第9話 婚約破棄を取り下げるですって?

 反撃前に念のためにと、公爵様が気にされている方向へ私も視線を送りました。


 あら、今度ははっきりと目が合いましたね。

 口元を見ますに、やはり笑みを感じるのですが。


 ここで私は、まだまだ修練が足りない身にあると思い知らせることになりました。

 議長様がどんな想いを込めて、私を見詰めていらっしゃるか、それが読めなかったからです。


 なんだか目に籠る熱量が強いような……頑張れということでございましょうか?


 

 許可を得たと勝手に思い込んだ私は、続いて段々に並ぶ席のその最後方に視線を送ります。


 優雅に手を振っておりますこちらは父です。


 弟とよく似た顔をしているせいか、それとも童顔だからか、実の父親ではありますが私の中ではいつも可愛らしい存在でした。

 これを言うと、「娘にはかっこいいと言われたい」と嘆かれるので、滅多に口にすることはございません。


 けれどもやはり手を振る動きは可愛いらしい方だと思うのです。



 さて、そんな可愛い父ですが、手を止めたあとに頼もしく頷いてくれました。


 園遊会の前から父とはよく話し合っておりましたから、こちらの考えは手に取るようにわかります。


 先に母と弟を送り出しておいて本当に良かったですね。

 この国に対しては、これ以上に最強の脅し方を私たちは知りませんもの。


 ちょうど今頃、あちらに到着しているのではないでしょうか。

 迎えた伯父様が嬉しそうな顔を見せたあとに、何故私はいないのだと悲しそうな顔をされる姿が簡単に想像出来ます。

 そしてきっと、すぐにまた笑顔を見せているでしょう。

 母が上手く取り成しているでしょうから。



 こうして私は、考えに長く浸り過ぎていたようです。



「議長。我がバウゼン公爵家は、このたびギルバリー侯爵家から申請された婚約破棄の却下を要求します。さらにギルバリー侯爵家には、本件に関する慰謝料の支払いを要求させていただきたい」


 公爵様のご発言には、流石に耳を疑ってしまいました。


 視線を送る相手から反応がないことにしびれを切らし、待てなかった、ということでしょうか。

 それにしてもあまりの杜撰な内容には、また公爵様のお考えが分からなくなってしまいましたね。


 婚約破棄は王女殿下のご命令であったはずですが。

 何故か我が家からの提案となり、公爵様にはそれを却下する権限が生じたようです。


 すべて私のせいで、我が家の有責としたいことは分かりますが。

 王女殿下のご命令を反故にしても問題ないと、すでに王家と話がついているということなのでしょうか?


 王家がそれを認めたということであれば、私と父はすぐに母たちを追い掛けることになりましょう。

 けれどもそれはおかしいのです。


 一瞬ぶるりと身体が震えました。


 もしや先ほどもどなたかが言っていたように。

 罪を与えて裁判もなく極刑とするおつもりだとか?


 本当に母と弟を早くに旅立たせておいて良かったですね、お父さま。

 一家全員の処刑はあり得なくなりましたからね。

 それでも父と私に何かあってはあの荒事を嫌う母だって──。


 これより先を考えては恐ろしいことになりますので、ここでは辞めておくことにいたします。


 王家の皆様も、この恐ろしさ、よくご存知だったと思うのですが。

 一体この件で何が起きているのでしょうか?



 分からないことは置いておきまして。

 公爵様は我が家に慰謝料まで請求するおつもりのようです。


 婚約は継続しながら慰謝料……とは?


 つまりはこの騒ぎの責任はすべて私にあって。

 そんな女でもこちらは結婚してやるのだから、口を出すな、金は出せ。


 こんなところなのかしら?

 先ほどの皆様のご発言から窺うに、この国のどの貴族とも結婚は許さない、という脅しを含んでいるのでしょうね。



「バウゼン公爵様が慰謝料を要求するのは当然のこと!」


「そもそも不貞をさせるような娘が悪いのだ!」


「あんな女との婚約継続を受け入れるバウゼン公爵様とご嫡男のなんと懐の深いことよ」


「その慈悲深さに感動し、今後は心を入れ替えて、バウゼン公爵家に尽くすことだな!」



 ここにいる方々が脅されて仕方なく参加されているのではないかと憂いる必要はなさそうですね。

 共通して、この国に蔓延る悪しき考えをお持ちのようですから。


 不貞をさせる妻が悪く。

 家に問題が生じたのも妻のせいで。

 領地の経営悪化は妻の思慮が足りなかったから。

 社交界での冷遇も妻が上手く出来なかったせい。

 ご自身が病気になったときには妻の管理が悪い、でしたね?


 もう何もかも妻のせいにして生きられるのですから。

 この国は貴族の殿方たちにとっては楽園なのでございましょう。


 その楽園での暮らしを終わりに導いたのが、ご自身たちだったなんて。

 本当にお可哀想に。



「議長様」


 しばし時間を頂こうと、呼びかけて手を上げたところです。

 議長様は何故か議長席から立ち上がると、こちらに向かって歩み始めたではありませんか。


 えぇと……どの対応が正解かしら?

 助言を求め遠くの父を見ましたら、今度は父がよく分からない顔をしておりました。


 え?もしかして逃げろと伝えているのですか?

 そんな、どこに逃げろと……。

 今ここで駆け出してしまったら、かえって声を張り上げている皆様を喜ばせ、最悪捕らえられてしまうのではないでしょうか。


 焦りを顔に浮かべたつもりはありませんが、気が付けばすぐ目の前に議長様が立っていて、私の顔を観察するようにじっと見詰めておりました。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る