魔獣と魔物と山賊と


『破邪の印』というのは、そいつが一人前だと師匠筋に認めて貰った証だ。


印を出す場所や師匠筋によって細部は変わるが、大体、そいつの名前と本拠地、誰に師事したか、あと師匠筋・・・つまり師匠の師匠はどの系列か、みたいなことが魔銀に鋳込んである。

特別な素材でもないし、印自体にモノとしての価値はほぼ無い。


まあ、徒弟制度に基づいた破邪の認定なんて、国による正式な免許制の資格になっているわけでもないので、名乗ろうと思えば勝手に名乗れるだが、『狩猟の自由』のように、破邪には便宜が図られているというか見逃されていることも多々あるので、そういう便益狙いで破邪を名乗った奴は、嘘がバレると酷い目にあう。


かたりがバレたら...多分半殺し、で済むかな・・・?


そういう不埒な輩が二度と出てこないようにするためにも、破邪が偽物に科すペナルティは厳しい。

そんなリスクを背負ってまで、僅かな便益を得ようとする馬鹿は少ないので、結果として破邪の偽物は滅多に出てこないし、わざわざ印を偽造する奴なんて見たことも無い。


++++++++++


おっさんが弁明を続けた。


「半月ほど前に、この辺りで山向こうの村人が魔獣に襲われたっつ話で討伐依頼が出て、俺たちがそれを受けたっす」


残りの四人も揃って頷いてる。

まあ、こいつらも本当に破邪・・・だったんだろうな・・・試すのもめんどい。


「それがなんでこうなった?」


「すんません、なんかボンヤリしか思い出せないんすけど、魔獣をさがしてたら、変なモヤみたいな魔物と出会って、戦ってるうちにいつの間にか、みんなで一緒に森の中に座っていたっす」


「それからずっとか?」


「腹へったら獣を狩って、焼かずにそのまま喰ったりして...でもなんか街に戻るとか思わなくて、獣みたいにこの森で生きてくことだけ考えてたっす」


「これまでに何人殺した?」

「殺してないっす。ホントっす」


隣の男が言葉を引き継いだ。


「元々、この道はもう使う人がほとんどいなくなってたところに、魔獣が出たって話で通る人もいなくて...そこにあんたらがやってきたの見たら、もう襲って食い物を奪うことしか考えてなかったんすよ。すんません!」


「まー嘘は言ってないかなー」

パルミュナが口を挟んだ。


ほう? 

なにしろ大精霊だからな。

人のあからさまな嘘ぐらい見抜けるのかも知れない。


見抜けてるよな? 

それ、雰囲気で言ってるわけじゃないよな?


「お前らが街に戻らなかったってことは、討伐失敗で追加の討伐隊が出てるだろう?」

「たぶん出てねえと思うっす」


「俺らが、その討伐依頼を受けたのはコリンの街じゃなくって、山向こうの村のほうなんすけど、討伐の報奨金を引き上げようと思って、『山狩りするのにひと月くらいかかるかもしれんから邪魔するな』とか言っといたもんで...」

「そんで、まだ、村の連中は討伐に成功したか失敗したか分かってないと思うっす」


仮に魔物に心を乗ったられなかったとしても、何かの手違いでピンチに陥った時に救援が来てくれる可能性を、上乗せ金目当てに自分達で絶っていたのか。

率直に言って、いい年こいた大人がこれはなんとも・・・


「...ばかだろうお前たち」

「...ホントすまねっす...」


年上もへったくれも関係ない。

同じ破邪として情けなさ過ぎるぞ。


「なあパルミュナ...思念の魔物が人に取り憑くことがあるのは知ってるし、それで凶暴化したり、まあ今回みたいに魔物化したりもあるんだろうけど、コイツら、なんで山暮らしの獣みたいになってたんだ?」


「うーん、普通、魔物が取り憑くって悪感情が溜まったところに入り込むような感じなのよねー。目的?を持って取り憑くなんて見たことないなー。魔物なんてそもそも、人に害を為したいって邪念の塊みたいなもんだけどさー、逆にいうとただそれだけで、考えとか計画とか、そういうのは持ってないんじゃないのー?」


「だよなあ...なあ、お前らが言ってる魔力の奔流って、ひょっとしたらかなりヤバい状況なのかもしれんぞ?」


「やだなー」

「嫌がってる場合じゃないだろ」

「そーだけどさー。ただ濁った魔力が溜まるだけでこんなこと起きるかなあ?」


なんだろうなあ。

まだ勇者になりたてのホヤホヤだってのに、しょっぱなから嫌な感じだ。

なんとなく考え込んでいると、さっきまで中心になって喋っていたおっさんが小さく片手を上げた。


「あのー、すんません。そんで...俺ら、これからどーなるんでしょうか?」


「あー、お前らなあ...これまでに誰も人を殺してないんだったら、とりあえず俺は許す。ただし、すぐにコリンの街に戻って、自分達に何があったか、ちゃんと街の衛士や騎士団とかに報告しろ」


