汚れ過ぎてるだろう
昨夜は、旧街道沿いにある村の宿で一晩を過ごしたんだが、これまで破邪以外の一般人と旅をするという経験は全くなかったので気が回らず、箱から出てきた手ぶらのパルミュナを、何も考えずにそのまま隣の部屋に放り込んでしまった。
まあ、翌朝起きて部屋から出てきたパルミュナがなにも文句を言ってなかったので問題なしとしよう。
クレームなし、問題なし。
破邪の心得である。
今日からは途中の分岐でさらに山道の方に入る。
あのまま旧街道を歩き続けてもフォーフェンの街に着くんだけど、多分、こちらの山道を抜けたほうが幾分かは早いっていうのと、山の中なら破邪特権で魔物や獣を狩って飯のタネにもできるからな。
もしも途中で危険なことが起きても、パルミュナに危険が及ぶくらいなら、その遥か手前の段階で俺は死んでるはずだから問題ない。
人通りが全くない山道なのを良いことに、歩きながらチョロチョロと新しい魔法の練習をしたりする俺の横で、パルミュナは精霊目線でのさまざまな過去の出来事を語ってくれた。
知識としてもさることながら、単純に話としても面白いなこれ。
この場に吟遊詩人がいたら垂涎ものだろうに・・・
いや違うか。
過去の王宮の秘密の大ゴシップとか各地で歌って回っていたら、命がいくつあっても足らんな。
吟遊詩人がこんな話をうっかり聞いてしまうと、それを唄にしたくなる自分を、命が惜しい自分が止めるっていう葛藤で悶死しそうだ。
++++++++++
そんなこんなで、俺も精霊魔法の練習をしながら自分の生い立ちや破邪になった
あー、なんかいるな、この気配・・・
わざわざ破邪の探知魔法を使うまでもなく、悪意というか、こちらを殺そうとする意志を持った存在が複数潜んでいる感じがある。
多分、山賊みたいなのが、先手で矢を射かけられる射程距離までこっちが近づいてくるのを待ち構えてんだろうな。
道の片側は谷筋への急斜面だし、踵を返して山道を戻るにしても、普通なら女連れで逃げ切れる訳無いな。
待ち伏せには絶好のポイントである。
はー、面倒。
ここで待ってれば向こうから集まってくれるかな・・・
俺は自分が歩くのを止めると同時にパルミュナの手を掴んで止めた。
二〜三歩前に出てパルミュナを矢が飛んできそうな射線からカバーし、そのままじっとしていると、気配が動く。
矢を射かけてこないのは、パルミュナを生け捕りにしようって魂胆か?
そう考えるとなんか知らんが急激にムカついてきた。
よし、ぶっ飛ばす。
刀の鯉口だけ切って抜かずに、そのまま待つ事しばし・・・
五人の山賊?が、右手の藪から転がり出てきた。
いや、この山賊たちって・・・
第一印象『汚い!』
めっちゃ汚い。
そりゃ街中だって庶民は着の身着のままが普通だけど、それにしても限度があるだろ。
近寄りたくないっていうか、むしろ切りたくないぞ。
魔鍛オリカルクムすら汚れそう。
んー?
でもこいつらなんか変な感じだな?
『人』なんだけど澱んだ魔力を感じる。
と言っても魔法中心で戦うタイプとか歴戦の魔法使いの存在感とかじゃないな・・・と、しばし考えてから気づいた。
これは、魔物の気配か!
思念の魔物が人に憑く例はそれなりにあるが、これは取り憑かれてるだけじゃなくて、人そのものも魔物化してる感じだ。
「なあパルミュナ、これ普通の山賊じゃないなあ」
「みたいだねー。ちょっと魔物みたいになってるよー、すごいねー」
緊張感ないなあ。
こいつらは、何がどう巡ったのか、こんな人気の少ない山奥で盗賊というか山賊をやりながら生き延びて、原因は分からないが魔物化しつつある。
いや、魔物化したから山奥で生き延びられてるのかな?
「おらあっ、死にたくなきゃあ、さっさと剣を下に置いて、荷物をこっちに渡しなっ!」
前方の真ん中にいた男が叫んだ。
ここまで唾が飛んできそう。
まだ言葉を喋る知力は残ってるな。
というか、普通の魔獣でも賢いのが多いけど、人が魔物化したのはもっと厄介なのかな?
「なあパルミュナ、こいつらの
「あー、やっぱりライノって本当はやさしー」
「そういうのは今はいいです」
「でも、汚れたくないなら魔法で倒しちゃえばー? ちょっと魔物みたいなもんなんだしー」
「ああ、それもそうか」
いかんな・・・まだ勇者としての闘い方を掴んでないから、無意識にこれまで通り武闘系破邪としての討伐スタイルを前提にしてた。
「なにゴチャゴチャ言ってんだっ! ぶっ殺すぞ!」
さっきと同じ男が大声で喚きながら斬りかかってきた。
『殺すぞ』って言いながらすでに斬りかかっているのは、それもう警告じゃないよね?
