復讐する者

ゆうや

復讐者

  遠くから聞こえてくる電子音。断続的に聞こえるその音に、目を覚ます。

「……ん、ここは」

 目を開けるとまぶしい光が飛び込んでくる。体は鉛のように動かない。眩しさに慣れてきたこともあり目をうごかす。

 動かしていた視線は、緑の服にマスクをつけた男性と合う。目を覚ましたことに気が付いたのか男性は、顔を近づけ言った。

「君、生きたいかい? 家族を奪ったものに復讐したいかい?」

 緑の男の問いを理解するのに数十秒。自分の身に何が起こったのかを思い出すように、頭に流れてくる。

家族が撃たれる光景。たったそれだけ。答えるまで時間が空いたことに、緑の服の男が再度尋ねてくる。

「復讐したいかい? すべてを奪ったものに」

 男の問いに、頷いたのかわからない。意識は再び暗転した。


◆     ◇     ◇


夜の帳が下りた街。街の中心にある大通りは街灯や飲食店などの電飾に照らされ、昼間のように明るく輝いている。


 人の熱気が冷め止まぬ大通りとは対照的な路地。遠くから聞こえてくる町の賑やかさが嘘かのように静かな細い路地。建物同士が背中合わせになっており、どこからかこぼれてきた光しか届かない。

 薄暗く人の寄り付かない路地には向き合った二つの人影があった。片方は座り込み、もう片方は座り込んでいる男を見下すように立っている。

 座り込んでいる男の額には、どこからか漏れた光に反射した汗。両者の間には、座り込んでいる男の持ち物であろう物が散乱していた。

 震えた双眸に映っているのは、二十歳ぐらいの青年。突き刺すような彼の視線に、地面に手をつけ怯えている男。男は目の前に立つ青年に対し、必死に訴えていた。

「お、お願いだ。命だけは、命だけは助けてくれ。何でもするから」

 男の訴えを無視するように、青年は着ている上着の中へ手を入れる。上着の中から出てきたのは、真っ黒の拳銃。青年は、無言で銃口を怯えきった男の頭に向けた。

 男は手に力を入れ立ち上がろうとする。だが、腰が抜けたのかいっこうに地面から離れない。同時に「やめてくれ」と涙声を口から漏らしていた。命乞いをする男に向かって、安全装置を外した青年は、引き金を引いた。乾いた小さな音が路地に響く。男は額を撃ち抜かれ、表情が固まったまま地面に倒れた。

 青年は拳銃を上着の中にあるホルスターにしまい、ポケットに入れていたスマホを取り出す。電源を入れ、電話のアイコンを押す。数回画面をタップし耳元にあてた。

「こちらヤト。ターゲット排除完了。後は頼む」

『おっけー。お疲れ。後始末はこっちでするから先に戻っておいていいよ』

 通話を切り、元の場所にスマホをしまう。目の前で絶命している男や散乱している荷物を、道端に落ちている木の葉のように目もくれずに、体を正反対に向ける。

 通話でのやり取りの通り、仰向けになった死体をそのままにして、賑やかさが伝わってくる大通りの方角へと歩いて行った。


◆     ◇     ◇


 都会でもなく田舎でもない静かな町。その町にある駅から歩いて二十分の所にある年季のある雑居ビル。クリニックや会計事務所、建築会社が入っているビルの二階。文字は掠れており、空き家を思わせる雰囲気が漂っている。

 そんな怪しい雰囲気が漂う部屋の前に立つ、黒ジャケット姿の青年。青年は家に帰って来たかのようにドアノブを回した。

 玄関があり、奥へと続く廊下。ドアが開いた音が置くまで届いたのか、奥から二人の少年少女の姿をした二人が駆けてきた。

「「お帰り、ヤト!」」

 重なる元気な声に、ヤトは表情を柔らかくし返事をする。

「ただいま、クロ、シロ」

 言葉を返した途端、肩までの黒髪を揺らしながらクロが目を輝かせながら詰め寄る。

「今日の相手はどうだった?」

 黒と赤のフリルのついた服を着た少女クロの質問に、ヤトは残念そうに答えた。

「いつも通り、何ともなかったよ。ただの醜い奴だったよ」

 ヤトの答えに、クロはつまらなさそうに相槌を返す。

「クロ! ヤト兄は疲れているかもしれないんだから、休ましてあげなよ」

 クロの後ろにいた白と青のワンピース着た少年。肩までの長さの白髪が特徴的なシロから注意が飛ぶ。真面目なシロの言葉にクロは「え~」と悪態をつきながらも引き下がる。そのまま、奥の方へと消えていった。

 玄関に残ったシロに優しい声で尋ねる。

「そういえば、シロ。今日はあれで終わりなのか?」

 考える素振りを見せずに、首を縦に振り答える。

「うん。今日は終わりだよ。……ありがとう」

「構わないよ。……あれぐらい。なんてことないし」

 視線をシロから逸らし、靴を脱ぐ。そして、玄関の近くにある部屋へと入っていった。

 どこか元気のなさそうなヤトを心配そうに眺めていたシロ。ヤトが玄関近くの浴室に消えたのを確認すると、彼を元気つけるため晩御飯を作りに、クロが消えていった奥の方へと消えていった。


◆     ◇     ◇


 辺り一面に拡がる瓦礫の山。瓦礫からは焦げたにおいが漂っており、瓦礫の隙間からは黒い煙が上がっている。

 戦争でもあったかのような光景に煤汚れた少年が一人。おぼつかない足取りで、歩いていた。瓦礫の少ない道のようなところを少年は歩いている。少年が歩く道の両脇に積み上がった瓦礫から建物があったことがよくわかる。かつては栄えていた街だったのだろう。

 焼け野原を歩いていた少年は、一際高く積みあがっている瓦礫の手前で立ち止まる。マンションが崩壊したのか鉄骨が剥き出しになっている。その瓦礫の傍には、血だらけで倒れる二人の幼子。その周りには、無数の見知った顔の人が倒れていた。両親、二人の兄弟、友人たちの姿。

 少年は、両親の元へと慌てて駆け寄っていく。倒れている両親の肩を揺するが、すでに事切れていたようで、息を吹き返す気配はない。兄弟や友人も同様に指一本も動かなかった。

