、当然人間とは違う姿でしたが、紳士的な感じでしたよ。そのあと、私も気絶してしまって、救援にきてもらって今は里のようです」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「いく、会いにいく。急がないと!!」
スコーンが掛け布団を跳ね上げた時、リーダーが心配そうにテントの中を覗いた。
「すまん、もの凄い音がしたからみにきた。大事はないか?」
「いた、私はスコーン。あなたの名前は?」
スコーンが目を輝かせた。
「そうか、なかなか元気がいいな。俺たちは名がないのだ。そういう慣習だと思って欲しい」
「そっか、残念だな……」
「私はこっそりリーダーって呼んでるよ。みんなの中心みたいだから」
私は笑った。
「リーダーか、こそばゆいな。ただの引率者なのだが」
リーダーは苦笑した。
「そっか、じゃあ私もリーダーって呼ぼう。何人いるの?」
「ああ、全員で十名だ。子供もいるし、このままでは里の建設も不可能だと思っていたが、里長のご厚意でここに住まわせてもらう事になった。我々はテント暮らしで十分だからな」
リーダーが笑った。
「それはいけません。せめて、男女別にしないと」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「それは承知しているが、そこまで我が儘はいえまい。テントはもう一脚ある。それで十分だ」
リーダーが笑みを浮かべると、ビスコッティが小さく笑った。
「実はこの前きたときに忘れものがあったのです。夜ですがみなさん起きていますか?」
ビスコッティに聞かれ、私は笑った。
「忘れ物ってなに。また大工事?」
「はい、大工事です。そのためには、まず家から出て頂かないとダメなのです」
私は笑った。
「家から追い出してなにするんだか。分かった、里長に許可を取ってみる」
私は無線機を手に取り、すぐそこにいる里長に話しをした。
『なんだと、また大騒ぎか。実に愉快だ。よし、皆にはワシから連絡しよう』
里長が楽しそうに答え、家から出てきてテントまで様子を見にきた。
その間、いつの間に描いたのか、スコーンとビスコッティが里の全体マップを参照しながら、なにやら打ち合わせをしていた。
「大事なのは収納庫ですよ……」
「分かってるよ。えっと……」
二人でしばらくやっていると、準備が出来たのかビスコッティが笑みを浮かべた。
そして、空間ポケットから一枚の木の板をとりだし、そっと床においた。
「創成魔法は材料があれば、それで作られたものを作り出すことが出来るのです。一瞬で変わりますよ。音はしません」
ビスコッティが呪文を唱え、辺り一面光りが飛び散った。
「完了です。暗くてみえないかもしれませんが、ビックリすると思いますよ」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「ぬぉ、ワシの家が木製になっている!?」
里長が声を上げてテント前から離れていった。
「も、木製にしちゃったの!?」
私の声が裏返った。
「はい、そうです。元の家にあったものは、全て残してあります。器だけ変わったですよ」
ビスコッティが笑った。
「あ、あの、それはいいのですが、どうみても私の家だった場所が、木製の檻になっているのですが……」
テントの窓から外をみたカボチャ姫がガタガタ震えながら、そっと声をだした。
「うむ、完璧だ。ちょっとこい」
戻ってきた里長がカボチャ姫の腕に手錠をかけ、そのままどこかに連れていかれてしまった。
「あーあ……まあ、いいや。元ある家は分かったけど、オークたちはどうするの?」
「はい、少し里を広くしました。端にあるここです。他に場所がなかったもので。結界は大丈夫ですか?」
ビスコッティが示した場所は、里の門の近くで、家の数は二棟だった。
「うん、そのくらいなら平気だよ。しっかし、いきなり泥臭い土の家から木の家か。ずいぶん進歩したもんだ」
私は笑った。
その時、外で大声が聞こえた。
「やれやれ、親子喧嘩だね。たまにやってるけど……様子をみにいってくるか」
私は苦笑して立ちあがり、テントからでた。
元カボチャ姫の家は、テントからほど近い場所にあった。
「なんでですか。なぜこんな場所に、閉じ込められないといけないのですか!!」
手錠は外されていたが、無理やり檻に放り込まれたようで、カボチャ姫が大暴れしていた。
「うむ、強度は十分だな。出入り口は閂三本で、娘が体当たりしてもびくともしない。これで、イタズラした娘の反省室が出来たな」
カボチャ姫の怒鳴り声など意に介せず、里長は檻の出入り口を開けた。
「このぉ!!」
カボチャ姫は里長を殴ろうとしてやめた。
「ほう、親に手を挙げてはいけないという教えは、ちゃんと身に染みついているようだな。そう睨むな。自分の家に帰ってみろ。ワシも帰る」
