第22話 最強の霊能者

 朽木 御世が来る。

 あの朽木 春子を遥かに上回る、歳、80を超える最強の霊能者である。


 その日。S市には異変が起こった。

 母は鼻血を流し、頭痛を訴えた。


 京子は月経が2週間も早まったという。

 妻の采ちゃんも調子がおかしいようだ。


 市内にも、同様に異変が広まっていた。

 ある者は耳鳴りを訴え、ある者は吐き気が止まらないという。


 これは朽木 御世の影響なのだろうか。


 以前に来た彼女の偽物は、駅のローターリーで待ち合わせをしたが、今回は道幅の大きな国道である。

 どうやら車で来るようだ。


 俺は采ちゃんに、軽く状況を説明して付いて来てもらうことにした。

 彼女は女郎々池に隣接したカフェ・ナチュレムの開店祝賀会に参加しているのだ。

 池の水蒸気を浴びるだけで呪われるからな。この機会に除霊してもらうに越したことはない。


 俺と、京子、采ちゃんの3人は俺の運転で国道まで出迎えに来ていた。


 昼の12時を過ぎた頃。

 京子は国道の先を見ていた。


「朽木神木会の主要メンバーが来るって話だけど。まさか車で来るとは思わなかったわ」


 朽木神木会とは朽木 御世が創設した宗教団体である。その正体は一切が謎。ネットにも情報はなかった。


 今日はそんな信者が100人以上もやってくるというのだ。


「大所帯の車移動って、何台くらいで来るのかしら? 乗用車に5人乗れたとして20台くらい来るのかしらね?」


 想像もできないな。


 京子は遠くを見て笑った。


「指定の時間はそろそろだけど……。ふ……。まさかね」


 京子が目を逸らした先には大型トラックが数台見えた。

 どう見ても運送会社のトラックである。

 

 だが、俺の目には、そのトラックが淡い光りを放っているのが見えた。霊能力なのだろうか。その正体は不明だが、とにかく、不思議な力を感じる。


「多分、あれだ」


 俺の言葉どおり、そのトラックは俺たちの車の後ろに停車した。

 

 采ちゃんはナンバープレートを見て眉を上げた。


「お義姉さん。あれ。なんで6桁なんですか? 普通車の番号と明らかに違いますよ?」


「信じられない……。あれ、自衛隊車両よ」


 荷台の扉が開けられると中から数人、それらしい人が現れた。

 白い着物に赤い袴。烏帽子こそ付けていないが、その風貌は神事を行う者たちである。


 中でも、飛び抜けて殺気を放つ女がいた。

 背が高く、目が鋭い。歳は50代くらいだろうか。

 

 女は長い黒髪を揺らし、俺の方へと歩いてきた。


「あなたが、物部 翔太か?」


 きっと彼女が朽木 御世。80代と聞いていたが、どう見ても若い。

 それにこの殺気。流石は最強の霊能力者だ。


「朽木 御世さん、ですね。今日ははるばる遠い所から来ていただいてありがとうございます」


 俺たちが頭を下げると、女は眉を上げた。


「私は鬼頭  相音さがね。御世様ではない」


「「「 え? 」」」


 彼女の後ろから、小柄な女が顔を見せた。

 歳は俺と同じくらいだろうか。愛嬌のある、優しい顔だ。

 緑色のワンピースを着ており、どこにでもいるような女性に見える。


 普段着のメンバーなんて、事務員だろうか?


「えーーと。翔太くん?」


 ん? 

 初対面でいきなり下の名前で呼ぶのか?


「こっちが京子ちゃんかしら?」


 まるで、親戚の叔母のような話ぶりだな。


「あーー。じゃあ、彼女は誰かしら?」


「えーーと。彼女は俺の奥さんです」


「物部 采です」


「ああ。翔太くん結婚してたもんね!」


 なんだ彼女は?

 妙に慣れ慣れしいな。しかし、この感覚、春子さんに似てるぞ。

 いや、でもまさかだよな。だって、春子さんの母親だぞ。

 歳は80代なのだから。


 俺は鬼頭 相音と名乗った女に声をかけた。


「あの……。御世さんは?」


 彼女は両手で彼女を差した。


「このお方が、御世様だ」


 女は少女のように笑った。




「あはは。ごめんなさい。自己紹介が遅れちゃったわね。私が、朽木 御世です」


 


 俺たちは言葉に詰まる。


 だってそうじゃないか。

 彼女はどう見ても30代。なんなら子供だった春子さんより若く見えるかもしれない。

 そんな人が当事者と言われても、とても信じることはできないだろう。



「あーー。もしかして、見た目で驚いてるかな? うふふ。よく、春子と姉妹って間違われたのよ。たまに私が妹と思う人もいてね。あはは。笑っちゃうわよね。私、来年で88歳なんだから」



 は、88歳……。

 驚きしかない。


 本当に……。本人なのだろうか?


「御世さん。3日前。俺と京子はあなたに化けた悪霊に殺されかけました。その時、この数珠で助かったんです」


 御世はそれを見ると、顔色が変わった。


「それ……。春子の数珠ね」


 彼女はそれを握ると天を見上げた。




「あの子の仇を討たなきゃ」


 


 昨日、その数珠を使って蔵目 麗華に取り憑いた悪霊を倒した。

 もしも、悪霊が彼女に化けていたら持つことはできないだろう。

 間違いなく、彼女は本物の朽木 御世だ。

 

 彼女は眉を上げた。


「あら? この数珠……。使ったのかしら?」


 昨晩のことは彼女に伝えていない。それを言い当てた?


「昨日。また悪霊に襲われたのです」


「なるほどね。じゃあ、この数珠で退魔したのね」


 昨日の爆発はそういうことだと思う。


「わかるんですか?」


「少し霊力が不安定になっているから。私が足してあげるわ」


 それを見て鬼頭がニヤリと笑う。


「物部 翔太。御世様が霊力を注いだ法具は国宝級だぞ」


 そ、そんなに凄いのか?


 彼女は笑顔でそれを渡してくれた。


「はい」


「あの……。俺が貰ってもいいんでしょうか? 娘さんの形見ですよ?」


「もちろんよ。春子が翔太くんにあげたんだもん。あなたに使ってもらった方が、あの子も喜ぶわ」


 受け取った瞬間。腹の奥にズシンと何かが乗っかったように感じた。

 しかもそれは、心地の良い、強い力が湧き上がってくるような感覚だった。


「な、なんです。これ?」


 鬼頭は笑う。


「だから。言っただろう。国宝級だと」


「も、もしかして。この数珠。パワーアップしてますか?」


「御世様が力を入れるとはこういうことなのさ」


 朽木 御世。

 春子さんの言っていたとおり、最強の霊能者だ!

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