第19話 蔵目 誠

 亡くなった蔵目 利栄のお通夜が行われた。

 喪主は息子の蔵目 誠である。どうやら、母の訃報を聞きつけて急遽海外から帰って来たらしい。


 そこは葬儀場の大ホールだった。高価な花々と200名を超える参列者の席が並ぶ。

 彼女の顔は白粉が塗られ、顔面の内出血は薄らとしか確認できない。

 そんな中、利栄の棺桶の脇には妙な物が置かれていた。

 それは立派な日本刀で、棺桶にもたれるように立てかけらていた。


 葬儀場のスタッフにたずねると顔色が変わる。

 

『守り刀』だという。


 なんでも、息子の指示なんだとか。

 

 守り刀とは、死者を魔物から守るための魔除けであり、通常は小さな刀を使う。

 しかも、その小刀は木箱に入れ、故人の桶内に忍ばせるのが通例。それが、どういうわけか、大きな日本刀が誰にでも目に付くように、棺桶にもたれ掛けられているのである。


 


 喪主の誠は、俺たちを別室に案内した。どうやら、人に聞かれたくない話しがあるらしい。


「母が死ぬ直前に、刑事さんに会っていたとか……。一体、なんの事件だったのでしょう?」


 京子は眉を寄せる。


「家政婦の佐藤さんから聞いていないのですか?」


「佐藤は仕事を辞めました。主人の通夜に参加しないなんて、よほど仲が悪かったのでしょうね。それで、会話も上手く出来なかったのです」


 佐藤は俺たちと共に利栄が殺される瞬間を目撃している。

 あの光景は衝撃的だったろう。辞職はうなづける。


「病院で聞いた母の死は奇妙なものでした。どうしてあんな死に方になったのか……」

 

 どうやら、女郎々池の経緯は知らないようだな。

 少し探りを入れながら話してみようか。

 

「あなたは、お母さんから相談は受けていなかったのですか?」


「佐藤から、母の調子が悪い、と報告は受けていましたが、詳しく聞いても帰って来て欲しいの一点ばりでして。私はアメリカで飲食店関係の仕事をしてましてね。忙しくて帰国はできませんでした。結局、詳細はわからず仕舞いです」


 どこまで信じてくれるかわからないが、女郎々池の話から、順を追って話そうか。


 俺は、利栄が死んだ理由は避けてありのままを伝えた。



「──と、いうわけなんです。とても信じられないとは思いますが」


「……な、なるほど。では母は左衛門の霊に怯えていたのですね」


 誠はブルブルと震え、汗を滝のように流していた。


「と、とても信じがたい話ですが……。し、信じるしかないようですね。昨日の昼に帰国したのですが、母の部屋を見て驚きました。お守りとお札だらけで……」


 あの部屋を見ていたのか。なら信じるしかないだろう。


「そ、それに……。まさか、こんなこと……。幻覚を見たのかと思ってましたから……」


「何かあったのですか?」


 彼の言葉に目を見張る。




「実は昨日……母が動いたのです」


 

 

 彼は、額の汗をハンカチで拭いながら語った。


「あれは夕方の6時ごろでしょうか。私が、通夜の打ち合わせで部屋に入った時です。暗闇の中、霊前灯に照らされて誰かが立っているのです。照明を点けるとそれは母であることがわかりました。母は棺桶から抜け出して携帯電話をかけていたのです」


 死体が動く。

 俺たちも震えが止まらなかった。


「私も含め、みんなが驚きの悲鳴をあげましたら、母はその場に倒れ込みました。その携帯は母の知人を調べるために私が引き取った物でした。母は私の鞄からそれを取り出して使っていたのです」

 

 にわかには信じがたい話だが、俺たちは合点がいく。

 なにせ昨日、京子の携帯には彼女からの番号が残っていたからな。


「その携帯。お母さんがどこにかけていたか調べましたか?」


「……いえ。お恥ずかしい話。恐ろしくてその携帯は電源を切って棺桶の中に入れているのです」


 気持ちはわからいでもないな。でも、念のため、仮説の立証は必要だろう。


 誠は通夜を締め切り、人が入らないようにした。


 俺たちはその携帯を探しに利栄の眠る棺桶を調べた。


「あれ? ないな……。確かにここに入れたはずなんですけどね」


「おかしなことが続きますね」


「本当に……。死んだはずの母が動いたり、携帯がなくなったり……。もうどうなっているのやら」


 春子さんの話では、左衛門は霊を操ると言っていた。

 そんなことができるのなら、遺体を操ることもできるかもしれないな。


 そうなると……。


「この日本刀。もしかして?」


「私が用意しました。こんなこと、今でも信じられませんが……。魂が抜けた死体を魔物が宿って操ることがあるそうです。本来なら守り刀でそれを防ぐみたいなのですが、母の棺桶にはしっかりと小刀が入っていました。それで、棺桶にお札を貼る訳にはいきませんので、何かできることはないかと思いまして……。効果があるかはわかりませんが、魔除け用に日本刀を置いたのです」


 なるほど。普通の葬儀屋ならあんな無作法なことは勧めないだろう。

 しかし、スタッフは見てしまったから止めれなかったんだな。


 突然照明が消えた。


 暗闇の中、カチャン! という硬い物が倒れる音がする。


「な、何々!? こ、怖いんだけど! 翔太、大丈夫!?」


「……とりあえず。照明つけ直しましょうか」


 誠が部屋の明かりをつけ直す。


 棺桶に立てかけていた日本刀が床に倒れていた。

 さっきの音はこれが床に落ちた音だろう。


 誰も触っていないのに、勝手に動くなんて、なんとも不気味だ……。


 俺が日本刀を立てかけると、刹那。京子の携帯が鳴り響く。


「マナーモードにしていたんだけど……?」


 彼女は青ざめた。かかって来た番号は昨晩受けた利栄の携帯番号だったのだ。


 本当に利栄からなのか?


「携帯に出てみてくれ」


「う、うん……」


 京子は電話に出る。しかし、その相手は無言だった。

 京子は眉を寄せた。


「も、もしもし。だれですか?」


 それでも、向こうからの声はない。

 もう一度、今度は大きな声で質問する。


「あなた、誰!?」


 京子の声が棺桶内から響く。

 すると、誠が悲鳴を上げた。


「うわッ!! み、見てください!」


 彼は利栄の遺体を差した。

 信じられない光景だが、遺体が携帯電話を握っていたのである。


 さっき棺桶内をくまなく探したが見つからなかったのに、なぜ?

 遺体の手はお腹辺りで手を合わせており、携帯電話なんか持っていなかった。

 本当に死体が動いたのか?


 理由はわからないが、発信履歴を見るべきだろう。


 俺は携帯を調べることにした。利栄の冷たい手を握り、その固まった指を解して携帯を取り出す。


 履歴には京子の電話番号が残っていた。


「時間は昨晩と、今日……。先程の着信は、どうやら彼女がかけたみたいだな」


 誠はブルブルと震える。

 そんな傍ら、黒い霧が見えた。それは次第に人の形を成す。


 それは利栄の姿だった。


 彼女の霊が現れたのだ。


 表情は冷たく、生気は感じられないが、仕切りに何かを訴えかける。誠に向かって呟いていた。

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