魔獣なのか魔物なのか


山賊たちに出会ったことの説明を終えた後も、俺たちとアルフライドさんは、テーブルを囲んで情報交換的な雑談を続けた。


この村は山里の中では街に近い方だけど、それでも流れてくる情報は街中よりも圧倒的に少ないだろうし、俺みたいな、あちこちフラついてる旅の破邪なんて絶好の情報源のはずだからね。


ボロを出さないようにか、パルミュナが『人見知りな無口キャラ』を演じているのも似合わなくて、こちらはツッコミを入れたくなるのを我慢するのが大変だ。


そしてその後、村長の奥さんが作ってくれた夕食は、素朴だけど美味しかった。


薄切りして衣をつけて焼いた塩漬け肉のマスタード添えと、さっと茹でて酢と油で和えた春野菜が沢山。

それに加えて、ハムと根菜がたっぷり入ったスープも出て、粗末どころか、俺たちのためにかなり奮発してくれたんだってことが分かる。


こういうのは嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちが半々って感じだな。


村長さんと奥さんに感謝して美味しくいただく。

『箱』から出てきた時は食事の必要がないと言っていたパルミュナも、美味しいと言って普通に食べていた。


そんな雑談の中で聞き出した限りでは、魔獣に襲われた村人は、薬草を取りに森に入っていたらしい。

普段はそれほど村から遠くへは離れないのだけれど、春先の新芽が出る季節にだけ取れる種類のものがあり、毎年、それの群生地へ採集に行っていたそうだ。


そこで魔獣に襲われた、というよりも魔獣を見た、ということで慌てて村に逃げてきたそうだ。

本人も周囲の人も、魔獣よけの護符を身につけていたので幸運にも助かった、という見解のようだった。


そりゃまあ、もしも狼みたいな大型魔獣に『襲い掛かられて』いたんだったら、普通の村人は無事で済むはずないよな。

狩人だって危ないよ。


ただ、それは相手が、安価なまじないの護符が効く程度の魔獣や魔物、ということでもある。

人を見たら襲いかかる以外の反応をしない、殺戮装置キリングマシーンのような魔獣相手では、そこらの村人が持ってる程度の護符なんて気休めだろう。


そういう魔獣に殺される人が頻繁に出ないのは、危険な魔物や魔獣、つまり強い魔力を溜め込んだ存在ほど、自分からは人が集まっているところに寄ってこないからだ。


強い奴らほど人の存在が近くにあることを嫌い、より危険な孤高の存在になっていく。


++++++++++


しばしの時間を過ごした後で、今夜、泊めてもらう部屋へと案内された。


客間っていうか、いまはいない家族の誰かが使っていた部屋なんだろうな。元々から狭いベッドが二つ並べて置いてあったようだ。


「前は娘たちが使っていたんだがね、いまは二人とも嫁に出ちゃってずっと空いてる部屋なんで客間として使ってるんだ。遠慮なく寛いでくれ」


アルフライドさんは、そう言って俺たちを部屋へ招き入れると、魔石のランプと水差しを壁際の飾り台の上に置いてくれた。

すぐ後ろから、奥さんが桶にたっぷり入れたお湯も持ってきてくれる。


「いやあ、何から何までお世話になっちゃって、すみません」

「とんでもないよ。これぐらいのことしかできなくて申し訳ないさ。よければ、明日は朝飯を食べて行っておくれ」

「ありがとうございます。じゃあ、おやすみなさい」


アルフライドさんと奥さんが部屋を出て扉を閉めると、小さなランプから出る光で照らされた薄暗い部屋に、俺とパルミュナが残された。


俺はベッドの端に座って考えてみる。

さっきの『遠くの森で魔獣を見かけたけど、幸運にも襲われずに逃げ帰ってこれた』という村人の話で、ずっと何かが、心の奥底で引っ掛かっているんだ。


「ねー、ライノ」

「ん、なんだ?」

「この状況的には、もっと大人っぽい体つきにしといた方がライノには良かったのかなー?」


「...それで、さっきのアルフライドさんの話だけどさ?」


「まさかの完全素通り!?」


「そういうのは山奥の泉でもっと魅了術の修行を極めてからにしろ」

「ひっどーい」

そう言いながらパルミュナが、例の『頬っぺたを膨らませた、むくれているぞポーズ』をとってみせる。


「あと、声がでかい」

「さっき静音の結界を張ったからへいきー」


そうですか。


「あ、そう...まあそれよりさ、さっきの『魔獣に出会って襲われなかった』っていう村人の話だけどさ、もちろんアルフライドさんは嘘ついてなかったよな?」

「ないと思うなー」

「やっぱりそうか」

「まあ嘘か本音か全部を見通せるとまでは思ってないけどさー」