 身近な人との別れに、状況を受け入れられない少年は、地面に横たわる彼らの傍に膝をつく。目からは涙が溢れていた。

 どうしようもない状況に泣き喚く少年の耳を襲った爆音。鼓膜を激しく震わせた。泣いていた少年は突然のことに、動きを止め音の方へと振り向く。

 音の正体は、瓦礫を潰しながら進む、大きな砲塔を備えた戦車。戦車の周りには、四人ほど銃を構えた兵士が歩いていた。戦車と兵士は、少年に目を向けることなくどこかへ進んでいく。それを皮切りに、同じような集団が続々といつの間にか辺りを覆っていた煙から歩いてくる。彼らに助けを求めるが聞く耳を持たない。少年を助けようとする者はおらず、銃口を向け脅すような者もいた。

 戦車と兵士たちが立ち去り、一人、焼け野原となった場所に残された少年。孤独と損失からか少年は空に向いて再び泣き出す。吠えるように泣く少年の姿を、背後から眺める一人の青年。青年はため息をこぼし、首を横に振る。

「またか……」

 青年が呟くと同時に、視界は歪む。哭いていた少年は消え、風景もねじられているように歪んでいった。

 目を開ける。その目に映っていたのは見知った天井。固いマットレスの上で横になっていた青年ヤトは、掛け布団を直すため体を起こす。足元には、幼げな二人の寝顔があった。二人の顔を見て微笑むヤト。そして彼はそのまま横になり、再び夢の世界へと入っていった。

 

◆     ◇     ◇


 朝陽が昇り段々と気温が上がっていく。暑さもおさまり、大通りにある街路樹は色づき始めていた。

 とある雑居ビルの一室。制服に着替え身支度をしている二人の姿があった。中学二年生になったクロとシロ。二人は起きてから素早く着替えを済ませ、あっという間に朝食を終える。ひと息つく暇もなく、台所で二人の洗い物をしているヤトへと「いってきます!」と元気よく言って、登校していった。

 朝から二人のご飯を作ってそれを片付ける。洗濯物を干し、掃除をする。家事全般を片付けたヤトは自分の用意を始める。大学に通う彼は、オシャレより身軽さを重視した黒っぽい服装に着替える。時間を確認した彼は、慌てる様子はなく、筆記用具や教材なんかを詰めた四角のリュックを背負い、ドアを開ける。ドアの鍵をかけ、湿っぽい空気を感じながら大学へと向かった。

 電車に揺られて四十分。大学の最寄駅に着いたヤトは、歩いて十分ほどある目的地へ行くため駅から外へ出た。駅の前にある信号を待っていると、ズボンのポケットにしまっているスマホが振動する。通知に気づいた彼は、すぐにポケットからスマホを取り出し、画面を確認した。

 画面には『今電話できるか?』というメッセージの通知が一件来ていた。通知の内容に、すぐにスマホを閉じ、小さく辺りを見回す。駅から少し離れたところに高速道路が通っている。高架下には誰もおらず、あたりに通行する人もほとんどいない。目をつけた彼は早足でその高架下へと移動した。

 影になっている高架下。駅の広場から見えないように、柱に隠れスマホを取り出す。メッセージの差し出し人のアイコンをタップして、耳に近づけた。一般的な発信音が鳴るとすぐに相手が出る。軽やかな男性の声がした。

『おはよう、ヤトくん。今外かな?』

 男性の声にヤトは「ああ」と短く答えた。

『じゃあ、手短に伝えよう。今夜、また依頼したいことがあってね。君の狙っている人かもしれないんだ。くれぐれも情報を待っておいて欲しい。場所や時間は確定次第、連絡するよ。いいかい?』

 電話越しの言葉に、ヤトは目を開いて固まっていた。

『ヤトくん?』

 男性の呼びかけに、ヤトは我にかえる。

「――すみません。詳細はいつもの通り、シロヘお願いします」

『わかった。では、また』

 途切れる音がすると、ヤトは直ぐにスマホをしまう。そして、柱にもたれたまま深呼吸をした。

 気持ちが昂っているのか、静かな高架下で自分の鼓動がよく聞こえる。口角も上がっているかもしれない。ヤトがずっと追っている獲物を捉えれるかもしれない機会が巡ってきたからだ。逸る気持ちを抑えるため、再び深呼吸をする。リュックから小さい水筒を取りだし、飲み物を流し込んだ。

 気持ちを落ち着かせたヤトは、時間を確認する。リュックを背負い直し、大学へと歩を進めた。

 

 煉瓦造りの建物がほとんどのキャンパスに入り、授業のある建物へと向かう。大人数の授業の為、オペラ劇場のような構造をした教室へと入る。黒板から一番遠い席へ荷物を置き、その隣へ座る。

 座り心地が決していいとは言えない木の椅子。クッションも何も無いその椅子に座ること数分でキャンパス全体に聞こえるように、電子チャイムが鳴る。チャイムと同時に初老の男性が大きなタブレットをもって入ってきた。慣れた手つきで初老の講師は、タブレットの画面を黒板改めて、スクリーンに映し出す。準備が整ったのか、教卓にあるマイクから授業概要の説明が始まった。

 授業が始まり数十分。延々と話し続けている講師に対して、学生の半分は下を向いたり、舟を漕いでいたりしていた。ヤトもそのうちの一人。机にノートを広げ、右手に持ったボールペンでスクリーンに書いていることをまとめてはいるが、その文字も形を失ってきている。

 寝不足が続いている原因は、昨晩のような暗殺依頼がここ数日立て続けになっているからだ。若いとはいえ、大学に通いながら三人分の家事をして、暗殺を繰り返していれば誰だって、眠くなるだろう。

 延々と一人で話していた初老の講義も終わりに近づいてきたようで、今は講義内容をまとめる時間へと移っていた。学生は各々のスマホで講義内容をまとめて提出する形式となっており終わった者から解散となっていた。一人また一人と席を立つ中、ヤトは睡魔と戦いながら受けた講義の内容をまとめ、提出した。

 次の教室に移動するため立ち上がろうとした時、ポケットにしまっていたスマホが小刻みに振動する。朝の話もあり、咄嗟に机の下にスマホを隠しながら通知の内容に目を通す。内容を確認したヤトは、急いでリュックを背負い教室を出た。

