第9話 置き土産
お恥ずかしながら、ビスコッティの胸に心に溜まっていた檻を吐き出し、一晩愚痴ったあとの翌朝、ビスコッティが朝食を作っていると、扉がノックされた。
「はいどうぞ」
私が声をかけると、元気なスコーンと朝からしょんぼりしているビスコッティが入ってきた。
「な、なにかあったのですか!?」
カボチャ姫が声を上げた。
「うん、ビスコッティにビシビシお説教したら、こうなった!!」
スコーンが笑った。
「えっ、お説教って私の怪我のこと?」
私は苦笑した。
「当たり前だよ、ビスコッティは回復師の資格を持っている、お医者さんみたいなものだよ。それがあんなミスしたらダメだよ」
スコーンがビスコッティに蹴りを入れ、家に一歩中に入った。
「この度は、その……ごめんなさい」
「いいって、それよりみんなで朝食を食べよう。カボチャ姫の料理は美味しいよ!!」
私は笑った。
朝食が終わり、水瓶の水を汲んでキッチンで食器を洗い、カボチャ姫の提案で朝風呂に行く事にした。
元々そんな習慣はなかったが、朝から周回牛車が回っているらしく、だったらいこうという単純な発想だった。
家を一歩出てしばらく待つと、あと三日は乾かないだろうという地面の上を、ゆっくりと牛車がやってきて手を挙げる止まり、意外と混んでいる荷台に四人で飛び乗った。
「昨日ちょっとみて回ったけど、いい里だね!!」
スコーンが笑った。
「まあ、畑とささやかな牧場しかないけどね。それにしても、意外と混んでるなぁ」
荷台は大型だったったが、その半分は温泉行きの人たちで埋まっていた。
「いいことです。せっかくあるのですから」
カボチャ姫が小さく笑った。
ちょうど反対方向に周回している牛車に乗ったようで、牧歌的な空気が漂う里を一巡りし、スコーンは大満足のようで、落ち込んでいたビスコッティも徐々に復活した。
牛車は程なく里長の家に到着し、みんな荷台から飛び降りで脱衣所に向かっていった。 私たちも後に続き、女性の脱衣所に入って服を脱いでカゴにいれた。
「さて、いきましょう」
カボチャ姫が笑みをうかべ、私たちは浴室の扉を開けた。
中は洗い場と傘で覆われた露天の湯船があるだけの、いたってシンプルなものだった。
私は全身を丁寧に洗い、湯船に浸かった。
「これいいね。目が覚めるよ」
私は笑みを浮かべた。
「はい、いい感じですね。日課にしましょう」
カボチャ姫が笑った。
しばらくお湯に浸かっていると、滅多にみないお酒が入った樽が流れてきて、ビスコッティの前で止まった。
「あれ……」
見ると周りでもお酒を飲んでいる人たちがちらほら見られた。
「お風呂の間だけ適量を飲んでいいと、里長が規則を変えたんです」
隣でお酒を飲んでいる女性が笑った。
「へぇ、ビスコッティの前に桶を流したの誰だろ?」
私が苦笑を浮かべた。
そのビスコッティは、お酒をグイグイ飲んでいたが、顔色一つ変えていなかった。
「ビスコッティ、そも徳利一個だけだからね。あっ……」
スコーンが急に顔色を変えたと思ったら、いきなりドバンと派手な水柱があがった。
「な、なに?」
「はい、師匠のおならです。普段我慢しているので、気が緩むとこうなるんです」
お酒を飲みながら、ビスコッティが笑った。
「すっごいね、まあ、いいや。これから帰りでしょ。お酒なんて飲んじゃって平気なの?」
私は心配になって、ビスコッティに声をかけた。
「はい、この程度なら問題ありません。ちなみに、師匠は下戸なので飲ませたらダメですよ」
ビスコッティが笑った。
「そっか、私もあまり得意じゃないし、そもそもお酒はお祭りの時くらいじゃないと飲めないからね。さて、もうしばらくしたらあがろうか」
私は笑った。
私たちがお風呂上があがると、脱衣所の床にはスノコが敷き詰められていた。「
「へぇ、いきなり足が汚れるのを防いだか。気が利くね」
