第32話 物部 采
俺は落胆していた。
誠さんのおかげで、池の埋め立て計画が進むと思っていたからだ。
まさか、ロサンゼルスで事故に遭うなんてな……。
蔵目 誠の遺体は渡米した麗華と共に帰国した。
葬儀は誠の母、利栄がやった場所と同じ祭儀場である。
事故に立ち会った蕎麦屋の店長、橘も帰国していた。
本当に事故なんだろうか?
ロサンゼルスは治安が悪いと聞く。強盗に遭う話は珍しいことではなかった。
橘は会話を戸惑っていた。どう伝えて良いかわからないようだ。
緊張しているのだろうか?
「私は警察ではありませんし、ありのままの話しを聞ければそれでかまいませんよ?」
「ええ……。それはそうなのですが……」
「それで、黒人の男は誠さんにお金を要求したんですよね?」
「いえ……。そうじゃないんです」
橘は思い出す記憶に確信を持って答えた。
「あれは……。多分……。強盗じゃないと思います」
「男の目的はなんだったんです?」
「女を出せと言っていました」
「女?」
「蔵目社長も私も男ですからね。それに、店に女性は雇っていません」
なんの話だろう?
「じゃあ、なんで女を出せなんて言ったんですか?」
「わかりません。だから私たちは、男が薬をやっているんだと思っていました。その薬を買う金が欲しくて強盗をしていると思ったのです」
橘は話しながら、自分でも納得する答えを探しているようだった。
「でも……。やっぱり、違うと思います」
「……違う? 何が違うのでしょうか?」
「金が目的じゃなかったと思うんです。男はしきりに女を出せと言っていましたから」
女……。
存在もしない女。
「……それで、どういう訳か、私にもわからないのですが、社長が急に苦しみましてね。口から小石を吐いたのです」
「小石?」
「ええ。大きさは飴玉くらいでしょうか。口の中から、何個も出していました。でも、男に飲まされた形跡なんかないんですよ」
胆石だ。
これで確実になった。
誠さんはシノの霊に殺されたんだ。
なんてことだ。まさか池から遠く離れた海外にまで力がおよぶなんて。
誠さんの死によって商業ビルのオーナーは完全に麗華さんの名義になってしまった。
今起こっている事実を彼女に伝えないと、大変なことになる。
蔵目 誠の葬儀が終わった翌日。
俺は麗華さんと話すことにした。
彼女とは駅前の喫茶店で話すことにした。
女郎々池に近づかないこと。そしてビルの売却を進めないこと。この2つを約束してもらって、俺は家に帰った。
今日、妻の采ちゃんは不妊治療の病院に行っていたようだ。
進行はよくないのだろうか? 顔色が暗い。もう2年も通院しているので詳細は聞かないようにしている。
「ねぇ翔ちゃん。今日はどこに行ってたの?」
池の埋め立て計画を進める俺は会社を休んで方々を歩き回っていた。
今日は麗華さんと話していたのだが、女性と、それもかなりの美人と2人で会っていたなんてのはいいにくいな。
「ちょっとね。S市の農業委員会の人とさ。池の埋め立てについて話していたんだ」
この計画について、采ちゃんには部外者でいてもらいたいのが本音だ。しかし、彼女は御世さんがやった祈祷会に参加しているからな。
俺が会社を休む理由を知る必要があるし、詳細を話さずにはいられないよな。
「池の埋め立てって。そんなに難しいの?」
「うん。かなりね」
「どれくらい会社を休むつもり?」
妻にとって夫の休業は不安の種か。
そりゃそうだよな。
なんとか安心させてあげたいが、誠さんがいなくなった今、その目処は立ちそうにない。
「2週間……。いや、あと1週間だけ休ませてくれ。それまでに農業委員会の人とコネを作ってさ。なんとか道を作るから」
「ふーーん……」
どうも空気が重いな。
ご機嫌を取るか。
「この件が終わったらさ。2人で温泉にでも行こうよ」
「…………」
何か変だな。彼女は怒っていると直ぐにわかるんだ。
「何か気になることがあるの?」
「ねぇ翔ちゃん。今日、会った農業委員会の人って男の人?」
「あ、ああ。勿論だ。中年のおじさんだよ」
「そう…………」
「じゃあ、晩飯を食いに実家に行こうか。京子にも話したいことがあるしさ」
俺がパーカーを羽織って玄関に行くと、彼女はボソリと言った。
「今日、駅前の喫茶店で見たの」
そこは麗華さんと会っていた場所だ。
まずい! 見られていたのか!
「違う! 誤解だ!!」
「何が違うの?」
「君を心配させないために嘘をついたんだ!」
「やましいことがないなら嘘なんてつく必要ないじゃない!」
「本当に違う! 余計な心配をかけさせたくなかったんだ!!」
「麗華って綺麗な人ね」
「本当に誤解だ!!」
「私が知っているの……。これだけだと思う?」
な、なんの話だ?
「以前にも、お義姉さんと一緒に麗華と会うと行って出かけたことがあったわよね? あの日、お義姉さんに確認したら1人で仕事をしていたわよ」
麗華さんが左衛門の霊に操られて俺の首を絞めた時だ。
「嘘をついたのは謝る!! ごめん!! でも、本当に誤解なんだ!!」
采ちゃんはドンと壁を叩くと頭を掻きむしった。
「女郎々池の呪いだとなんとか理由をつけて浮気をしていたんでしょ!!」
俺は何度も頭を下げて謝罪した。
しかし、彼女の怒りが治ることはない。
「俺だって必死にやってるんだ。池の呪いが止まらないと誰かが死ぬ。会社を休んでるのだってみんなのためだ!」
「そんなのは言い訳よ! 祈祷会は済んだんだから!!」
「違う!! 事実、蔵目誠は殺された!!」
「あの人は強盗に遭ったんでしょ! 池の呪いなんて関係ないじゃない!!」
聞き分けのない妻に俺の怒りが爆発した。
「ふざけんな!! お前は俺のいうこと聞いてればいいんだよ!! 素直じゃないから子供もできないんだ!!」
一番言ってはいけない言葉だったと思う。
「最っ低……」
その呟きを最後に、彼女は俺と顔を合わせなくなった。
最近、構ってあげれなかったのが一番の原因なのだと思う。
女郎々池のことで精一杯で、ここ数ヶ月、ろくに会話もしていなかった。
理由はわかっていたが、謝っても聞いてくれそうにない。
今日は実家に泊まるしかないな。
姉ちゃんに相談してみようか……。
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