第一部:辺境伯の地

Part-1:やまあいの村

箱が置いてあった


大精霊アスワンとパルミュナの指示で、ミルシュラント公国の王都に向けて日々北上中の俺は、今日は寂れた旧街道の方にルートを取っていた。

その人気のない田舎道を、かれこれ半日ほど歩いただろうか。


目的は補給用の『箱』だ。

ただし、今回は金貨はなし。


あの『箱』の実体は、精霊たちとの世界を繋ぐ空間魔法の一種なので、まずは俺の現時点の魔力量で上手く使いこなせるか確認してからと言うことらしい。


で、あらかじめ聞いていた通り、街道沿いの遠くの方に、確かに『箱』があるのを見つけた。


見つけたのだが・・・いくら結界が張られていて他人には見えないと言われても、不安になるビジュアルだなコレ・・・道から少し離れた草地の上に、本当に唐突に、ポツンと木箱が置かれている。


この箱が街道を走っていた馬車の荷台から落ちたんだとしても、絶対にそんな場所まで転がらないだろう。

つまり、誰かがそこまで運んで置いたとしか見えない訳で、もしもこれの正体を知らずに箱が見えていたとしたら、悪趣味な罠だとしか思えないぞ。


まあ、街道の前後も見晴らしがいいからな。

すでに付近に潜んでいるのでもない限り、突然誰かが現れることはないだろうし、その点では、確かに良いポイントを選んで箱を置いてある。


俺はもう一度だけ街道の前後と両脇の草むらをよく見渡して、近づいてくるものや潜んでいるものの気配がないことを確認してから、箱に近づいた。


古びた木材と無骨な鉄枠、飾り気のない蝶番や留め具。

あの時に、アスワンが幻影で見せてくれた箱と同じものだ。


パルミュナいわく、『今後に必要な情報と、あと、ちょっとした物を入れとくわー』と言うことだったから、おそらく何か書いてある羊皮紙か本の類と小物ぐらいか?


俺は、それなりに重そうな箱の蓋に手をかけて、勢いよく持ち上げた。


「おはよー!」


蓋を開けたら箱の中からおもむろにパルミュナが立ち上がった。


うわっ、ビックリしたーっ!!!


