第8話 会合の悲劇
野営を開始してしばらく、八頭立ての高速郵便馬車が目の前を通過したとき、バキッと凄い音がして、前輪の車軸が折れた様子で、速度が出ていた分そのままつんのめるようにして車体が粉々になってしまった。
「みんな、事故だよ!!」
私は声をあげ、テントからゾロゾロと人が出てきた。
「どうしたのですか?」
カボチャのビスコッティが、不安そうに声をかけてきた。
「みれば分かるでしょ。馬車が粉々で郵便物が散乱しちゃってるよ。御者はどこかに吹き飛んだみたいだね。どこにも姿がみえない。これどうしようかな……」
正直、私たちではお手上げだったが、しばらくしてやってきたトラックが停車した。
「なんだこりゃ、お前たちがやったわけじゃないよな?」
運転席に座ったまま、トラックのオッチャンが声をかけてきた。
「私たちは里に向かって移動中だし、みての通り人間も仲間にいる。これで十分でしょ?」
私が声を返すと、オッチャンが頷いた。
「よし、分かった。緊急通報するから、お前たちはみえないところに隠れてろ。ゴブリンといえば悪人だから、早合点するヤツがいるかもしれない」
「分かった、全員テントに待避して。一応、見届け人として、私がこっそりみてるから」
私はトラックの陰に隠れて、様子を覗った。
しばらくすると、サイレンを鳴らした車がやってきた。
トラックのオッチャンが事故の話しをはじめ、私たちのテントと牛車について問いただしはじめた。
こればかりは私がでるしかない。
「……いきましょう」
カボチャじゃない方のビスコッティが、私の肩を叩いて笑みを浮かべた。
「……心強いよ。カボチャのビスコッティじゃ、怯えちゃってかえって危ないから」
「私は人間です。一緒に出た方が説得力があると思ったのです。カボチャのビスコッティさんを悪く思わないでくださいね」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「悪くは思ってないよ。さて、いこうか」
分かるはずがないトラックの運転手が困っているところに、私たちは両手を挙げてトラックの陰から出た。
「おい、ゴブリンだぞ。やっぱりこいつらが……」
「いや待て、人間と一緒だ。どういうことだ?」
二人の制服をきた人間が、困惑した様子でお互いに拳銃を構えたまま、話し合いをはじめた。
「私が話しましょう。この一行は無害です。里でよかったのかな……とりあえず、みなさんが知っているゴブリンと違います。もし戦うのであれば、容赦はしませんよ」
ビスコッティがバシッと決めた。
「私からも話すよ。実は……」
私は里ゴブリンと野良ゴブリンの話しをはじめ、今は里長の護衛をしている事を説明した。
「なるほど、色々と大変だな」
二人は銃を下ろし、無線でどこかに通信をしはじめた。
実は私が欲しいものの一つは無線機で、これさえあれば遠い相手と通話が出来るという里の警備にも使える革命的なものだった。
「待たせたな。すぐに応援がくる。お前たちの安全も保証しよう。事故処理で一晩かかるだろう。うるさいだろうが勘弁して欲しい」
「ありがとう。まあ、一応交代でこっちも見張りをたてるけど、それが役目だから気にしないでね」
「分かった、なるべくゆっくり休んでくれ」
私は小さく笑みを浮かべた。
最初の見張りは男性なので、私は女テントに入った。
「あ、あの、大丈夫でしたか?」
カボチャのビスコッティが、半泣きで私に抱きついてきた。
「大丈夫だから、こうして平和なんだって。こっちのビスコッティにも助けてもらったよ。同じゴブリン同士だったら、こうはいかないよ」
「はい、それが狙いの一つでした。あなたが弱いわけではありませんよ」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「はい、よかったです」
カボチャのビスコッティが、笑みを浮かべた。
「さて、これからうるさくなるだろうし、私は仮眠だけでもしておくよ」
私は寝袋に入り、目を閉じた。
「あの、どうすればそんなに強くなれるのでしょうか?」
「そうですね。まずは自分を守る方法を完璧にマスターする事ですね。これが出来ないうちは、他人を守る事は出来ません。魔法は使えますか?」
ビスコッティ同士の話し合いがはじまった。
「いえ、魔法を使えるのは、恐らく全ての里でも唯一エーテルだけだと思います。剣術も得意ですし、よく里や私を守ってくれます」