 

 教室を出て建物の影へと移動する。直ぐに通知の送り主へ電話をかけた。画面に表示されているのは、青い背景に白猫のアイコン。通知の相手はシロだった。話の内容は、朝の電話でおおよそは予想出来ていた。

 数回コールが鳴ると、シロの声がする。

『ごめんね、ヤト兄。学校中に』

「いや、それはお互い様だろ。それであの人からはなんて?」

 急くようにヤトは電話の内容を訊ねる。シロもすぐに話したかったのだろう、すぐに答えた。

『あの人からの依頼だよ。難易度はいつもより高いから、三人であたって欲しいって。それにターゲットはヤト兄が追っているあの人だよ!』

「――本当か!」

『うん!』

 通話越しだが、シロがうなづいてるのが伝わってくる。

『依頼の詳細は送ったから確認しておいて。時間はまだ先だけど早退したらいいかな?」

「いや、二人は家から近いから早退はしなくていいよ。しっかり授業を受けて来て」

 少し不服そうな声でシロは返事をする。

『わかった。じゃあ、またね』

「ああ、頑張れ」

 通話を終え、メールを開く。そこには二つのファイルが届いていた。一つ目は、依頼内容をまとめたもの。ターゲットの特徴や暗殺に好ましい場所、時間などが書かれている。二つ目は、ターゲットの全体写真。写真を出しながら、ターゲットの詳細を確認する。

 写真に映っていたのは、灰色の軍服に多くの勲章を着けた男。黒っぽいベレー帽を被っており、白髪混じりの髪がはみ出している。体つきもよく、写真越しでも軍人として風格が顕に感じとれる。

 この男は、かつてヤトの住んでいた町を焼け野原にし家族、友人を奪った事件を指揮した者。ヤトとって仇以外何者でもなかった。

 写真を目に焼き付け、スマホを閉じる。次の授業を欠席するため、次の講師へメールを送る。その処理をすぐに終わらしたヤトは依頼の準備をするためキャンパスを後にした。

 

◆     ◇     ◇

 

 ヤトがまだ幼く小学生に上った頃。平日は学校に行ったり、友達と遊んだり。休日には両親や兄弟と一緒に出かけたりと平和な日々を暮らしていた。

 そんなある日。突如、住んでいた町で大きな爆発が起きた。それを皮切りに至る所で爆発が起き、数時間で町は火の海となった。当然、ヤトが住んでいた家も被害に遭い両親、兄弟は死亡。学校の友達も皆、帰らない人となった。一人取り残されたヤトは孤児として拾われ育てられることとなった。自分の居場所を尽く失っていた彼はショックのあまり、友達も出来ずにいた。孤児院では、本を読んだりテレビを観る毎日を過ごしていた。

 事件から一年が経ったある日、テレビでは、ヤトが被害にあった事件の内容を伝えていた。爆発の原因は、国内の軍隊の一部が行った暴走。他国と内通し、新兵器の開発をしているという機関を破壊するという狂った正義感から起こったと正式な発表が放送されていた。それからは、頭を下げる偉い人達の映像が流れ続けていた。それと同時に、事件の首謀者らは逃亡中とも。

 幼いということもあり、理解が出来ていなかったヤトだったが、毎日のように繰り返し報道されていることに幼いヤトも事件の内容が染み付いていった。事件の理解と同時に、首謀者達が生きていることに、煮えくり返るような感情が芽生えた。

 それが全ての始まり。ヤトにとって生きる意味を見いだした大切な出来事となったのだった。

 

◆     ◇     ◇


 橙色へと移り変わろうとする頃合いだが、薄暗い。太陽は隠れ、黒い雲が空を覆っていた。

 学校が終わり、駆け足で帰路に着いていた二人の少年少女。傍から見れば、仲良さそうに話しながら帰る兄妹のように映っていた。

「遅いよ。シロ」

 駆け足で先を進むクロは、後ろについてくるシロへ振り向き立ち止まる。彼女が急かすようにシロへと手招きする。クロへと追いついたシロは文句を言う。

「クロ、急ぎすぎたら危ないよ」

「大丈夫だよ。ゆっくりしてたら置いていっちゃうよ」

 心配性なシロへ言葉をかけると、クロは体の向きを元に戻し、帰り道を急ぐ。

 走り出したクロに「もう」と声を漏らす。先を走る彼女の背中を追うように、シロも先程より速度を上げた。

 

 混み合う一階のクリニックの入口横にある外階段。学生服を着た二人の男女が階段を駆け上がる。大学に行っているヤトの方が帰りが遅いため、普段は鍵がかかっている二階のドア。夜の依頼のこともあり、先に帰ってるかもしれないと思いクロはドアノブを回す。思った通り、ドアノブは回り、鍵が空いていた。シロと顔を見合せ、二人は塗装が剥がれかけているドアを開けた。

「「ただいまー」」

 元気な声で帰ってきたことを知らせる二人。その声に奥から黒のジャケットを羽織ったヤトが顔を出した。

 玄関で靴を脱ぎ二人は、奥にある部屋。リビングへと進む。

 急いで帰ってきたのが丸わかりなクロとシロの姿に、ヤトは「おかえり」と優しく声をかけた。

 上は黒のジャケットに黒のシャツ。下は黒のパンツに黒靴下。全身黒ずくめの姿に、シロは言った。

「ヤト兄、もう帰ってきてたの?」

 シロの問いに、頷く。

「ああ。さすがに居ても立っても居れなくてね。早めに帰ってきた」、

 ヤトが応えると、クロは笑いながら言った。

「せっかちさんだね、ヤトは。しっかり着替えてるじゃない」

 クロの言葉に、恥ずかしげに答える。

「仕方ないだろう。追いかけていた標的だからな。そういうクロも早くしないと、このせっかちさんが置いていくぞ」

 仕返しといわんばかりのヤトの言葉に、クロは自分の姿を見る。学校から帰ってきてそのままの姿に二人は「着替えてくる」と言ってそれぞれの部屋へと向かった。

 

 数分が経ち、ほぼ同時にリビングに現れた二人。

 クロは、昨日と似た黒と赤が目立つフリルのついたワンピース姿。シロは、黒の襟付きシャツに黒の短パン。その上から白を基調とした上着を羽織っている。両者、パーティーにでも行くかのような服装には不似合いなギターケースを背負っていた。

