食悪魔へのまかないサバト
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1話 悪魔のためのオムライス~黄色と赤の旨味爆弾~
とんとんとん…
包丁で野菜を切る音が静かに響く。
夜の台所。
都内、猫徳寺、マンションの一室。
1匹の猫が、包丁を片手に野菜を切っている。
仕事が終わり、帰宅した時、すぐに食べられるように、
明日の料理のための仕込みをしているのだ。
ピンポーン。
インターホンが鳴る。
こんな夜中に誰だろう。
もう一度ピンポーン。
一体なんだ。
猫は手を止め、防犯カメラを見てみる。
そこには見覚えのある姿。
あれは悪魔だ。
しくしくしく。
やがてすすり泣く声が聞こえてくる。
「あの…ごめん…ください。」
悪魔は枯れた声で囁いた。
「夜分遅くに失礼します…なんせ仕事があるもので、お互い。」
猫は答えた。
「この間の勧誘の悪魔にゃ?うちは飲食店じゃないにゃ。」
だが暗がりの悪魔は切羽詰まった様子だった。
「いえ…もう限界なんです…。あれから1週間…契約を断られ続けて……まともな料理を口にできず…もう……もう…おかしくなりそう…」
頭を抱えた悪魔。
声に力がなく、体全体で絞り出しているようだ。
そして。
「お願いです…」
「私にごはんをくださーい!!!」
食悪魔。
猫たちとは別の世界の住人。
猫たちと契約を交わし、
猫は料理をもてなし。
食悪魔は富を与えたり願いを叶えたり。
食悪魔の世界、食魔界ではそれが掟。
この食悪魔は契約が上手くいかず、まともな食事がとれなかったようだ。
「お願いですー!私もう無理です!こっ声が出ない!契約報酬も弾みます!金塊出します!ドラゴンのパレードを見せます!だからどうか私にまともな手料理を下さい!!お願いします!!!!」
悪魔はガラガラ声で全身を使って訴えかける。
これは無理矢理飯をねだる気だ。
これが本当の突撃晩ごはんだ。
割と困った状況だが、警察を呼ぶのも面倒だ。
「もうわかったから。なにか作るから。食ったらさっさと帰るにゃ。」
猫は冷め~た目で言った。
「はっ!?ありがとうございます!!!やった!私感激!」
悪魔は歓喜した。
猫は悪魔を迎えた。
「で、何を頂けますか!?」
「じゃあオムライス作るにゃ」
「あああオムライスですと!!あの喫茶店の星を!あのジャパンオリジナルの素敵洋食!あの黄色と赤の旨味爆弾!!」
「いいからソファにでも座って待ってるにゃ。あれなら20分でできるから。」
言われた通りソファにおとなしく座る悪魔。
とりあえずお水をごくごく。
まるで店のお冷みたいだ。
猫はお茶でもと言ったが、この悪魔は水が好きらしい。
(ああ!お水がおいしい!ウオーターサーバーの水みたいにおいしい。あれってなんでおいしく感じるんだろう。MPが5回復する気分!)