「そうですか。ならば、無理に荒事をする必要はないでしょう。おんぶに抱っこではいけませんが、まずは自力を鍛える事です。武器は棍棒のようですが……えっと、あったかな……」
ちらっとそちらを見ると、カボチャじゃない方のビスコッティが空間ポケットを開き、中からメイスという、金属製の先端に痛そうな飾りが付けられたものをとりだし、ビックりしたような表情を浮かべるカボチャに手渡し、今までの棍棒をそっと取り上げた。
「まずは武器です。ただの棍棒より、威力は桁違いですよ。これで、多少は自分を守る武器になりましたね」
「あ、あの、こんな痛そうなもので……。はい、機会があれば試してみます。
私は聞こえないように小さく笑い、今度こそ静かに目を閉じた。
朝になって、ちょうど私が見張りの番になった時に、事故処理が終わり通行止めが解除されて、ずっと止まっていたトラックが短くクラクションを鳴らして、ゆっくり発車していった。
残っていた制服組も帰っていき、とうに応援で駆けつけた高速郵便馬車が、路面に散らばった郵便物を回収していき、元通り平穏な街道に戻った。
カボチャのビスコッティが精力的に動き、牛車から食材を取り出しては、せっせと朝食を作ってくれた。
相変わらずカボチャ料理だったが、やはり美味しく食べて食後のお茶を飲むと、あまり遅くなるとマズいので、私たちは早々にテントを畳んで、幌を被せたままの雨対策を施したまま、曇り空の下を走りはじめた。
「……これは振るな。もう雨音が聞こえる」
私は他の護衛に手で合図をして、雨具を装着した。
といっても、腰の後ろに丸めて持ち歩けるほど簡素な防水ポンチョだったが、ないよりはマシだった。
程なく雨が降り出し、わたしたちと同じようにポンチョを着た御者が、苦笑しながら牛車を操っていた。
しばらくすると、幌の中でカボチャじゃない方のビスコッティとスコーンが、いい合いをしている声が聞こえてきた。
「私たちだって護衛でしょ。外に出ないでどうするの!!」
「ダメです。ここに配置されたからには意味があるのです。黙って従って下さい」
私は苦笑した。
「そこは里長の護衛をお願いしたってこと。どうしても隙が出来るからね。魔法が使える人たちが二人もいるなら、これ以上安心な事はないよ!!」
私は幌の向こうに聞こえるように、大声で叫んだ。
それきり静かになると、私は満足して歩みを進めた。
雨のせいか特になにもなく、時折通りかかったトラックが追い抜いていく程度で、私たちは順調に旅程を消化していった。
途中で昼食の時間を迎えたが、この大雨で食欲などなく、それより先を急ぎたかった。
やがて、街道の両脇に小さく白い杭が立っていた。
「里長、杭があります。ゴブリン語で『こっち』と書かれていますが……」
私は大声で里長に問いかけた。
「うむ、そこだ。左に曲がって街道から外れ、直進して草地を進めばよい」
幌の前面から顔を出し、里長が頷いた。
これだけ雨が降ると、草地もぬかるんでくる。
こういう時こそ、牛車の強みだった。
「やれやれ、長靴を履いてきてよかったよ」
私が笑みを浮かべた時、里長がまた幌から顔を出した。
「おかしい。この辺りまでくると、人間避けの結界が張ってあるのだが、エーテルなにか感じるか?」
里長が声をかけると、牛車は停止した。
「……うん、確かに魔力を感じるけど、ほんの微かだね」
「そうか、もしかしたら大変な事になっているかもしれん。急ぐぞ」
御者が牛車の速度を上げたが、そう思うようにはいかず、私がゆっくり走って追いつける程度だった。
ちなみに、私がいる里は結界で頑丈に固めているが、一般的には行商で買うタリスマンという石を地面に埋め込んで結界を張る事は知っていた。
しかし、その効力は限定的で、弱い結界を張るのが精一杯だった。
いつしか草地はこんもりした森に入り、先程よりは強い魔力を感じた。
「本当は、ここでスコーン殿とビスコッティ殿にテントを張って待っていて欲しかったのだ。それが、ここにきて二人に影響がないということは、結界が切れているな。気をつけろ。牛車の速度は下げた方がいい」
里長が声をかけると、御者は歩くより遅い速度になった。
「……偵察してくる」
私は防水ポンチョを脱ぎ捨て、里の門を抜けた。
「……酷いな」
森の中にある素朴な里は、徹底的に破壊されていた。
上空を見上げると、二十人ほどの魔法使いが飛行の魔法で旋回していて、こいつらの仕業とすぐにしれた。
「……SM2ER」
私は上空に向かって攻撃魔法を放った。