 用意を終えた二人は、リビングにある椅子へ腰掛ける。ヤトは二人の間になるような位置で机の横にたっている。椅子に座ったクロは無言で何かを訴えるかのように、ヤトへと視線を向ける。無言の訴えに、ヤトは思考を巡らせる。着替えてきたばかりともあり、ヤトはひとつの考えにたどり着いた。

「よく似合っているぞクロ」

 待ってましたと言わんばかりの言葉に、クロは目を輝かせ嬉しそうに礼を言った。

「ありがとう!」

 ヤトに褒められ喜んでいるクロに、心の中で溜息をつくシロは、ヤトへと小声で声をかけた。

「ブリーフィング始めましょう。クロはおいていていいですから」

「わかった」

 小声でのやり取りを気にすることなく、自分の世界に入っているクロ。夜に向けてのブリーフィングを始めるため、ヤトは軽く咳払いをする。

 咳払いによって、クロは我に返る。二人の間に立つヤトは、左右に座る二人の様子を確認し説明に入った。

 説明の内容は、もちろん今晩の依頼のことだ。ヤトは目の前の机に地図を拡げる。ヤト達が暮らす雑居ビルが米粒のように見える広域の地図。今いる場所に青い印を置き、遠く離れた地点にも赤い印を置く。赤い印が置かれたところは閉鎖されている元工場。赤い印にほど近いところへ今度は黄色の印を置いた。計三箇所に印を置いたヤトは地図の上に写真を置いて話し始める。

「まず、夜のターゲットはここの赤い印。今は使われて工場だ。工場からほど近い黄色は合流地点。この合流地点は情報屋が用意してくれてるようだ。情報屋曰く、取り巻きは数十人規模の者で手練だそうだ。ターゲットは、工場の奥で何かの取引を行う予定だから、取引終了次第、仕留めよう。取り巻きの相手は、クロ、シロ二人にお願いしたい」

 視線を地図から二人へ向ける。クロは嬉々とした表情を浮かべ頷き、シロは勿論とばかりに深く頷いた。二人、それぞれの反応を見て、ヤトは話を続けた。

「二人が取り巻きを相手している間に、ターゲットを仕留める。そっちも片付け次第、黄色の地点で合流しよう。襲撃のタイミングは現場に着き次第指示を出すよ」

「わかった!」

「わかりました」

 ヤトの説明が終わると、クロとシロが返事をする。

「よし、では準備して行こうか」

 ヤトが地図をスマホで写真に撮り、クロとシロのスマホへ送る。送信を確認し、ヤトが地図を片付け始めた。

「ヤト兄、大丈夫? 今日の相手って……」

 ヤトが追い続けてきた相手ともあり、メンタル面で心配になっていたシロは顔を覗き込む。心配するシロの声に、ヤトは落ち着いた声で応える。

「大丈夫だよ、シロ。ありがとう。……クロ、後ろから何をするつもりかな?」

 ヤト背後で、動きを止めたクロ。地図を片付けている隙に背後へと移動したようだ。足音を消しながら、ゆっくりとヤトの横へと移動する。

「えーと、あれだよ。あれ。そう、あれだよ」 

 ぎこちない笑みを浮かべ、ヤトの言葉に応える。彼女なりに気負いしすぎているヤトの緊張をほぐそうとしていたのだろう。

 考えを見抜かれたと思ったのか、クロは話題を変えようと目を泳がせている。そんな彼女へとヤトは言葉をかけた。

「ありがとう、クロ。三人でやればきっと大丈夫だ」

 ヤトの言葉に、クロは照れたようにほんのりと頬を紅らめた。

 追いかけていたターゲットの尻尾を掴み、巡り巡ってきた機会。重要な機会なだけにヤトは自分の中でプレッシャーを感じていた。そんなプレッシャーを和らげるためのクロ、シロの二人の行動に、ヤトは気持ちを入れ替える。

 すぐに机の上を片付け、三人それぞれの荷物を手に取る。黒で統一されたヤトに、着飾ったクロとシロ。ヤトはビジネスバッグを手に持ち、クロとシロは身の丈ほどあるギターケースを軽々と持っている。

 用意を整えた三人は、揃ってビルを出る。先程まであった雨雲は消え、空は鮮やかな橙色になっていた。

 

 ビルの前を通る道路。夕方ともなり、交通量は多い。ビルの前にある路側帯には、灰色の乗用車が一台停まっている。スモーク加工をした窓ガラスの車の横を通り過ぎようとしたヤトへと声が掛かる。

「おにーさん、どちらまで?」

 ヤトとともに歩いていたクロ、シロも足を止める。声の方へヤトは振り向いた。停まっている車の窓が空いている。その中から発された声に、聞き覚えのあったヤトは車の方へ近寄った。

 窓を覗き込み、声をかけた者の姿を視界に捉えた。車内には一人。運転席に座っているヤトより年上の青年。白のキャスケット帽を被った好青年といった見た目。

「やあ、ヤトくん。乗っていくかい?」

 再度かけられた声にヤトは、運転席に座る青年の正体に気づいた。

「あなたは」

 続きを喋る前に、運転席の青年が口元に指を立てる。青年の動作にヤトは口を噤んだ。

「ヤトくん、そこから先は静かにね。さて仕事に行くんだろう。送るよ」

 ヤトの意思を無視して、青年は運転席にあるボタンを押し、後部座席のドアを開けた。

 離れたところでヤトの様子を見ていたクロとシロへ手招きをする。ヤトからの手招きに、二人はお互い顔を見合せ首を傾げる。そして、直ぐに車の方へと向かった。

 ヤト、クロ、シロの順で車に乗り込む。三人が乗り込んだのを確認した運転手は後部座席を閉めた。

「やあ、シロくん。こうして会うのは久しぶりだね。お隣のクロさんは初めてかな」

 運転席に座る青年は、乗り込んできたクロとシロへ声をかける。青年の声にシロは驚きの声を漏らした。

「その声、情報屋さん!」

 シロの言葉に隣に座るクロも驚いたような反応を見せる。

「あら、あなたが」

「ええ、私はシロくんの言う情報屋、ユウヒと言います。以後お見知り置きを」

 クロとシロへ挨拶を済ませると、運転席の青年ユウヒがアクセルを踏んだ。

 走り出した車の中、ヤトは運転するユウヒへ、迎えに来た訳を訊ねる。

「ユウヒさん、どうして今回は?」

「たまには君たちの働きも見てみたいからね。それに今日の相手は大物だ、それ相応の用意もあってね。その回収もしないと」

 ユウヒの回答に、ヤトは首を傾げた。

「用意? それに回収ってのは?」

 疑問の声にユウヒは前を見ながら首を横に振る。

「ごめんね、それは答えられない。君たちは依頼に集中して欲しい。まあ、言わなくても集中するだろうけどね」

「……ええ」

 ユウヒの応えにヤトは消えるような声で頷いた。

 

