第3話 泣き虫

 血の契約とは罪深いもので、召喚主に絶対服従を押しつけ、喚ばれている数分間は嫌でもその特技を使わないといけない。

 私たちゴブリンは基本的に攻撃のために喚ばれ、悲惨な場合は素手で相手を殴るという攻撃しかない。

 いかな召喚されている間は無傷とはいえ、一度血の契約を結んでしまうと本人はもちろん、それに連なる子孫にもその契約は有効となる。

「はぁ、爺様が余計な事するから」

 午前中だけで百回を超える喚びだしを受けて、私は小さくため息を吐いた。

 嘆いてもなにも変わらないので、私は途中まで進めていたトマトの収穫を再開した。

 今日も天気は上々、絶好の野良仕事日よりだった。

「さて、これで一カゴだね。一通り終わったかな」

 水分が多く痛みやすいトマトは、自家用で細々と植え付けてある程度だ。

 重さにして二キロもないだろう。

 しばらくはトマト料理だなと思いながら一度家に戻ると、米作りをしているオッチャンが玄関先で待っていた。

「おっ、ちょうどよかった。そのトマトと米十キロを交換して欲しいんだが……」

「えっ、十キロも!?」

 トマトもそうだが、手間が掛かる米作りをしている人は少なく、かなりの貴重品だった。

「そうだ、トマト料理を食べたいと息子が騒ぐんだ」

 オッチャンが笑った。

「なんなら、畑でまた取ってきますよ。まだたくさんあるので」

「いや、そのカゴ一個でいい。新鮮で美味そうだ」

 オッチャンが米袋を下ろし、私がトマトをカゴごと荷車に積むと、オッチャンは去っていった。

「よし、今日はいいことがあったぞ。さっそく保管庫に入れておかないと」

 私は米袋を抱え、鍵を開けようとして錠前がないことに気が付いた。

「ん? 壊れたかな」

 まあ、なにはともあれ、収納庫の蓋を開けると、中にビスコッティが入っていて、床にのの字を書いてしょんぼりしていた。

「ど、どこにいるの!?」

「どこだっていいもん。さっき、お父さんがきて、不真面目だから砂糖二キロ減らすっていわれたもん。どうしよう、エーテル……」

 ビスコッティが私を見上げた。

「し、知らないよ。いい子いい子……」

 私は泣きそうなビスコッティの頭をなでた。

「うん、ちょっと元気でた」

 ビスコッティが収納庫から出てくると、私は中に米袋を入れた。

 ちなみに、こうやって物々交換に使うお米は、脱穀から精米まで手間暇かけてやってあるので、本当に貴重なものだった。

「これは鍵をかけておかなきゃ。ビスコッティ、鍵はどこにしまったの」

 ビスコッティがブツブツいいながら服のポケットから鍵を取りだしたので、念のために施錠と解錠ができる事を確認して、収納庫に鍵をかけた。

「まったく、ピッキングまでして開けるな!!」

 私は笑った。

「だって……ブツブツ」

 ビスコッティが、私の服の袖を引っ張ってしつこくブツブツぼやいていた。

「よし、復活したな。さて、里長のところにいって、話つけてきてやる。いいから野良仕事やってろ!!」

 私は笑って、ビスコッティがブツブツいいながら畑に向かっていくのをみて、私も畑に出てトマトを一カゴ収穫し、それを荷車に乗せると、里長の家に向かっていった。

 里長の家は少し広く作られていて、一般家庭と同じようにドーム型の建物が並んでいた。

 その中で中央にある広場のような場所に荷車を止めると、私はトマトのカゴを地面に下ろした。

 しばらくすると、並ぶドームの建物から里長が出てきた。

「うむ、相変わらずいい出来だな。トマトか、ずっと食べたかったものだ」

 里長は笑みを浮かべ、カゴから一つ取って丸かじりした。

「それにしても、里長。またビスコッティにやったんですか?」

「うむ、好きなのは分かっているが、カボチャを自分でロクに収穫しないで、磨く事に専念していると聞いている。そのままでは、楽させているようにみえるだろう。だから、灸を据えたつもりだったのだが、また迷惑かけたか?」

