第4話 嵐のあとで
夜の嵐も明け方には上がったようだが、そこら中に雨漏りの痕があった。
「こりゃダメか、修繕しないと。ビスコッティ、悪いけど人を集めてくれないかな」
「はい、分かりました」
ビスコッティが家から出ていき、私は家の中を片付けた。
なにしろ、土と粘土でできた家だ。
本当にダメになったら建て替えが必要になるが、基本的には屋根を削ってその分粘土を上塗りして、再び土を被せて終わりとなる。
これは持ちつ持たれつで、近所の人が総出で行う作業だった。
ビスコッティが人を集めてくれているうちに、私は自分の畑に向かい、グレープフルーツを二カゴ摘んで家に戻った。
その頃には、ご近所様が二十人ほど集まり、さっそく作業をはじめていた。
「みんなありがとう。よろしくね!!」
私が声を張りあげると、みんな手を挙げて応えてくれた。
一応自力でもやればできるのだが、せいぜい応急処置くらいだ。
本格的な修繕となると、どうしても人と腕が必要になる。
屋根の上で粘土を塗り固めているのは、里で一番上手いというオッチャンだった。
あとは材料運びや古い土を捨てる作業で人手が取られ、私とビスコッティは一緒にきたちっちゃい子たちをあやす役目だった。
「ねぇ、ビスコッティお姉ちゃん。パンツみせて!!」
はな垂れ小僧が、キャッキャいいながら笑った。
「ほれ、ビスコッティ!!」
「……いいですよ」
ビスコッティが指をボキボキ鳴らしながらやってきて、その子の首根っこ捕まえて思い切り勢いよくズボンを下ろした。
「ぎゃあ!?」
「なんなら、これも脱いじゃいましょう」
ビスコッティはさらにパンツまで下ろすと、その子のまだ可愛い……アレだよアレを指で弾いて笑みを浮かべた。
「ビスコッティお姉ちゃん、恥ずかしいよぅ……」
「ちなみに、私のパンツは白です。それだけ分かればいいでしょう」
ビスコッティがその子を開放すると、慌ててパンツとズボンをあげ、なんだちっこいねぇと、女の子たちにはやし立てられ、大笑いされた。
「みんなが虐めるよ。エーテルお姉ちゃん!!」
その子が私に飛びついて泣き出すと、私は頭を撫で撫でして笑った。
「ビスコッティお姉ちゃんは怖いんだぞ。私も怖いぞ!!」
私は笑って、その頭をポンポン叩いた。
私の屋根の修繕は昼頃に終わり、手伝ってくれたみんなにグレープフルーツを渡すと、中には不思議な顔をする人もいた。
「これはなんだ。美味そうな香りがするが、野菜か?」
「それはグレープフルーツっていう果物だよ。食べ方は……」
私は丁寧に食べ方を説明した。
「そうか、変わった果実だな。ありがとう」
とまあ、グレープフルーツは好評で、家も直ったしこれで安心だった。
「さて、これで嵐がきても大丈夫だね。そういや、ビスコティの家は大丈夫だったの?」
「はい、人を集めるついでに確認してきました。私の家は大丈夫でした」
ビスコッティが笑った。
「ならいいや。さてと、大雨が降ったし畑が心配だな。行くか」
私は家の物置から畑仕事セット一式をもって、再び家の正面に戻った。
さすがに懲りたか、今日は真面目に野良仕事をやるようで、ビスコッティも真面目に畑仕事セットを持っていた。
「よし、行こう」
先程はグレープフルーツの収穫のために他はみていなかったのだが、畝と畝の間の土がドロドロになっている以外は問題はなかった。
「よしよし、いい子たちだね」
私は畑を丹念に見回り、ついでに未成熟で育つのを待っていたトマトを収穫して、冷やすと美味しいキュウリを収穫し、ビスコッティに半ば押しつけられたカボチャもちょうどいい頃合いだったので収穫し、結構な量の野菜が背負いカゴに溜まった。
「さて、お隣さんは……」
私が隣の畑をみると、畝が崩れてメチャメチャになっていて、ビスコッティが呆然としていた。
「あーあ……」
私は苦笑して、ビスコッティの元に近寄った。
「ほら、こうなっちゃったのは自分のせいなんだから、無事なヤツだけ収穫しよう。腐っちゃうよ」
「うん、分かった……」
すっかり弱ってしまったビスコッティが、泥の中に足を踏み入れ、無事だったカボチャを収穫していった。
広い畑なので私も手伝い、さらに一仕事終えてやれやれという感じの通りすがりのオッチャンにも声をかけ、結局十人近く動員しての大作業になった。
全て終わると、こういうのはお互い様だと、みんなはお礼も受け取らずに笑って散っていった。
「ビスコッティ、十カゴも採れたら十分でしょ。土が乾いたら、また畑を作るといいよ。今はできないから」
「そうですね。畝からしっかり作らないと……」
早くも立ち直ってくれてよかったが、ビスコッティが笑みを浮かべた。
「そういう事、突き固めが甘いんだよ。だから、ちょっと雨が降ったくらいで崩れちゃう。いわなくても、このくらいは分かってるよね?」
「はい、もちろん分かっています。固すぎず柔らかすぎずですね」
ビスコッティが笑った。
とっくに昼も過ぎて暇な時間になった。
私は家に帰り、ビスコッティと野菜を洗っていると、珍しく喚びだしがないなぁと思っていたら、頭の中に声が聞こえてきた。
……お礼がしたい。お礼がしたい。
聞き覚えがある女の子のだった。
「ああ、この前の火事かな……」
「どうしました?」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「ある人間の子と血の盟約を結んだんだけど、それでお呼び出し。この前、火事から助けたからお礼したいって」