 車で走ること三十分程度。町中だった風景は、車通りの少ない倉庫街へと変わった。近くにある港から離れたところに位置する錆の目立つ倉庫街。港から離れたところに位置するため、不便という理由から移転を余儀なくされ港近くに新設されている。そのため、現在はほとんど使われておらず廃墟とかしていた。

 白い街灯に照らされた倉庫街の入口付近にある綺麗なガレージ。塗装も塗り直されたのか周りのものに比べたら白く錆もない。そのガレージの前に灰色の乗用車が停車する。直ぐにシャッターが開き、車は中へと入って行った。

 ガレージの中に停車すると、シャッターは閉まる。シャッターは地面に隙間がないように降ろされ、窓もない。外に灯りが漏れないような造りになっている。ヤト達を乗せた車がガレージへ駐車すると、室内に明かりが点いた。

 ヤトはスマホを取りだし位置情報を確認する。今いる場所は自宅で地図に記した黄色の地点。すなわち、集合場所となるところだった。全員車から降りるとユウヒが車の鍵を閉める。鍵を閉めたユウヒは、ガレージ奥に置かれているパソコンや電子機器の方へと移動する。車を降り、仕事の準備をするヤトやクロ、シロにもついてくるように指示を出した。

 ガレージの奥にあるパソコンに電源をつけ、ユウヒはヤトたちに依頼内容の再度共有を始めた。

「すでに伝えたが、今回はヤトくん、君が追い求めていた者、革命派のリーダーの殺害をお願いしたい。殺す手段はとはないが、現在彼らが行っている取引の相手は殺さないでほしい。ここまではいいかい?」

 ユウヒの言葉に、ヤトたち三人は静かに頷く。

 パソコンの電源が付き、画面の方を見ながらユウヒは言葉を続けた。

「取り巻きは手練れだが、武装はハンドガン程度。ライフル系は、いないみたいだ」

 パソコンに映し出されているのは、現場となっている取引現場だろうか。黒スーツの集団と深緑の軍服の集団が話をしている。

鮮明とはいいがたいが、画面の中央で机に座り話をしているのが目的の人物であることは間違いない。パソコンに映し出されている監視カメラの映像を観ながら、シロはユウヒに訊ねた。

「このカメラって情報屋さんが?」

 マウスを操作し画面を切り替えているユウヒはがみつめ画面を見たまま応えた。

「ええ。倉庫街は私の庭ですよ。さて、取り巻きは……。事前の情報通り数の増減はないみたいですね」

 画面に映っている四つほどの画面。そこには、周囲を警戒するために辺りを見回している取り巻き達。

 対象の姿を画面越しに確認したユウヒは、立ち上がり机の引き出しから通信機器を取り出す。黒い小型の無線機をヤト、クロ、シロの三人に渡す。

「君たちが持っている物より高性能だと思うよ。ぜひ使ってみてくれ」

 差し出された無線機を受け取り、三人はそれぞれ服に身に着ける。

 ヤトは襟元近くにつける。無線機に着いた電源を入れた。クロとシロも同じように電源を入れる。

 お互いテストをして、使えるかどうか確かめる。音質に問題ないことを確かめたヤトは、パソコンを見つめているユウヒに礼を言った。

「ありがとうございます。ユウヒさん」

「なに、そこまで重要だということですよ。おや、取引が終わったみたいです。お願いしますね、お三方」

 カメラの映像には、椅子に座り取引していた二人が握手を交わしていた。そのことを三人へ告げる。

 ユウヒからの言葉に、三人はそれぞれ頷く。

「わかりました。では」

 パソコンが置いてある机からほど近きドアを開け外に出る。

「行ってきますね」

「ありがとうございました」

 ヤトに続くように、クロ、シロも外へと出ていった。

 手を振り見送ったユウヒは、椅子に座り直す。キーボードを弾き、全てのカメラの映像を映し出す。それを見ながら、彼は自身のスマホを取り出し、耳に当てた。

「もしもし、私です。いまから――」


◆     ◇     ◇


錆びて朽ちている大きな倉庫。天井には数か所、穴が開き、月明かりが射しこんでいる。周りの倉庫とは大した違いはないが、隙間からは電灯の明かりが漏れ出ている。

ヤトたちの標的である革命派の者たちがいる倉庫なのだろう。隣の倉庫で様子をうかがっていたヤトは、ギターケースを下ろし中のモノを出しているクロとシロへ言った。

「クロ、シロ。二人は正面から派手に暴れてくれないか? 俺は裏口から奴を仕留めてくる」

 身の丈以上あるギターケースから折りたたんだ無骨な鎌を取り出したクロは目を輝かせて承諾する。大型の鎚を組み立てていたシロも快諾する。二人はそれぞれ、自身の身長ほどある鎌、鎚を手にし、準備できたと視線で訴えてきていた。

 二人の視線に、ヤトは深呼吸し無線機の電源を入れる。ヤトが無線機の電源を入れた動作を見てクロとシロも無線機に電源を入れた。

「二人とも作戦は、さっきの通りだ。何かあればすぐに無線で知らせてくれ」

「わかった!」「わかりました」

 二人の返事に、ヤトは頷く。

「よし、では作戦開始!」

 ヤトの号令に、クロとシロは身ほどの大きさのある得物を軽々と持って身を隠していた倉庫を飛び出した。


 黒のドレスに大鎌を持った少女が疾走する。薄暗い倉庫街に不釣り合いなドレス姿の少女。その手には大鎌がしっかりと握られている。

 場違いな少女の姿に、倉庫を警備していた男たちは目を奪われていた。だが、それも一瞬。倉庫の外に立っていた男の一人が血しぶきを上げながら倒れる。一人倒れると、近くにいた男も時間差で、直立したまま体から血を吹き出した。