「いえ、迷惑というほどのものでは……」

 私は苦笑した。

「まあ、いつもギリギリで可哀想なのと隣のよしみで、今までと同じように配給してあげて下さい」

「無論、そのつもりだ。さて、娘を呼びつけようか」

 里長は懐から小さな拳銃という武器を取り出した。

 あまりに危険な武器なので厳しい所持基準があるが、よほど信用されているようで、私にはほぼ無条件で渡してくれた。

 今現在、この里で拳銃を所持しているのは私と里長だけで、使えば派手な音が響くので、よほど事が起こらない限り使うつもりはなかった。

「じゃあ、いきますか」

 私は服にこっそり忍ばせてある小型の拳銃を引き抜いた。

「よし、では撃とう」

 私と里長は同時に拳銃を空に向け、引き金を引いた。

 凄まじい爆音が響き、里長と私は素早く拳銃を隠した。

 しばらくして、棍棒を片手にビスコッティが走ってきた。

「お父さん、エーテル、今の爆音はなんですか!?」

「遅い!!」

 里長がビスコッティを思い切り怒鳴りつけた。

「うっ……」

 ビスコッティが頭を垂れた。

「なぜ、自分の問題なのに、エーテルについて行こうともしないのだ。このトマトに免じて今回は許すが、次は本当に減らすぞ。しっかり畑の世話をしなさい」

 里長は笑みを浮かべた。

「はい、分かりました。エーテル、ごめんなさい」

 ビスコッティが小さく息を吐いた。

「気にしないで。ほら、帰るよ!!」

 私は笑みを浮かべた。


 すっかりしょんぼりしてしまったビスコッティを荷車に乗せ、私たちは家に戻ってきた。

「今日はもう休んでいなよ。今の状態で畑をやっても、いいことないから」

 私は荷車からビスコッティを下ろし、そのまま素朴なベッドに寝転がると、シクシクと泣き始めてしまった。

 私は苦笑してビスコッティの家の扉を閉め、再び畑仕事をしようと思った時、全身が赤い光りに包まれた。

「赤って事は攻撃か。やれやれ」

 私は苦笑した。

 一瞬意識が暗転し、喚ばれて出た場所は草原の真ん中で、今まさに商隊の馬車を襲おうとしているバカどもだった。

 ……嫌なヤツに喚ばれた。

 私は胸中でぼやきながら、私はそっとエクスカリバーを抜いた。

 どっちが正義という話ではない。単にこういう召喚は嫌なだけだった。

「おっ、大当たりだぜ。噂の超レアゴブリンを引いたぞ!!」

 喚び出したバカ男が叫び、私は召喚の穴をみつけてしまった。

 つまり、不完全な召喚ということで、私は自由に動けた。

 恐らく、どこかで中途半端に覚えたか、魔法書でも読んで覚えたつもりか。

「じゃあ、やりますか」

 小さく呟き、まずは急いで逃げようとしている商隊を結界魔法で覆った。

「ん、なんだ今の光りは。まあ、関係ねぇ。こっちにはレアなゴブリンがついている……」

「……サンダー・ボルト」

 私は小声で呪文を唱え、商隊を狙っていたバカどもを雷撃が打ち据えた。

 黒焦げになった連中にかける言葉はなかったが、召喚主死亡につき召喚契約解除という絶対の約束に従い、私は里に戻った。

「全く、ちゃんと覚えろっての。はぁ」

 私は苦笑した。

「さてと、トマトがなくなっちゃったな。今度はキュウリでもみるか」

 広い畑なので、何種類も同時に栽培できる。

 私はキュウリが実っている柵状のものを立てた畝に向かい、収穫できるものをパチパチとハサミで切り取っていった。

「ふう、こんなもんか。さてと、お昼は冷やしキュウリでも食べようかな。塩をちょっとだけかけてね。

 私は笑みを浮かべた。


 空が夕焼けに染まる頃、畑仕事を終えた私は様々な野菜が入ったカゴを背負って、家に戻った。

 家に入ると、無事に復活した様子のビスコッティが、いつの間に収穫したのか、狭いキッチンで器用にカボチャのポタージュを作っていた。

