第16話 期待する相手を間違えていたようです

「誰が悲しむというのだ?」


 低い声でそう問われた公爵様は……。


「え?それは──」


 その先を伝えられませんでした。


 当然でしょう。名言してしまえば、それは王家への脅しとなります。

 ひいては公爵様が国家反逆罪にでも問われてしまうのではないでしょうか。


『そんなことをしたら、王女殿下が悲しむぞ。それでいいのか?』


 公爵様は、こう言ったのと同義です。



 私は公爵様に対し、恨みがましい気持ちでいっぱいになりました。

 この程度の浅慮さを持ってして、私をこの議会に呼び出していたことが分かったからです。


 まだ何も知らないうちに国を出て貰うにはどうしたら良いか。

 事態を収拾させるまでどうやってそちらに留まらせるか。


 私と父はあの園遊会の後に話し合い、弟にも協力を願って、それは急いで対応したものです。

 公爵家でもさすがに同じようにこの問題を国の大事に発展させぬよう対応されていると願っていたのですが。


 だからこそ、私は半分は期待を込めて、半分は失望を予測して、この議会に足を運んだのです。

 常日頃から貴族の尊さを語ってきた公爵様ならば、私たちではとても思いつかないような、最良の解決策を提示されるのではないか。そういう期待を多少なりとも持っていました。


 残念ながら半分予測していた通り期待は破られ、公爵様はご自身とご令息様の保身のためだけに動いていたことが分かってしまったのですから。

 それは恨みたくもなるでしょう?

 せめてこの国のためにと動いてくださっていたならば、私から減刑を願っても良いと考えておりましたのに。




 言葉を止めた公爵様は言わずともお分かりでしょう?と、まだ期待を込めた瞳で議長様を見詰めておりました。

 そんな公爵様を小馬鹿にするように、議長様は「言えぬ頭はあったのだな」と言って薄く笑います。


 すると公爵様はむっとされたようですが、議長様の次のお言葉を聞いてすぐに青ざめてしまいました。


「愚妹のことを言っているなら、安心せよ。もうあれの処分は決まっている」


「は?処分?処分ですと?王女殿下に処分を与えるおつもりなのですか?」


 とても信じられないというお顔をされた公爵様は、責めるような口調で議長様に問い掛けました。

 そろそろご自身で王子殿下とお呼びになった意味を思い出していただきたいものです。


「何を驚いているのだ?お前は愚妹が誰に婚約破棄を言い渡したか、それも知らずにこの場を望んだわけではないだろう?」


「それはこのこむす……ギルバリー侯爵令嬢に対し命じられたものだと聞いておりますが」


 公爵様は常々私をただの小娘だと認識されていたようです。

 まぁ、それについては間違ってはおりませんので、私からは何も感じるところはございません。


「聞いていながら、何故処分がないと思えた?」


「え?ですが王女殿下の方が……」


「お前は何か勘違いしているようだな。たかが王女に、陛下の認めた婚約を破棄する権限はないのだぞ?」


「しかし、侯爵家の令嬢よりは……」


「公爵よ。よもやと思うが、ギルバリー侯爵家の事情も知らず、婚約を願ったわけではあるまい?」


 ようやく思い出していただけたのでしょうか?

 公爵様はまた一段と顔色を悪くされておりました。


 けれどもまだ保身を諦めきれないようです。


「……ですが殿下。大事な妹君であらせられます王女殿下が、我が息子をお気に召してくださいまして」


「だからなんだ?それが国益となることはあるのか?」


「こ、国益……?」


 公爵様の言い方は、そんな言葉は予測していません、と語っているようでした。

 本当に公爵様は、公爵には向いていないようですね。


 そのように私が考えていましたところに、議長様の声が重なりました。


「お前がとことん公爵に向いていないことはよく分かった。おかげでお前たちの処分に憂えるところがなくなったことには感謝しておこう」


 私がこの場に持って来た期待は、議長様に預けられるのでしょうか?



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