対空攻撃専門のこの魔法は、上空まで火球が飛び、大爆発をおこして周りを巻き込んで倒すというもの。
狙い通り、密集してた魔法使いは全滅し、あとはなにもなかった。
「……一度戻るか」
などと一瞬考えたが、それはできれば避けたかった。
牛車から約二十メートル。ここで私が下がれば、先の魔法の発射点はもう分かっているだろう。
人間の気配はおよそ十。ここは打って出るしかない。
さっそく魔力の気配を感じ、私は破壊された里の中に飛びでた。
「おい、残党がまだいたぞ!!」
その声のした方に向かって牽制の攻撃魔法を放つと、一斉に攻撃魔法が飛んできた。
すかさず防御魔法で防いだが、何発か私の足に当たり、小爆発と共に私は転んでしまった。
「覚悟はしていたけど……」
起きようとしたが、右足が変な方向をむいて膝から下が取れそうになっている事に気がついた。
「まいったね。これじゃ、魔法しか撃てない……」
気配で十人の人間が近づいてきたのを察した。
「聞いた事がある。召喚魔法でたまに喚べる魔法が使えるゴブリンがいると。これが恐らくそうだろう。このまま生け捕りにすれば……うわっ、なんだ!?」
いきなり男一人が悲鳴をあげ、立て続けに殴打音が響き、たちまち殴り倒された。
「エーテル、大丈夫ですか?」
カボチャが姫が声をかけてきた。
「これで大丈夫だと思ったら、一回眼科いった方がいいよ。はぁ、どうしよう」
「はい、大丈夫です。回復魔法は自分には効かないですからね」
なんだかんだでカボチャ姫と意気投合している様子のビスコッティが、回復魔法をかけてくれた。
「ぐっ……」
あまりの激痛に、私は近くにしゃがんで、タオルで拭いてくれていたカボチャ姫の手を握ってしまった。
カボチャ姫は小さく笑って、その手を握り返してくれた。
永遠とも思える痛みが引いても、私はしばらく動けなかった。
「先にいっておくべきでした。ここまでの重傷となると、かなりの回復痛を伴います。立てますか?」
ビスコッティの声に頷き、私はカボチャ姫の手を借りて立ちあがった。
「違和感は?」
ビスコッティが問いかけてきた。
「そうだね、右足と左足のバランスがおかしいというか……」
カボチャ姫がずっと握っていた手を離し、ビスコッティが真剣に私の足をみた。
「なるほど、予想していた事ですが、僅かに右足が長くなってしまったようですね。今から修正に入ります。痛くはありません」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「頼むよ。あの痛みは、いくら頑丈でも耐えがたかったよ」
私は苦笑した。
カボチャ姫が私と手を繋いだ。
ビスコッティが呪文を唱え、私の体が青白く光った。
右足に微かな痛みが走り、程なく光りが消えた。
「これで大丈夫です。違和感は?」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
私は数歩歩いてみたり、ジャンプしたりして、様子を確認した。
「うん、大丈夫。ありがとう」
私は貴族式の挨拶で、ビスコッティに頭を下げた。
「これはご丁寧に。ところで、なぜ一人で飛び込んだのですか。私の回復魔法は当てにしていなかったはずです」
ビスコッティが優しい笑みを浮かべた。
「体が動いたとしかいえないよ。最初に対空攻撃をした段階で、もう私の所在はしれちゃったし、牛車から離れないとって感じだったから。敵が想定以上に手練れだっただけで、ビスコッティの回復魔法は、正直期待していなかったよ」
私は苦笑した。
「それは心外ですね。さて、どうしますか?」
「帰るしかないよ。これじゃ全滅だろうし、こっちも余裕がないもん」
私は小さく息を吐いた。
「少し待って下さい」
ビスコッティが呪文を唱え、目の前の虚空に『窓』を開いた。
「……確かに、私たち以外の生命反応がありません。どうしますか?」
「やりたくないけど、全てを灰にするしかないよ。里ゴブリンの秘密も色々残っているだろうし……少し離れていて」
私がビスコッティに下がるように伝えると、私は呪文を唱えた。
『……黒点!!』
瞬間、破壊された里は強烈な炎熱に晒され、なにもかもが一瞬で消滅した。
「これでいいか。はぁ、Wビスコッティ、牛車に戻ろう」
振りしきる雨の中、私は牛車に戻った。
「こっちはなにもなかったよ!!」
幌の前面を開け、スコーンが声を上げた。
「お疲れさま!!」
私は務めて明るく振る舞いスコーンに返すと、御者に頷いた。
