第7話 里長の会合へ

 その日、私はいつになく緊張していた。

 午前中はいつも通り喚ばれては還るを返していたが、ビスコッティ宅にある時計でちょうど正午になった頃、里の外に出ることを許された証である、あの腕輪を持って里長の使いがやって、私はそれを身につけた。

「今度はなに?」

「はい、里長の会合があるのです。数年ぶりで、普段は護衛の者がつくのですが、今回は人が集まらず、エーテル殿に白羽の矢が立てられたのです」

 里長の使いが頷いた。

「他の里か。行った事がないし、楽しみだね。ビスコッティは?」

「はい、参加です。足手まといにならないかと、里長は悩んでいた様子でしたが、結局これも社会勉強だと決めた様子です。急ぎましょう」

 私は迎えにきていた牛車に乗り、慌てて家から飛び出してきたビスコッティも加わり、荷台に二人で乗って里長の家に向かった。


 里長の家に着くと、普段使いの荷車より豪華な牛車が仕立てられていて、チーズや長持ちする野菜が積まれ、座れるようにと小さな椅子も設置されていた。

「エーテル、突然の呼び出してすまなかったな。ビスコッティもな」

 里長が笑った。

「はい、お父さん。どこまでいくのですか?」

 私より先に、ビスコッティが里長に問いかけた。

「うむ、二つ先の村だ。隠しているわけでいるわけではなく、ワシらは里に名前をつける風習はないだろう。なに、そんなに遠くはない。片道一日くらいだな」

 里長は笑みを浮かべた。

「片道一日もですか。遠いです!!」

 ビスコッティは抱きかかえていた棍棒を、ギュッと握りしめた。

「そうでもないぞ。前回は三つ先の村でな、片道三日は掛かったぞ。それだけ、お互いの村が離れているということだ」

 里長は頷いた。

 まあ、そんなところだろうと予測していた私は、小さく笑みを浮かべた。

「では、出発しよう。この調子だと、途中で夜明かしする事になるだろう。夜は危険が多い。しっかり頼んだぞ」

 里長は笑った。


 里長とビスコッティは牛車に乗り、お付きの護衛は私を合わせて四名は牛車を囲むように歩くことにした。

 里の警備担当は全員棍棒で武装しているので、もっと増やせなかったと思うが、警備隊員にも里を守る仕事ある。

 それ以外にも武装許可を持つ者がいるが、皆それぞれ事情があるので、これは致し方ないところだろう。

 里長宅を出発した私たちは、普段通り里の中を進み、例の行き止まりの茂みから里長に腕輪で里からでた。

 ちなみに、この腕輪は使用回数の制限があり、一般に一時的に里から出る際は三十回。なにかと出入りする行商人は百二十回という制限があった。

 もっとも、普通は里の外に用がないはずなので、こんなのいらないというわけで、私たちの里で品切れになった商隊ようにいくつくかと、事実上私専用となっている腕輪がひとつだけだった。

