2話 ダブルカレー~アメとムチのゆさぶり~

ぐつぐつぐつ…

夜の台所。日曜日。

1匹の猫が、カレーを鍋で煮込んでいる。

スパイスのいいにおいがする。

まるでインド猫になったみたいだにゃ。

猫のいちごはそんなことを思っていた。

いつもは作りすぎて困ってしまうカレーも、今回は大丈夫だろう。

悪魔のお友達が食べに来るからにゃ。

さて一晩寝かせよう。肉のコラーゲンでカレーがまろやかになる。

余ったあれも使えるし、映えるやつを作ってやるにゃ。

なんだかんだ猫は乗り気になっている。



―3日前―

「こんばんは!おひさしぶりです!いちごさん!連れて行くお友達決めましたよ。」

食悪魔ソバユが再び現れたのは、初訪から4日後の同じ時間だった。

「学生時代からの大親友で、100年来の連れ飯友悪魔!特技は9999(フォー・ナインズ)タロット占い。ここのところ、ずっと死んだ魚のような犬のような目をしてます!大至急助けて!なので伺うのは…金曜日のこの時間でいいですか?」

「だめ。」

「にゃー!?」

にゃーと言ったのはソバユの方だ。

「ミーの金・土・日は不可侵にゃ。」

「金曜から安息日というわけですか…」

「月ならいいにゃ。」

「逆に?!絶望を司る曜日なのに無謀では!?悪魔には助かりますが。」

「キミとお友達の2人分作ればいいのかにゃ?」

「いや………名残惜しいことに私の分はいいんです…1度食事契約した食悪魔は、同じ人ととは2週間契約できない決まりなんです…」

「私はお友達が食事してるそばで、カロリーブロックをかじってます…」

「いやどんな世界なんだにゃ…」

「それからどんな報酬がいいか考えときましたか?前回カタログをお渡ししましたけど。食魔界の品物は癖が強いものが多くて…。下手なものを頼むと破滅しちゃう人もいますから、私少し心配です。」

「大体見たにゃ。ま、大丈夫だと思うにゃ。」

…………

…………

こうして月曜日が来た。

時刻は19:16。

ピンポーン。

インターホンが鳴る。

「いちごさーん。」

もう玄関から台所まで声が聞こえてくる。

「はいよ今行くにゃ。」

いちごが玄関を開けると、食悪魔が二人いた。

「こんばんはです!いちごさん!今晩はご馳走になります。私以外…。こちらが私のお友達のイーハ・トーファです。」

ソバユの隣にいるトーファという食悪魔は、阿修羅のような6本の腕を合掌させ、3つの眼を静かに閉じていた。

((こんばんは。私はトーファ。恥ずかしながらご馳走に参りました。私もまたおろかな食欲のイエスマン。))

「えっ今何か言ったかにゃ!?」

((今仕事で喉が枯れてて、頭の中に直接語り掛けています…。))

「トーファはテレパシーも得意なんです。」

「器用だにゃ。」

((…じゃア…サっそ…く。ザザ…イエの中へ…ガガガ。))

「なんかノイズが混ざってるにゃ。」

((ア゛アやはり…。脳゛も…ガガ…ツカレテ…))

トーファは穏やかなるアルカイックスマイルを浮かべている。が、かなり汗をかき、プルプル震えている。

「あ゛ー!!もーえーわ!この話し方!!逆に疲れるわ!!」

トーファは急にキレて、金剛力士像みたいな顔になった。

「はあはあ…お宅に入ってもいいですか?…猫様。わたくし先程からカレーのいいにおいが気になって。」

トーファはぜーぜー言いながら、普通に喋りだした。

「ずいぶんと疲れてるようだにゃ…」



トーファは家の中へ入ると、まず6つの手を洗い、3つのコンタクトレンズを外した。そして満を持して、席に着いた。

「楽しみだなあ。私最近食事契約のこと頭から離れてたから、すっかり粗食の修行僧みたいになるところだった。思い出せてよかった。ソバユのおかげだよ。それにしてもソバユからおすすめされるなんていつぶり?」