私は笑った。
「お父さんはこういう事にはマメなんです。さて、いきましょう」
カボチャ姫の声で、私たちは脱衣所からでた。
なにか音が聞こえてくるなと思ったら、仮舗装のつもりか、お風呂全体を砂利で囲み、男どもが突き固め作業をしていた。
「おはよう、よく眠れたか?」
里長が家から出てきて笑みを浮かべた。
「おはよう。それにしても、作業が早いね」
私は笑った。
「せっかくの風呂だ。いきなり汚れてしまっては残念だからな。今日の早朝からやっているから、じきに終わるだろう。ところで、エーテルの腕輪がない。新品に交換しておいたが、古い方は持っているか?」
「あっ、忘れていたよ」
私は腕輪を外して、里長に返した。
「うむ、ワシもうっかりしていた。ついでに、腕輪の結界を解除してくれ」
「あっ、忘れていた」
私は呪文を唱え、全ての操作を無効にする結界を解いた。
「うむ、これでよし。またエーテルの家にいくのか?」
「そうだね。今からキャンセルスイッチを押せば、最低でも八時間は稼げるから」
私は笑みを浮かべた。
「ねぇ、キャンセルスイッティってなに?」
スコーンが問いかけてきた。
「うん、これを押せば最低でも八時間は召喚されずに済むんだよ。さっきの腕輪は外出用で、里の外で喚ばれた困るから、身につけている間は強制キャンセル。ずっとつけていられられた楽だけど、血の契約の怖さであまりやり過ぎると、どっちもぶっ壊れて使用不能になるから、まだマシなんだ。さて、いつどこで呼ばれるか分からないから。帰りの牛車に乗ろう!!」
私は笑った。
途中で召喚される事もなく、私たちは無事に家に戻ってきた。
すぐさまキャンセルスイッチを押すと、私は小さくため息を吐いた。
「これで大丈夫だよ。里から離れていたし、ぶっ壊れる事はないと思うけどね」
私は笑った。
「あの、召喚対象になった場合はどうなるのですか?」
ビスコッティが、興味ありげに問いかけてきた。
「いきなり足元にサモン・サークルが開いて、一瞬で飛ばされてなにかさせられるんだよ見返りなしでね。しょっちゅう、やってられないって思うよ」
私は苦笑した。
その時、ジリジリと警告音が鳴り、キャンセルスイッチが自動的にオフになった。
「あーあ、働けって。ごめんね、喚ばれても最大五分で戻るから」
これで無理やりスイッチを抉ると、見事にぶっ壊れるので私は何もしなかった。
「あ、あの、邪魔でしたら帰りますが……大丈夫ですか?」
ビスコッティが心配そうに聞いてきた。
「ああ、大丈夫。突然消えて、またここに出てくるだけだからね。これでも、レアもののゴブリンって呼ばれているんだぞ」
私は腰の二振りを確認した。
「そうでしょうね。魔法が使えて剣も使えるゴブリンは、そうはいないでしょう」
ビスコッティが笑った。
いった早々、私の体を青い光が包んだ」
「青って事は回復のお呼びだね。ちょっといってくる」
程なく私の目の前が歪み、軽く意識が飛んだ。
出た先はどこかの迷宮のようで、三人の倒れた人の陰に隠れるようにして、いかにもひよっこ魔法使いの女の子が奮えていた。
「分かった。要するに、この三人を治療して欲しいんでしょ?」
声も出せない様子のその子に笑みを浮かべ、私はさっそく倒れている三人の様子を診た。「毒矢か。罠を甘くみたな。アルエポトキシンって、キノコから採れる猛毒があるんだけど、食らったら五分以内に解毒剤を注射しないと間に合わないんだよ。どのくらい経った分からないけど、私は解毒剤を持っていないから、毒消しの魔法で。運がよかったら助かるってつもりで」
私は呪文を唱え、倒れている三人に解毒の魔法をかけた。
「終わったよ。ついでに、あんたを地上まで送る。目を閉じていて」
女の子が目を閉じると、私は呪文を唱えた。
彼女が光りに包まれ消えると、私は三人様子を診た。