 さて、視界が暗転し軽い酩酊感共に、私たちは里の外に転移した。

 道が作り直された聞いていたが、巨大な地面の抉れを迂回して大きく遠回りになってしまった状態をみて、私は冷や汗をかきながらニッと笑みを浮かべた。

「エーテル、派手にやったな」

 向かって、左斜め後ろの車上にいる里長が笑った。

「いやその、ブチ切れまして……」

 私は笑みを浮かべるしかなかった。

「うむ、ワシもみたかったな。まあ、期待しよう」

 里長は笑った。

 牛車はゆっくり進み、やがて街道へとでた。

 街道は高速で走る馬車や自動車が通るため、私たちは左隅に寄って後続の車両がなるべく追い抜きやすいようにした。

「ん?」

 街道をしばらく進むと、遠くからなにか飛んでくる様子が見えた。

「総員、対空戦闘用意!!」

 私は牛車を止めるように指示を出し、他の三人が弓を取って矢をつがえると、私は呪文を唱えた。

 正面の虚空に『窓』が開き、二つの点がもの凄い勢いで接近してくることを確認すると、私は二つの点をロックオンすると、二本の炎の矢を放った。

 しかし、相手はかなりの手練れのようで、その矢をギリギリまで引きつけて避け、私は連続して炎の矢を放った。

 しかし、私の炎の矢を全弾避け、思わずヤケクソの一撃を放とうとしたが、待てよと踏みとどまった。

「総員、戦闘態勢解除。間違いなくあれは……」

 私は苦笑した。

「エーテル、どうした?」

「はい、私が盟友の契約を結んだ人間が二人です。どこをどうやったら、追尾できたのやら」

 私が頭を掻くと、里長が笑った。

「それは愉快だ。紹介してくれ」

「はい、分かっています。ちなみ、一人はビスコッティという同名の方なので、混乱しないように」

「それはますます愉快だ。この娘くらいにボンクラなのか?」

 里長が笑うと、ビスコッティがしょんぼりしてしまった。

「あ、あの、ボンクラなのは分かっているのですが、実の親にハッキリいわれてしまうと……」

 ビスコッティが呟くようにいって、ポケットサイズのカボチャを磨きはじめた。

「なんでカボチャを磨くの。そういう時は、里長を蹴り飛ばす勢いで怒鳴り返すものでしょ!!」

「……いえ、手土産にいいかと」

 ビスコッティは肩で息を着きながら、手早くポケットカボチャを磨き上げた。

「あっ、手土産ね。ポケットサイズのカボチャなんて滅多にないから、喜ばれるかも。特に、スコーンは好奇心旺盛だから、喜ぶかもね」

「はい。でもこれ、固すぎて簡単に切れないんです。食べると美味しいのですが……」

「そこはカボチャっぽいね。さて、お出迎えしましょうか」

「よし、ワシも降りよう。上から見るべきではない」

 里長が牛車から降りたとき、決死の形相で白旗を振っているスコーンとビスコッティの姿がみえてきた。

「ほら、やっぱり。旗じゃみえないよ!!」

 私は笑った。


「し、死ぬかと思いました。いきなり攻撃されたので」

 私たちの元に下りてきたビスコッティが肩で息をしながら、開口一番愚痴を漏らしてきた。

「ゴメンね。今、里長の護衛中でピリピリしてるから」

 私は平謝りした。

「うむ、里の者が失礼した。私がその里長だ。もう一度いうが『さとおさ』だ。覚えていてくれると嬉しい」

 里長は小さく笑みを浮かべた。

「オッチャンが偉い人なの。エーテルにビシバシしておいて!!」

 スコーンが笑みを浮かべた。

「全く、よく居場所が分かったね」

「うん、この盟友の契約って、魔法じゃなくて呪術でしょ。強力な魔力をだから、逆に追う事も出来るんだよ。飛行の魔法で飛んできたんだけど、この辺りで見失っちゃって……。いきなり反応を感知したから、慌てて飛んできたんだよ」

 スコーンがニコニコしながら、事の次第を説明してくれた。

 まあ、無理もない。

 私が張った結界は、魔力を遮断する効果がある。

 まさか、サマナーズ・ロッドの僅かな魔力を頼りに追跡されるとは思わなかったが、別に嫌な気持ちはしなかった。

「あの、これお土産です」

 ビスコッティがポケッとサイズのカボチャをビスコッティに渡した。

「師匠、これも珍種です!!」

 ビスコッティがスコーンの前に、小さなカボチャを差し出すと、スコーンはスケッチブックを取りだし、丁寧に色鉛筆でスケッチをはじめた。

「かなり固いので食べるのは難しいと思いますが、ポタージュにすると濃厚な甘みでおいしいですよ。これ、種です」

 ビスコッティが笑みを浮かべ、あっちのビスコッティに種を渡した。

「ありがとうございます。先日頂いた品種のカボチャが、もの凄い勢いで畑を埋めてしまったので、隅の方にちまっと植えさせていただきました」

 ビスコッティが笑みを浮かべると、こっちのビスコッティが私を睨んだ。

「どういうことですか?」

「だって、いきなり喚ばれたから、手土産もなにもなくてさ。ちょうど手に持っていたカボチャと種をあげたんだよ。マズかった?」

 私が苦笑すると、ビスコッティが冷や汗を浮かべた。

「種はマズいです。小袋だけですよね?」

「うん、小袋一個だよ」

 ビスコッティが一息吐いた。

「あの品種は獰猛といっていいほどの繁殖力があるんです。小袋一つなら、まだ大丈夫です。それでも、死ぬ気で食べないと大変ですが……」

「案じることはありません。研究所の職員は、なぜかカボチャ好きが多いので、食堂のメニューにないと怒りだします。街のマーケットにも卸していますし、十分消費できていますよ。むしろ足りない位です」

 こっちのビスコッティとあっちのビスコッティが共に、笑みを浮かべた。

「まあ、大事件になってなきゃいいや。さっきもいったけど、今は里長を護衛している最中なんだよ。会合があって、その里までね。人間は入れないと思うから、せっかく飛んでまできてくれたところ申し訳ないけど、あまりゆっくりしていられないんだよ」

 私は苦笑した。

「じゃあ、その里の入れるところまでいく!!」

 スコーンが元気に声を上げた。

「はい、そういう事でしたら、護衛のお手伝いをします。ご迷惑でなければ」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「え、えっと、そういうわけには……」

「いいではないか。もとより、護衛が不足している。協力してもらえるなら、その方がいいだろう」

 里長が笑い、荷馬車の上にスコーンとビスコッティを招き、私たちは再び全身を開始した。

「よし、ワシは娘と呼んで、ビスコッティ殿はビスコッティと呼ぼう。エーテルから娘経由で少し話しに聞いている。少し前になるが、火災はどうだった?」

 里長が聞くと、スコーンがしょぼんしてしまい、ビスコッティが小さく笑った。

「はい、最小限で食い留められました。私がお弁当を買いにいっている間に、魔法薬調合装置に火をかけたまま師匠が眠ってしまったようで、それがノートに引火してしまったのです。直す方が大変でしたよ」