 赤い雨に打たれないように前に出る少女。入り口で警護を任された男たちは起きたことが理解できない戸惑いと仲間が殺されたことの恐怖が入り混じった表情を浮かべている。突然のことに、男たちは動けずにいると大鎌を手にした少女が得物を地面に引きずりながら訊ねた。

「ねえ、おじさんたち強いんでしょ。はやく私を楽しませてよ」

 無邪気な笑顔で男たちに向けた言葉。少女の言葉に、何事かと駆け付けてきた男たち。彼らは。少女の背後に転がる仲間の死体に、目を見張った。

 一向に手を出してこない男たちにしびれを切らしたのか、少女は小さくぽつりと言葉を漏らす。

「はあ……。楽しくない」

 男たちには届かない声量で呟き、ため息をつく。顔を上げ、地面を蹴った。

 少女の近くにいた男の体には、右斜めに切り傷が入る。鮮やかできれいな傷口から血が吹き出した。少女は、噴水のように血を吹き出す男が地面に倒れると、次々と周りにいる男たちも斬り裂いていく。突如起こった出来事に、男たちは呆然としていた。仲間たちが次々と倒れていく姿に、反撃に出る。

 倉庫の中にいた者たちも入り口付近に駆け付けた。彼らは、腰のあたりから銃を取り出している。男たちは、半円状に少女を囲み、ハンドガンを構えていた。

 少女は振り回していた鎌を止め、銃を構える男たちに視線を投げる。素早い連携に驚かされた少女は、わざとらしく声を上げた。

「しまったー。囲まれちゃったー。どーしよー」

 鎌を下ろし、大きな声で嘆く少女。わざとらしい少女の声だが、男たちは、気にせず一歩一歩近づいていく。囲っている列の中心にいる男は、少女に対して声を荒げていた。リーダーの役割を担っているのだろう。

「武器を捨てろ!」

 倍ある背丈の男から発せられた声に動じることない少女。むしろ馬鹿にするように笑いをこらえている。少女の態度に男は再び声を荒げる。

「おい! 殺されたいのか、き――」

 今にも銃の引き金を引きそうに憤る男の声が途絶える。肉が潰れるような音にかき消されのだった。

 男が立っていた場所には大型の鎚を持った少年が立っていた。手にしている得物からは赤い液体がしたたり落ちている。真正面に立つ少女の傍には、先ほどまで恐喝していた男が転がっていた。あり得ない方向に体を折り曲げて。

「もー、シロ。危ないよ」

 少女の言葉に大鎚を持ったシロは謝りながら応える。

「ごめん、クロ。ちょっと力入りすぎてしまって」

 緊張感のない二人に、周りの男たちは一斉に銃を向ける。まとめ役のいなくなった男たちは統率がとれておらず、銃を向けた先もバラバラだった。

 囲んでいた男たちの様子を目だけ動かし観察する。

「クロ。やりましょうか」

「ええ。シロ、一人も逃がさないでね」

 二人は頷きあい、動き出す。

 動き出した少年少女に、混乱した男たちはそれぞれ引き金を引いた。

 身の丈以上の得物を振り回し、銃弾を避ける二人。鎚の重みを利用して振り回すシロに、踊るように鎌を振り回すクロ。人間離れした動きに、男たちは次々に倒れていく。

 あっという間に殲滅した二人は背中合わせに座っていた。肉塊となった男たちの屍に腰を下ろしている二人は、得物を肩にもたれかかせている。

「手練れって聞いていたのに、呆気なかったね。シロ」

「うん。すぐ終わったね。クロ」

 二人ともため息をつき、肩を落としている。

「……ヤトは大丈夫かな」

「大丈夫だよ、ヤト兄は。ここで待っていよう」

 背中越しにクロが頷いたことを感じたシロ。ヤトを気遣ってかクロは動こうとはしなかった。


 壁や床が赤く染まった倉庫の入り口。積み重なった肉塊の中央で背中越しに座る二人の少年少女。返り血で赤く染まった二人の様子に、カメラ越しで観ていた青年の口からは乾いた笑い声が漏れていた。



 倉庫の正面入り口から聞こえてくる悲鳴と怒号。突然の侵入者に最奥で座っている革命派のリーダー。侵入者の対応に、取り巻きのほとんどを向かわせているため、リーダーの周りには二人だけ残っている。

 残っている取り巻きの内、禿頭の男がリーダーへ不安の声をあらわにした。

「もしかして、昨晩幹事を殺した者では……」

 不安げな取り巻きの言葉に、リーダーは声を荒げる。

「うるさい! それぐらい私もわかっておるわ」

 小さな声で謝罪の言葉を口にして一歩下がる禿頭の男。不安で押しつぶされそうになっているリーダーの男は苛立ちを隠せなくなっていた。

「どうしてだ! せっかく再起できるチャンスを得た矢先に。それに誰なんだ、我らを嗅ぎまわっている犬は!」

 一人で苛立ちの言葉を口にするリーダーに対して、取り巻きのもう一人。眼鏡をかけた男は落ち着いた声で進言する。

「逃げましょう。逃げて立て直しましょう。死んでしまっては元も子もありません」

 眼鏡の男が発した言葉に「ああ」と短く応え、考え込んだリーダー。静かな倉庫に響く数々の悲鳴。部下を侵入者の対応に向かわせてから増えてくるその声に、逃げることをすぐ決めた。

 勢い良く立ち上がる。リーダーの男は、焦った声で取り巻き二人に指示を出した。

「逃げるぞ! 裏から」

 リーダーの指示に、男二人は頭を下げ行動に移す。禿頭の男は、裏口へつながる戸を開け、敵が居ないか索敵に。眼鏡の男は取引に使用した資料をまとめ始める。リーダーの男は落ち着かないのか足を揺すっていた。


 眼鏡の男が用意を終え、資料の詰まったカバンを持って、座っているリーダーに近づく。

「必要なものは全て積みました。あの男は?」

 裏口の様子を見に行った禿頭の男が戻ってきていない。裏口までそこまで距離もなく、今いる場所から歩いてすぐのところ。それなのにまだ戻ってきていないことに眼鏡の男は疑問に感じていた。

