第11話 私は脅されているのでしょうか?

 私の真横に立っていた議長様が、突然に跪かれまして。

 それで私はほんのひとときでしたが、目を見開いてしまいました。

 すぐに淑女の微笑みを顔に張り付けておきましたけれどね。



 この議長様は、一体何をされているのでしょうか?



 私は再び助言を求め、遠くの父を視界に入れました。

 そしてまた驚かされてしまったのです。


 必死に口をパクパクと動かし、父は何かを訴えておりますが、それが分かりません。

 そして私は、あのように焦った父の顔を見るのは初めてのことでした。


 ですから私も、これはとてもまずいことになっているのだと理解したのです。



 やはりこの議長様、王女殿下のためにこの場にいらっしゃるのでしょう。

 最悪の事態となることを覚悟しなければならないようです。



 すると私の心が決まる時を待っていたかのように、議長様は跪いた状態のまま、私を見上げ言いました。



「ようやくお会い出来たというのに、まずは謝罪から始めなければならないことが情けなくてなりませんね。私の力が足りなかったせいではありますが、どうかそれだけで今の私を判断しないで頂けますか?」



 …………。


 しばし放心してしまったのは、議長様が仰る意味がさっぱりと分からなかったからです。

 こんなことは初めてでしょう。


 いつもならば、相手が誰だろうと分からない発言の意図に想像を巡らせているところですが。

 このときは何も思い浮かばなかったのです。



 淑女の微笑みを浮かべることしか出来なかった私を気にすることはなく、議長様は変わらぬ姿勢を保ち、先を続けます。


「こちらからお呼び立てしておきながら、今日はまた、あなたに不快な想いをさせてしまいました。この議会の統率が取れず、参加している貴族らを黙らせることが出来なかったのは、すべて私の不徳の致すところです。謹んでここに謝罪を申し上げます」


 跪いた状態で議長様は頭まで下げられました。

 この姿勢が礼儀として正しき振舞いなのか、私には判断が出来ません。

 この国では全く違う目的を持って殿方は跪くものだと習っておりましたから、この振舞い方を私は知らないのです。


 幼い頃から学んできたことを思い出しますに、そもそもこの国には殿方が女性に謝る状況ということを想定した礼儀はなかったはず。

 ですから、これは異例のこと。


 しかもこの御方ですからね。

 このような議会の場で、一令嬢に過ぎない私に頭頂部を見せてしまっていいものかしら。

 考えているだけで、私の方が心配になってきました。


 あの王女殿下といい、この御方といい。

 この国は大丈夫なのでしょうか?


 あら?


 素晴らしい旋毛をされておりますね。

 なんて可愛らしいのかしら。

 触れて……


 それどころではありませんでしたね。



 今の議長様の発言に関しては、想像を巡らせることが出来そうです。

 すると私の答えは『拒絶』になります。


 けれども答えをすぐに伝えることも憚れました。

 この御方を相手にそれが許されているかどうか、という問題について考える必要があったからです。


 議長様が謝罪をされた時点で、私の答えはひとつしか用意されていないのかもしれません。


 ならば私は返答を控えることでこれに抵抗でもしましょうか。

 けれどもそれもまた、不敬として問題視されるかもしれません。



 私が対応に考え込んでおりましたところ、下からくすっと笑ったような気配を感じました。



 やはりこの謝罪は見世物の一環で、この件はこれで終わりにしなさいね、ということのようです。

 すると私はあの令息様と婚約を継続し、慰謝料まで払うことになると。

 それはさすがにどうなのでしょうか?それではこの国は──。



 議長様の声が私の思考を遮断しました。



「どうか安心して欲しい。あなたの悪いようにはしないと約束します」



 そう言った議長様は、顔を上げられ、また私を見て微笑まれておりました。

 けれども私にはその本意が読めず、また何も想像することが出来なかったのです。





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