第24話 最後の祈祷会
祈祷会のまとめ役は鬼頭 相音だった。
祭具は全てトラックの荷台に置かれていた。
そこが御世をはじめとする、主要メンバーの舞台になるのだ。
今回の祈祷の流れは異例で、3段階に分けられていた。
1段階目。神の力を使って霊と交信し、供養によるお祓い。
2段階目。呪いの封印。
封印が上手くいけば、それでことなきを得るという。
もしも、この封印が上手くいかない場合は最終段階に入る。
3段階目。霊力による悪霊の退散。
つまり、最後は強制的に力でねじ伏せるのだ。
素人目には、直ぐに止めを刺して欲しいものであるが、どうやらそうもいかないらしい。
神事を司る者は基本的に平和主義で、悪霊であっても段階を踏むのだという。
いわば、犯罪者を投獄して、犯した罪を反省させるとでもいうのだろうか。直ぐに死刑にしないといえば、理解はできる。
トラックの外には机やモニター、パソコンが置かれていた。
モニターに映し出されたグラフを見つめて鬼頭が声を張り上げる。
「参号車の温度表示がないわよ! どうなっているの?」
「すいません。温度計が壊れています」
「冷房設備は生きてる?」
「それは大丈夫です」
「じゃあ、温度計を修理してる時間はないから、参号車の温度は無しで行くわよ。監視係は注意してフォローなさい」
会話の意味は不明だが、えらくハイテクだな。
俺の横には御世さんがいて、みんなの準備を見守っていた。
「こういうのって御世さんが指示するんですか?」
「まさか。私は何もわからないわよ」
「え?」
「相音が頼りになるの。全部彼女が指揮してくれてるのよ」
「祈祷とか除霊って、そんなもんなんですか?」
「平成の時代からかなり変わったの。犠牲者を出さないためにね」
「犠牲者?」
「強大な悪霊を払う場合、攻撃を受けるからね。それを塞ぐ対策を取るようになったのよ」
怪我人が出るかもしれないのか……。
鬼頭の気迫からその必死さがうかがえる。
嫌な予感が走った。
「まさか……。負けるなんてこと、ありませんよね?」
「…………娘の仇だからね。絶対に負けられないわ」
うう、勝つって言ってくれよぉ……。
鬼頭がこちらにやってきた。
「御世様。そろそろお準備を」
「ええ。そうね。少しだけ待ってね」
御世は俺を見つめた。
「翔太くん。さっきから少し君の守護神を見ていたの」
春子さんは俺に神様が憑いていると言っていたな。
「その守護神。きっと君が知っている人よ」
神に知り合いはいない。
「なんの話しですか?」
「そうね。急に話しても難しいだろうしね。……君のお父さんのお仕事は?」
「不動産関係の仕事でしたけどね。20年前に事故で亡くなりました」
なんの関係があるんだ?
「お父さんは、この場所の売買に関係しているわ」
「え!?」
そういえば、池の増設工事が始まったのも20年前だった。聞いた話だと、不動産の視察に行った時に建設機械の下敷きになったらしい。
「お父さんは池の増設に反対していたんだと思う」
「そ、それじゃあ、池の呪いを受けたんですか!?」
「おそらくね……」
まさか、父さんが女郎々池と関係していたなんて想像もつかなかったな。
「で、でも。霊が誰かに危険を知らそうとした時、左衛門の霊が現れて目玉をくり抜かれます。今まで何体も霊が殺されました。俺の守護霊なんてなれないのでは?」
「お父さんは池の呪いが強大なことを知っていた。だから、霊界で修行をされたのよ。修行をして、守護神になった」
霊が神になる?
霊界で修行なんて、まるでマンガの話じゃないか。
しかし、俺のそんな考えは幼稚なものだと気付かされる。
「霊界の修行は過酷なものよ。場合によっては魂が消滅してしまう」
「どうして父はそうまでして守護神になったのでしょうか?」
「全て、君を護るためよ」
そんな想いで俺の側にいてくれていたのか……。
そういえば、霊が見えるようになったのと、池で事件が起こり始めたのは同じタイミングだった。
父さんが俺を助けてくれていたのか。
俺の力じゃあ、後ろを見ても何も見えないし、感じることはできないけれど、なんていうか……。目頭が熱くなる……。
「想いは力になるわ。翔太くん。この祈祷が上手くいくように祈っていてね」
「はい!」
御世さんはトラックの荷台へと向かった。
しばらくすると太鼓の音が鳴り響く。
ドンドン! ドドドン!!
トラックの荷台には大きな太鼓が置かれていた。
それを巫女の格好をした朽木神木会の会員が打つ。
太鼓の音は祈祷が始まる合図だった。
笙の音が流れ、金太鼓がチンチンと叩かれる。
その音に合わせて数人の巫女たちが鈴の付いた神木の枝を振り回した。
俺たちはトラックの側で祈祷を見守る。
儀式の第1段階。霊との交信である。
神様に仲人になってもらい、悪霊を成仏へと導く。
女郎々池に向かってお経が唱えられた。
すると、それに呼応するように池の水面から波紋が現れた。
理屈はどうなっているのだろうか。皆目検討もつかないが、腹の奥から、胃液をかき乱すような振動がズンズンと響く。
壱号車のトラックの荷台には御世が乗っていて、大きな声でお経を読んでいた。
それが池に作用して波紋を作っているようである。
亡者の声なのだろうか。どこからともなく、「あ〜〜。うぁ〜〜」という苦しそうなうめき声が聞こえ始めた。目を細めると、黒い霧があちこちで発生している。
パソコンをチェックしていたモニター班は叫んだ。
「弍号車の温度が上昇しています!」
鬼頭は声を荒げた。
「攻撃が始まった! 弍号車の防御を固めよ!」
どうやら、霊との交渉は難航しているようだ。
彼女の指示で巫女たちが弍号トラックの前へと集まった。
印を組み、経を唱えると全員が淡い光を発する。
監視係りが悲鳴をあげる。
「参号車がぁあ!!」
参号車の荷台に乗っていた神主、巫女たちが吐血して倒れたのだ。
鬼頭は咎めるように叫ぶ。
「どうして事前に知らせなかった!?」
「温度計が壊れていたので攻撃がわかりませんでした! 速すぎて感知できません!」
「チッ! 医療班を参号車へ回せ!! 他の者はフォローに回れぇええ!!」
御世の経は更に激しさを増した。
太鼓の音調は変わり、トラックの前では護摩が焚かれた。
祈祷は第2段階。封印に移ったのである。
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