「まだだ。様子を見てこい」

 資料を集め終えた眼鏡の男に、リーダーは続いて指示を出す。命じられた眼鏡の男は、リーダーの傍にカバンを置く。裏口の方へとつながる通路へ足に向けると、禿頭の男が姿を現した。

 戻って来た男にリーダーは立ち上がり、声をかけた。

「おい、遅いぞ」

 リーダーの声に、禿頭の男は何も答えない。小心者の彼ならすぐに謝罪するだろうがそれもない。

 様子のおかしい禿頭男に、眼鏡の男は心配の声をかけた。

「どうかしたのか」

 力が抜けたように立っている禿頭の男。心配の声にも反応しない彼に、眼鏡の男は疑問を感じ再度声をかけた。

「おい、大丈夫か」

 禿頭の男は何も答えない。顔も俯き表情が見えない。違和感を感じた眼鏡の男は近づいていく。一歩足を出した時、禿頭の男は糸が切れたように前に倒れた。

 帰って来た男が倒れたことに、動揺するリーダーと眼鏡の男。二人はそれぞれ腰や懐から銃を取り出す。それぞれ得物を構え、禿頭の男が歩いて来た方向へと銃を向けた。

 裏口へと続く方向は薄暗く、わずかに入ってくる光も陰になっており先は見えない。リーダーは視線を裏口の方へ固定し指示を出す。

「おい、見てこい」

 リーダーの指示に、眼鏡の男はゆっくりと移動していった。

 銃を構えながら裏口の方へと近づいていく。うつ伏せで倒れている男の傍を通り立ち止まる。倒れている禿頭の男へ視線を向けた。背中に銃創があり、そこから血が垂れ流れている。服に血が染み込み、赤黒い模様が拡がっている。撃たれて間もないその体に、眼鏡の男は銃を持った手に力を入れ、視線を右往左往させる。

 視界の隅に一瞬、光ったものを捉えたが、遅かった。つけていた眼鏡は半分になり地面とぶつかり乾いた音を立てる。それと同時に、眉間から赤い液体がこぼれ出す。眼鏡の男は言葉を発することなく、後ろ向きに倒れた。


 二人目が撃たれたことに、リーダーは顔を青ざめる。

「だ、誰だ! 出てこい!」

 震えた声で裏口の方へ言葉を投げた。

 聞こえてくるのは、入り口の方からの悲鳴。先ほどよりも小さくなっていることには気が付いていない。目の前のことに頭いっぱいになっているリーダーは、銃の引き金に手をかける。

「おい、答えろ! いるんだろ」

 待っていても返ってくることない言葉。迫り来る恐怖に、焦り始めたリーダーは声を荒らげる。それと同時に、手を掛けていた引き金を引いた。

 単発的な銃声が三発。痛みに苦しむ声は聞こえず、聞こえてくるのは硬いものに反射した音だけ。舌打ちをして、再度発砲する。だが、結果は同じ。

 構えたまま、裏口の方へと近づく。


 足を踏み出した瞬間、裏口の方から空気が抜けたような音がする。音が聞こえた時には反応が遅く、銃を持っていた手に痛みが走った。苦痛に顔を歪め、持っていた銃を落とす。進んだ分後退り、リーダーは裏口の方へと視線を向けた。

 影となっている裏口の方から瞬間移動してきたかのように全身真っ黒の衣装に身を包んだ青年が現れる。青年の右手には意匠一つない無骨なハンドガン。殺気も何も感じない青年に不気味さを感じていた。

 痛みのあまり膝をついたリーダーは、佇む青年に正体を訊ねた。

「……貴様、何者だ」

 よほど痛むのだろう、声も途切れ途切れになっている。

 リーダーの男に、青年は短く応える。

「知っても意味ないよ」

 冷たい青年の言葉に、リーダーは顔を青ざめる。言葉の意味を感じ取ったのかリーダーの男はゆっくりと立ち上がった。

「政府の犬か! せっかく、せっかく、再起のチャンスをつかんだのだ。ここで殺され――」

 話している途中で苦痛に悶えるリーダーの男。地面に転がり、傷のない左手で右足を必死に押さえる。

 青年の顔は先ほどより険しくなっていた。抑えていただろう殺気もあふれ出ている。

「……再起? 再起だと」

 青年が手にしている銃はリーダーの男へ向けられている。指は引き金にあたっており、いつでも撃てるようになっていた。

 青年は悶える男を見下しながら口を開いた。

「また繰り返すのか。無関係な人を巻き込んで、大勢を殺しておいて」

 感情を抑えているが、熱のこもっている青年の言葉に、足を押さえるリーダーの男は痛みに耐えながら、青年の顔を見上げ言った。

「……貴様、あの時の生き残りか」

 男の言葉に青年は頷きもせず、否定もしない。青年は質問など無視して、痛みに耐える男へと訊ねた。

「あなたを殺したら、その再起っていうのは終わるんだよね」

 男へ銃を向けながら問う青年。向けられた銃口を睨みながらリーダーの男は応えるため口を開く。

「……いまさら何を、正義感ってやつか」

 皮肉な言葉を口にした男に、青年は首を傾げる。

「正義感? 周りのことなんてどうでもいいよ。貴方や貴方たちを根絶やしにできればそれで」

 淡々と語る青年の眼は吸い込まれるように暗い。逃げ出しそうな気持ちに駆られていたが、その眼に背筋が凍りつく。

 青年は、目の前で震える男の眉間に突きつけた銃を突きつける。竦んだ声を上げた男だったが、躊躇うことなく引き金を引いた。



 目標である男を始末したヤトは、襟元につけている無線機のボタンを押し声をかける。

「こちらヤト。ターゲット排除完了。クロ、シロ、そっちはどうだ?」

 ヤトの呼びかけに、間が空くことなく二人から返事が届く。

『もう終わっているよー』

『終わりました。ヤト兄、お疲れ様です』

 無線機から聞こえる明るい声。

 大勢を相手していた二人を心配していたヤトだったが、元気な二人の様子に安堵していた。先ほど纏っていた冷たさはとうに消えていた。

「二人ともお疲れ、そっち行くから待っててくれ」

『はーい』『わかりました』

 変わらない二人の反応に思わず、表情が優しくなる。二人が取り巻き達を全滅させているだろうと考え、手にしていた銃をジャケットの内側にしまい武装を解除する。

 地面に転がっている死体に目もくれず二人が待っている入り口へと向かって歩いて行った。


 ヤトが去った倉庫の最奥。残されているのは、うつ伏せに転がる男が一人。その近くには二人の亡骸。うつ伏せ状態になった男その背中には、数十発分の穴が空いており、黒っぽい血が溢れていたのだった。