となると、俺の心に引っ掛かってる不自然さというか、噛み合わせの悪さの答えはかなり絞られてくるな。


「なあパルミュナ、バカな考えだと思うかもしれないけどさあ」

「うん、きっとバカな考えだねー」


「...お前、言う前から決めつけるなよ!」

「自分で言ったんじゃないさー」

「聞く姿勢ってやつを持てよ。一応はさあ」

「じゃあ聞くー」


「よろしい...あの魔物はおっさんたちに取り憑いて、まあ、この表現が正しいかどうか微妙だけど、おっさんたちを操ってた訳だろ? それも五人を同時に...」


「そういうことになるよねー」


「だけど俺のこれまでの経験だとなあ...思念系の魔物...自分の形を持って無くて、人や獣に取り憑くタイプの魔物だったら、仮にあの五人に同時に取り憑いたとしたら、すぐその場で五人が互いに殺し合ってたと思うんだよ」


「あ、そうかー!」


「だろ? パルミュナも言ってたけど、ああいう『形を持たない魔物』なんて大体、思考っていうか、人みたいな計画性みたいなのは持ってない。『なんかぶっ殺したい!』みたいな邪念が固まってるだけでさ」


「うんうん、そーゆー感じ!」


「人でも獣でも、魔物に取り憑かれたりしたら、まず最初に目の前にいる奴をぶっ殺そうとするもんじゃないか?」


「だよね、だよねー。そう考えると...あの山賊たちが五人で固まって、半月も山で暮らしてたって、なんか不自然だ!」


「そこなんだよ、俺もずっと気になってるのは。でも、あのおっさん達は嘘をついてる様子じゃない」


「うん。少なくともアタシは、嘘ついてないと思ったなー」


「じゃあ、話をまとめるとこうだ。魔物はいた。五人同時に取り憑かれたけど、なぜかお互いに殺し合うことにはならなかったし、半月も山の中で獣みたいになって暮らしてた。それから、その前に村人が同じ森で魔獣に出会ってたけど襲われることもなく無事に帰ってこれた。ここまではいいよな?」


「うん」

「じゃあ、村人の出会った魔獣と、思念の魔物に取り憑かれたおっさん達の共通点はなんだ?」


「え? んん? 共通点...そんなのある?」


「らしくない、ってことだよ。狼型の大きな魔獣ってなると...仮にだけど、それがブラディウルフだったとしたら、出会った人を見逃すわけがないんだよ。アレに出会ったら普通は殺すか殺されるか、だ」


「そりゃそーだね」


ブラディウルフは、森林地帯に多いティンバーウルフ、つまり『ごく普通の獣の狼』よりも一回りは大きい。

それに『血塗れ狼』の名前通り、赤黒いまだら模様の毛皮をしているので、昼間なら普通の狼と見間違えるはずもないだろう。


そして、別の意味でも名前通りに、凄まじく獰猛な魔獣でもある。


「で、いいか? ここからが本格的に『バカな考え』なんだけど、もしも村人の出会った魔獣が、実はおっさんたちと同じ魔物に取り憑かれて操られていたとすると、辻褄は合う」


「えっ、魔物が魔獣に取り憑いて支配!? そんなのあり?」

「いや、凶暴な魔獣を支配する方法って他に無いかなって」


強力な精神支配の魔法を用いて獰猛な魔獣さえ使役するという伝説級の魔獣使いの噂は根強くあるし、いまでは散逸した古い魔法の中には、ドラゴンさえ操れるほど強力な支配の魔法も存在したと聞いたこともある。

ただ、その具体的な方法は誰も知らないし、そもそも、そんな奴が実在しているかどうかすら怪しい。


「うーん、それはエールに蒸留酒を足すような話だねー。味はエールのままだけど、飲むと強烈に酔うみたいな感じ?」


「なんだその例えは。やったことあるのかよ?....まあ、それはいいとしてだ。今回はその逆で、獰猛なはずの奴らが大人しくさせられてたって感じになるよな」


「エールを水で薄めたような?」

「酒の比喩から離れろ」

「美味しくないもんねー、水で薄めた安物エール」


大精霊のセリフじゃないぞそれ。


「仮に、魔獣もおっさんたちも、ひょっとしたらまだ誰も知らないような奇妙な魔物に操られて、らしくない行動を取ってたんだとする。まあ、あくまで仮の話だけどな」


「うん、それでそれでー?」


「残る違和感は、だ...普通は思念系の魔物ってのは『憎悪』とか『殺戮の衝動』ぐらいでしか動いていない。そもそも人みたいな思考がある魔物が取り憑くなんて聞いたことないし、むしろ魔獣の方がよっぽど賢いぐらいだろう。だとすると...」


「だとすると?」

「あれは本当に『魔物』だったのか?って話さ」

「えー?」

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