「わかんなーい☆トーファだいすきー☆」

「ははは。私も好きだぞ。ソバユ。」

「でも私食べられなーい。いちごさんの料理。七つの大罪「嫉妬」発動中~。」

矜羯羅こんがらきくらげを持ってきたから。カロリーブロックと一緒に食べるといい。」

(今は)クールなトーファ、ダルがらみするソバユ。

二人は対照的だ。

そうこうしてるうち、料理が運ばれてきた。

「ほら。持って来たにゃ。」

「ほう。これはおいしそうなカレー……?んん!?」

「え!?いちごさんこれ…?」

「ソースポッドが2つ!!?」

対照的な2人の食悪魔も、反応がかぶってしまった。あまりの驚きで。

お盆にはご飯の皿、ラッキョウの小皿、そしてカレーを入れたランプみたいな容器こと、ソースポッドがなんと2つあった。

((そもそもソースポッドなんて、カレーのイラストでみたことあるくらいだ。そのソースポッドが2つもあるって景色!私は雑誌でもSNSでも当然リアルでも見たことがないぞ!!びっくりしすぎてテレパシーで思考がだだ漏れだ…!))

「一つは黒っぽいカレーで、もう一つは生姜みたいな色のカレー!もしかして気を利かせて私の分まで!?でもごめんなさい!ありがたいけどほんとにダメなんです。戒律を破ったら私洒落にならないペナルティが…」とソバユ。

「一人分にゃ。」

「にゃに~!!贅沢すぎます!私理性崩壊しそう!ワル悪魔になっちゃう!キレそう!」

ソバユは勝手にキレそうだ。

「ルーが混ざらないように、少しずつライスにかけて食べるといいにゃ。」

「わかったよ猫さん。ではいただきます。」



トーファはまず生姜色のカレーを手に取った。

「この色…。まるで給食に出てくるというカレーみたいだ。」

とろとろと熱いカレーがライスに注がれる。

ぱくっ。

……………………

……………

うーん甘い。

それにカレーと思えぬクリーミーさ。

おいしい。

そして全然辛くない。まろやかofまろやか。

まさに子供でも食べられるカレーだ。

やさいもたっぷりだ。

んん…ぱくぱく食べられるな。

だが…私は大人になってしまったんだろうな。

おいしい…おいしいがやはり辛さが欲しい。

某国民的ヒーローも「カレーの命は辛さです」みたいなこと言ってたらしいし。

こっちの黒いカレーはどうだ?

トーファは、今度は黒いカレーを手にとり、どろりとライスへ。

ぱくっ。

…………うっ!

辛い!!

辛いぞ!

こっちのカレーは全然違う!

おそらくがっつり一味唐辛子やラー油が入ってる!

トーファの顔から汗が噴き出した。

ああぁあぁぁあああ!!

激辛あああぁあぁああぁぁい!!

カラ   い!!

でも、すっとあと引く辛さがたまらない!!

やっぱり辛いのが命なんだよ!


……あれ?

いや待てよ。

これってもしかして………。

トーファの脳裏に電流走る。

黒辛カレーの後に生姜色カレーを食べてみる。

「あっ♡すごい甘い♡」

次に黒辛カレーを食べる。

「あ゛ぁぁあああ辛い!!」

次、生姜色カレー。

「甘―い♡」

次、黒辛カレー。

「辛いああぁあ!」

……………


「こっこれはすごいぞ!!」

がたんとトーファは立ち上がり叫んだ。

「見た目が映えるだけじゃない!美味いだけでもない!なんて言うかこれは、2つのカレーの甘さ辛さが、がハンパじゃない!黒いカレーを食べた後、生姜色カレーを食べればより甘く感じるし。生姜色カレーのあとで、黒辛カレーを食べれば、より辛さが引き立つ!だからギュンギュンと揺さぶられるんだ!!舌が…いや魂が!」

「まるでアメとムチ!讃美歌とデスメタル!サウナと冷水だ!」

「えー!うらやましい!」

ソバユはきくらげとカロリーブロックをもごもごさせながら、叫んでいた。

「…ああ。」

いちごはゆっくりと話し出した。

「まずベースに、業務用の平均的な味のカレーを使うにゃ。生姜色の甘いカレーはクリームシチューをカレーに混ぜて作るにゃ。シチューの量はカレーと同じか多めにする。残ったシチューを消費するのにもちょうどいいんだにゃ。黒い辛いカレーは焦がしたカレールーを作って混ぜて作ったにゃ。スパイス多めラー油なんかも入れてかなり辛めに。そうすると、交互に食べたとき良さが引立つにゃ。」

