第33話 最強の霊

 采ちゃんと喧嘩をしてしまった。

 彼女に一番辛いことも言ってしまったし。

 どうやって仲直りすればいいんだろう?

 

 次の日。

 姉の京子に仲裁に入ってもらったが、妻の機嫌がよくなることはなかった。


 

 京子の出勤を俺が車で送ることになった。

 京子は嘆息をつく。


「まったく。困った弟ね。不妊治療をしている女性のことをもっと労わらなきゃダメよ」


「反省してます」


「あんたは昔からそういうところがあったわよ。仕事をしてる自分は偉いとかさ。男尊女卑的な考えね」


「そんな風には……」


 いや、少し思っているかもしれない。

 仕事と池のことで頭が一杯になってしまったんだ。


「離婚の危機と言っても過言じゃないわね」


 うう。それだけは避けたい。

 俺は本当に采ちゃんのことが好きだし、絶対に別れたくはないんだ。


「どうしたらいいかな?」


「手紙で自分の想いを伝えるしかないわね」


「そうか……。じゃあ、メールで送るよ」


「バカねぇ。何もわかってないんだから。こういうのは直筆の手紙を書くから気持ちが籠るんじゃない」


 なるほど。

 ただ気持ちを伝えるだけじゃ、ダメなんだな。


「家帰ったら書くわ」


「そうしなさい。それで、今日はどうするの?」


「池の埋め立て計画を進めたいんだけどさ。誠さんが亡くなったから頭打ちなんだ。まずは御世さんところに行ってどうするか決めようと思う」


 俺は京子を駅に降ろし、その足で病院へと向かった。



ーーS私立病院ーー



 御世さんは未だベッドから離れられないでいた。しかし、そこからでも霊視を使って池の状況を探る。

 蔵目 誠の死は言わずとも知っていた。どうやら、強い霊の行動は察知できるようである。


 彼女はゆっくりと目を開けた。


「女郎々池には主がいるわ」


「主?」


「池の力を媒体にしてね。強い悪霊に成長してしまったのよ」


「池の名前は遊女シノの自殺からついている訳ですし、そこから様々な霊を呼び寄せているでしょうから、やはり遊女シノの霊が、その強い悪霊ということですよね?」


「おそらくね。シノの霊が暴走をしているのだと思う」


「でも動けることが不思議ですね。祈祷会は成功したのに」


「シノは私たちに察知されないようにして身を潜めていた。左衛門の霊を隠れ蓑にしてね。操っていたといった方が正確かもしれないけど」


 霊が霊を操る。

 これは以前、御世さんから聞いた衝撃的な事実だったな。


「私たちは左衛門が元凶だと思っていた。だから無理矢理に消滅させたのよ。それで奴に囚われていた霊も開放されたしね。池の霊道も封印したし、これで全てが解決したと思った」


「つまり、隠れていたシノの霊が元凶?」


「そうよ」


 だから主か。

 とんでもない悪霊だな。


「その霊道を封印した時にシノは封印されなかったのですか?」


「避難していたのだと思う。私たちに波長を合わせないようにしてね」


 波長をズラして霊能者から身を隠す。

 そんな幽霊が存在するなんて、にわかには信じられん。


「そんな幽霊って、過去にはいたのですか?」


「そうね……。平将門がそれくらい強い霊だったかしら」


 た、平将門?

 聞いたことがあるぞ。確か、平安時代の豪族だ。


「でもね……。将門より強いかもしれない。私たちも初めてよ。こんなに賢くて強い霊は」


 お、恐ろしいな……。

 シノの霊は将門より強い。しかも御世さんでさえ遭遇するのは初めてなのか。


 しかし、池の霊道は封印しているから、そこから力を得ることはできないはずだ。


「でも、シノの霊はもう強くはなりませんよね? 池の封印は終えてますし、慰霊塔だって建ってる」


「それがそういう訳にはいかないのよ」


「というと?」


「シノは祈祷の力を吸収しているみたいなのよ」


「な、なんです、それ?」


 理解が追いつかん。


「池の慰霊塔。そこから池の霊力を封印する力が出ているのだけれど……」


「え? ま、まさか……」


「そう、そのまさかよ」


 御世の言葉に血の気が引く。





「彼女は慰霊塔の力を吸い取っているの」





 幽霊が霊力を吸い取る。

 こんなことがあってもいいのだろうか。


「む、無敵じゃないですか!? どうやって倒すんです?」


「力の媒体は池の地形によるものよ。奇跡的に霊に力を与える形をしているの。だから池を埋め立てれば終わるわ」


 よ、良かったぁあ……。

 解決策はあったんだ。


「じゃあ、なんとしても池を埋め立てないとですね」


「そういうことね。私は引き続き、霊視を続けるわ」


「何を見るんですか?」


「シノが暴走する目的を探る」


 シノは病気が元で自殺をしたと聞いた。人を恨む理由なんてなかったかもしれない。そうなると、彼女の目的がわからないな。でもトリガーはわかっているんだ。


「殺されるタイプは2種類。幸せになった男と、池の埋め立てに関与する人間」


「池はわかるとして、どうして幸せになる男を恨むのかしらね?」


「確かに……」


 それがわからない。

 遊女シノは結婚できたわけだし、左衛門に目玉をくり抜かれたわけでもないからな。


 御世さんはベッドから降霊術をすることになった。

 左衛門に取り憑いていた遊女の霊を降霊してシノの事情を探るらしい。

 まるで、殺人事件の聞き込みをする刑事みたいだ。

 

 殺しの目的がわかれば、なにか対策が打てるかもしれない。


 俺は鬼頭さんと共に埋め立て計画を進めるため、S市農業委員会の会員を訪ねることにした。







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