牛車は全てが消えた里だった場所に背を向けると、ゆっくりと進みはじめた。
やがて無事に森を抜けて草原地帯に出ると、御者が牛車を止めた。
「エーテル、荷台に乗れ。今のお前は疲れすぎている。ビスコッティの方がいい」
御者が声をあげると、防水ポンチョを着込んだカボチャ姫が降りてきた。
「こういう時は、誰かに甘えるといいですよ。私はいつもエーテルでやってます」
カボチャ姫が笑い、私は苦笑して荷車に乗った。
「やはり、平気な様子ではないな。里まで休むといい。派手な魔力で分かったよ。お前のせいではない」
「それは分かってるけどね。はぁ、しんどいな……」
私は小さくため息を吐いた。
「あれ、しょんぼりしちゃった。ビスコッティは知ってるでしょ。なにがあったの?」
「師匠、実は……」
ビスコッティはスコーンの顔色をみながら、ゆっくり話しをすすめた。
「それ酷いよ。あんまりだよ。強烈な魔力変動があったから、なんかあったのは分かったけど、酷すぎるよ。なんで、エーテルがしょんぼりしちゃうの?」
スコーンが私に抱きついた。
その肩をカリッと噛むと、確かに落ち着いた。
「好きなだけ噛んでいいから、こうしちゃおう」
スコーンが胡座をかいて座っている私の中に入った。
「濡れちゃうよ?」
「うん、でもいい!!」
スコーンが笑った。
「ビスコッティはいいの?」
濡れたまま本を読みはじめたビスコッティの様子が気になって、私はスコーンに問いかけた。
「大丈夫だよ。なんでそんなに落ち込んじゃうの?」
「ワシから話そう。里ゴブリンにとって、時として里は命より大事なものなのだ。ワシたちでいえば、エーテルや娘たちが必死に里を守るのはそのためだ。それを踏まえれば、他の里とはいえ、自分の手で消滅させたのだろう。まあ、いい気分はしないだろうな」
里長は小さく笑みを浮かべた。
「そうなんだ……。私たちはそんなことしないからね。恨まないで!!」
「スコーンを恨んでどうするの。ちょっと抱っこ」
私はスコーンを抱きしめ、そっと目を閉じた。
会合どころではなくなってしまったので、帰りは牛車なりに急いだ。
しかし、昼食を抜いたこともあり、腹が減っては戦は出来ぬと、途中で一度牛車をとめ、護衛一同も含んで、ビスコッティが荷車の上で調理をはじめた。
火を使わずに木の床にチョークで複雑な文様を描き、その上に鍋を置くと水が沸騰しはじめた。
「なにこれ?」
「はい、加熱の魔法陣です。火を使わずに温められるので、かなり便利ですよ」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「しかも、直接手を置いても火傷しないんだよ。目的のものしか加熱しないから、うっりさんでも大丈夫!!」
次いでスコーンが笑った。
「へぇ、覚えておくと便利だね。今はまだ、その気力がないけど」
私は苦笑した。
「そっか……よし、紙に書いておこう。待ってて!!」
スコーンが鞄からノートを取り出して、紙に文様を書いた。
「書くだけなら反応しないから!!」
スコーンが紙を持ってやってきた。
「ありがとう。私はあまり料理が得意じゃないから、そこでニコニコしながらカボチャをいているカボチャ姫に渡した方がいいよ」
「か、カボチャ姫!?」
カボチャ姫がすっこけそうになった。
「だって、ビスコッティが二人いるんだもん。里長も吹き出したし、それでいいじゃん」
私は小さく笑った。
「ああ、またしょんぼりしちゃった。どうしよう、ビスコッティ……」
スコーンがまた胡座の中に戻った。
「はい、こればかりは時間が解決するしかないでしょう」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「だって、大変だよ!!」
スコーンが胡座の中でジタバタした。
「あの、料理出来ましたよ。エーテルは食べられるでしょうか?」
カボチャ姫が心配そうに問いかけてきた。
「正直、あんまり食欲はないけど、カボチャ姫に悪いし食べるよ」
私は苦笑した。
小鉢に盛られたカボチャの……いや、違う。私の好物であるトマトを使ったスープが運ばれてきた。
「これは嬉しいね。さて、食べるか」
みんなでスープを飲んで体を温めていたが、私は今ひとつ食が進まなかった。
「あっ……」
自分の分はお代わりしたほどの元気なスコーンが、私の小鉢を持ってスプーンを取ると、私に食べさせようとしたのか、それで私のスープをすくって目の前に差し出して小首を傾げた。