里長は笑い、木製の立派な家に入っていった。
「……頭にきました。でも、親を攻撃してはダメです。代わりに、エーテルを攻撃します」
カボチャ姫が、私の顔面に頭突きを入れてくれた。
「……あのね」
私は顔を撫でながら、苦笑した。
「スッキリしました、ご飯を食べましょう。テントの中はどうでしょうか」
カボチャ姫が笑みを浮かべ、私はその後に続いた。
スコーンとビスコッティがいるテントにいくと、二人でジャンケンをして遊んでいた。
「どう、具合は?」
「はい、大丈夫です」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「よし、遅くなったけどご飯を食べよう。炊き出しの料理が、まだ残っているから。カボチャ姫、温めよろしく」
「はい、分かっています。しばらく待って下さいね」
しばらくしていい香りが漂ってきた頃、リーダーがテントの出入り口から顔を覗かせた。
「急かして申し訳ない。皆が家に行きたいと騒いでな。疲れもあって眠いのだろう。可能なら案内して欲しいのだが……」
リーダーが申し訳なさそうに頭を下げた。
「分かった、私が案内するよ。みんな、先に食べてて!!」
私はテントを出て、里長の牛車を用意すると、オークたちのテントから人が出てきて牛車の荷台に乗った。
私は手綱を操り、真っ暗な道を走りはじめた。
夜目が利く私にはどこになにがあるか分かるし、オークたちも同じはずだった。
真新しい木の匂いがする道を走っていくと、門の近くに大きな家が二軒建っているのがみえた。
「着いたよ。明かりのつけ方は分かる?」
「ああ、普通のランプなら使っていた。特殊なものでなければ大丈夫だ」
みんなが男女別に家に入り、開けてあった窓から明かりがみえると、私は笑みを浮かべて牛車を転回させて、里長の家に戻った。
里長の家に帰ると、スコーンとビスコッティが入ったテントがポツンと設営されていて、寂しそうではあったが、逆に雰囲気満天のキャンプにもみえた。
牛車を元の場所に戻し、テントを覗くと食事中のみんなが笑みを浮かべた。
「お疲れさまです。あれ、顔を怪我しているようですね。なにかあったのですか?」
ビスコッティが心配そうに聞いてきた。
「いや、さっきそのカボチャ野郎に、八つ当たりの頭突きを食らっただけ。気にしないで」
私は苦笑した。
「えっ、それは大変です。さっそく診ましょう」
ビスコッティが私に近づいてきて、顔に手をかざした。
「た、大変です。顔が少し陥没しています!!」
ビスコッティが大慌てになった。
「ああ、大丈夫。この程度は一晩眠れば治るから。ゴブリンは頑丈だよ」
私は笑った。
実際、やせ我慢ではなく、この程度の怪我ならすぐに治ってしまう。もう痛みはない。
「ダメです!!」
ビスコッティが声を上げ、回復魔法で治してくれた。
「これで大丈夫です。ビスコッティさん、なにを考えているのですか!!」
ビスコッティがカボチャ姫の頭を引っぱたいた。
「え、えっと、このくらいは当たり前で……」
カボチャ姫がワタワタしはじめた。
「ダメです!!」
「……はい」
カボチャ姫がしょぼんとしてしまった。
「カボチャ姫も内心は反省しているんだよ。被害者の私が気にしていないなら、別にいいじゃん。さて、食事ちょうだい。せっかくの料理が不味くなるよ!!」
私は笑った。
「はい、ごめんなさい」
ビスコッティが一息吐いた。
「出たよビスコッティの悪癖。郷には入れば郷に従えっていってるのに。気にしないで!!」
スコーンが笑った。
テント内の食事も終わり、スコーンとビスコッティはこのまま布団に寝るというので、私たちは自分の家に帰った。
立ち並ぶ家々が真新しい木の家に変わり、なにか違う里でも歩いている気分だったが、ビスコッティと別れて隣の自分の家に入ると、間取りはほぼ一緒でハンモックではなくベッドに変わっていた。
「あれま、ハンモックも悪くなかったけど、冬は寒いしベッドも悪くないか。さて、明かり……」
私はベッドの脇にあるランプをみた。
そこには張り紙があり、『これは魔力灯です。火はいりません。ランプ下のポッチを押してください』と書かれていた。
「また、見慣れないものを……。どれ」
私はランプ下にあった、小さなポッチを押した。
瞬間、ちょうどいい明るさの光りが放たれ、明るさ調整だと説明されなくても分かる光量調整のダイヤルを回して具合を確かめた。
「へぇ、これで明かりを点けたまま寝ても平気だね。キッチンにもあるか」
私はキッチンの魔力灯を点灯させて、一番薄暗い光に調整した。
「今日はこれで寝るとして、家の裏にあった収納庫は無事かな」
私は窓から家の裏にある、木製の収納庫を確認した。
「よし、ちゃんとある。さすが、丁寧な工事だね」
私は笑ったのだった。
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