村長さんの家にて


粛々と精霊魔法の諸々を修練しつつ山道を歩き続けて、日が陰り始めたあたりで里に着いた。


山賊たちにはそれほど時間をかけさせられたわけでもないので、心算こころづもりより若干遅い時間になってしまったのは、主に俺の魔法の練習のせいだ。


谷沿いに伸びた平地と、その両脇の傾斜の緩い斜面に広がった村で、寂れた雰囲気はしていない。

奥深い山間やまあいにありながら、こういった明るい雰囲気を持っている村は、大抵が山の幸に恵まれているか、何かの特産品を持っているおかげで生活に困窮していないことが多い。


それほど大きくはない村なので、もちろん門や衛士の詰所があるわけでもなく、人家の周囲に簡素な柵が巡らせてあるだけだ。

この柵は家畜を狙う普通の獣よけだな。

魔獣よけの方は、呪いまじないの護符を民家ごとに下げているらしい。

そりゃあ、こんな広い傾斜地に点在する民家を、全部まとめて結界に収めるなんて無駄が多すぎるよな。

各戸個別対応で撃退っていうのが正解だろう。


ただ一応の用心なのか、集落へ入るところには、短い剣をぶら下げた村人が一人座っていた。

こういう人の少ない集落での門番役は、剣を持てる年齢の男性が当番制で持ち回るのが通例だ。


所在なげにボーッと座っていた男の視界に俺たちが入ったのを見てから、片手を上げて軽く挨拶した。

そのまま男の前まで進んでいくと、ちょっと緊張はしているが敵愾心はないようだ。


とすると、ここでは特に問題が起きているというわけではないな。


「こんにちわ」

「コンチワー」


「やあ、こんちは。あんたら、あの山道を抜けてきたんかい?」

「ああ、そうだよ。コリンの街から旧街道に入って、そのまま山越えしてきたんだ」

「魔獣は出んかったか? いや、無事に辿り着いとるんじゃから、魔獣が出とるわけないかのう...」


「はは、まあそうだ。魔獣狩りを引き受けてた五人の破邪には途中で会ったけどな」

「おお、そうかい! あの人ら、まだ魔獣狩りを続けとったか!」

「そこはちょっと説明がいるだろうけど、詳しくは、コリンの街の衛士にでも話を聞いてくれ」

「うん? まあ、なんにしても魔獣がおらんくなっとったら、ええんじゃがのう」


「ところで、この村には、どっか泊めてくれる家はあるかな? もう、すぐに暗くなってくるだろうから、この村で一晩過ごせるとありがたいんだが」

「ここは小さな村じゃから宿はないが、きっと村長のところが納屋を貸してくれるじゃろう」


そう言って男は、集落の中で少し大きめの家の一つを指差した。


「あの大きい家に直接行って聞いてみてくれ。ただ、途中で魔獣退治の破邪に会うたっていうんなら、色々話を聞かれるかもしれんが...まあ付きおうてやってくれ」


「分かった。村長さんに聞いてみるよ、ありがとう」

俺たちは、集落の中でちょっと目立つ大きな家に向かった。


++++++++++


夕暮れ前、たいていの野良仕事ならそろそろ仕舞いにする頃合いだ。


村長の家の戸口で声を掛けると、家の中から逞しい壮年の男がボロ布で手を拭きながら出てきた。

長老という感じではなくて、きっと実務派の村長だな。


「こんばんは。俺は旅の破邪でクライスと言います。さっき村の入り口で番をしていた方に、こちらが村長さんの家だと聞いて伺ったんですが、今日一晩、どこかの屋根をお借りできないでしょうか?」


「ああ、いらっしゃい...っていうか破邪の人か? じゃあ魔獣退治の?」

「いや、違います。俺はフォーフェンの街へ行く途中の、ただの通りすがりです」

「フォーフェン? また随分と遠回りじゃないかい?」

「俺は破邪ですからね。人の多い街道筋よりも、出来るだけ山道を通って魔獣を狩れた方がいいんですよ」

「ああ、なるほどな。それが商売だものな」

「そういうことです。ところで、さっきの門番役の人にも話しましたが、魔獣退治を請け負っていた五人の破邪にも、ここに来る途中で会いましたよ?」


「なんだって! ってことは、やっぱり魔獣退治はまだ終わってなかったんだな...」


「あー、それなんですが、ちょっと経緯いきさつがありまして。この村にも関係あるでしょうから、後でお話ししましょう」

「うん、何か妙なことでも?」

「そうですね。ちょっと複雑な話かもしれません」


「そうか...まあ、ここじゃなんだから、とりあえず入ってくれ。話の続きが聞きたい。それと飯ぐらいは出すから、今夜はこの家に泊まっていってくれ」


「いやあ、屋根さえあれば、納屋か馬小屋でもいいですよ?」

「構わん、構わん。小さな女の子連れなんだしな。そっちのお嬢ちゃんも一緒の部屋でいいのかい?」


あっ・・・


ぶっちゃけコイツの言動で完全に忘れてたというか意識外だったけど、そういえばパルミュナって、『見た目だけ』はエルフの美少女なんだった!


