第25話 呪いの終焉
祈祷会を仕切っていた鬼頭は参号車へと走っていた。
その途中、何かに当たって吹っ飛ばされる。
それはバチンと感電したような大きな音だった。
俺は鬼頭の元へと走った。
「大丈夫ですか!?」
「うう……。も、物部。悪いが私を参号車に連れて行ってくれ」
鬼頭の髪は焦げていた。顔の肌は所々破けて血が出る。まるで感電したかのような怪我だった。
「い、医療班に見てもらっては?」
「そ、そんな時間はない。
参号車には大きな丸い鏡が設置されていた。それは成人男性ほどの大きさで、悪霊に対抗する特別な鏡だという。
「ぎゃぁあッ!!」
俺たちの背後から悲鳴が響く。
「か、構うな。行ってくれ」
鬼頭は俺の肩を借りて参号車へと向かった。
俺の足元にボールが転がってきた。
それはサッカーボールをほんの少し小さくしたような大きさ。泥のような液体が付着して濡れている。
飛び散った泥が俺のスニーカーに飛び散った。
赤い……泥?
それが血液とわかるのに時間はかからなかった。
それはボールではなかったのだ。
人の、生首。
監視係りの男だった。
「うわぁあああああああああああッ!!」
混乱が止まらない。
左衛門の霊にやられたのか?
刀で首を斬った?
「物部。落ち着け。さ、先に進んでくれ」
俺は目に涙を溜めながら、彼女を参号車へと運んだ。
今は儀式の第2段階。霊の封印である。
しかし、こんな悪霊は退治すべきだ。もう次の段階に進んで欲しい。
「鬼頭さん。もう霊を封印するどころじゃないでしょ!」
「もうその段階は終わっている。祈祷の儀式は最終段階に移っているのだ」
「じゃあ早く倒してくださいよ! 御世さんの力なら勝てるんですよね!?」
「無茶をいうな。悪霊は強大だ。しかも、池は呪いを溜め込む場所となっている。よって、悪霊を退治して、池の封印をしなければならんのだ」
彼女は印を組んだ。
彼女が教を唱えると、あの不気味な音が響き渡る。
ずる……。ずる……。
ダメだ。やはり姿は見えない。
目を細めても、黒い霧が見えるだけだ。
しかし、この音はみんなに聞こえているらしく、それぞれが悲鳴を出し、堪えきれない者は耳を押さえた。
ふと、八咫鏡を見ると、そこには刀を持った侍の姿を映っていた。
左衛門だ!
その下半身には何十人もの遊女が恨めしそうに体を連ねる。それは大蛇のようなうねりを見せた。
左衛門は刀を振り下ろし、鬼頭を襲う。
「あぶない!!」
俺の叫びをかき消すように、みんなの教が大きくなった。
その中心になっているのは御世の声。
「オン キリキリ バザラ ウン ハッタ!」
その声に合わせて左衛門の動きが止まった。その四肢には鎖が巻かれていた。
再び、教が流れると、左衛門はもがき苦しむ。
「ナウマク・サラバタタギャーテイビヤク・サラバボッケイビヤク・サラバタタラタ・センダマカロ シャダ・ケン・ギャキ・ギャキ・サラバビギナン・ウン・タラタ・カン・マン 」
左衛門の鎖に炎が宿ったかと思うと、それは全身に飛び火した。
あれ? 見えるぞ……。
鏡の力が俺に宿ったというのだろうか。その姿は目を凝らさなくても見れるようになった。
左衛門は苦悶の声を上げる。
『ぎゃあああああああッ!!』
しかし、その目は益々、殺意を帯びて、この世の全てを恨むような殺気を放った。
熊のような唸り声を上げる。
『ぐわぁぉおおおおおッ!!』
その声はトラックの窓ガラスにヒビを入れるほどだった。
俺の鼓膜が破れそうだ。
「きゃああッ!!」
その悲鳴は御世だった。
凄まじい速度で彼女の体が荷台から下ろされる。
急いで、周囲の巫女たちが彼女を押さえた。
しかし、御世の体は何かに引っ張られるように池の方へと引きずられた。
ズルズルズルーーーーーー!!
御世を引っ張る者。
それは蛇のように連なった遊女の霊だった。
俺も急いで巫女たちを手伝う。
しかし、
なんだこの力。つ、強すぎる!
とても無理だ!
巫女たちは助けを呼んだ。
「「「ああ!
鬼頭は傷ついた体を引きずって目の前へとやってきた。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」
そう唱えた後に短刀を振りかざす。
「急急如律令!!」
その言葉と同時に短刀で遊女の霊を切り裂いた。
俺たちは切れた反動で横転する。
「うわぁッ!!」 「「「 きゃあッ!! 」」」
急に軽くなった。
御世さんは助かったのか?
ズルズルズルーーーーーー!!
次に引っ張られたのは彼女だった。
「ああ! 鬼頭さん!!」
すぐさま、池のフェンスに到達し、彼女の右腕は網目の隙間へと突っ込んだ。
ガシャンッ!!
しかし、それが幸運だったのかもしれない。
池の中に引き摺り込まれるのをフェンスが耐えてくれたのだ。
俺たちは急いで鬼頭を引っ張った。
御世が大きな声を上げる。
「ノウマク サンマンダ バザラダン センダ マカロシャダ ソワタヤ ウンタラタ カンマン!」
その教と同時。
左衛門の霊は炎に包まれて燃え尽きた。
『ぎゃああああああッ!!』
断末魔が轟く。その声は車のガラスを破壊した。
遊女の霊は最後の力を振り絞って鬼頭の腕を引っ張った。
ズジャァッ!!
という、肉がもげる音がしたかと思うと、俺たちは転倒した。
鬼頭の右腕は無くなり、ダラダラと出血する。
「「「相音様ーー!!」」」
「うう……。わ、私に構うな。悪霊は消滅したが、御世様が池を封印されている。その手伝いをなさい。最後の始末だ」
池の上空には大きな光が渦を巻いていた。それは、八咫鏡から発せられていた。
この現象は、どうやら他の人にも見えているようだ。
しかし、何もできない状況に、ただブルブルと震えて、祈るように手を合わせるだけだった。
「オン カカカ ビサンマエイ ソワカ……。オン カカカ ──」
御世の言葉に呼応して、光の渦は発光した。
女郎々池は、封印されてなるものかと、最後の抵抗を見せる。
水はうねり、竜のように鎌首をもたげた。
その水は俺たちを襲う。
しかし、御世の叫びがその竜を打ち砕く。
「──ビサンマエイ ソワカァアアッ!!」
俺たちは砕けた水の塊でびしょびしょになった。
左衛門に切られた巫女たちの遺体がその水に晒される。
地面は血の色に染まっていた。
それは数え切れないほどの死体だった。
一体、何人殺されたんだろう?
「采ちゃーーん! 京子ぉおお!!」
「翔ちゃん!」
「翔太!!」
良かったぁ。2人は無事だ。
京子は池を見つめた。
「終わったの……?」
俺たちが壱号車を見ると、巫女たちと医療班が集まっていた。
その中心に御世が横たわる。
「まさか、さっきの攻撃で!?」
鬼頭は右腕を止血しながら言った。
「安心しろ。御世様は生きておられる。ただ、大量の水を飲んでしまってな。意識不明の重体だ」
命があるのならそれに越したことはないが……。
こうして、悪霊、左衛門を倒し、池の呪いは封印されたのだった。
数日後、妙な兆しがあった。
それは、女郎々池の歴史調査に市の教育委員会が動いたのがきっかけである。
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