同時に、俺の体の中から急速に魔力が抜け出ていくのを感じる。

驚かされたことよりも、その喪失感のダメージがすごい。

体がふらついて立っていられなくなり、膝をつきながらも箱の木枠を掴んでなんとか体を支える。

ぼやけてきた視界の端で、パルミュナがこちらに両手を伸ばして、俺の手首を掴むのが見えた。


すぐにパルミュナから魔力が流れ込んできた。

体が暖かいようなむず痒いような感覚に襲われるけど、とにかく充足感がある。


そのまましばし動かずにいると、少しの後に、自分の魔力が完全に回復したのが分かった。


ふう・・・・・・・・・


あー、死ぬかと思った。

俺は大きく息を吸って立ち上がり、まだこちらの手首を掴んだままのパルミュナと向かい合った。


「お前なあっ! いま俺は本気で怒りたいんだけどっ!」


いや、見た目は少女でも、本気でやれば絶対に勝てない相手だって分かってるけど、それでもいつの日か、コイツには一矢報いてやりたい。


「えー、怒んないでよー。『箱』でライノがどのくらいの魔力を消費するか試してみないと分からないしー、私が一緒なら、こうやって魔力補充もできるでしょー?」


「だからって、わざわざ危ない方法を取らなくてもいいだろ! さっきは本当に死ぬかと思ったぞ!」

「だから、こうやって死なないように気を遣ったんじゃーん」

「それ、『気を遣った』って言葉の意味を間違えてないか?」

「そっかなー?」


「大体なんで箱の中にいるんだよ...今回は情報とちょっとした物ぐらいって聞いてたから、全魔力を失うほどのダメージは予想してなかったぞ?」


「だから、アタシ自身が情報だよー」


・・・・・・いつか絶対に目に物見せてやる。


「まあさー、ちゃんとアタシを呼び出せたんだから、今度から金貨の二十枚や三十枚なら平気だよー」

「じゃあ次は金貨な。今度はこの先にある『フォーフェン』の街を越えたあたりのどっかで。そのくらいなら魔力も大丈夫だろ」


俺がそう言って踵を返そうとすると、パルミュナは慌てて取り縋るように箱の縁を踏み越えて出てきた。


「待って待ってー、情報はー?」

「早く言えよ」

「慌てないでよー。この前は説明しきれなかったこととか沢山あるんだからさー、マジだってー」


「そうなのか? まあ、だったら、ちょっと俺も休憩がてら座って話すか?」

「あー、話は歩きながらでいいよー」

「ん? 箱から離れてもいいのか? パルミュナはあっちに戻るのに、またこの箱を使うんだろう?」

「箱があると楽だけど、別に無くても戻れるよー?」


まあそうか。

精霊達は、実体化するときや現世うつしよに影響を及ぼすときに力をごっそり消費するから億劫がってるというか、面倒だからあまり現れたがらないだけで、本当は強大な力を持ってるんだよな。


「それじゃあ、まあのんびり歩きながら話そう、というか話を聞くよ。あと、『音引き』は少なめで頼む」


「なにそれーーーー」


こちらの意見を考慮する気はなさそうだ。


++++++++++


それからパルミュナは、俺と並んで歩く道すがらに、俺が身につけている? らしい魔法の使い方を説明してくれた。


パルミュナの話を信用するならば、勇者、つまり精霊と契約した人しか使えない精霊魔法を組み合わせることで、ドラゴンやワイバーンクラスの魔物や魔獣も倒せるようになるそうだ。

ただし、そのためにはまだまだ修練が必要らしいが。


それに魔法の種類によっては、発動に精霊の力を借りる関係から『使えない場所』というのもごく稀にだがありうるそうだ。

それはちょっと怖いな。


いざドラゴンに向き合ってから頼みの攻撃魔法が使えないことが分かっても、『やっぱり次の機会に...お邪魔しました!』とか言っても見逃しては貰えなさそうだもんな。


それと、俺が使える精霊魔法の一つに、通信の魔法というのがあることを教えられた。

これはいつでもどこでも、あらかじめ『けい』を結んだ特定の相手と会話ができる魔法で、相手がどこにいようと関係ない。

ただし、これも相当な魔力を消費するそうで、パルミュナいわくは『あくまでも緊急通信の手段だと思っていてね』とのこと。


日頃、箱の中身や置き場をどうするかとか、次の目的地をどうするかといった日常業務的な連絡には箱を使うか、パルミュナの方から俺に語りかけてくるのを待つか、にしておいた方がいいらしい。


「で、その緊急通信って、実際にはどうやればいいんだ?」

「えっとね、片手の親指と小指だけを伸ばしたままで手のひらを握りしめて」

「こうか?」

「そうそう、そのままにしててねー」


パルミュナは、自分も同じ握り方をすると、その指先を俺の指先にくっつけてきた。

握った拳の両側に伸ばしたままの親指と親指、小指と小指だ。

二人の手のサイズが全然違うので、俺の方が指を曲げてパルミュナの手幅に合わせる。


「あれ? パルミュナ、よく見たら、この前のときよりもだいぶ小さくなってないか?」

最初に泉で会った時より背も低いし全体に容姿が幼くなってる。

うーん、今回もエルフ族の容姿だけど、人間族基準なら推定で十三〜十四歳って感じか?