「もう大丈夫なの?」

 私は苦笑した。

「うん、大丈夫。今日は腕によりをかけるから、座って待っていて」

 ビスコッティが笑った。

「そりゃ楽しみ。さて、仕分けしないと……」

 私はカゴをもって収納庫に行き、野菜ごとに仕分けして収めていった。

「これでよし。あとは……」

 私はカゴの底に残ったグレープフルーツを二つ取ると、笑みを浮かべて家の中に戻った。

「はい、これ。取っておき」

 私は大きなグレープフルーツをビスコッティに一つ手渡した。

「これはデザートが楽しみですね。物々交換ですか?」

「いや、私の畑。試しに苗木を植えてみたら、やっと実が付いたよ。味は分からないけど、とりあえず初収穫だよ!!」

 私は笑った。

「そうですか、それはますます楽しみですね。待って下さい、もうすぐ終わります」

 ビスコッティが手早く調理を進め、私は何の気なしに窓の外をみた。

 外はすっかり夜になっていて、吹き込む風が少し涼しくなった。

「ビスコッティ、どうせこのまま泊まっていくんでしょ。ちゃんと戸締まりしてきた?」

「はい、そこは抜かりなく。できましたよ」

 ビスコッティがテーブルに料理を並べはじめた。

 今夜の食卓は、パンとカボチャのポタージュ。

 素朴なメニューだったが、美味しそうだった。

「では、いただきましょう」

「うん、いただきます」

 私たちはゆっくり食事を楽しみ、ビスコッティが食器の片付けまでやってくれた。

「終わりました。グレープフルーツ、美味しかったです」

 ビスコッティが笑った。

「そうだね。意外と美味しかったね。よかったよ」

 私は笑みを浮かべた。

「さて、もうやる事ないね。少し早いけど、召喚されまくりで疲れたし、もう寝ちゃうか」

 私はキャンセルボタンを押した。

「そうですね、寝ましょう。それにしても、窓からの風が急に冷たくなって、強くなってきましたね」

 ビスコッティのいう通り、窓から入ってくる風が肌寒いくらい寒くなり、強風といっていいほどになった。

「これは嵐がくるな。ビスコッティの家はちゃんと窓に鍵掛かってる?」

「はい、大丈夫です。しっかり鍵をかけておきました」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「ならいいね。こっちも閉めよう」

 私は家の全ての窓を閉じて鍵を閉め、出入り口の扉がしっかり閉じている事を確認した。

 そのうち窓や扉がガタガタ揺れはじめ、雷鳴とともに土砂降りの雨が降る音が聞こえてきた。

「こりゃ凄いね。雨漏りしないかな……」

 私は天井を見上げたが、今のところ雨漏りの気配はなかった。

「早く眠った方がいいですね。夜中のうちに、嵐も過ぎ去るでしょう」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「そうだね。寝ますか」

 私はハンモックに入り、ビスコッティも器用に隣に入った。

「今日はありがとう。私だけいっても、お父さんと大喧嘩になるだけだから……」

 ビスコッティが私に抱きついた。

「あのね、それでいいでしょ。なんで、私が間に入らないといけないの。思い切り喧嘩すればいいじゃん。暴力行為抜きで!!」

 私は笑った。

「その……お父さんが怖くて」

 ビスコッティが小さく笑った。

「まあ、私が口だしする話しじゃないか。どうせ今夜も噛みつきまくるんでしょ。早く寝よう」

 私はそっと目を閉じ、ビスコッティが私の頬に軽くキスをした。

「頼りにしてるよ!!」

「ったく、調子いいんだから」

 私は苦笑したのだった。

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