第32話 王族、皇族というもの
まず自分が妹を許せていないから。
婚約者様はそう言いました。
「たとえ五番目だとしても、王子は王子だから。人と話すときには、当時から私もよく気を付けていたんだよ。だけど君と話したあのときに、自分はまだまだ足りていないんだって痛感してね。こんなにも小さな君が言いたいことを我慢して、なんて賢く優しい子なんだろうと思ったら……ね?」
その、ね?に込められたものは分かりませんが。
王族や皇族として、おいそれと発言出来ない気持ちは分かります。
子どもの頃の私たちは残酷でした。
嫌だ、要らない、その一言で何が起こるかを知らなかったとはいえ、多くの人の人生を変えてしまっていたのです。
それは好き、欲しい、という言葉を発したときにも同じでした。
それもこれもすべては伯父が……人のせいにしてはいけませんね。
せめて教えて貰えていたらと思わなくもないですが、自分で気が付いたときにはもう色々と遅く、それから私は感情的な発言を控えるようになりました。
「でもほら、そこは王子だから。父上に頼んだら、それは決定事項だ。そんなことをしたら、君に恥じることになる。だからもう少し仲良くなって、君の意志も確認できるようになってからと、ギルバリー侯爵殿に掛け合い始めたそのときだよ」
これについては父もあの議会の後に教えてくれました。
王子殿下がそれは言葉を選んで、私と会う機会を作ってくれないかと打診してきたこと。
そして父はその話を丁重にお断りしていたのです。
そのすぐ後に私の婚約が決まりまして、王子殿下からの接触もなくなり、父はまさか王子が未だに娘を好ましく想っているとは思わず、あの議会の場では大変焦っていたそうです。
父親としては娘を王家に取られたくないし、あの伯父がまた乱心してトラウマの状況が再現されるのでは?という恐怖心もあって、父はあの場で私に断らせようとしていたのだと母は言います。
どんなにそれが最良の提案だと分かっていてもです。
さて、あの婚約ですが。
どうやら当時、我が家は嫌ならば断って来るだろうと陛下は考えられていたそうで。
陛下の書状を持って格上の公爵家に婚約を打診され、何故侯爵である父が簡単に断れると思ってしまったのでしょうか。
「あのときほど陛下に失望したことはなかったね。幼い君にも分かることを微塵も理解していないと露呈したのだから。これは早々に退位して頂くように仕向けなければと考えて、それからは兄たちの成長具合の確認を始めたんだ」
四人の兄の誰が一番王位に相応しいか、婚約者様は見極めていたそうです。
ふふふ、不思議ですね。
この御人に伯父に近いものをひしひしと感じるのは。
容姿はまったく似ておりませんのに。
「それで確認が手薄となっていた妹が、まさかあのように育っているとは……。君にはもう本当になんと言って謝ればいいか分からないのだけれど」
「王子殿下のせいではありませんから」
「悲しいかな、あれとは同じ王家、身内なんだ」
「そうだとしても、別の人間のしたことです。それにもう終わりにしましたでしょう?」
終わったことにしたのは私たちですから。
そのように振舞わなければなりません。
誰の前で?
それは伯父に繋がるすべての前でです。
園遊会の会場に、帝国から派遣されていた護衛たちが入らなかったこと。
これには助かりました。
王女主催ということで、貴族であっても身体検査の上で会場に入場する決まりがあります。
その代わりではないですが、花が咲き誇る麗しい会場には招待された若い貴族しか入ることが出来ないのです。
共にこの国の未来を支えていくものとして。
護衛も侍女も付けず、距離なくお話しいたしましょう。
そういう集まりだったと認識していたのですが。
どうやら伯父への連絡を遅らせる狙いはなかったようですが、叱責する人間が側にいない今しかないと王女殿下や元婚約者様は考えていたようです。
けれども叱責出来る人間が誰もいないわけはありません。
護衛ではなく、普段侍従として王家の皆様のお側に仕える貴族たちはいたはずなのです。
婚約者様と目が合いました。
照れたように微笑む彼は、私が疑っていることも分かっているのでしょう。
私の手を離してから身体を起こすと、乱れた髪をくしゃりとご自身で撫でたあとに私に笑い掛けました。
「君はまだ終わったと思えていないのだろう?やっぱり分かるよねぇ」
それから婚約者様は「ごめん」と謝るのです。
本当に狡い御人なのですから。
夫婦になりました暁には、謝る時に旋毛を見せることは禁じましょうか。
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