第27話 長谷川

 俺は長谷川から届いたメールを開いた。

 そこには池の写真が何枚もあった。


 上段池は綺麗に撮れてるけど。

 

「あれ?」


 下段池の写真は、所々モヤがかかったように黒くなっているのだ。

 しかも、下段を撮影した写真は全てである。


 なんだか気味が悪いな。

 心霊写真っていうか、撮影ミスというか、判断は微妙だがな。

 撮影時間は昼過ぎだったから、明るい時間だしな。光量は十分だっただろう。

 それなのに、黒いモヤ……。


 とにかく、変な写真なのはいうまでもない。


 俺は長谷川へ電話をした。


「変だな?」


 しかし、彼は出なかった。


 まぁいい。

 もう夜の8時だ。実家に行って夕食を食べようか。


 俺はそのデータをプリントして実家へ向かった。


 

 キッチンに行くと、京子が缶ビールを飲んでいた。

 ラフな格好で、随分と気が抜けている。


「歴史調査ご苦労さん」


「なんだよ。いい身分じゃないか」


「今日はたまたま早く帰れただけよ。私だって休みはないんだからね」


「俺に仕事を押し付けてんじゃないよな?」


「それはないわよ。あの祈祷会以来、忙しさの極地なんだから。で、病院にも行ったんでしょ? 御世さんの体調はどうだった?」


「変わらないな。ずっと寝たきりだ」


「そう……。事件は解決したのにね」


 まったくだ。事件は解決したのに……。


「そうだ。教育委員会の人がさ。池の写真を撮ったんだけど少し変なんだ。姉ちゃんも見てくれよ」


「え……。まさか心霊写真じゃないでしょうね?」


「よくわからないんだけど……」


 京子は写真を見て笑った。


「なんだ。脅かさないでよ。綺麗に撮れてるじゃない」


 いや、そんなことはない。

 黒いモヤが池の部分に……。


「あれ!? ない!?」


 さっきまであった黒いモヤがなくなっているぞ。

 見間違いか?


「ごめんね翔太。あんたも疲れてるんだね。今日は酒でも飲んで休みなさいよ。美人なお姉さんが注いであげるからさ。100倍は美味しいお酒になるわよ」


 俺は写真を見つめていた。

 

 そこには何の変哲もない下段池が写っているのだった。


 おかしいな。確かに黒いモヤが写っていたんだがなぁ……。



 次の日。

 勤務中、京子から電話が入った。


「ねぇ翔太。あんたと歴史調査に当たった人って長谷川 紀文さんよね?」


「下の名前までは覚えてないけどね。教育委員会の人なら長谷川さんだよ。どうして?」


 彼女の言葉に目を見張る。







「彼の遺体が見つかったのよ」






 それは首吊り自殺だった。

 

 昨日、楽しそうに歴史調査をしていた人がなぜ?

 写真を見た後、電話に出なかったが、もしかしてあの時か!?


 鑑定結果は自殺だと断定されていたが、軽い調査が入った。




 俺は情報提供者として署で話しをすることとなった。


 遺書が残っているらしく、取調べ室で見せてもらうこととなる。


 京子とこんな部屋で会話するなんてな。なんだか妙な感じだ。


「残っていた遺書がこれなんだけどね。気味が悪くて」


 それは遺書というより、メモのような文字だった。

 その字体は震えていた。まるで、文章を書くことで恐怖から逃れようとした、そんな感じである。


 句読点すらない文章。メモにはこう書かれていた。





【写真が動く 人のように見える 女が近づいてくる】




 その悍ましさに汗が止まらない。


 写真が動くとはどういうことだろうか。

 

 思い返すと、写真の黒いモヤ。

 少しだけ、動いていたような気がする……。

 それが人の形になって、次第に女に見えた……。ということだろうか?


「それでね……。翔太……。私も混乱しているのだけど」


 京子は言いにくそうに眉を寄せた。


「女郎々池の事件は解決したと思うんだけど……。やっぱりちょっとね」


「なんの話だよ?」


「長谷川さんの遺体にね……」


 嫌な予感がする。


「彼の喉にね……。あったのよ──」


 再び、汗が噴き出した。

 驚かずにはいられない。






「胆石が詰まっていたの」






 喉に詰まる謎の石。

 春子さんは霊の目玉だと言っていた。

 左衛門が霊から目玉をくり抜いて、それを喉に詰まるのだ。


 事件はまだ終わっていないのか?


 俺は長谷川の写真データを携帯に飛ばしていた。

 そのデータを見ようとした時。


「なんだ……。これ?」


 その着信履歴に長谷川さんからの電話が何十件も残っていたのだ。


 思わず、携帯を手放す。


「ど、どうしたの翔太?」


 自殺した人から着信を受ける恐怖は想像を絶する。


 彼は俺に助けを求めていたのか?


 でもおかしいな。

 履歴の時間は俺が写真をプリントしていた時だ。 

 昨日、携帯は鳴っていないはずだが……。

 


 その一件に留守番電話が入っていた。

 奇妙なことにその履歴は今日の日付になっていた。


「今日の日付になっている……。長谷川さんじゃなかったのか?」


「まさか……。犯人からの電話?」


 俺たちは唾をゴクリと飲み込んだ。


「これを聞けば、昨日起こった自殺の経緯もわかるかもな」


 俺たちはそれを聞いてみることにした。


 意外だった。


 


『もしもし物部さん?──』



 その声の明るさに拍子抜けする。いつもの長谷川さんである。



『凄いことがわかったんです!──』



 しかし、平然と明る過ぎて逆に不気味でもあった。


 そんな彼の言葉に俺たちは顔を見合わせた。




『遊女シノのことがわかったんですよ。彼女の子孫が生きているんです!』




 驚きの事実。

 シノの子孫が存在する。



『もし良かったら、次の日曜日、一緒に訪問しませんか? アポを取っているんです。また連絡しますね。それでは失礼しまーーす』



 電話はそこで終わった。


 彼の軽快なトーンと起こっている事象のギャップがチグハグすぎて言葉が出ない。

 奇妙なことの連続である。


 京子は頬をピクピクと痙攣させた。


「なに。これ?」


 俺だってわからない。

 しかし、この電話の記録時刻は彼が死んでから録音されたのである。


 京子は長谷川の携帯履歴を調べることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る