第8話 どうしても私が悪女でなけば困るようです

 婚約破棄からの慰謝料を目的として私が最初から動いていたように感じさせる公爵様のご発言は、最後まで続きませんでした。

 この議会に参加されている皆様が、口々に声を荒げて、私を罵り始めたからです。



「これは婚約詐欺ぞ!」


「犯罪ではないか!早く引っ捕らえよ!」


「あれが貴族とは。情けない」


「聞けば、爵位も金で買ったそうではないか」


「あのような悍ましい娘を生む家の者たちに貴族など名乗らせてはならん」


「即刻、平民に落とせ!」


「貴族を騙る平民が、貴族を騙したのだ。決して許してはならんぞ」


「裁判など不要。すぐに民衆の前で処刑せよ!」



 皆様あれこれと口に出しているうちに、熱くなられてしまったのでしょうか。

 私にはそれが、自暴自棄にさえ感じられました。


 物騒な発言もありましたが、何より陛下への不敬な発言が気になります。

 ご自身が何を語ろうとしているか、今一度よく考えてからのご発言を願いたいものですね。


 けれども今さら考えまして、謝罪されたところで、言ってしまったことは覆りません。

 私には発言を無かったことにするような慈悲深さはありませんからね。

 王家はどうかしら?泣いて縋れば許していただけるのかしらね?



 もう十分に皆様のお顔は拝見しておりましたから、私は公爵様を見据えます。



 公爵様。

 あなたはあえて最後まで言わず、皆様を騒がせることにしましたね?

 この場に参加なさる皆様とは、はじめから口裏を合わせておいたのでしょう。


 だってまさか公爵様が『この国では侯爵家の長女に過ぎない私にも王女殿下を好きに出来る』とは言えませんものね。



 威勢よく発言されている皆様も、園遊会であったことはご存知なのだと思います。

 私への悪意ある言葉は止まりませんけれど、皆様揃って王女殿下に直接繋がるような発言を控えられているからです。


 女がすべて悪いと考える皆様ですから、私が慰謝料のために女性を用意したというお考えを本気で信じていたのであれば、その女性のことも罵っていておかしくはありませんのに、誰一人そのような発言をなさいませんでした。


 それでいて私の処刑には言及出来るとは。


 ただただこの方々を当主とする家の皆様が不憫でならないと思いました。

 それでも私は彼らを助けるつもりはございません。

 家族でもそうですが、家族でない他人の言動には、とても責任を持てませんからね。



 さて、その公爵様ですが。

 今や私の方を見てはおりませんでした。


 しきりに気にされ、視線を長く向けていらっしゃる相手は、別の御方です。

 それもお気持ちを窺うようにして、先までと同一人物とは信じられないほどに、頼りないお顔をされておりました。

 額には汗も浮かんでいますね。

 この会場は最初からひんやりとしておりまして、特に暑くは感じませんが、あの汗はどんなお気持ちの表れかしら?


 そこで私は、公爵様の視線の先にある御人が、ただの議長様ではないことを思い出しました。

 近くでお顔を拝見したことはなかったのですが、貴族名鑑でその絵姿だけは知っています。


 かなり昔の絵姿を使い続けているのでしょうね。

 絵姿の方が大分幼くて、すぐには気が付けませんでした。


 私としましたことが。

 この場に来るにあたっての調査不足と言えましょう。



 そうして私はやっと公爵様のお考えが理解出来たのです。


 公爵様は王家からすでにお咎めの言葉でも受け取っていたのでしょう。

 それで慌てて、何もかも私のせいにしなければと思い、今回の行動に出られたのだとお見受けします。


 どうやら慌て過ぎたようで、様々なことを失念されているようですね。

 お可哀想だとは思いますが、こちらも助けて差し上げる気持ちはございません。


 この場にわざわざ私を引っ張り出したことが、どれだけの失策か。

 それは公爵様ご自身で後悔してください。





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