『見た目だけ』はな。


その見た目で判断するなら、まるで街中にいるような服を着たエルフの少女十三歳(偽装)と、武装した人間の破邪十八歳(事実)の組み合わせだ。

フォーフェンまで行くのにわざわざ遠回りして、こんな人気のない山道に幼い街娘を連れ回してるなんて怪しすぎるな・・・


他人の目から見ると俺の方がよっぽど不審者だぞ、この状況。


「パパと一緒でいいよね?」

パルミュナが俺の顔を見上げるようにして、そう問いかけてくる。


・・・ お前は一体なにを言ってるんだパルミュナ?


村長さんは一瞬、面食らったような表情をした後、まじまじと俺の顔を覗き込むと破顔した。


「ん、パパ? あーそうか、お兄さんもエルフかハーフエルフなんだな! いやぁエルフってのは耳先が尖ってるもんだって先入観があるもんでな。そうでもないってことは知っちゃあいるんだけどね」


状況が掴めずに硬直している俺を放置して、村長さんが勝手に納得している。


「いやあ悪い悪い、そりゃあエルフなら、お父さんだって見た目が若くて当然だな!」

そう言って村長は笑いながら俺たちを家の中へと招き入れてくれた。


俺はパルミュナを睨みつけたくなったが、この村長に、あらぬ犯罪者や訳あり逃亡者の疑いをかけられなかったのは、パルミュナの咄嗟の機転のおかげだ。

ここは感謝しておくべきだろう。


でも、パルミュナが村長さんに見えないように、ニヤッと笑ってウィンクしてきたのには、ちょっとだけイラッとした。


ほんのちょっとだけだけど。


++++++++++


さすがは村長の家だ。

個人宅としては大きめの居間と暖炉がある。

村長は奥さんに俺たちを紹介してくれた後、お茶を出すように言いつけてから腰を下ろした。

俺とパルミュナもテーブルを挟んで村長の向かいに並んで座る。


「じゃあ改めて。俺はこのワンラ村の村長をやらせてもらってるアルフライドだ」

「旅の破邪、ライノ・クライスです」

「パルミュナです」


おい、パルミュナがおすまし顔して語尾に『です』とか付けてるぞ。似合わねえー、と俺が語尾に音引きを付けてツッコミたくなる。


「それでクライスさん、複雑な話ってのは、どういうことだい?」

「ここにくる途中で五人の山賊に襲われました」

「なんだって!」

「で、その山賊が、ここの魔獣討伐を請け負っていたはずの五人の破邪です」

「いやそんな...どうしてまた、そんなことに!」


「あの五人の破邪は魔物に取り憑かれて精神が狂い、たまたま道を通りかかった俺たちに襲いかかってきたんです。取り憑いていた魔物は俺たちが魔法で浄化して消しさりました」


「そうか...しかし、なんとも言い難いなあ...あの破邪たちが魔物に取り憑かれて山賊紛いのことをやってしまったのは、討伐依頼を出したこの村にも一因があるだろうから...」


「それは、この村の責任とは言い難いでしょう。彼らも今頃はコリンの手前の農村あたりにたどり着いている頃だろうと思います」


「そう言ってもらえるのは有り難いがね」

「ただ、彼らが戦って取り憑かれたのは『魔物』です。村人が見たという『魔獣』とは違うのかも知れません」

「なるほど...クライスさんが魔物を討伐してくれたからといって、まだ安全と決まったわけではないってことか...」


「そう言うことですね。なので、この村で魔獣討伐にかけた賞金は、いつか実際に魔獣が討伐されるまで、そのままでいいと思います」


「しかしそうなると、クライスさんが魔物を討伐して、あの五人を救ったことに対しては、誰が報酬を払うことに?」


「依頼なしの魔物討伐には報酬がないんです。大抵の場合、討伐の証拠がないのだから仕方がありません」

「それはなんとも...」

「気にされなくていいですよ。元々、破邪の仕事なんて、そんなものですからね。今夜の屋根を貸していただければ、それで十分です」


「ありがとう。粗末なものしか出せないが、すぐに夕食を用意するから寛いでくれ」


この国の人たちって、破邪に対しての当たりが柔らかくていいな・・・

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