「あっ。もしかして、ソースポッドは2つのカレーが混ざらないようにするため…!」

とソバユ。

「そう。最初から全部混ざってたら、中途半端になってしまうからにゃ。」

「2つのカレーで3を知るにゃ。」

トーファは目を見張りながら耳を傾けていた。

((なんて心が躍る話なんだ…。こんなに食欲に直撃する話は聞いたことがないぞ…。))

食魔界では無縁な食の話。食悪魔にとっては煌々と光輝くものだった。

((食魔界…日々の苦痛を乗り切るために。私は心を殺していた。))

((厳しい仕事、質素な食事。))

((心を殺せば傷つくこともないからだ。))

((ああ…だが…私は…心を無くすことはないのだな…。私の心はキミの料理に、話に、おいしいおいしいって言っているよ……喜んでいるんだよ……!))


ぽろっ

トーファから大粒の涙がこぼれる。

「あっあっ…。わたし…。あっ。」

口がもつれて言葉にならない。

涙がぽろぽろとこぼれるだけだ。

それを見て、隣でソバユもまた涙をこぼしていた。

「きこえたよ…トーファの気持ち。ほんとうに嬉しかったんだね。よかったねトーファ。」

ソバユは笑顔で泣いていた。

トーファの思いは、テレパシーで筒抜けだった。

「うう………ありがとう…猫さん。」

トーファは涙にぬれて、やっと感謝を告げることができた。



一方いちごは嬉しかったが、若干悪いと思いつつ引いていた。

ソバユもトーファもリアクションがすさまじいにゃ…

食悪魔はみんなこうなのか?

そりゃ料理教室行ってたけど。いい先生に習ったけど。

ミーはそんな天才シェフじゃないにゃ…

食魔界は一体どうなってるにゃ…



「ふう…おいしくて、泣いて、すっきりしたよ猫さん。ごちそうさま。」

カレーをすっかり平らげたトーファ。

「私も胸がいっぱいです。いちごさん。トーファを連れてきて本当によかった。」

ソバユはまだちょっと涙ぐんでいる。

「さて…契約だ。報酬の話をしよう。猫さん。君の望みはいったい何かな?」

トーファはあやしくほほえんだ。

「星1ランクだから…猫にモテる乳酸菌、美猫変身セット、水を○ゅ~る味にする浄水器なんてのがあるぞ。ハマって破滅するなよ…?フフフ。」

いちごさん…。変なもの頼まないで…。

と誰かさんがこっそり祈った。

いちごはカタログを指さし、言った。

「ミーはこのイドラウーズっていう鍋が欲しいにゃ。」

「それは…食魔界製の中華鍋!熱を与えると、さらに高温にして返す魔法の鍋だ!一般家庭では出せない温度を出して、簡単に炒飯をパラパラにすることだってできるという…猫さん。欲望を燃やすことはせず、更に料理を探求するというのか…」

「普通に使えそうだと思ったにゃ。」

なるほどフフフ。

それは妥当な欲の在り方だと思うよ。

よかったいちごさん…

「承知した。じゃあポチっとくから。来週あたり届くだろう。置き配で。」

トーファは何かをポチポチ操作しだした。スマホだろうか。

「いや通販かよ。」

「弊社をご利用いただきありがとうございまーす♡」

とソバユ。

「いやお前の会社かよ。」

「弊社は、食事契約制度をサポートしております、株式会社“プレゼンタル”。私はナイス👍プレゼント課のソバユです。今後ともお引き立てを!」

それがソバユの勤め先だそうだ。



「それじゃあもう遅いし、報酬も決まったし、そろそろ失礼しましょうか。」

ソバユたちはもう帰るとのこと。

「またお友達連れてくるのかにゃ?」

「まだいっぱい連れて来ますよ♡」

ソバユはニコニコしている。

「しょうがないにゃあ。」

「…ちょっと待って。」

「えっ。」

「猫さん。キミのこと気に入ったからさ、特別サービスしようと思うんだけど。どうかな?」

ぶわっ!

トーファの周りに突然大量のカードの嵐が舞った。

これはタロット?

それにしても膨大な枚数だ。

「私の特技は聞いているだろう?」

「占ってみないか?君の運命。」

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