第20話 霊の遺言

 蔵目 利栄の霊が俺にだけ見えていた。

 その姿は半透明で、周囲には黒い霧がかかっている。


 朽木 春子の話だと、黒い霧は悪い霊らしい。

 しかし、どうもそうは見えない。息子の誠に話しかけている。しきりに何かを訴えかけているようだ。

 

 以前、京子の後ろに谷口先輩の霊を見たことがある……。

 あの時は、見えた後に這いずる音が聞こえて、それから先輩の姿は消えた。


 照明が点滅する。


「きゃ! また!?」


 それと同時。あの音が部屋に響いた。




ずる……ずる……。




「来た!!」


「な、何が!?」


 京子にこの音は聞こえないようだ。

 なら、こっちはどうだ?


「誠さん。お母さんの声、聞こえませんか?」


「母の? そういったものは聞こえてきませんが?」


 やはり無理か。

 もう俺が聞くしかないぞ。

 精神を集中して……。聞くんだ。

 




ずる……ずる……。





 這いずる音は更に大きくなった。


 突然。利栄の霊が悲鳴を上げた。




『ぎゃああああああ!』



 同時に、目から流血。体は痛みで痙攣する。その目は何かにくり抜かれて宙を舞った。

 

 な、何が起こっているんだ!?


 『うぁあぁぁぁあああぁ……』


 利栄はうめき声を上げながらゆっくりと消えていった。



 照明の点滅が落ち着くと、何もなかったように静かになった。


 そういえば、春子さんが言っていたな。

 霊は視覚が命だと。目をくり抜かれると死んでしまう。彼女は祈祷師、松平の霊が目の前で殺されて、俺の元へとやって来たんだ。


 さっきのも同じ現象。その姿は見えなかったが、左衛門の霊が利栄の目玉をくり抜いたんだ。


「どうしたの翔太。汗びっしょりよ?」


 息子の前で母親の霊が殺されたなんて言えないよな。

 

 俺はトイレに行く名目で京子を連れ出した。



「え! 利栄の霊が殺された!?」


「うん。以前、春子さんが言っていた、視力が霊の命、だというのは本当らしい」


「左衛門の霊がやったの?」


「いや。そこまでは見えなかった……」


「利栄は息子に何を伝えたかったのかしら?」


「それがなぁ……。声が聞こえないんだよなぁ」


「んもう。中途半端な霊能力ね」


「仕方ないだろ。俺は普通のサラリーマンなんだからさ」


「でも、何かを訴えに来たのは間違いなさそうね」


 そうなんだ。それは確実。

 以前にも、暴力団員、金田と谷口先輩の霊が京子の前に現れたことがあったな。

 

 そのことを京子に話したいが気が引ける。こいつは怖がりだからな。霊が自分の横にいたなんて知ったら一人で寝れなくなってしまうのではないだろうか。

 

 それにしても、左衛門に殺された霊はなぜ来るのだろうか? きっと何か意味があるはずなんだ。


「霊の声はまったく聞き取れなかったの? 例えば、口の形で言葉を察するとかさ」


 口の形か……。

 霊は無表情だし、ボソボソと呟くように話していたからな。読み取るのは難しいんだ。

 本当に何を言っているのかわからなかった。


 でも、もしかしたら、あの口の動き……。




「逃げて……。と言っていたかもな」



 

 京子は汗を垂らした。


「……そういえば、女郎々池に隣接した商業ビル。あそこの所有者は蔵目 誠が財産分与で引き取るんじゃないかしら?」


「それはあるな。彼も利栄と同じように売却を考えるかもしれない」


「危険じゃない? 彼女はあのビルの売却をしようとして左衛門に斬られたんだから」


 確かに京子のいうとおりだ。

 誠がビルの売却に走れば殺される可能性があるな。

 母親の利栄は息子の危険を察知して現れたのかもしれない。


 俺は誠にビルの件で話すことにした。




「ビルの売却をやめる? それと、母の死とどんな関係があるんです?」


「先ほども話しましたが、利栄さんはビルの売却をしようとして死んでしまった。女郎々池の呪いと関係があるかもしれないのです」


「な、なるほど……」


 考え込む誠の横には、彼の妻、麗華が立っていた。

 俺が京子と話しているうちに、一連の流れを相談したらしい。


「いいじゃない誠さん。そんなビル放っておけば」


「しかしな。俺はまだ海外で働きたいんだ。ビルの運営なんて面倒なものは捨てておきたい」


「じゃあ、私が引き継ぐわよ。名義はあなたのままでいいし」


「おまえなぁ。怖くないのか? おふくろは池の呪いで殺されたのかもしれないんだぞ?」


「呪い? きゃはは! 誠さん、そんなの信じてるの? おっかし」


「笑い事じゃないんだ。さっきだって無くなった携帯をおふくろの遺体が持ってたんだからな!」


「ははは。バッカみたい。そんなの何かの見間違いでしょ。呪いなんてないわよ」


 やれやれ。なんだか、彼女は面倒くさそうだぞ。


 蔵目 麗華。年齢は20代後半。見た目は女優のように美しい。豊満なバストとくびれたウエスト。化粧は派手で、長い髪はボリュームがある。葬儀会場でも一際、男の目を引く女だった。


「誠さん。幽霊なんて信じてるの? あはは。子供みたいね」


 彼女の後ろには、真っ黒い霧がかかっていた。


 嫌な予感がするな。


 誠は俺に頭を下げた。


「翔太さんすいません。妻はどうもこの手の話は信じないようです」


「いえ。無理もありません。でも安心してください。明後日には解決していると思うので」


 俺は桜木 御世が来ることを伝えた。


「そんなに強い霊能力者なのですね! それは安心です!」


 明後日の午後から開かれる御世のお祓い。その儀式に参加するべく、誠は俺と連絡を交換した。


 


 次の日。

 今日は蔵目 利栄の葬儀である。

 俺と京子は通夜だけの参加なのでいつもどおり仕事に行った。


 明日には御世が来る……。

 これであの池の呪いから開放されるな。

 

 その日の夜。俺の携帯に連絡が入った。


 それは蔵目 麗華からの連絡であった。

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