「い、いいよ。自分で食べるから!?」
「ダメ、いいから食べて!!」
スコーンの圧に押されて、ため息混じりに口を開けると、スコーンが無理やり私にスープを飲ませた。
「おいしい?」
スコーンが笑みを浮かべた。
「美味しいから、そのスプーン返して!!」
「ダメ。、ほら食べて!!」
まさか、こんな事になるとは予想もしていなかったらしく、しばらく唖然としていた カボチャ姫が、しばらくして笑いはじめた。
「笑うな!!」
私は違う意味でしょんぼりしてしまった。
「あれ、美味しくないの?」
「美味しいよ。そうじゃなくて、もう自分でやるから!!」
これ以上カボチャ野郎マクガイバーに笑われてたまるかと、私はスコーンからスプーンを取り上げ、自分で掻き込むように小鉢を空けた。
「はぁ、終わった。さすがに、おかわりは勘弁してね」
私は笑みを浮かべた。
「……嘘。もっと食べたい。おかわりある?」
「な、なんでそんなに私に優しいの!?」
私が叫んだ時、トマトは貴重品なのでさすがにおかわり分はなく、私はホッとした。
「なんだ、なかったの。ならしょうがないね」
スコーンがまた胡座の真ん中に座り、小さく鼻歌を歌いはじめた。
「……目の動きで嘘か本当か見てるでしょ。私も出来るけど、あまりやらない方がいいよ」
私はスコーンの耳元で囁いた。
「……分かってる。普段はやらないよ」
スコーンが小さく笑みを浮かべた。
食後の片付けをビスコッティとカボチャ姫に任せ、私はスコーンを引っこ抜いて床に横になった。
「なに、疲れちゃったの?」
スコーンが心配そうに聞いてきた。
「寝れば直る。私は単純なんだよ」
私は床に寝そべり、静かに目を閉じた。
ガタゴト揺れる荷車で目を覚ますと、辺りはもう暗くなっていて、雨が止む気配がなかった。
「あれ……」
いつの間にか私の上に毛布がかけられ、スコーンがビスコッティと談笑していた。
「あっ、起きた!!」
スコーンが私の元にやってきた。
「大丈夫?」
「うん、この毛布はスコーンのもの?」
私は毛布から出て、大きく背を伸ばした。
「そうだよ。青シマシマが好きなんだ」
私は毛布を畳むと、スコーンに返した。
「濡れちゃっただろうから、あとで洗って乾燥してね」
「うん、分かってる。直った?」
スコーンがニコニコしながら聞いてきた。
「まあ、そこそこね。どこだここ……」
「うむ、ワシらの里近くだ。この天候と時間で帰ってくれとはいえんからな、スコーン殿とビスコッティ殿も里に案内したい。可能か?」
里長が問いかけてきた。
「転移魔法だから可能だけど、里のみんなが驚くな。スコーンとビスコッティは信用してるから、里に招くのは問題ないけど」
「ならばよし。里長の権限で案内しよう。なにをされるか分からんから、護衛を付ける。なにしろ、召喚獣の里だからな。人間をどう思っているか分からん。覚悟はいいな」
里長の言葉に、ビスコッティもスコーンも真面目な顔で頷いた。
「もうすぐ分岐です」
御者が声をかけ、外でずぶ濡れの護衛チームが乗り込んできた。
「エーテル、大丈夫ですか?」
カボチャ姫が問いかけてきた。
「うん、寝たらだいぶよくなったよ。もう分岐点か」
「はい、幌の中は暖かいですね。濡れた体にはちょうどいいです」
カボチャ姫が小さく笑みを浮かべた。
「あっ、暖房の魔法をかけたんだ。いつ戻っても暖かいように」
スコーンが笑みを浮かべた。
「そうなんだ。どうりで居心地がいいと思ったよ」
私は笑みを浮かべた。
牛車はしばらく街道を進み、枝道を左折すると見慣れた小道を走りはじめた。
私は腕輪を調整し、全ての結界を抜けるように設定した。
そうでないと、人間のスコーンとビスコッティが、結界に弾き飛ばされてしまう可能性があったからだ。
「あっ、いい忘れていたけど、里は舗装されていないから、これだけ振っちゃうとドロドロの地面だからね。汚れてもいい格好で」
「はい、分かりました。元々野外活動用の服と靴できていますので、問題はありません」
ビスコッティが笑みを浮かべ、スコーンがニコニコした。
「それで思い出した。里長、いつ舗装工事するの?」
「それがな、材料がなかなか揃わないのだ。職人の手配はできているので、あとは材料だけだ」
里長が小さく息を吐いた。
「えっ、舗装するの?」
スコーンが笑みを浮かべた。
「その予定なんだよ。あまりにもドロドロになるから、舗装しようって話しになってるんだけど、半端に舗装しても意味がないし、材料がないならどうにもならないね」