「まーねー。節約節約」

なんの節約だそれ。


「ていうか、最近はアタシが現世で実体化する時って無意識だとこの姿になるかな? この前はライノを魅了するために、頑張って大人っぽくしてたー」


「アレのどこが大人の魅了だ。成功する要素がなかっただろ?」

「うるさーい」

頬っぺたを膨らませた『むくれているぞポーズ』がお気に入りみたいだな、パルミュナ。


とか言い合いつつ、指先同士をくっつけ合わせて少しの後、それぞれの指先がぼんやりと光を放ち始めた。


「おっ!」

「これで、アタシとライノの間に通信の『系』が結ばれたのよー」


パルミュナは、その手を顔の横に持っていき、小指の先を耳に、親指の先を唇の端に当てた。


「ライノも同じようにして?」


<聞こえるー?>


俺がパルミュナの真似をして手を顔の脇に当てると、脳内にパルミュナの声が響いた。パルミュナの唇は動いていない。


「おお、聞こえる!」

俺はつい口に出してしまったが、頭の中で会話を念じるだけでいいそうだ。


<こんな感じー>

<なるほど>

<でも、結構な魔力を使っちゃうこと、分かるでしょー?>

<ああ、ちょっとだるい感じがあるな>

<そういう訳だからー、ライノの魔力が高まるまでは本当に急ぎの用件の時だけにしといたほうがいいと思うなー>

<分かった。でもこれは心強いな>

<おー、そう思ってもらえるなら精霊冥利に尽きるよー>


なんだよ精霊冥利って・・・


「あと、万が一、箱に荷物を出し入れしてる時に誰かが近づいてきたら、箱のどっかに触れていてねー。箱に触ってさえいればライノ自身も不可視不可触の結界の中に入るから」


「なるほどね。それで、そいつがどっかに消えていくまでじっとしていれば良いわけか」

「そーゆーことー」


「了解だ。あ、そういや、ちょっとした物ってどんなものだ? 忘れないうちに受け取っておこう」

「それもアタシー。しばらくの間、ライノにくっついて一緒に旅してみようかと思ってー」


「マジか!」

なんか、俺にもパルミュナの言葉遣いが移った気がする。

いや、この場合は伝染うつったって感じだな・・・


「というか、なんでパルミュナ自身が小道具扱いなんだよ?」

「だって便利だよー。役立つよー」

「嘘つけ!」


俺が気疲れする未来しか思い浮かばんぞ。


「事実関係としてどうなのよ? パルミュナが連絡役としても色々サポートしてくれるとはアスワンも言ってたけど、なにが頼めて、なにが頼めないのか正直良く分からん」


「それは言葉で説明するより、おいおいねー。まあそれもあって、ちょっとの間は一緒にいようかなって思ったのと、あとは私自身も久しぶりに現世に触れたいからかなー」


「でもいいのか? この世界に物理的に関与するのが大変だから、勇者を雇うとかしてるんだろ? 一緒にいるのはいいけど、パルミュナは実体化して活動してるだけで消耗したりするんじゃないのか?」


「あー、ライノ心配してくれるんだー。うれしー!」


つくづくイラっと来ますよ、この大精霊さん。


「んー、それもあって箱から出てきたんだよねー。この地域って魔力の奔流が地表近くで濃くなってるから、魔力を補充しやすいっていうかー」


「へー、そんなのあるんだ? 元々、場所によって魔力の奔流の強さなのか、濃さなのか知らんけど、違ったりするのか?」


「そーだよ。海の潮の流れでも、ずっと一定の強さで流れてる幅広い本流と、陸地の近くで枝分かれした支流みたいなのがあるでしょー? ああいうのとおんなじー」


「ああ、南方大陸に船で渡る時に、そういう話は聞いたな。場所によって流れが違うから、行きと帰りでコースを変えるって言ってた」


「そーそー、そんな感じ。おかげで実体化する力は全部カットできたし、使ったのはさっきライノに渡した魔力ぐらい?...一緒に歩いて旅するだけなら、しばらく平気かなー」


「ずっと一緒にいる気か?! ともかく、なにか旅するのにいるモノがあるなら、さっき通り過ぎたコリンの街まで戻らないと、この先は当分、なんにもない田舎だぞ?」


「ご飯はいらないから心配ないよー」


「ふーん、そうなのか...じゃあ、とりあえずこのまま次の街まで行っちゃっていいのか?」


「おー!」


相変わらず分からんテンションの大精霊だな。

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