 ビスコッティが笑った。

「これだ、娘。この余裕がお前には足らんのだ。すぐテンパりおって。よく、エーテルの右腕になるなどといったもんだ」

 里長が笑った。

「お父さん、それはエーテルの前では内緒って!?」

「なに、そんな事いったの?」

 慌てるビスコッティに、私はニヤニヤした。

「そ、それは……」

「じゃあ、掃除一般やってね。なんちゃって、冗談!!」

 私は笑った。

「……やる。やります」

 ビスコッティが笑みを浮かべ、小さく笑みを浮かべた。

「だから、冗談だって。いくらお隣さんだって、畑もあるしやらなくていいから!!」

「大丈夫です。その程度の余裕はあります」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「やれやれ、変な事いうもんじゃないね」

 私は苦笑した。


 牛車はゆっくり進み、馬車や時々通る車にビスコッティが声をあげ、そんなこんなで時刻は夕方に近くなっていた。

「よし、今日はここまでだね。みんな、野営の準備をするよ!!」

 私の声で牛車は街道脇の草原に乗り入れた。

 里長も含めて全員でテントを張る作業を行い、男用と女用の二つのテントが立った頃には、辺りはもう薄暗くなっていた。

 慌ててたき火の火を起こそうとすると、スコーンが私の手を止めた。

「明かりならあるよ。ほら」

 それは、ほの明るい光を放つランタンだった。

「へぇ、便利だね」

「明るさ調節もできるよ。今はこの程度かな。たき火なんかして目立つのはよくないよ」

 スコーンがテントの中にランタンを置きに行く間に、今度はいい匂いが漂ってきた。

 見ると、二人のビスコッティが仲良く……そう、野外用炭火焼きコンロで調理していた。

「あっ、もうすぐできますよ。これ、いいですね」

「それは、持ち込み禁止だ。欲しいというなよ」

 里長が苦笑した。

「そうですか。残念です……」

 ビスコッティが小さく息を吐いた。

「それにしても、手ぶらだったのにどこから出したの?」

「はい、これです」

 ビスコッティが笑みを浮かべ、いきなり空間に裂け目を作った。

「うわっ!?」

「はい、空間ポケットといいます。覚えておくと便利なので、ヒントだけ書いておきますね。私の呪文では意味がないので」

 ビスコッティが、いつの間にか取り出した様子の椅子とテーブルがセットになった、屋外用テーブルの上で、ほのかにランタンが照らす中で、自分のノートを切って簡単なルーン文字という、魔法言語を書いてくれた。

「……うん、これなら簡単だね」

 私は自分に合わせた呪文を唱え、空間ポケットを生み出した。

「なかなか筋がいいですよ。では、食事にしましょう」

 ビスコッティが笑った。


 食事を終えて片付けをし、スコーンが大きなタンクを取り出すと、食器を洗い始めた。

「あっ、手伝います」

 私の右腕らしいビスコッティが、スコーンの皿洗いを手伝いはじめた。

「はぁ、これで半日か。明日の昼には着くか」

 私は笑みを浮かべ、辺りのニオイを感じ取った。

「まいったね、湿度が高いし、どこかで雨が降っているニオイがする。明日は雨かもね」

 私は苦笑して、手が空いている全員で牛車の荷台に幌をかけた。

「凄いですね。そんな事も分かるとは……」

 たまたま隣で作業していた、カボチャ野郎ではない方のビスコッティが、小さく笑みを浮かべた。

「まあ、そういう嗅覚は人間より鋭いからね。今夜は雨対策をした方がいいよ」

「分かりました。まずは、コンロの火を落としましょう」

 ビスコッティはコンロに近づき、小さく呪文を唱えた。

 私も見にいったが、消すのに厄介な炭火がきれいに消えていた。

「へぇ、凄いね」

「はい、氷の魔法です。水の精霊が強いので」

 ビスコッティが笑った。

「水の精霊か。私はそこそこだと思うけど……」

「そうですか。調べてみましょうか?」

 ビスコッティが笑みを浮かべた?

「えっ、分かるの?」

「はい、分かりますよ。では、やってみましょうか」

 ビスコッティは目を閉じ、小さく呪文を唱えた。

 特に体に異変はなく、ビスコッティの眼前に小さな『窓』が浮かんだ。

「……なるほど、いい意味で変わった精霊力構成ですね。全ての精霊力が均一に高い『カルテット』というタイプです。なんでもできますし、魔力は並の人間より遙かに高いです。それ故に、魔法の使い方に気をつけて下さいね」

 ビスコッティの眼前にあった『窓』が消え、小さな笑みを浮かべた。

「ありがとう。お礼ができないのが、なんともだけど……」

「いえ、構いません。この程度なら」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「ならいいけど、ゴメンね。ありがとう」

 私は笑みを浮かべた。


 牛車の幌張り作業も完了し、雨が降っても濡れるのは、私たち護衛チームだけになった。

 スコーンとその相棒のビスコッティは、まだ椅子に余裕があったので、濡れない荷車にあてがった。

 護衛を申し出てくれたとはいえ、半分はお客さんなので、これは当たり前だろう。

「さて、これでいいね。無事に夜を過ごせればいいけど」

 私は笑みを浮かべたのだった。

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