私は笑みを浮かべた。
「そっか……。わかっていれば、材料をもってきたのにな」
スコーンが残念そうに笑みを浮かべた。
「まあ、ゴブリンの生活を体験してみて。人間には不便な事が多いから」
私は笑った。
お馴染み道の行き止まりに到着すると、私は腕輪のポッチを押した。
視界がグニャリと歪み、一瞬で視界が元に戻ると、泥沼のようになった地面と馴染んだニオイが鼻をくすぐった。
「まずはワシの家に行こう。雨はまだ止まぬか……」
里長が呟いた。
牛車はドロドロの道を進み、里長の家に到着した。
敷地内に入ると里長が真っ先に降り、いくつかある家の二つの扉を開けた。
私たちも降りると、スコーンが泥に足を取られて、正面から見事に転んでしまった。
「あーあ、大丈夫」
私はなかなか立ちあがれないスコーンを助けた。
「やっちゃった、お風呂に入る!!」
「そんなりっぱなものなんかないよ。濡らした布で体を拭くだけだもん。まあ、家を見れば分かるよ」
私は笑った。
「うむ、娘が使っていた家だ。一人しか入れないので、もう一件空き家を提供しよう。不便な事が多いと思うが、できる限り配慮するので容赦して欲しい」
里長が笑みを浮かべた。
私たちは、まずカボチャ姫が住んでいた家に入った。
まあ、私たちの家はどこも同じようなもので、カボチャ姫の家もそう大して変わらなかった。
「水は井戸で汲んでるんだ。今は水瓶がないから、これは要望で出した方がいいよ。それ以外は特にないね。大体の家はハンモックだから、ここも同じか……」
「はい、ベッドなんて贅沢させんといわれて……」
カボチャ姫が笑った。
「本当だ。お風呂がない。ダメだよ、汚いよ。ペッペだよ。ねぇ、この近くに穴を空けてもいい場所ない?」
泥だらけのスコーンが笑みを浮かべた。
「ん、ワシの家の敷地内ないなら、建物を壊さなければいいぞ」
里長が興味深そうにスコーンに返した。
「じゃあ、ここにしよう。えっと……」
スコーンは地面にチョークのようなもので大きな魔法陣を描き、静かに呪文を唱えはじめた。
「……あった。この辺りじゃ冷泉だね。ビスコッティ、オーブ用意」
「はい、師匠」
ビスコッティが空間ポケットから、見た事もないほど巨大なオーブを取り出した。
「な、なんだ、それは!?」
里長が珍しく動揺した声を上げた。
「オーブだよ。魔法を封じ込めておける便利なものだけど、これだけ大きいとどれほど魔力が必要か……」
私が関心しながら里長に説明した時、スコーンの呪文詠唱が大きくなった。
しばらく様子を見ていると、スコーンがいわなくても、ビスコッティが巨大オーブを放り、バリンと割れると同時に、巨大な露天の湯船が出来上がり、温かそうな湯気を上げるお風呂ができあがった。
「出来た!!」
スコーンが無邪気に笑った。
「な、なんだ、これは。噂に聞く温泉というものか?」
「そうです。あのオーブにはお湯の温度調整と湯量調節、さらに物体生成魔法が込められていたんですよ。師匠の温泉好きは病気のレベルなので、常に三個はもっていますよ。みなさんで入って下さい」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「うむ。おい、警鐘をならせ、集合のな」
ポカンとしていた牛車の護衛チームが、慌てて走っていった。
「ほかに脱衣所と屋根が必要です。それは、これから師匠がやります」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「うむ、どういうものだ?」
「そうだねぇ、こういう感じかな……」
どういう筆記用具なのか、スコーンが虚空に絵を描いた。
「よし、参考にしよう。ところで、この『男湯』と『女湯』はどういうことだ。湯船は一つしかないようだが……」
里長が呟くようにスコーンに問いかけると、彼女は一気に青ざめた表情になった。
「しまった、分けるの忘れてた。ビスコッティ、どうしよう……」
スコーンが唇を噛んでしょぼんとしてしまった」
「それは、こうすればいいのです。少し狭くなってしまいますが……」
ビスコッティが呪文を唱え、湯船にしきりができた。
「これでいいでしょう。ちょっと考えれば、分かる事ですよ。物質創成魔法はお手のもののはずです」
「あっ、そうだった。ありがとう、ビスコッティ!!」
スコーンが復活した。
「もしや、舗装も出来るのか?」
里長が呟いた。