 ◆     ◇     ◇


 天井や壁、床が赤く染まった倉庫の入り口。そこに積まれた肉塊の山。その上に背中合わせに座り、足をふらふらさせている少女と、落ち着いた様子で座っている少年。二人は倉庫の奥から出てきたヤトの姿を視界にとらえると、山から下り駆け寄る。

 クロはその勢いのままヤトへ突っ込んでいく。

「クロ、ストッ――」

 シロからの制止が届いていなかったのかクロは勢いを落とすことなく抱き着いた。嬉しそうなクロに対して、シロは顔を手に当てている。シロの反応に疑問を覚えたヤトは、抱き着いているクロへ視線を向けた。

「あ」

 漏れ出た声にクロは自分の格好を思い出し離れる。クロが抱き着いていた場所は赤く汚れていた。血が目立たないように黒一色な服装をしていたが、遠くから見てもよくわかるぐらい汚れていた。

「あ、はは、ごめん」

 乾いた笑みを浮かべたクロは、悪いと思ったのか謝罪の言葉を口にした。

「気にするな」

 申し訳なさそうに、頭を下げる少女を撫でながら言葉を返した。

 ヤトは撫でていた手を止め、咳払いをする。改めて二人へ向き言った。

「……クロ、シロ。二人とも無事でよかった。二人のおかげであいつも始末できたよ、ありがとう」

 ヤトの言葉に、二人は顔を見合わせ、声をたてずに笑い出す。

「ヤト兄、当たり前だよ」

「そうだよ。私たち三人がいれば何の心配もいらないよ」

 シロとクロの反応に、ヤトも二人につられて笑いだす。

「それもそうだね。さあ、情報屋のところで着替えて帰ろうか」

 目の前で微笑む二人に言葉を返す。返り血に塗れた二人は「うん」といつもより上機嫌に頷いた。

 

 青年は足取りを軽く。小さい二人は、身の丈に合わない得物を地面に引きずりながら青年を挟んで、情報屋の方いるガレージに向かって歩いて行った。


 ◆     ◇     ◇


 依頼目標を始末したことを情報屋のユウヒへ伝えたヤト。返り血に塗れていたクロとシロはガレージにあった衣服に全身着替えていた。

 ジャケットだけ着替え終えたヤトは二人を待つ。しばらくして帰り支度を終えたクロとシロは、着替えの礼などをユウヒに述べ、三人そろってガレージを出ていった。


 三人が去ったガレージ。残っているのは情報屋を務めている青年ユウヒ。彼は一人、備え付きのパソコンに向きキーボードをたたいている。

 キーボードを叩く軽快な音がするガレージ。その勝手口から数回ノックの音が聞こえてきた。ユウヒが応答するより早く、勝手口のドアが開く。

 入って来たのは、長身のスーツ姿の男性。商談を終えたサラリーマンのような見た目の男性は、近くの椅子へ腰かけた。

 パソコンの方に目を向けていたユウヒは、スーツの男性へ机に置いてあった缶コーヒーを投げる。投げられたコーヒーを受け取り「すまん」と礼を言ったスーツの男は缶を開けた。

 一気に飲み干した男にユウヒは訊ねた。

「で、さっきの戦闘はどうでした?」

 飲み干した缶を握りつぶし、手を震わせながら男は答えた。

「……素晴らしい。思いのほか大成功だよ、あの二人」

 興奮した様子で、スーツの男は立ち上がる。そのまま言葉を続けた。

「流石、私の傑作だ。人間をやめてしまっているね。あの子たち。それにあの青年。いいね。わざわざ一芝居うっただけあるよ。普通、あそこまでやるかね。いくら憎き相手でも死んだ後に、弾倉が空になるまで撃ち続けるなんてね。心というのは人を変える唯一の方法だと理解してくれたかね? ユウヒくん」

 熱のこもったスーツ男の発言にユウヒは「はいはい」と流す。冷たい反応のユウヒに、スーツの男は文句の言葉を口にする。

「冷たいな、息子は」

 男の言葉にユウヒはパソコンから目を放し、男の方へ体を向ける。

「あの子たちは親父が仕組んだのでしょう? 死の淵から蘇らせ、肉体改造まで施しておいて」

 ユウヒの言葉に男は否定せず、何回も頷く。

「素晴らしい作品だろう?」

 男の言葉にユウヒはため息をつく。

「親父の育てた子達は確かに凄いよ。さすがにひいたよ。だけど、別に貴方の作品の賛美に付き合ってるわけじゃなく、俺は――」

「母さんの仇を取るため、だろ? それぐらいわかっているさ」

 言葉を重ね、遮る。ユウヒの父親であるスーツの男は先ほどの感極まった声ではなく。暗く落ち着いた声で。

 男の言葉に、ユウヒは無言で再びパソコンへと向き直った。

 パソコンの画面に映っているのは、無数の写真。防犯カメラの切り抜きに文字がたくさん書かれた記事。それに、先ほどの先頭の映像が流れていた。

 息子であるユウヒの背中を眺め、親父であるスーツの男は立ち上がる。

 立ち上がった事が気付いたのか、ユウヒは背中を向けながら言った。

「わかっているならいいよ。親父もあの子たちのこと頼んだよ。まだ、終わってないんだから」

 スーツの男もユウヒに背中を向けたまま言葉を返す。

「……分かった。先に帰っているぞ」 

 潰した缶をその場に置き、ユウヒの返事を待たずに勝手口から出ていった。


 冷たい夜風が通り抜ける。星の見えない空の下、スーツの男はガレージの方を振り向き呟いた。

「……あの青年と一緒だな」

 呟いた声は暗い風景に溶けるように消えていった。


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復讐する者 ゆうや @karinnokobo

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