俺は瞬時に刀を抜き放ち、斬りかかってくる男の剣を払うと同時に片足を男の腹に向けて突き出した。
魔鍛オリカルクムの刀は山賊の剣を抵抗感ゼロで切断し、勢いを持て余した男が根元から先を失っている剣を構えたまま、こちらに突っ込んでくる。
そして予定通り、俺の靴底が男の腹にナイスミート。
俺に蹴飛ばされた男はまっすぐ真後ろに吹っ飛んで、続いてこちらに斬りかかってこようとしていた男にぶつかる。
二人がもつれて転んだ所で、俺は片手を前に突き出して、魔力を高めた。
残りの山賊たちがその動作にビクッとして剣を振りかぶるが、そのまま俺は教えてもらったばかりの精霊魔法の一つ、『水』を発動させる。
「グオボッブフッ!!!」
一斉に声にならない呻きを上げながら、前後の山賊たちは俺が巻き起こした水流で、一気に谷筋へと押し流されていった。
「わー、見事に流れたねー」
「ついでにちょっと洗っといた。だってあいつら汚すぎだもん」
「だよねー。触りたくないってライノの気持ち、分かるー」
いま俺が使ったのは普通の魔法使いや破邪が使う水魔法ではなく、精霊の力を借りた『精霊魔法』の一つだ。
魔法で水を作り出すのではなくて、精霊界の水?を現世に呼び寄せることで、精霊の力そのものを水の形にして操る。
だからパワーが凄い上に浄化の力も強い。
らしい・・・
戦闘で使ったの初めてだし。
ここまでの道すがらでパルミュナに見てもらいながら練習していたので丁度良かった。
うん、正直、パルミュナがついてきて本当に役に立つとは思わなかったぞ。
それに、魔物化し始めていた山賊を殺さなかったのは甘いという思いもなくはないんだが、なんとなくパルミュナの目の前で、曲がりなりにも『人』を殺さずに済んだことにはホッとしたんだよな。
うまく説明できないけどさ。
「あれ? なんか浄化できたっぽいよー」
パルミュナが谷の方を覗き込みながら言う。
「ってことは、思念の魔物だけ討伐できた?」
「うん、あいつらに取り憑いてた魔物っぽいのは精霊の水で引っぺがされて霧散したねー。残ってるのは普通の人間。生きてるよー」
俺も覗き込んでみると、散らばった五人が斜面の下の方で起きあがろうとしているところだった。
崖というほどではない斜面なので、受け身が悪くて首の骨でも折らなければ死ぬ高さじゃない。
「おお。この魔法はなかなかだな!」
「こんなに早く使いこなすなんてやるじゃん、ライノー!」
「あいつらの肉体の魔物化はそれほど進んじゃいなかったのかな?」
「取り憑いてたのが無理矢理に変異させてたみたいだねー。でもずっとあのままだったら、いずれ元に戻れなくなってたと思うなー」
俺は谷底へ声をかけた。
「おーい、生きてるなら上がって来ーい。上がってこない奴は全部ここから魔法で焼くぞー」
と、脅してみる。
待つことしばし・・・五人組の山賊が、モゾモゾと谷筋から這い上がってきた。
『五人組』とか呼ぶと、なんか格好良さげな感じもするけど、実態は、ずぶ濡れの雑巾に包まれて、さらに満遍なく泥まみれになってる感じのおっさんが五人だからな。
酷いビジュアルだ。
出来れば、しばらく豪雨の中に立たせて洗いたい。
「まあ、座れ」
「はい...」
上がってきた五人のおっさんを道端に座らせる。
正座だ、正座。
山賊たちは、完全に観念したというか毒気が抜けていると言うか、反抗的なそぶりも見せない。
さっきの野獣みたいな雰囲気はなんだったんだって感じだ。
とりあえずは山賊たちの尋問である。
「で、お前ら、いつからここで山賊やってたの?」
「....えっと、よく覚えてないんすが、多分、ここに来たのは半月くらい前からっす」
「その前はどこで何やってた?」
「コリンの街で破邪やってたっす」
「破邪だぁ?!」
「はあ、この五人でよく一緒に組んで、討伐に出てったっす」
うーん、そう言われてみると、このおっさんたちの身体に纏わりついているボロ布も、かつては破邪の装いだったように見えてくる。
それにしても半月程度でここまでボロボロになるものか?
なんだか布自体が腐りかけてるみたいだぞ?
「
「フォーフェンの街で印を出してもらってるっす」
そう言って一人のおっさんが首から下げた破邪の印のペンダントを引き出してみせた。
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