「はい、できますよ。ですが、私たちは珍客です。なるべく環境に影響を出したくなかったのです」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「そうか。そうだな、もう職人が待っている。それはやりすぎだな」
里長が頷いた。
その時警鐘が一回ずつ分けて鳴らされ、この雨で自宅に引っ込んでいた人たちが集まっていてギョッとした。
「みなの者、これが人間の間で風呂と呼ばれているものだ。ここはワシの敷地だが、好きに入ってよい。そこの脱衣所とかかれた建物に男女別に入るのだぞ。
ポカンとしていたみんなが動きだし、恐る恐る脱衣所に入っていった。
一応女だが、誰も私をそういう目では見ないし、まずは男風呂の脱衣所に入ってみた。 またらしい木の香りが漂う脱衣所の壁に貼られた入浴方法にみんなが集まり、穴が開くほど真面目に呼んでいた。
「なるほど、冷たい水で体を洗ってからはいるのだな」
「違うよ。ちゃんと温かいお湯がでるから、それで体を洗うんだよ。贅沢な話しでしょ?」
私は笑った。
「なんだと、それは快適だぞ。みな、一斉に入るぞ!!」
誰かの掛け声と共に、まるで敵でもきたように全員が一斉に洗い場に突撃していった。「なんだ、このボディソープとは。わかった、これで体を洗うんだ。なんて贅沢な!!」 一応、シャンプーとリンスもあったが、男どもは全員ボディソープで頭まで洗い、湯船に入っていった。
「まっ、野郎どもはこれでいいか。変にシャンプーとか使っても面倒だし」
私は笑みを浮かべ、脱衣所の入浴方法をみた。
すると、赤い字でボディソープは体、シャンプーは頭、リンスはシャンプー後と記載があった。
「こりゃ、読まない方が悪いね。さて、恐らく問題の女子風呂ろっと」
わたしは脱衣所から出ると、隣の女性風呂の脱衣室に入った。
すると、やはり服を脱ぐ事に躊躇って、どうしようかと悩んでいるみんなの姿があった。
「あれ、どうしたの?」
「はい、今さらなのですが、男性の前で脱ぐのは……」
予期していた答えに、私は笑った。
「なんで脱衣所が男女別になっていると思っているの。湯船も別だよ!!」
私が笑うと、みんなホッとしたように笑みを浮かべた。
「では、思い切って」
みんな一斉に服を脱ぎ、脱衣カゴに入れて湯船に向かっていった。
「えっと、まずは体を洗う……ボディソープでしたね。あります。これで体を洗って。あっ、お湯です。ホースの先から……これは気持ちいいです」
野郎どもと違って、女性陣は緩やかに体を洗い始めた。
私と割を食って同様の扱いをされるカボチャ姫と違って、ゴブリンの女性は奥ゆかしくて品がいい場合が多い。
体を洗うだけでもたっぷり時間をかけて、物静かに湯船に入っていった。
「はぁ、これがお風呂ですか。憂鬱なだけの雨音も、こうして聞くと爽やかですね」
みんなが落ち着いたところで、私は脱衣所を出た。
「里長、今日はみんなを家まで送ってあげて。せっかくきれいになったのに、また汚れちゃ可哀想だから」
「うむ、いわれるまでもない。今決めたところだが、ここの温泉と里全体を回る巡回牛車を仕立てよう。みな喜ぶだろう」
里長が笑った。
「それはいいね。楽しみだよ」
私は笑った。
「では、私たちもお邪魔しましょうか。雨で濡れて寒いです」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「ああ、そうか。人間には辛いよね。ごめん、忘れてた」
私は苦笑した。
「私も入る、泥だらけだし!!」
スコーンが笑った。
「そうだね、着替えあるの?」
「あるよ、空間ポケットにしまってある!!」
スコーンが笑った。
「それはよかった。他にいないから、今は私とカボチャ姫が護衛ね」
私は笑った。
明らかに人間だと分かるビスコッティとスコーンが風呂に入っても、みんな『分かっていますから』という感じで頷いた。
「分かっているならいいか、へぇ、これがシャワーね」
知識としてはあっても、初体験の私は色々弄って熱湯を浴びたり冷水を浴びたり、色々遊んでみた。
「面白いね。さて、真面目にやろう」
私は体を洗い、頭を丁寧に洗って湯船に入った。
「はぁ、色々あったな……」
私は屋根の外に目線を向け、小さく息を吐いた。
後味は悪かったが、今回の任務は完了である。
その間に、珍しい人間とあって、質問攻めにあっているビスコッティとスコーンをみて、私は笑った。
「あら、大人気ですね」
