第23話 呪いの全容
池に行く準備は整っていた。
大型トラックの中には祈祷に使う祭具が詰まる。
女郎々池へと上がる道は県警の指示の元、封鎖された。
特別処置らしく、詳細は京子でもわからないようだ。
トラックに設置された6桁のナンバープレートが気になる。
「あれが自衛隊のナンバーなら、御世さんたちは自衛隊なのかな?」
「朽木神木会は宗教法人よ。普通なら文化庁の管轄なんだけどね。自衛隊の車なら防衛省なんだけど、あそこはいくつも系統があって複雑なのよ。宗教法人とくっついてるなんて聞いたこともないけど」
とにかく、御世さんの創設した朽木神木会は警察では計り知れない組織なんだな。
封鎖した場所には簡易の受付が設置される。
そこでは池の関係者だけが通れる仕組みだ。
蔵目夫妻をはじめ、S市農業委員会の関係者が大勢来ることとなった。
春子さんは池の前にさえ行くことができなかったが、御世さんはすんなりと池に到着した。
鬼頭が池を睨みつける。
「凄まじい。呪力だ……」
池の呪いは、邪魔する者を許さない。俺は2回も命を狙われた。
「鬼頭さんたちは道中なんともなかったのですか?」
「我々は御世様を筆頭に全員で霊力を高めて壁を作っていたからな」
「壁?」
「お前……。少しは力があるのだろ? 見えなかったか?」
「そういえば、トラック全体が淡く光っていました」
「それさ。我らの力を合わせれば一切の邪気を払う。しかし、力が強すぎてな。関係のない周囲に影響が出てしまうのだ。飛ぶ鳥が壁に触れれば気を失ってしまうだろう」
なるほど。だから、みんなに影響が出たのか。
京子の月経が早まったことや、采ちゃんの頭痛の原因はそれだ。
トラックの荷台には朱色で、梵字が書き連ねられていた。
その1文字に1文字に霊能力を感じられる。並の悪霊ならば近づくことさえできないだろう。
そんな荷台が鳥の羽のように開く。
そこには祭具を準備した者たちが乗っていた。
その中から御世が降りてきた。
その姿は正装しており、赤い袴に白い着物。額の両側には木の枝を刺していた。あれは神木だろうか。
なんとも神々しい、神事を司る姿である。
御世の殺気は凄まじいものだった。
娘を殺されたことを思い出しているのだろう。
その目は鋭く、水面を睨みつける。
「凄まじい怨念ね」
彼女の娘、春子さんは池の手前で呪われて殺された。
やはり、相当邪悪な念に違いない。
「春子さんは、こんなに強い怨念は初めてと言っていました」
「そうね。……そうかも。あのビルが悪い気の流れを促進してるわ」
御世さんはカフェ・ナチュレが入っていた商業ビルを指差した。
「殺人事件が多発したのはあのビルが建ってからでしょ?」
京子は思い返していた。
「そうです! 商業ビルが建設されてから所有者が亡くなり、不審な事故が多発しています!」
何かあるとは思っていたが、そうなると、俺の予想は外れていなかったな。
「20年前に池の拡張工事が行われたんですけど。その時に供養塔が壊されたんだと思います」
つまり、そこから左衛門の怨念が膨らみ始めた。そしてビルの建設によってその怨念は更に力を増したということだ。
「供養塔……?」
御世は辺りを見渡した。
「まだあるわよ。……あそこ」と言って指を差す。
俺たちは目を見張る。
そこは土壌が盛り上がって小高い山になっており、草木が生い茂っていた。
池の水はその山から小川沿いに流れ込んでいる。
朽木神木会のメンバーはその山を調べることにした。
祈祷には池の調査が必須のようだ。
全容が把握されない状態でのお祓いは危険なのだという。
山はほんの5メートル程度の高さであるが、その周囲を草木が生い茂っており中に入れない。また、その頂上がどうなっているかもわからなかった。
神木会員たちは鎌を使って草木を切って道を作った。
それでも草をかき分けて登る。
頂上に行って驚いた。
そこには小さな池があったのだ。
「こ、こんな所に池だと?」
池の周囲は60メートルといったところか。
1分も歩けば余裕で一周できてしまうだろう。
これにはみんなが驚いた。
S市の農業委員会でさえ把握していない池である。
代表者に聞くも顔を横に振るだけだった。
元々、この池の所有者は蔵目 慎太郎である。商業ビルが建った半年前にその所有者が亡くなって、地理に詳しい者が少ないのだ。
代表者の古角は言う。
「引き継ぎの代表は田村さんでしたからね。私らじゃわかりませんて」
田村は電車の事故で亡くなっている。
京子は調査ファイルをめくった。
「おかしいわね。この池、国土地理院の地図にも乗ってないわよ?」
それは妙だな。国土地理院の地図は小さな農道でさえも記されるもっとも詳細な地図だ。
池の大きさが小さすぎて載っていないのか? それとも把握していないのか?
どちらにせよ、誰も知らない池が存在していたことになるな。
「あの辺りね」
御世が差したのは池の側だった。大きな柳の木があって、その垂れた枝葉を水面に付ける。
その木の幹を囲むように草木が覆っていた。
どうにも妙な感覚がするな。
邪悪とも清らかとも違う、奇妙な空気感。
あの場所に何があるんだろう?
会員たちが鎌を使ってその周辺の草を刈り取った。
石肌の一片が見えると、みんなは一同に声を出した。
「「「 ああ!! 」」」
小さな供養塔が立っていたのだ。
供養塔があるだと?
つまり俺の予想は間違っていた。工事の際に壊されたじゃなかったのか!
それは苔まみれで、数100年も経っている様相だった。
その横には小さな屋根。柳の木と一体化するように朽ち果てた小屋があった。
おそらく、悪霊を鎮める意味合いだろう。その中には明王の像が置かれていた。
「なぁ京子。市の教育委員会はこのことを知らなかったのか?」
「それが把握できなかったみたいなの。市の歴史調査でもね。女郎々池の担当者は様々な事故に遭ったらしくて、全容を解明する前に頓挫するんだって」
なるほど……。もしかしたら国土地理院の地図に載っていなかったのもそれが関係するのかもな。
逸話ではシノの霊を鎮めるために供養塔が建てられたと聞くから……。
「ここが女郎々池!?」
京子は目を見張る。
「20年前の池の拡張工事。実際は池を潰して広げたんじゃない。池を増やしたんだ! 地図にも載っていない池だから、拡張工事という名目になって、池がもう1つ増えた!!」
「池が増えたか……。しかも、供養塔は元々壊していないから、新たに作ったりしなかったんだ。とんでもないことになっていたな」
俺の言葉にみんなが注目した。
「この池の逸話は恐ろしい。左衛門に目をくり抜かれた遊女シノは、この池に身を投げて自殺した。そして、打首になった左衛門の首はこの池の側で晒されたんだ。つまり、この池には2人の怨念が宿っている。そして、揮発した水には呪いの力が宿る。でも、いままでは、水の呪いは供養塔と明王の像で封じられていた。しかし、2002年に造られたもう1つの女郎々池によって、その呪いの水は流れて貯まることになったんだ」
鬼頭は目を細めた。
「呪いの水が貯まっているというだけでも危険なのに。あのビルが建って邪気の貯まる気道を作ってしまったのか」
左衛門の霊が化け物になった理由がこれで判明したな。
池の呪力が奴に強大な力を与えたんだ。
御世の言葉に緊張が走る。
「さぁ。池の全容は見えました。お祓いを始めましょう」
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