第18話 朽木 御世
俺の携帯に連絡が入った。
それは落ち着いた口調で話す女性。
この会は、亡くなった朽木 春子とその母親が開いた宗教団体である。
「
朽木 御世。それが朽木 春子の母親。彼女を上回る最強の霊能力者である。
今は彼女だけが頼りだ。
その日の夜。俺はいつものように妻の采ちゃんを連れて実家に夕飯を食べに行った。
京子は珍しくスーツを着たままである。いつもなら、即座に部屋着になるのが彼女流なのだが……。
「待ってたのよ翔太」
「何か事件の進展があったのか?」
「来たのよ」
「何が?」
「朽木 御世が来てくれたのよ!」
会員の話では3日後だったのだが、どうやら京子の携帯に到着の連絡が入ったらしい。
おそらく、勤務中の俺に気を使ったのだろう。
俺は夕飯も食べずに京子の運転で朽木 御世を迎えに行くことにした。
彼女はS市のS駅にいるという。
実家から車で10分の距離だ。
その向かっている車内。
俺は助手席に座っていた。
「俺は明後日って聞いてたんだけど。姉ちゃんにもメッセージは送っただろ?」
「早めてくれたそうよ。どうしても急いでやりたいことがあるんだって」
やりたいこと?
「なんか嬉しいわよね。心強いって感じ」
朽木 御世にすれば娘の仇討ちだからな。
早る気持ちがあるのかもしれない。
S駅に到着。
駅に隣接したロータリーを周りながら彼女を探す。
「春子さんの話だと、100人は弟子を連れて来るらしいからな」
「あ、いたわ。あれよね」
それは白い着物に赤い袴を着た老婆だった。
朽木 御世は1人で待っていた。
「はじめまして。朽木 京子です。お1人で来られたのですか?」
御世はコクリと頷いた。
鋭い目をした人だな。
80代くらいだろうか。
春子さんは若かったけど、この人は年相応に見える。
「俺は京子の弟の朽木 翔太といいます」
御世は俺を見つめてこう言った。
「本当だ……。春子の言うとおりだね」
「なんのことでしょう?」
「力の話さ」
「ああ。なんか、守護神って言うんですかね。憑いてるみたいです」
「みたいだね」
春子さんはかなりの力を使って言い当てたが、彼女はすかさず見切った感じがするな。
やはり、相当な霊能力の持ち主なのだろう。
「娘さんは……。お気の毒でした」
「仇を討ちに来た。早速、山に連れて行ってもらおう」
山?
「池の場所を知っているんですか?」
「春子の霊力を通して感じたからね。地形はわかるさ」
なんか凄いぞ。これは本物だ。
「では私が運転しますので。後ろに乗ってください」
この場合。俺が彼女と同じ後部座席に座るのが礼儀だよな。
反対のドアから入ろうか。
「前に乗っとくれ」
「え?」
「あんたは霊力が強いからね。気が乱れるんだ」
春子さんはそんなことは言わなかったが……。
俺の守護神を言い当てたことといい、その凄さが感じれる。
京子は思い出したように言う。
「春子さんは池に向かう途中、鼻血を出して、池まで行けなかったのですが、大丈夫でしょうか?」
「ああ。池の力にやられたんだろ。私には効かないからね。構わず行っとくれ」
おお! 頼りになる!!
俺たちは車に乗り、女郎々池のある山へと向かった。
そういえば。
「お弟子さんはどうしたのですか?」
「市内のホテルに置いてきた。危ないからね」
危ない?
「本格的な祈祷は明日やるつもりさ」
「今日は何をするんです? 池を見るだけですか?」
「山の池より上に行ってもらう」
「上?」
池の上には神社が数カ所あるが、関係しているのだろうか?
「池の力は山の上から出ているのさ。その力がどれほどのものか見てやろうと思ってね」
そんなことになっていたのか……。
「しかし、それなら尚更、明日がいいのでは? 今日はもう暗いですし。何も見えませんよ」
「見誤ったことをすれば、左衛門の悪霊に弟子の命が奪われる。私らはこの市内に入った時からすでに警戒されているんだ」
「警戒?」
「左衛門は凄まじい力を持っているからね。私が近づいていることも薄々感じてるだろうさ」
凄いな。そんなことまでわかるのか……。
「だからね。常に裏をかいて行動するんだ。読まれていると先手を打たれる」
「あ! だから、3日後じゃなくて、今日来たんですね!!」
彼女はコクリと頷いた。
これは凄いぞ。春子さんの母親なだけある。本当になんとかしてくれそうだ。
車は池に近づくと、京子は彼女を気にかけた。
「お体は大丈夫ですか?」
「ああ。ありがとね。大丈夫さ」
もう池は目の前だというのに汗一つかいてない。本当に凄いな。
池に到着すると、彼女は鋭い視線で水面を睨んでいた。
「このまま上に進んでおくれ」
京子は言われるがまま、車を走らせた。
「こっちから強い力を感じるよ」
御世の指示に迷いはない。
やがて、アスファルトの道路から、舗装されていない山道へと入った。
「そのまま、真っ直ぐだよ!」
凄い気迫だ。
娘の仇討ちだからな。気合も入るよな。
そういえば、俺は春子さんから数珠を貰っていたな。
これが彼女の形見になるとは思いもよらなかったが、母親には見せるべきだろうな。
もしかしたら、娘の遺品を欲しがるかもしれない。
この数珠とともに左衛門の悪霊を倒すんだ。
「あの……。俺、春子さんから数珠を貰っていたんです。これなんですけど」
俺が数珠を見せると、御世は退いた。
「ひぃいッ!!」
その顔は引きつり、汗を垂らす。
な、なんだこの反応は?
春子さんは、この数珠が悪霊に効くと言っていたが……。
まさか?
「京子! 車を止めろぉおおおお!!」
車は急ブレーキで停車した。
「な、何よ、急にぃ……?」
「ま、前。……よく見てみろよ」
車のライトに照らされた場所は崖だった。
暗くて見えなかったが、このまま走っていたら転落して死んでいた。
後部座席より声がする。
「もう少しだったのに」
振り返ると誰もいなかった。
御世の姿は忽然と消えていたのである。
あの御世を名乗っていた老婆は誰だったのだろうか?
思えば、違和感の連続だった……。
次の日。
京子の携帯にあった着信番号は、亡くなった蔵目 利栄のものであることがわかった。
京子は、「そういえば、あの声──」と電話で話した朽木神木会の女性の声を思い返していた。
「蔵目 利栄だったわ」
左衛門は霊を操るという。
その日。
俺たちは蔵目 利栄のお通夜に参列した。
そこで、奇妙な物を目にするのだった。
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