…仕方がないので猫はオムライスの準備をする。
本当は明日食べようと思って準備したのに。
明日は適当な冷食にしよう。
どかっとみじん切りにした野菜を炒めて、
そこに仕込んでいた肉を入れてライスを炒める。
充分炒めたらケチャップといくつかの顆粒出汁を混ぜる。
最後に火加減が難しいあれを少しだけ弱火で温める。
できたチキンライスを先にお皿に入れたら、
次に半熟オムレツをつくる。
それをチキンライスにふあっと乗せる。
猫はフライパンの上で、卵をライスにかぶせるのが苦手なのだ。
「はいok。」
猫は決して特別なシェフではない。
普通の一般家庭の会社員だ。
しかし普通の人にも、食悪魔は構わず料理をねだってくる。
むしろその方が、都合がいいらしい。
だが必ず手料理である必要があるという。
「はいできたにゃ。悪魔のためのオムライス。こっちきて食べにくるにゃ」
「はい!!」
ガラガラのいい返事
目の前にはごく普通のオムライスとケチャップが置いてある。
悪魔の目はもうぐるぐるだ。
「あの…なにかこうケチャップで描いていただけないですか?」
「猫のイラストとかハートとか。」
「十字でも切ろうかにゃ?」
「ぎゃあ、あくまごろし!とんだとばっちりのケチャップ赤十字です!私は病院送りで毎日病人食だ!」
「はよ食え。」
「ありがとうございます!いただきます!」
悪魔はケチャップをト音記号🎼の形にかけた
がぶり。
……………………………………………………………………………
…………………………………………………………
………ああ。
おいしい……
オムレツ…バターと卵の濃厚なコク。
あっさりしたチキンライスとよく絡み合っている。
いや決してライスの味が薄いということではない。
塩味こそ薄いがケチャップの酸味と出汁の旨味が、
じんわり顔を出してくる。
ライスが少し焦げているのもたまらない。
最高だ。
これは空腹でなくてもがっつり食べられる自信がある。
この猫さんは当たりだ
……ん?
なんだろうか
ライスに紛れて見知らぬ白いものが入っている。
ちょうどスプーンにすっぽりすくえる大きさだ。
ぱくり。
……あっ!
これチーズはんぺんだ!
おいしい!!焦げ目の付いたふわふわのはんぺんにとろとろのチーズ。
チキンライスにめちゃくちゃ合っている。
オムライスにチーズはんぺんなんて初めてだ。
ふしぎ…でも間違いなくおいしい。
感動で悪魔の目が少しうるんできた。
ちょっとおもしろいなあ。
チキンライスの味付け、
具のチーズはんぺん。
なんか個性がある。
当然いたずらに辛いとか、
主張が強いという意味の個性ではない。
どこか猫さんの優しさとか哲学、探求心を感じる。
誰かに習ったのだろうか。
それとも独学か。
おや…
いつの間にか今度は、
ハーブのいい香りが口の中に広がっている。
これはハーブチキンだ!
少し塩味があって香りも強い!
ケチャップ、バター、玉子、チーズはんぺんのお次は、
塩味強めのハーブチキンなんて、
違うベクトルのさわやかな刺激!
すごい!おいしい!!やわらかい!!
でもなにか変だ。
これはチキンだけど何か違う?
ささみ、胸肉、手羽先?……いや違う。
チキンじゃない?これは一体…
悪魔が不思議な顔をしていると。
猫が尋ねた。
「どうしたにゃ」
「いえ中に入っているハーブチキンがその…変わった食感というか」
「それは合鴨のハーブチキンにゃ。ミーが作ったんだにゃ。」
「あ…あいがもだって!!……」
………………
……あいがもってなんだろう?