「おっ、間に合ったか。呼吸が戻った。あとは、なんとかするでしょ」
私が笑みを浮かべた時、ちょうど召喚の時間が切れたようで、私はズバッと里に戻された。
「いて!!」
里に戻った途端、鈍い痛みがお尻に入った。
「痛いよ。帰ってくるならいって!!」
なにかやっていたスコーンが無茶をいってくれた。
「そういわれてれてもね。なにしてたの?」
私に弾き飛ばされたらしいスコーンが、得意気にスケッチブックを開き、サモン・サークルのスケッチをみせてくれた。
「へぇ、上手いじゃん。私はもう、数えられないほどみたけどね」
私は笑った。
「それにしても、このカボチャ。危険なの知ってるでしょ。なんで近づけるの!!」
「はい、危ないのでやめるように、ビスコッティさんと二人で止めたのですが、パワー負けしてしまって……」
カボチャ姫がため息を吐いた。
「師匠、だからやめろといったのです。ビシバシもしましたよね。なんでこう……」
ビスコッティが小さくため息を吐いた。
「なにかあったら研究する。それが魔法研究者だよ!!」
スコーンが笑った。
「まあ、いいです。どんな召喚でしたか?」
「そうだね、罠にかかった四人組の救助だね。一人は経験が浅そうだったら、脱出魔法で地上に戻して、残った三人には解毒魔法を使った。知ってるか分からないけど、アルエポトキシンって猛毒でね。ギリギリだったよ」
私の言葉に、ビスコッティが目を見開いた。
「それ、知っています。フラジュベリーオオタケから採取される猛毒ですよね。そんなの相手に、回復系魔法で立ち向かうとは……」
「召喚獣ってそうだよ。ある手段全部使って、なんとかするんだよ。じゃないと、最大五分喚ばれたままになるから。出来るだけ早く帰りたいでしょ?」
私は笑った。
昼近くになると、ビスコッティが空間ポケットからややピンクに白玉模様が入ったリンゴを一つ取りだし、私に手渡した。
「ん、どうしたの?」
「手土産です。ぜひ畑に植えて下さい。このリンゴ植えると、三日くらいで成木になり、たくさん実が採れるようになります」
ビスコッティが笑みを浮かべ、私は思わず目を丸くしてしまった。
「この里でリンゴを作っている人はいないよ。行商でたまに手に入るけど、もの凄く高価なんだ。いいの?」
「はい、師匠が今日のために開発した変な物シリーズの一つなのですきっと人気者になれますよ。では、私たちはそろそろ帰ります。最後に、里長に挨拶します。連れていって下さい」
ビスコッティの言葉に私は頷いた。
「よし、いこうか!!」
私たちはしばらく待って、周回牛車がくるのを待ち、里長方面に向かう牛車を手を挙げて止め、それに乗り込んだ。
「ごめんね、急だった手土産の一つもなくて」
私が謝ると、ビスコッティとスコーンが笑みをう浮かべた。
「謝るのはこちらです。急に押しかけてしまいまして。ご迷惑をおかけしました」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「いえいえ……。またおいでっていえないのが悲しいけど」
私は苦笑した。
「そうでもないかもしれませんよ」
ビスコッティとスコーンが共に、どこかでみた腕輪をしていた。
「あれ、それ!?」
私は思わず声を裏返してしまった。
「温泉を作ってくれたお礼だそうです。気が向いた時に入りにこいと」
「あっ、なるほどね。そういう事なら納得だよ」
私は笑った。
「でも、その転送せいぜい十メートルくらいしか転移できないよ。昨日、牛車でいった行き止まりの道にいかないと使えないよ」
私は苦笑した。
「それはお聞きしています。また飛んできますので、問題ありません」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「それ、緊急事態に備えて音背が飛ばせるし、くるときはいってね、対人間用結界を緩めないといけなから」