カボチャ姫が笑った。
「恐らく、この里が出来てから初だろうからね。こりゃ大変だ」
私は笑った。
風呂から上がると、雨も弱くなっていた。
「濡れないうちに……」
私とカボチャ姫は、急いでビスコッティとスコーンをあてがわれた家に案内し、護衛の男性と変わった。
さっそく足が汚れたが、それは気にせず牛車に乗りガタゴトと里を周回する道にはいった。
ほとんどの家がある広場に到着すると、私たちは慌てて家に逃げ込んだ。
当たり前のように私の家に入り込んだビスコッティが、薪ストーブに火を入れてくれ、ほんのり暖かくなると、私はテーブルの前に胡座をかいて座った。
「……分かっていますよ。まだ落ち込んでいるの」
ビスコッティが、小さく笑って料理をはじめた。
「そりゃね。たまたま里を離れていた人が帰ってきたらどう思うとか、色々考えるとスッキリしないよ」
私は小さく息を吐いた。
「大きな会合でした。里を離れていた人はいないでしょう。ビスコッティさんとスコーンさんがいて助かりましたね。私たちだけでは、どうにもならなかったです」
「そうだね。そうじゃなかったら、今頃私は解剖されるよ。いってないけど、右足に微妙に痛みがあるんだよね。まあ、放っておけば治ると思うけどね」
私は笑い、忘れないうちに先程緩めた結界の強度を戻した。
「あっ、腕輪返すの忘れてた……」
私は呪文を唱え、腕輪の効力を一時的に無効化した。
「エーテル、それはなんですか?」
「ああ、里から出るときに必要なものだよ。里長が管理しているんだけど、返すタイミングをはずしたから、一時的に無効化したよ。危ないからね」
私は笑った。
「そうですか。私は預かった事がなくて……」
「ない方がいいよ。外は危ないからね」
私は笑みを浮かべた。
しばらくお互いに無言で雨音を聞いていると、ビスコッティが皿に盛った料理を持ってきてくれた。
「カボチャに戻ったね。煮付け?」
「はい、やはりこれが一番です」
ビスコッティが笑みを浮かべ、二人で食事を済ませた。
「さてと、風呂に入ったお陰か眠くなっちゃったな。昼寝!!」
私がハンモックに横になると、ビスコッティが当たり前のように横になった。
「はい、胸を貸します。好きなだけ泣いて下さい。そうしないと、エーテルは直りません!!」
「……ありがとう」
私はビスコッティに抱きつき、声を上げるのも憚らず、思い切り泣きはじめた。
しばらくすると、コンコンと扉がノックされた。
「はい、どうぞ」
私の代わりにビスコッティが声をかけると、スコーンがそっと扉を開けて入ってきて、目を丸くした。
「あわわ、ごめんなさい。邪魔だった!!」
「いえ、エーテルが泣いているだけです。気にせず入って下さい。鍋に私の料理の残りがありますので、どうぞ食べて下さい」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「わ、分かった。泣いちゃったの?」
「はい、いつものことなので。気にしないで下さい」
ビスコッティが小さく笑った。
「うん、ならいいや。鍋の中身……」
スコーンがキッチンに行き、鍋を弄る音が聞こえてきた。
今さら恥ずかしいなんてない。
私はもう一度ビスコッティの胸に顔を当て、なるべく静かに泣いた。
「うん、美味しい。大丈夫かな……」
スコーンの心配そうな声が聞こえた。
「大丈夫ですよ。ところで、右足にちょっと違和感があるそうで、そちらの方が心配です」
「えっ、そうなの。早くいってよ!!」
スコーンが呪文を唱え、私の右足にそっと触れた。
「あっ、ビスコッティのミスだ。でも、私の回復魔法でも治せる程度だから大丈夫!!」
スコーンは別の呪文を唱え、私の体が温かくなった。
「危なかったよ。もうすぐで、歩けなくなるところだった。怖い話しはここまで。ご飯美味しかったし、私がいていいの?」
「はい、私だけよりいいでしょう。これがエーテルなんです。普段は気張って泣く事はありませんが、弱っているとこれです。気にしないで下さい」
「そっか。でも、悪いよ。私はビスコッティにメってしなきゃならないから、これで戻るね!!」
スコーンが笑みを浮かべて出ていき、私は小さく息を吐いた。
「元気でいいですね。エーテルも早く直るといいですね」
「……ありがとう」
私はそっとビスコッティの体を噛み、静かに目を閉じたのだった。
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