「ホントに、それで...いいんっすか?」


「後で確認した時に、話が都合よく曲がってたりしたら俺が追い込むぞ。ただ、できれば破邪はもうやめろ。最近は強い魔物や魔獣がどんどん増えてる。お前らが破邪を続けてたら多分近いうちに死ぬか、また魔物に取り憑かれて同じことが起きるぞ」


まあ、このおっさんたち、出てきた時の雰囲気からも、俺の精霊水魔法に抵抗感ゼロで一瞬にして流されたことからも、破邪のわりに武術も魔法もそれほどでないことはわかる。


「は、へい...分かったっす」


さて、それ以上、ここで五人のおっさんの話を聞いて考え込んでも仕方がないので、とりあえず、おっさんたちはコリンの街へと引き返させて、俺とパルミュナはそのまま先に進むことにした。


俺たちにお辞儀して山道を降りていく元破邪で元山賊のおっさんたちにパルミュナが背中から声をかけた。


「あー、おじさんたちさー、ろくに食べないで半月も森の中で生きてこれたのは魔物の力を借りてたからだからねー。早く街に戻ってなんか食べないと、体ボロボロだから倒れちゃうかもよー」


なるほど。


++++++++++


魔物に憑かれた山賊たちに出会った場所からしばらく歩くと、山道は徐々に下り始める。


山道と言っても、それほど足元も悪くないし、周囲は、普段ならそんなに強い魔獣が潜んだりもしなさそうな、雰囲気の明るい森だ。


澱んだ魔力の関係なのか、凶悪な魔獣が出る森というのは独特の雰囲気があって破邪なら一眼で見分けがつくし、普通の人でも『近寄りたくない』と思わせるオーラが漂っているものだ。


むしろ、こういう場所に日中出てくるような魔獣は、破邪にとって手頃な獲物である可能性が高いし、倒せば食料もしくは、肉や素材が手頃な現金収入となってくれるかもしれない。


こんなところに危ない魔獣や魔物がねぇ・・・とは思わせるが、それにしても、本当に人っ子一人通る気配のない道なので、歩きながらの魔法の練習には有難い。


パルミュナも意外と、と言っては失礼なのだろうが教え方がうまい。

さすが長生き?してる大精霊だよ、年の功だな! 


「ん? いまなんか言った?」

「なんでもない」

「あ、そー」


気のせいだよ?


「でもライノってやっぱり強いねー。勇者に選ばれるだけあるよー」

「いやでも、アスワンの話だと強いから選ばれたとかじゃなくて、単にそういう風に生まれついたってだけなんだろ?」


「そーだけど、その魂の強さが現世での強さの元になってるしさー。勇者になる前でも十分に強かっただろーなーって思う」


「そうかなあ...正直、自分の強さって自分じゃわからないや」


元々、破邪として認められたと言っても、そこには騎士や剣士によくあるような『位』や『階級』はない。


破邪の闘う相手は千差万別だ。

破邪の方も、剣術が得意で魔獣には強いが魔物は苦手って奴もいれば、その逆に魔法が得意で剣術はからっきしって言うのもいる。

両方それなりに強いのもいれば、罠をかけて特定の害獣を狩るような討伐を突出して得意とする奴もいる。

だから位なんぞつけても、破邪としての力の判断基準にはできないってわけだ。


さっきのおっさんたちのように、数人で組んで互いの能力をカバーし合うってやり方もなくはないけど、収入的にはあまり効率良くないからね。


強さの中身が色々なので、相手によっては容易に『三すくみ』のような状態になりうる。

つまり、俺はコイツに勝てるけど、アイツには負ける、でもアイツはコイツには弱い・・・って状況だ。


剣士としての腕前が抜群の豪傑が、魔法の得意なヒョロイ娘に一撃でのされることだってありうる。

そして、その娘の魔法攻撃は大振りで俊敏な奴に当てられないとか・・・

そういう状況が当たり前となれば、『自分が一番強い』なんて幼稚な発想は持てず、自然と破邪は高慢にならない。


ごくたまーに、どこかの師匠に大事に育てられすぎて自信過剰になったやつが出てくると、あっという間に誰かにのされるけどな。

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