「分かりました。声を飛ばせるで思い出しましたが、里のみなさんに無線機をプレゼントしました。使い方は里長が教えて下さるようで、もう講習会は終わっているはずです」
ビスコッティが笑った。
「えっ、そんなの配ったの。みんなの遊び道具になっちゃうよ」
私は笑った。
「そこは里長がビシバシ仕込むそうです。これが、エーテルの分です」
ビスコッティがピンクに白玉模様の、手のひらサイズの小型無線機をくれた。
「私も使った事があるけど……ずいぶん勝手が違うね」
「では、説明します。まず、電源は……」
ビスコッティが私に手ほどきしてくれ、カボチャカラーのカボチャ姫も同時に無線機を弄りはじめた。
「まあ、基本的に『緊急』にしておけばいいよ」
スコーンが笑った。
「分かった。これで、狭い里だけど瞬時に連絡が取れるね」
私は笑った。
里長の家に着くと、みんなが集まって無線機のレクチャーが続いていた。
「……というわけだ。基本的に緊急通話用だと思って欲しい。分かったな」
全員が頷き、さっそく無線機を弄りはじめた。
「おっ、いいとことろにきたな。ちょうど無線機の扱い方を教えたところだ。これで十分過ぎるのだが、もう一つ『水道』とやらを作ってくれるようでな」
里長は笑みを浮かべた。
「す、水道って……あれ、大変なんでしょ?」
「普通にやれば大変でしょうが、この里の建物がきれいに並んでいる事で比較的楽でしたよ。昨日、お二人が寝たあとで、師匠とこっそり予備作業をしておきました。あとは創成魔法で一発です。里長宅にはすでに引いてあります。勝手に作業は出来ないので、どんなものか試してもらいました。結果は、ぜひやって欲しいだったので。これから一気に仕上げます。ビックリしますよ」
ビスコッティが笑い、スコーンが呪文を唱えはじめた。
里長が今度は水道の話しをはじめた。
「いくよ!!」
スコーンがフィンガースナップをすると、一瞬里全体が各戸にパイプが伸びていき、里長温泉の建物からパイプが伸びていき、たちまちみえる範囲の家に向かって枝別れして伸びていった。
「創成魔法だよ。これが精一杯だけど!!」
スコーンが笑った。
「ここの温泉は冷泉なので、加熱しなければ普通のミネラルウォータです。暖かい水も必要だと思い、熱めのお湯も出るようにしています。これで、少し生活が楽になると思います」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「それ、私の家も?」
「もちろんです。あとで確認して下さい。では、落ち着いたら里長に挨拶して帰ります」
ビスコッティが笑った。
私は多少知っていたが、お湯と水が出てその配分で温度を変えることが出来る蛇口は初めてだった。
「では、私たちは帰ります。遠方なので、今から全力で飛ばしても夜になってしまうでしょう」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「そっか、遠いところありがうね。ここの場所は分かる?」
私が聞くと、ビスコッティが頷いた。
「周りになにもない事が、逆にわかりやすいです。気をつけて下さいね」
ビスコッティはスコーンは呪文を唱え、上空に舞い上がると軽くアクロバット飛行してから、どこかに向かって飛んでいった。
「帰ってしまったな。ロクにもてなしも出来ず、申し訳が立たん」
里長が残念そうに呟いた。
「里の環境を色々改善してもらったからね。今度きたら祭りでも開こうか」
私は笑った。
「はい、それがいいでしょう。では、私たちも帰りましょうか」
ビスコッティが笑みを浮かべたのだった。
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