第30話 池の埋め立て計画

 俺は会社に休暇をもらうことにした。

 池の埋め立てに協力するのである。


 この件が片付くまでは心の休まる時はない。

 

 妻の采ちゃんにも説明をして理解してもらった。





ーーS市民会館ーー


 今日はここの一室を借りて、埋め立て計画の話し合いの場となった。

 農業委員会の関係者は50人ばかり。計画の詳細が書かれたパンフレットを難しい顔で読み進める。


 朽木神木会からは鬼頭が参加した。その補佐として俺も参加する。


 鬼頭の右肩には義手が付いていた。まだ慣れていないのか、その腕を摩る動作が癖になっているようだ。


 この計画にはS市農業委員会の協力が不可欠だ。なにせ土地の所有者はこの人たち。

 会員の同意なくしてことは進めないのである。

 

 田畑を買い占めるには理由があった。池を埋め立ててしまうと水の供給ができなくなるため田畑の運用が難しくなるからだ。

 

 遊女シノが人を殺しているのは事実だからな。池を埋め立てなければ死人は増える。


 だから、この計画はみんなの同意を得てスムーズに進む。と思っていたのだが……。



「協力はできませんよ」



 眉間にしわを寄せたのは委員長の古角だった。彼は電車の事故で死んだ田村の後継者である。

 

「埋め立ての理由が、超実定法的措置ぃ……。ってこれはなんです?」


 朽木神木会が用意した資料をパシンと叩く。

 これに応えたのは計画のリーダー、鬼頭だった。

  

「国が人命を優先する時に取る処置のことです」


 この説明にみんなは声を荒げた。


「国と宗教団体とどう関係があるんだ?」

「祈祷は成功したんだろ?」

「悪霊は消滅したって聞きましたよ?」

「人命がどう危険なのですか?」


 鬼頭は全ての質問に答えた。

 朽木神木会が防衛省の傘下にあること、池の祈祷後も遊女の霊が人を殺していること。

 そして、あの池が未知の力を持っていること。


 池の祈祷会に参加した委員会の人たちは納得するしかなかった。

 なにせ、あの祈祷会では30人もの神木会員が殺されたのである。その脅威はまだ記憶に新しい。


「しかし、その遊女の霊ですけどね。人を殺していると言っても、我々には何も影響がないんですよ? この池とは関係のない悪霊なんじゃないですか?」


 これにはみんな同意した。

 あの祈祷会の一件以来、身の回りに起きていた不思議な現象が止まったというのだ。


 会員たちは次々に声をあげた。


「祈祷するまでは、毎晩、ずるずるって何かを引きずる不気味な音が聞こえていたんですけどね。祈祷が終わってからはバッタリしなくなりましたよ」

「私は女の声です。誰もいない部屋で女の声が聞こえることがありました。でも、祈祷が終わってからは無くなりましたね」

「わしは金縛りじゃな。遊女の霊が枕元に立つんじゃよ。恨めしそうな顔をしてな。理由はわからんが、あの祈祷が終わってからすっかりそんなことも無くなったわい」

 


 他にも、頭痛、倦怠感、目眩。原因不明の病状を訴える者がいたものの。その全てがあの祈祷会が終わってからしなくなったのだという。


 まいったな。

 今起こっている現象が特殊すぎて、神木会と農業委員会で隔たりができてしまった。


 神木会は池を危険視して埋め立てたい。委員会は池の利用するために守りたい。


 委員会は池を守る立場だから、遊女シノにとって都合がいい。だから呪いが発動しないんだ。

 とても神木会の言い分を理解してくれそうにないぞ。


 古角は腕を組んだ。


「国の命令と言われましてもね。納得もせずに土地を手放すわけにはいきませんよ。しかも、相場の半分の値段じゃないですか。とてもそんな値段じゃ無理ですよ」


 鬼頭は汗を垂らす。


「しかし、予算の問題もありましてね。その額が限界なのです」


「はん。安い値段で人の土地を取ろうなんて、そりゃ違憲では? 最悪裁判ですね」


 これには流石の鬼頭も口を閉ざした。


「今は田畑を持っていてもそんなに便利じゃありませんしね。提示してくれた3倍の値段なら考えても良いですけどね」


 金の問題が浮上する。

 超実定法的措置といっても国が出せる額は決まっているのだ。


 とても話ができる環境ではないな。


 俺たちは諦めて御世さんの元へと帰った。




ーーS市立病院ーー


 御世さんの入院している一室は朽木神木会によって特別な部屋となっていた。

 ベッドは紙垂で囲まれて、その前にはお香が炊かれる。

 病院側も防衛省直属の命令を受けているので特別待遇である。


 御世さんはベッドの上で手を合わせていた。

 どうやら、遊女シノの動向と池の力を探っているようである。


「ゲハッ!!」


 突然の吐血にみんなは青ざめた。

 鬼頭は彼女に寄った。


「御世様! 無理をなさらずに!」


「ええ。ありがとう大丈夫よ」


 彼女はベッドの上で横になった。





「わからない……」




 そう言って目を瞑った。


 わからないとは、遊女シノの目的、そして池の力のことである。



 次の日。

 俺は蔵目 誠と連絡を取った。

 池の埋め立て計画には隣接した商業ビルも絡むのだ。

 彼はビルの所有者だが、今はロサンゼルスで飲食店を経営していた。


「じゃあ。お金があれば土地の買取ができるのですか?」


「まぁ、そうですけどね。古角さんは提示額の3倍も求めているんですよ。鬼頭さんに聞いても2倍すら無理だといいますからね。とても実現しそうにありません」


「私が協力しましょう」


「え?」


「私が全ての土地を買い占めましょう」


 耳を疑った。しかし、富豪の息子ならば実現できてしまうのである。


「でも、どうしてそんなにお金を出してくれるんですか?」


「遊女シノの霊が悪霊となって人を殺しているのでしょ?」


 シノの目的は不明だが、祈祷会から2人も殺されているからな。


「そうだと思います」


「だったら止めなくちゃ。あの池を埋め立てることで止められるのなら全力で協力しますよ」


「ありがとうございます!!」


「母の仇です」


 彼の行動は早かった。

 帰国するために飛行機の予約を取ってくれた。


 希望の光が見えてきたぞ。

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