私は笑った。
「お礼といわれてもどうするのでしょうk。盟約を結んだといっても、十五分が限界なのに」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「多分、なにかプレゼントじゃないかな。このカボチャ私の畑で採れたものだから、一個持っていこう」
「では、磨きます。それにしても、なかなかこないですね。召喚円」
ビスコッティが苦笑した。
召喚円とはトンネルのようなもので、時間切れや召喚終了の合図があれば、再び喚ばれた場所に戻される。
つまり、向こうでちゃんとした呪文を唱えるか、本心から危機を感じて自動召喚されるしか、私から出向く事もできないのだ。
「はい、ピカピカに磨きました。手土産にどうぞ」
ビスコッティが光りを反射して、光り輝くカボチャを手渡してきた。
「ありがと。さて、いつ喚ばれるかな……」
しばらく待っていると、ようやく白の召喚円が私の周りを覆った。
……あっ、成功した。
女の子の声が頭の中に聞こえ、私はビスコッティに手を振って意識が暗転するのを待った。
喚ばれて出た場所は、すっかり元通りに修復されたあの部屋だった。
「よし、成功した!!」
女の子が声を上げた。
「喚ばれてきたよ。ごめん、もう一度名前を教えて」
「うん、スコーンだよ!!」
女の子が元気よく声を上げた。
「よし、今度はちゃんと覚えた。ビスコッティもいるね。お礼ってどうしたの?」
私が問いかけると、ビスコッティがマンドラゴラを三株手渡してきた。
「こ、これ、私の里では超高級品だよ。いいの?」
「はい、師匠の命を救って頂けたのです。これでは、安いくらいでしょう」
ビスコッティとスコーンが笑みを浮かべた。
「なんか、ゴメンね。これしかないよ、こっちのカボチャ好きビスコッティが開発した品種なんだけど、切れるんですっていって、皮も包丁でサクサク切れちゃうんだ。もし栽培するなら、種もあるけど……」
私は常に腰にぶら下げている革袋から、カボチャの種が入った小袋を差し出した。
「えっ、なにそれ。ピカピカしてるし、これ研究する!!」
スコーンがカボチャを受け取り、笑みを浮かべた。
「ピカピカしてるのは、ビスコッティが磨いたからだよ。種もあげるね」
私は種が入った小袋を、ニコニコしているビスコッティに渡した。
「ありがとうございます。ゴブリンの里で作られたカボチャと聞けば、みんな驚くでしょう。マンドラゴラより、貴重なものだと思いますよ」
「そ、そうかな……。ちなみに、煮付けにすると美味しいよ。ホロホロ崩れて皮まで食べられるし」
私は笑みを浮かべた。
「うん、これ面白い。固そうなのに、指で押すだけで凹んじゃった!!」
スコーンが笑った。
「そう、指で凹むほど柔らかいのに、落としても割れないんだよ。どんな品種なんだか……」
私は笑った。
「そうですか、なかなか面白いですね。育てるコツはありますか?」
「特別な事は必要ないよ。畑に蒔けば勝手に育つから。コツは雨が多い時期に撒かないことかな。小まめに手入れしないと、すぐに痛んじゃうから。基本的に腐葉土だけでいいけど、堆肥も使うと成長が早いよ」
私は笑みを浮かべた。
「分かりました。師匠がカボチャのスケッチをしているので、代わりにもう一度お礼します。ありがとうございました」
どうやら最大限の時間ではなかったようで、ビスコッティの笑顔と熱心にカボチャをスケッチしている姿が白みはじめ、私の意識は一瞬暗転した。
家に戻ると、ビスコッティが野菜洗いを続けてくれていた。
「あっ、おかりなさい」
「ただいま。とんでもないものもらっちゃった」
私は革袋から、マンドラゴラの株を取り出してみせた。
「うわ、また凄い!!」
ビスコッティが、ひっくり返りそうになった。
「……これ内緒ね。バレないうちに、畑に植えてくる」
私はあとをビスコッティに任せ、畑にダッシュすると、なるべく目立たない奥の畝にそっと植えた。
マンドラゴラは万病の薬といわれ、私たちの間で高値で取引されている。
多少知っている人間社会でも高価で、薬の原料にする事は一緒らしかった。
「よし、これで大丈夫だね」
仕上げに水をあげて、私は笑みを浮かべた。
高価な理由は、群生地が過酷で採取が大変だからだ。
私はやったことがないが、崖の中腹とか深い森の奥など、とにかく苦労するらしい。
「生命力が強いから、あっという間に増えるかもね。そうしたら、物々交換に使おう」
私は笑みを浮かべ、家に向かった。
「あっ、戻ってきた」
「ごめんね、野菜洗いさせちゃって」
色々バタバタしているうちに、ビスコッティが全ての野菜を洗ってくれて、夕食の支度まではじめてくれていた。
「エーテルの家は、調味料が多くていいですね。存分に料理ができます」
ビスコッティが笑った。
「まあ、色々配給してもらってるからね。今日はなに?」
「はい、トマトがたくさんあるので、トマト料理にしようかと」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「よし、楽しみにしておこう」
私は笑みを浮かべた。
今日は、召喚が一回だけ。
しかも、楽しい相手。
たまには、こんな日があってもいいだろう。
私は笑みを浮かべた。
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