第35話 進化する呪い

 古角から連絡が入った。

 それは息子の事故死を知らせる内容だった。しかし、彼はそれが事故でないことを確信している。

 その声はスマホのスピーカーから漏れるほど大きかった。


「物部さん! 池の呪いは終わったんじゃなかったのですか!?」


「それが、前にも話したとおり、遊女シノの霊だけが残っているんです」


「……そんなぁ。うう……。栄司は……。うう……」


「お気の毒です」


「おかしいじゃないですか! 栄司はあの池に行ってないんですよ!?」


 確かに……。息子は写真を見ただけだ。

 池の呪いが発動するのは揮発した池の水に触れた時だけのはず。


「原因は不明です。調べますので少し待っていてください」


 それに、古角にはお札と数珠を渡していたからな。その効果がなかったのは心配だ。


「数珠はお風呂だったから外していたんですよね? 多分、そこを狙われたんだと思います。でも家に侵入したのは謎ですね。柱にはお札を貼ったんですよね?」


「……そ、それがぁ」


 訳を聞いて驚く。

 いや、呆れると言った方がいい。

 まさか、数珠とお札をネットオークションで売っていたなんてな。


「申し訳ありません! まさかこんなことになるなんて思わなかったんですぅうう!! うう……!!」


 やれやれ。こんなこと許されることじゃないがな。

 とはいえ、強く攻めることはできない。彼にとっては後悔しかないだろう。

 息子は命を失ったからな。


 古角の声はブルブルと震えていた。


「わ、私……。音を聞いてしまったんです」


「音?」


「ずるずると、何かを引きずる音です」


 シノだ。

 お札のない家に入り込んだんだ。


「これって遊女シノの霊ですよね?」


「おそらく……」


「うう……。わ、私を殺しに来たのか……。ああーーッ!!」


 古角は混乱していた。


 気持ちはわかるが、ここは最善でできることを探っていくべきだ。


「古角さん。まずは落ち着いてください」


「これが落ち着いていられますか!? 悪霊が私の命を狙っているんですよ!? 次は私が殺されるぅううう!!」


「冷静になって考えましょう。そのネットオークションで送った物は返送できないのですか?」


「無理ですよ。それに返送するにしても時間がかかり過ぎる。私は今直ぐにでも殺されるかもしれんのですよ!?」


 お札と数珠は御世さんが気を込めて作る物だからな。そんなに量産はしてないみたいだが、あるのだろうか?


「物部さん! このとおりだ! 鬼頭さんから、お札と数珠を貰ってください!! お金は用意しますから」


「そうですね。それが最も最善かもしれません。俺の方から鬼頭さんに頼んでみますよ」


「うう。お願いします」


「奥さんの分も必要ですよね?」


「……家内にはあの音は聞こえなかったみたいです。きっと池の呪いを受けていないのでしょう」


「奥さんには池の写真を見せなかったのですか?」


「はい。家内は何も知りません」


 不幸中の幸か。

 写真を見た息子の栄司だけが亡くなった……。




 俺は御世さんに会いに行った。



ーーS市立病院ーー



「写真だけで呪いを受けた?」


 御世さんは大きな瞳を見開いた。


「はい。女郎々池には行っていないのに殺されたのです。京子から検死の結果を聞きました。古角 栄司は喉に小石を詰めて風呂場で溺死したようです」


「大変なことになっているわね」


 彼女の言葉に場が凍りつく。




「池の呪いが強力になっているわ」



 

 ただでさえ強力な呪いなのに、更に強くなっているだと!?

 そういえば、シノは慰霊塔の力を吸い取っているんだったな。


「強くなっているのはシノだけじゃなかったんですね」


「ええ。あの池も力をつけている」


 以前は池の揮発した水に触れると呪われていたが……。


 今は……。




「写真を見ただけで呪われる」




 呪われた人間が池の埋め立てに協力しようとしたらシノの霊に殺されるんだ。

 それにおそらく、シノは男を恨んでいて、呪われた男が幸せになると殺意を抱く。


 俺は御世さんから数珠を1つ貰った。

 


 これを古角に届けよう。

 

 俺は古角とS市の駅前で待ち合わせた。

 そこはバスのロータリー。


 20メートル先に古角が見える。


「物部さん!!」


 彼は、俺の顔を見るなり、全てが救われたように笑った。

 御世さんの数珠があれば、彼はシノから身を守ることができるのだ。


 その距離10メートル。


「ああ。物部さん。本当にありがとうございます」


 彼との距離が5メートルとなった、その時。



ずる……ずる……。



 あの音が響いた。

 同時にロータリーの照明が点滅を繰り返す。


「ごほっ! げほっ!」


 咳き込んだ古角は目玉を吐いた。



「ひゃあッ!!」



 眼前の古角は転倒した。何者かに右足を引きずられる。



「うぐぐぐぐぅッ!!」


「古角さん!!」



 久保田の時と同じだ!

 俺には見えないシノの霊が、あの人を引っ張っているんだ!


 手を伸ばしても遅かった。


 凄まじい速さで引きずられる。



ずるずるずるぅーーーーーーーーーッ!!



「ひぃいいッ!!」



 彼はバスの下敷きになった。






グジャアッ!!






 頭蓋骨がへしゃげる音がロータリーに響く。

 バスの車下から、真っ赤な血が一面に広がった。






 数日後。


 俺は仕事に復帰した。

 池の埋め立て計画を焦ってはいけないのだ。

 数珠とお札の用意は絶対である。


 特に男は数珠を身につけ、家にはお札を貼らなければならない。

 それらは御世の気を込める祈祷が欠かせないため非常に時間がかかった。

 


 俺は、父さんが守護神となって身を護ってくれているらしい。

 よって、池の呪いからは開放されているようである。

 京子には刑事業に専念してもらうことにした。なまじ埋め立て計画に首を突っ込んで、池の呪いが発動されても困る。


 あとは、俺が幸せにならないこと。

 それさえ守っていれば、池の呪いが発動することはない。


 まぁ、采ちゃんとの関係が微妙だからな。

 俺に幸せが舞い降りることはないだろう。


 それでも、なんとか折り合いをつけて、というか、俺が平謝りをして、彼女とは一緒に暮らせることになった。

 少しばかりギクシャクしているが、時季に落ち着くだろう。


 そんなある日。

 京子は空な目をして帰ってきた。

 正気の失った肌は青白く、今にも倒れそうな雰囲気である。



 一体、何があったのだろうか?

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