第3話 家族

「これは…電車?」


「ああそうだ。かなり荒れてるが、欠かせない交通手段だ。」


帰り道に立ち寄った、落書きだらけで床には得体の知れない液体とゴミが散らかっているここは、ワームの駅らしい。ワームにライルーンよりは劣っているものの交通手段があることは文献に書いてあったから知っていたけど…


「ひどいですね…」


「ま、そうだな」


「ねぇ、電車来ちゃうから早くいこ。」


電車に乗ってみたものの、中はお世辞にも綺麗とは言えないような酷いありさまだった。

色々な落書きがあり、乗る時に外側を見たが

外側も酷かった。なんの言葉か分からない文字や、何を描いてるのか分からない落書きが大量にあった。


「ねえイチヤ、イチヤはいつここに落ちてきたの?能力持ってるってことは元ライルーン出身だよね?」


電車にほとんど僕たちしか乗っていないからかシュウヤを挟んで左に座っているメリッサが、大きめの声で聞いてきた。


「わかんないです…落ちてきてからどれくらい経った後に声を掛けられたのか、気を失っていてわからないんです。」


「じゃあ数時間だな」


左隣に座っていたシュウヤが口を開いて話した。


「数時間…ですか?」


「ああ、ライルーンのやつらがワームに落ちると体が変化する。その変化は普通数時間で終わるから、その間気を失っていたのなら

俺たちがイチヤを見つけた数時間前に落ちてきたんだな。」


「へぇーそっか。じゃあアヤよりあとなんだね」


メリッサが相槌をするように言ったので聞き逃しかけた。


アヤ…?


「…アヤって誰です?」


「あ!そっかアヤのこと教えてなかった。」


メリッサが胸の前で手を合わせるように両手の触手を重ね、思い出したかのように言った。


「アヤはね、私たちの家族だよ。アヤが動けなくなってたとこをシュウヤが見つけて、私が拾ってきたんだよ。」


「家だと邪魔だけどな」


「だからって蹴るのはひどいと思うよねー

イチヤ、まだアヤ小さいのに」


「えっ、そのアヤって何歳なんですか?」


「15だったと思うよ」


「…あなた達は?」


「私が23、シュウヤが19だよ」


「俺からしてみりゃ15なんてガキだ」


「イチヤはいくつ?」


「僕は……16です…」


シュウヤが鼻で笑った気がした。でもそれもメリッサの笑いで吹き飛んだ


「アハハ!アヤと一つ違いなんだね!」


「着いたぞ」


いつのまにか目的の駅まで来たらしい。降りた駅から見えたのは赤く、暗い空の下にある大きな建物が立ち並ぶ街だった。車が走り、人もいる。だけどよく見ると建物も電車と同じく落書きや壊れたところが小さく見える。


「紹介しよう、ここが俺たちの住む街

”グレイダスト”、ワームじゃあ大きめの街だ。」


そこから少し歩いたところに大きめの2階建の建物があった。そこが事務所兼家らしい。


「ここが俺たちの事務所だ、1階が事務所、2階が家、ここで仕事を請け負って金を稼ぎながら生活してる。お前も頑張れよ、イチヤ」


「アヤ〜帰ってきたよ〜」


メリッサが猫撫で声でアヤを呼んでいた。

そういえばアヤがどんな子なのかは聞いていなかったな。身長も、性格も、髪の毛の色も知らない。


ゴト


2階のドアから聞こえてきた音は大きな物のような音だったが、聞いた初めはなんの音か分からなかった。無機物のそれではなかった。なんだかもっと有機的な、鈍い音


「あー!アヤ大丈夫!?」


「メリッサさん!大丈夫ですか!」


メリッサが大きな声を上げ、咄嗟にドアを開けた時に彼女が目に映った。アヤという子がいるのは教えられたから、見た瞬間に目の前にいる黒髪の子がアヤだとわかった。だけど自分の中で思っていたアヤのイメージと違いすぎて、体が動かなかった。


メリッサに抱かれていたアヤは手足がなかった。


両腕は二の腕の真ん中辺りからなく、両脚は太ももの真ん中から下がなかった。半袖とショートパンツを履き、腕をジタバタさせる様子はさながら赤ん坊のようだった。


言葉が出ない僕にシュウヤが


「それについて後で話すことがある。」


と言った。


♦︎


アヤとメリッサが寝た後にソファでシュウヤがアヤについて話してくれた。


「あれがアヤだ。アヤは拾った時から手足がない。」


「…」


「ここワームではライルーンから落ちてきたやつは半数が死に、もう半数は俺たちみたいに能力や体が変化して生き残る。これを俺たちワームの住人はワームに『認められる』と呼んでいる」


-ワームに認められて、再生能力でも貰ったのかな?-


“認められる”、出会った時にメリッサが言っていたことの意味がわかった。


「じゃあ、アヤにも何か能力が…」


「だけどこれには例外がある」


「例外…?」


「ワームに馴染まなかった、ここではワームに『拒否された』と呼んでいる。拒否された人間ができる原因は能力や体の変化に追いつかなかったところにある。変化に追いつかないと、能力の付与のために変化する部分が壊死する。」


「基本的には全身に変化が起こるから全身の細胞が壊死する。よくて臓器だ。俺の身体能力強化やお前の再生能力も全身変化のタイプだ。」


「……」


「だから腕とか脚だけに変化が起こるタイプの能力は、そこだけが腐り落ちて生き残る。重要な臓器は無事だからな。」


「俺が思うにアヤは手足の透明化とか硬質化みたいな能力だったんじゃないか?運の悪いガキだ。」


「…分かりました。説明してくれてありがとうございます…」


「ああ、そうだ」


シュウヤは自分の部屋に戻ろうとして立ち上がったが振り返り、ソファに座っている僕を見下ろして言った。


「メリッサはアヤのことを家族って言ってたのは覚えてるか?」


「は…はい、」


「あれは一緒に団らんしたりする家族って意味じゃなく、”は家族”って意味の家族だ。この意味がわかるな、そこを間違えるな。」


「…そうですか」


彼の言い方に少し腹が立ち、ほんの少し棘のある口調で言ったら、彼は勘づいたのか続けて言った。


「勘違いするなよ、俺の考え方じゃない。これはメリッサの考え方だ。」


彼が部屋に戻った後、僕は考えていた。

メリッサがアヤに僕が新しい仲間だと紹介しなかったことが気掛かりだった。忘れていたのかと思っていた。


けど違った

しなかったんじゃなく、必要なかったから。

もう家族には全員に話したから

必要なかったんだ。


自分の部屋のベッドにもぐっても

今日のあったことを考えていた


シュウヤの話、アヤと僕が一つ違いだと知り

大笑いしたメリッサ、シュウヤが話をすると言ったときにアヤを「彼女」でも「あの子」でもなく”それ”と言ったこと、最低限の服を着てメリッサに抱かれたアヤの姿が何度も何度も頭を駆け巡って離れなかった。

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