第31話 海外での出来事

 蔵目 誠が帰国する飛行機の予約が明日となった。


 そんなロサンゼルス。夜9時。


 彼は蕎麦屋のチェーン店をロサンゼルスで展開していた。

 カウンターのみの小さな店。

 今は、3号店の店を閉める時である。


 店長と打ち合わせを済ませて店の前へと出た。

 さぁシャッターを下ろそう、そんな時だった。


「ヘイヘイヘイッ!!」


 荒々しい声を上げたのは黒人の男だった。そのポケットには銃を忍ばせる。


 この時間は人通りが少ない。誠は防犯面には十分に気を使っていたが、強盗に会うのは初めてだった。

 しかし、警備会社とは契約しているし、店の前は防犯カメラで撮影している。証拠が取れれば保険金が出るのだ。今をやり過ごせば、大した損害にはならないだろう。と踏んだ。


「金か? 撃たないでくれ。今、出すから」


 男は声を更に張り上げた。


「ヘイヘイ! ふざけんじゃねぇぞ猿野郎。女を出せ!」


「お、女? うちは蕎麦屋でね。女性の店員は雇っていないんだ」


 誠が金庫を開けとうとすると、男は発砲した。



バンッ!!



「う、撃つな!! か、金を取り出しているだけだ!!」


「ざけんな! 女が奥で笑ってんだろうが! 今すぐ出しやがれ!! ただじゃおかねぇ!!」


「女なんていない!!」



バンッ!!



「ぶっ殺されたいのか? 女を出せ!!」


 誠は店長に聞いた。


「女を雇ったのか?」


「いいえ。うちの店員は私と、バイトの男が1名いるだけですよ」


「じゃあ、とりあえずバイトの子を呼ぶんだ」


「もう掃除が終わりましたからね。帰ってますよ」


 誠は両手を上げて訴えた。


「聞いただろ? この店にいるのは私と店長だけだ。女なんていない!」


 男は店の奥に向かって発砲した。



バンッ!!



「ざけんなよ! 奥で笑ってんだろうが猿野郎!! 出せッ!!」


 男は店の中には入ろうとしなかった。常に外を警戒して逃げれる準備をしているのだ。

 しかし、それにしても、女の笑い声の意味がわからない。誠はカウンターにドルを置いた。


「ほ、本当に女なんていない! 笑い声なんて聞こえないしな。これで薬でも買えばいいだろう!」


 男は銃口を誠に向けながらも、その視線は店の奥を気にしていた。



ずる……ずる……。



 突然、あの音が聞こえた。誠が祈祷会で聞いた不気味な音である。


「ヘイ! この音はなんだ?」


「し、知らない!!」



ずる……ずる……。



「ヘイヘイ! 近づいて来るぞ!? 女か!?」


「知らない!!」



 誠の真剣な表情に嘘はなかった。

 男は釈然としないまま、カウンターに置かれたドル紙幣に目をやった。掴み取ろうと前に出た瞬間。

 誠は喉の詰まりを訴えた。



「うぐッ!!」



 前屈みになる誠。男は混乱した。



「な、なんだ!?」


「ゲハッ!!」


 

 誠は白い固形物を履いた。それはドロっとしており飴のように見える。

 男はそれが目玉であることに気づいた。


「ヒィイッ!! なんだそりゃあ!?」


 誠は喉の苦しさと同時に、誰かが自分の脚を引っ張る違和感を感じた。

 下を見ると、女がしがみついていた。その真っ白い手は濡れており冷たい。

 女は朱色の立派な着物を着ており、全身がずぶ濡れだった。


 誠の中に、あの恐ろしい祈祷会のことが過ぎる。心臓は張り裂けそうなほど躍動を繰り返し、汗は滝のように流れ出た。


 女が遊女の霊であることがわかったのだ。

 


「ううッ!!」


 

 しかし、体は動かなかった。それは恐怖からなのか、それとも何か特別な力が働いたのか、わからない。

  


「なんだ! そいつは!?」



 男の言葉に、彼も見えていることがわかった。今、この場所で、2人の男が遊女の霊を目撃しているのである。

 男の目線と、誠の視線は一致していた。互いに誠の足元に注目する。


 誠は男に助けを求めることにした。銃が効くかはわからない。だが、今この瞬間。強いのはこの男だけなのだ。

 咳き込む度に目玉を吐く。そうして声を振り絞った。




「撃て!!」

 



「ヒィィイイッ!!」




 男の悲鳴と同時。

 銃声が細い路地に響いた。



バーーン! バーーン!!



 男は恐怖のあまり、発砲して逃走した。


 その弾丸は誠の胸と腹部に当たっていた。真っ白いカッターシャツが真っ赤に染まる。

 店長が通報して救急車が到着するも、彼の意識が戻ることはなかった。






 翌日。

 防犯カメラの映像から、黒人の男が逮捕された。強盗未遂、殺人の容疑である。

 男は調書を書く警官に抗議した。


「男が目玉を吐いたんだ! ドロドロの目玉だ!!」


 誠の喉には小石が詰まっていた。初めは男が飲ませたものだろうと推測されたが、カメラの映像から却下された。

 原因は不明である。


「女がいたんだ! 着物を着た女だ! 全身濡れててどっから現れたかわかんねぇが、女がいた!!」


 警官は防犯カメラの映像を見ていた。

 そこには誠と店長、そして黒人の男しか映っていない。


 警官は眉を寄せた。目玉の話、そして女。映像が全てを物語る。男の虚言話だと。


「薬のやりすぎだな」


「本当だ! 女がいたんだ!! 気味が悪い女だ!!」


「カメラには女なんて映っていやしないよ。お前の妄想だ」


 男には犯罪歴があった。もう捕まるのは慣れている。

 だから、自分の犯した罪に関しては納得していた。しかし、この言い分だけには理解を求めた。


「ありゃ、日本人の女だ!!」


 警官は呆れるだけ。しかし、男は訴えた。



「女が俺の肌の色をバカにしたんだ。『色の黒いお兄さん。こっちに来なさいな』そう言った。だからムカついて撃ったんだよ!!」




 誠の訃報は日本にいる彼の妻、蔵目 麗華に伝えられた。


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