第2話 ケアは大切である


 うむ、この出来映え、冒険者共と二回戦った後とは思えぬ。紅が美しく乗っておるわ。


 この状態を、およそ二時間維持すれば、秘術の効果が表れてくる。この二時間、我輩にとって気の抜けぬ二時間なのだ。


 部下にでも見られようものなら、威厳を損なってしまうだろう。それだけは避けねばならぬ。魔王としての矜持、それ當に威厳である。


 この二時間が、無事に経過することは稀だ。側近のメイサキアには、冒険者の襲来と、やんごとなき事情の際には声を掛けるよう伝えてある。


 不思議なものでな、『若返り』タイムには冒険者共が現れ、何もしていない退屈な時には現れない。こればかりは謎よの。皆我輩のプライベートタイムを、待ってはくれぬのか。


 だがしかし、この姿見に映る我輩。秋月に照らされ、より神秘的な彩りを見せおる。やはり紅か。今宵は紅が特に上手くいったようで、映えておる。





 コンコン…


 はあ、やはり来おったか。


「まろんび様、お休みのところ申し訳ありません。門番が敗れ、冒険者共が魔王城に侵入致しました」


 冒険者共め、一日に三度みたびも現れよるとは。我輩の都合も考えて欲しいものだ。メイサキアにめいを下せば殺めてしまうだろう。


「メディチアに、"飛ばせ"と命じよ」


 メディチアは四天王の一人、風の化身でな。我輩と同じように、冒険者共を遠くへ飛ばすことが出来るのだ。


「まろんび様の仰せのままに」


 よし、これで一安心であろう。


〜その後は魔王の時間を邪魔する物事は無く、無事に二時間後を迎えた〜


 ピカーン…

〜魔王の顔が、眩い光を放つ〜


 ふぅ、若返りを感じるわ。クレンジングまで油断は出来ぬが、なんとか今日も一日を終えることが出来たな。


 我輩のルーチンとしては、この後入浴タイムである。そこでクレンジングを行うのだ。人間共は、薪に火を焚べて湯を沸かすようだが、我輩の場合は魔法で一瞬である。


 バシャーン…


「ふぅーっ」


 いつもこの瞬間は、吐息が漏れてしまう。なんと心地良いものよ。天女の抱擁の心地なり、か。


 クレンジングは大切である。


 以前、我輩が運営している"まろタウン"にお忍びで行った際、テナントの本屋で立ち読みしたのだ。クレンジングをしっかりしなければ、その後のケアも無駄になるようだ。


 ふぅ、体の芯まで温々である。身も温まり、毛穴も開く。最初にこれを考えた者は、表彰ものよ。…よし、ではそろそろ頭と体を洗うとするか。


 ゴシゴシ…

 シャー…


 冒険者共の返り血も、綺麗サッパリである。


「今日もありがとうございました」


 我輩は、クレンジングの直前に、必ずこの言葉を言うようにしておる。秘術『若返り』に敬意を払っておるのだ。我輩が敬語を使うのは、この時だけである。


 シャー…


 よし、完全に落とせたな。この後は化粧水、美容液、乳液の順にお肌に浸透させていくのだ。言うてみれば、ここまでが秘術『若返り』である。途中の何が抜けても、我輩として納得出来ぬ体になっておる。


〜魔王は、裏切りの側近ギリチェスツの手により、『超老化』の呪いを受け、毎日このように、秘術『若返り』を行わなければならなかった。そして夜が明けた〜





「魔王まろんび様の、御成ーりー」


「皆の者、面を上げい。順に、端的に申せ」


 この魔王城"ディバ・ラストリー"では、毎朝"朝の儀"という物を行っておる。簡単に言えば、各部門長の報告会である。


 あくまで"朝の儀"は報告にとどめ、端的にサッと短い時間で終える。毎朝あるので、形式ばった時間が長いと、中々にしんどいのだ。当然だが、部下が熱くなって長引いたとしても、早く終わらんかなーといった素振りは見せた事などない。


「人事部門、このところ冒険者が活発な動きを見せているため、魔界より低級魔族40体の補充を行います」


「総務部門、特にはございません」


「企画部門、対冒険者用遠距離狙撃砲の企画をお持ち致しました。後ほどお目通し願います」


「経理部門、特にはございません」


「営繕部門、冒険者による城内壁補修の資料をお持ち致しやした。後ほどお目通し願いやす」


「営業部門、特にはございません」


「防衛部門、特にはございません」


 ふぅ、今日は三人か。未だかつて、全員が「特に何もなし」と言った試しは無い。毎日誰かが、何かしら報告や書類を持って来おる。


 この者たちは"魔星七将ませいしちしょう"と言ってな、各部門を任せている優秀たる者たちである。我輩が生み出した生粋のファミリーだ。


 紹介しよう。

 人事部門長"分別の化身ミルミル・ヘウィ"

 総務部門長"寛容の化身ビルバノフ"

 企画部門長"勤勉の化身カミエレン"

 経理部門長"節制の化身マンエンゲルグ" 

 営業部門長"忠義の化身ロートゥーレ"

 営繕部門長"純潔の化身セラステ"

 防衛部門長"慈愛の化身ラヴィオルテン"


 仔細については、おいおい紹介させてもらおう。皆、個性豊かで可愛げがありおる。


 ちなみに、魔星七星ませいしちせいという名称は、我輩が考えた。ふっ、耳をくすぐりよる。聞こえが中々に威厳があろう。

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