なにかブランドの鳥だろうか。
名古屋コーチンとか比内鶏とか北京ダックなら、
聞いたことあるんだけどな。
チキンって言ったから鶏肉には違いない。
とにかく特別なやつなんだろう。
私のために特別な材料も使ってくれて…
こんなに意匠がこったオムライスは食べたことがない。
200年生きてきて初めてだ。
おいしい…
このオムライスにはどれだけのおいしいが
つまっているんだろう。
そして優しさがつまっている。
優しさがなければこのような料理は作れないだろう。
気が付けばオムライスは。
すっかり悪魔の胃袋に収まっていた。
ああ…ああ…
ぽろぽろ。
悪魔の目には涙があふれていた。
この猫さんなら…
悪魔はあることを閃いた。
「今夜は素晴らしい正餐をありがとうございました。」
「この悪魔の空腹は満たされ、魂は救われました。ごちそうさまでした。」
悪魔はぐすんぐすんと感謝を告げた。
「大げさにゃ。野菜とチキンは仕込んだけど、あとはだいたいまかないみたいなものにゃ。」
「猫様。それでもあなたの料理の腕は、何より優しさは本物です。そこで折り入っての相談があります。」
悪魔は話を切り出した。
「私の暮らす食魔界では、辛い労働に加えて、食事がままならない状況にあります。私以外の食悪魔もなかなか契約が上手くいかず、食に満たされない日々を送っています。」
「そこで。苦しみもがいている、私の友達の悪魔たちにも、あなたの手料理をご馳走してははいただけないでしょうか!あなたの料理を食べればきっと元気になるはずです!」
猫は驚いた。
「えっ!それって契約の予約…悪魔のお友達も食べにくるってことかにゃ!この飲食店でもない、一般家庭の家に!」
「はい私のお友達を連れてきます。猫さんのおっしゃるまかないでいいんです。もちろん御礼は相応に致します。」
「猫さんの料理…みんな絶対喜ぶと思います。だめ……ですか…?」
悪魔が涙目で訴えかける。
おいおいマジかよ。
まさか食悪魔が家に契約予約を入れてくる日が来るとは。
家に押しかけてくるなんて大変だし気をつかうし、
多めに作るのがめんどくさいしにゃ…
うーん。
でも食悪魔の契約報酬に少し興味はあるにゃあ。
こんなまかないであまり金目の物なんて取りたくにゃいが、
食事がままならないとされる食魔界だけど、そこにしかない食材や調理器具、魔法があるというし、
機会があれば食魔界へ旅行に行けるかもしれないにゃ。
…それにミーの料理が褒められたのは久しぶりのことだにゃ。
〈おもしろいにゃ!キミの料理!〉
〈ああ。基本はおさえつつ、斬新にゃ!〉
………昔を思い出したにゃ。
「わかった。ミーので良ければまかないを作ってやるにゃ!」
「やったー!本当ですかー!!」
悪魔は歓喜した。
「ありがとうございます猫さん!みんな喜びます!さっそくみんなに話さなきゃ。」
「あっそういえば私の名前を言ってませんでしたね。私の名前はソバユです。猫さんは?」
「ミーはいちごにゃ」
食悪魔のソバユと猫のいちごは
お互い名乗った。
「いちごさん!じゃあこれからみんなに話してきます。お互い都合のいい日を調整するので、またまかないをお願いしますね。あっ私にもですよ。」
「そうそう今日の契約報酬ですが、手持ちがこれしかなくて…申し訳ありませんが、こちらになります。どうぞ。」
ソバユはなにかをいちごに渡した。
四角いキラキラだ。
これはチョコかな……?それにしてはずっしり来る感じがある。
あれ…これまさか。
「これ金塊じゃにゃいか!」
「はい食魔界製100gゴールドバーになります。ここに製造元や品位表示なんかが刻印されています。
ちなみに今日の金の価格は…えーと1g7,504円なので、100gで750,400円の価値がありますね。」
ソバユはケロっと言った。
「次回伺う時はこちらの報酬カタログから選んでください。よろしくお願いします♥それじゃあ。」
「ちょ…ちょっと!こんなもの受け取れないにゃ!おーい!」
ソバユはご機嫌で去っていってしまった。
あっという間に飛んでいき、夜の光の中へ消えていった。
…どうしよう、これ。
いちごの手の中には金塊が残されていた。
75万…
………こういうのって保管しておくものだよにゃ。
とりあえず通帳の近くに置いておこう。
縁起がいいにゃ。
いちごは落ちているカタログが拾い上げた。
はあ…これからどうなるのやら…
あとで料理の本でも読むとして、
先にカタログを読みながら、お茶でも飲むにゃ…
果たして何が載っているんだろ。
こうして出会った、運命の猫と食悪魔。
この先幾人もの食悪魔たちを救い、
食魔界や猫の世界を揺るがすことになるとは、
まだ誰も知らない。
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